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初投稿なので、お手柔らかにお願いします。



「我々の国を助けてくれ、異世界の娘よ」

 私は中世の西洋のような文化の国に転移したらしい。いや、国策として召喚されたらしい。

 言葉は通じる。ありがたい。私は典型的な西洋人の人々を見て最初に思ったのはこれだった。言語を覚えるのが苦手だったから。



 私は大学に通う、できの悪い十九歳の女子大生だった。名前もそんなにキラキラしていない福留紗凪というものである。江戸末期に流行った剣術道場、北辰一刀流を教える千葉家の娘千葉さな子みたいですね。ゼミの教授からの感想がこれだった。

 そんな大学の講義が終わって、街へ繰り出してやる! というタイミングで、この有様になった。落差について行けない。召喚の前兆や余韻など、本当に何一つなく、ほんの瞬き一つで目の前の光景が変わってしまったのだ。

 いやあ、これはドッキリか嘘ですよね、という突っ込みをさせて貰えない雰囲気だった。

 広く寂しい部屋は召喚専用のものらしく、魔法陣が直接床に刻まれていた。臭いが腥く饐えたもので、ちょっと辛い。魔法を使ったらしき魔術師達は十人程で、息も絶え絶え疲労困憊といった様子を見せていた。

 その中で元気だったのが、上等の服に身を包んだ男達五人と兵士達。王様、王子、宰相、宰相補佐、騎士隊長だった。他に警戒しているらしい兵士達が十何人と控えている。結構な大人数である。

 私は魔法陣の真ん中で茫然と座り込んでいたのだが、あれよあれよと侘しい部屋から出されて、王様以下偉い人に挨拶されて、貴賓室に放り込まれ、軟禁されたのである。

 もう、日本との落差激しすぎる。問答無用でこれだった。街へ買い物行けず、異世界召喚のち軟禁。

 国を助けますよ、なんて曖昧な日本人である私は一切明言していなかったが、どうやらこの国の人達の中では決定されたらしい。下にも置かぬ扱いは正直庶民にはきつかった。

「国を助けるといっても、どうやって? 無知な小娘が何か出来ると? 」

 そんな皮肉を込めた疑問は、貴賓室へ来た説明役の上級官僚の人が答えてくれた。

「召喚された異世界の方は魔力が多く、この世界の人よりも膨大なのです。一定の期間、その魔力を分けて欲しいのです。時期が来ましたら元の世界にお返ししますのでご安心下さい」

 胡散臭いなあ、というのが本音。口先は「そうなのですね。私にはよく分かりませんが、必要とされているのですね」と、日本人の曖昧な笑みで相槌を打つ。アルカイックスマイルって良いね、相手が勝手に解釈してくれる。

「どのように、その魔力とやらを分けるのですか?」

「装身具を肌身離さず身に付けて下されば、あとは何もなさらずとも良いのです。簡単でしょう?」

 うわー、かんたんだねー。私は素の表情で驚きを見せた。詐欺みたいな簡単さが更に胡散臭い。

 私の感心した様子に満足そうな顔になった上級官僚は、偉そうな魔術師を呼んで私の両手首、両足首、首に金の輪を身に付けさせた。了承していないんだがなあ。優しくない奴め。

「私の魔力は何に役立てることができるのですか?」

「何にも変換されていない魔力は様様なことに利用できますので、色々なことに役立ちます。窮地のこの国の一助となるのです」

「そうなのですね」 答えになってないなー。

「では、私は何をして過ごせばよいでしょう?」

「そうですね……お好きなように、と申し上げたい所なのですが、出来る事と出来ない事があります」

 ちょっとだけ申し訳無さそうな顔をしてみせた彼は、すぐにその色を消して私の望みを一応聞いてきた。とりあえずの表情っすね。

「その様子ですと、外に出歩く事は難しそうですね。なので、この国の文字を教えて下さい。そうしたら室内で本をを読むことが出来ますから」

「お心遣い忝く存じます。文字が読めるようになったならば、どのような本を読みたいですか?」

 何の本を、読み書きが出来ない時点で直ぐに確認してくる辺りが何とも胡散臭い。何を知られたくないのでしょうかね、この役人は。

「この国の物語を。この国に対して親しみを持ちたいですから」

 私の言葉に笑顔を凍らせながら、彼は「物語なら良いでしょう」と頷いてみせた。この国に対して興味を持ってくれて嬉しいというのと、いきなりの召喚に対しての気まずさ、位は感じて欲しいものだ。……魔力供給の装身具装着をさっさとやらせた手腕からすると、その手の叙情は望み薄かな。

「では、貴女の望みは、衣食住の世話と保証、そして本をを読むことですね」

「はい、一旦思い付けるものはそれだけです」

 上級官僚は諸々の話を済ませると、何の余韻もなく去っていった。そして偉そうな魔術師は、私に付けられた金の輪を確かめると挨拶もなく去って行く。人付き合い手抜きしてんじゃねーぞお前さんら。

 その後の私は侍女の皆さんに全身を洗われたり、煌びやかな衣服に飾られ、この国の最低限の礼儀作法を教え込まれたりと忙しくなった。

 そして礼儀作法が少し身につくと、国の中枢の人達が訪ねてきて、私を珍獣扱いする。威厳たっぷりの王様も、口先は私に済まなさそうな態度で、よくよく聞くと一切謝罪していないという老獪さを発揮しつつの、異界の小娘観察ツアーをしてくれた。お忍びの一回だけの対面で、その後は音沙汰無し。

 その息子の王子も、年が近い異世界の小娘という事で興味を持っていたが、直ぐに普遍的な性格の娘と分かり、三回会って、それから接触は無くなった。違うのは東洋人と西洋人の見た目くらいだよ。

 王子は金髪碧眼の目も眩むばかりの美形で現実感のない若者だった。その王子は三回目に会った時には、婚約者の侯爵令嬢と一緒にきて珍獣ツアーをしてくれた訳だが。

 美形王族のドライさは、私を冷静にしてくれた。異世界トリップに、西洋風の文化と人々に内心わくわくしていた私の厨二病に冷や水を掛けてくれた。

 お陰で、このように捻くれて冷めた目線を周囲に送る事が出来るようになった。最初は額面通りに受け取っていたけど、もう魔力供給の装身具を身に付けたからと扱いが雑になって分かりやすすぎた。

 私に対して、まだ誠実さを見せてくれたのは宰相補佐の人だった。宰相はもろに珍獣扱いだったので、部下の彼が気配りしてくれたのが嬉しかった。

「貴女の名前は?」

 この世界で初めて私の名を聴いてくれた人だった。ライトブラウンの髪に、はっきりとした褐色の瞳。利発な雰囲気の若い青年だった。新卒の空気のある、二十歳を過ぎたくらいの若々しさが眩しい。

「紗凪、サナです」

「ジェヒュー・シアボールドと申します。サナさん、突然故郷から離れて心細い事でしょう、何か困りましたら私に言ってくださいね。出来る限り、対応しますから」

 この極普通の、心配りのあるやり取りをしてくれて私は内心感激した位だった。誰も自己紹介してくれないから。誰も私個人のことを聞いてくれなかったから。

 彼は優しかった。宰相補佐だから随分と忙しそうだったが、みるみるうちに誰も訪ねて来なくなった貴賓室に、時折顔を見せてくれた。

 魚料理が好きだと漏らしたら、数日に一度、魚料理が出てくるようになった。一度散歩をしてみたいと言ったら、十日に一度、王宮の中庭を歩けるようになった。けれども、私がポツリと要望をこぼす度に彼が大変そうになっているのを噂で聞き、これ以上は何も言うまいと決めた。

「ジェヒューさんのお陰で、もう大丈夫になりましたよ。ありがとうございます」

 何か困ったことはないですか、そう聞かれる度に私は大丈夫だと答えるようになった。

「それなら良いのですが……。ああ、癖になってますね、その仕草」

「え、あ、そうですね……いつの間に」

 私は何時からか無意識に金の環を触る癖が出来てしまったらしい。首元のものであったり、手首のものであったり、ふとした時に触ってしまう。ジェヒューさんは気の毒そうな顔になってしまって、私は気まずくなってしまった。




 それから私は文字の読み書きを覚える事に集中した。殆ど人が訪ねて来なくなったので、のびのびと勉強が出来た。教師の人は、若い新任の先生、といった雰囲気の若者だった。

「サナです。ご鞭撻の程宜しくお願いします」

「サルヴァトル・イングラムです」

 彼は気の優しい、押しに弱い人だった。私の教師役も押し付けられたようで、気乗りはしてなかったが、きちんと教えてくれた。彼は二十四歳だった。若い。

 サルヴァトル先生はこの世界で一番喋った人間かも知れない。最初はただ物語を読むためだけに、よく分からない小娘に文字を教えるという意義に後ろ向きだったサルヴァトル先生だったが、いつのまにか興に乗って様々な古典文学や、この国の歴史——この国はチェスターというらしい——について教えてくれた。

 けれども、彼は他国のことになると口を噤んだ。きちんと撫で付けられた赤茶の髪、細面の優しげな瞳は綺麗なグリーンだった。その優しい目を瞑って、彼は他国の事に対して何も教えなかった。

「イングラム先生の好きな本を読んでみたいです」

「では、いくつか持ち出しましょう。けれども、僕の一番好きな本は歴史書で、それは貴女に渡してはならないのです」

「……そうなのですね」

 きっと、口頭でこの国の歴史を教えてくれたのも、本当は許されて居ないのだろう。そう察してしまう言葉だった。

 この世界で私の趣味趣向を最も知っているのは、このサルヴァトル・イングラムだろう。彼との文字の読み書きの習得は、実際は三カ月で終わったが、出来が悪いからと偽って一年も続けた。これは私のわがままで、サルヴァトル先生はそれに付き合ってくれた心優しい人だった。

「ノーマンの“ノエル叙事詩”は行きて帰りし物語、貴種流離譚の典型で分かりやすいですね。冥界下りもありますし、私の世界での神話とも話の流れが似通っていて面白いです」

「其方にも物語の典型があるのですね。しかも此方と似通っているとは……人々が物語に求めるものは変わらないのかもしれませんね」

 “ノエル叙事詩”はこの世界でも古く、広く伝わるものだと教えられた。ノーマンという北方の大地を舞台にした、ノーマンを統べてきた古き貴種ノエルが、親の代で権威が失墜し、流浪し、大人になってその青き血を持ってもう一度ノーマンの地を手中にする物語だ。

 このサルヴァトル・イングラムは十代の頃、若さに任せてノーマンがあったという由来の土地でフィールドワークを行なったという。そうしたら、叙事詩で登場してきた土地や、岩や木々の痕跡を数年かけて発見してしまったのだとか。それを二十代前半の時にまとめて発表し、チェスター国で認められて晴れて研究者となれたのだとか。在野の学者から国公認の学者になった男サルヴァトル・イングラム。めっちゃ優秀やんけ。

 私の読み書きを教えるのを、最初詰まらなさそうにしていたのも然もありなんじゃないか。彼は歴史文学が一応専門とは彼も言っているけどさあ、才能の無駄遣いだ。

 この世界でのトロイ遺跡を発見したハインリヒ・シュリーマンみたいな人に会えるとはという感動は、彼にはあまり通じなかった。この手の学問は、このチェスター王国において学問として格が低いと見做されているのが理由だった。けれども、私の感動にはとても嬉しそうに笑っていたので良かった。

「サルヴァトル先生の論文を読んでみたいです。伝説と現実が合わさる様はきっと面白いと思うのです」

 彼に学ぶに連れ、サルヴァトル先生を名前で呼ぶようになった。

「サナさんに興味を覚えてもらえて恐悦至極です。ですが、お見せすることは出来かねます。歴史の書と同じく、……ですので察して下さい」

 あー、情報制限を受けているこの身が疎ましい。興味深い情報の宝庫を目の前にして引き下がらないといけないとは。

 王国の制限が無ければ見せる気満々のサルヴァトル先生共々、残念だと息をつくしかなかった。

「やはり物語は歌から始まりますね」

「文字以前の口承文学は避けられませんからね」

「けれども、その歌で古代の音律や言葉の発音が推測出来る手段になりますし、大変ですが重要ですよね」

「“ノエル叙事詩”もまた古代の韻が少し残ってはいるのですが、文字の成立によって、後世に残ったものの分からなくなってしまった音が大部分になっています」

「この世界では語り部はもう居りませんか」

「残念ながら時代に揉み消されて、もう滅んでいますね。貴方の国では?」

「私の国の方も、数十年前に細々と語り部として神話の 口伝を語る人が居るらしい、という噂が流れたくらいですね」

 そして、彼との交流で一つ分かった事がある。普段、言語は通じているのに、歌を歌うと何故か言葉が通じなかったのである。サルヴァトル先生は魔術に詳しくないが、と前置きして推察してくれた。

「召喚の魔法陣の不備ではないかと思います。歌は様々な力が込められるものなので、魔法陣に刻まれた翻訳の魔術の範囲外になってしまったのかもしれないですね。それに言葉が通じるというのに、文字の読み書きが出来ない支障もまた、古代の魔法陣を流用した為ではないかと思います」

 結局どういうからくりか分からなかったが、この翻訳の支障を使って、お互いの言語の音律を知る事が出来た。

「この国の言葉の音は動きを指示する打楽器のよう」

「貴女の国の言葉は囁き流れる水の唄うよう」

 それがお互いの言語の評価だった。私達はお互いの国の古典を教え合い、そして彼は教師役を勤めきり、会うことは無くなった。ただ、まれに彼から本が送られるようになった。お礼の手紙は届いていたか、それは知らない。返事の手紙は一回も無かったから。


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