侵入前夜③
ドルゴーク帝国、フィグム王国から集められた遺跡調査隊はズヴィルグ山の中腹で野営についていた。
合流した遺跡調査隊は翌日になってエルクイッドを出立し順調にズヴィルグ山の中腹へと到達したのである。素人が一人もいないと言う事でその速度は素晴らしいの一言であった。
余裕を持って中腹に野営をするとそれぞれ食事をとり、休むことになった。通常であれば見張りを立てるところであるが、このメンバーで睡眠による敵の接近に気付かぬ者など少数派であるための措置であった。
シオンとルフィーナは当然の如く同じテントである。もちろん性的な事をこの段階で行うつもりなど双方に微塵もない。
明日侵入する城に何が待っているか分からない状況で体力を消耗するような事をするわけにはいかないのだ。
シオンとルフィーナはマントに包まるとリュックを枕に横になっていた。しばらくするとルフィーナが囁いてきた。
「ねぇシオン起きてる?」
「ああ」
ルフィーナの囁きにシオンは簡潔に答える。
「城の方々は私達を歓迎するかしら?」
ルフィーナの問いかけにシオンは少しばかり考え込むと口を開いた。
「まぁ間違いなく歓迎してくるだろうさ」
「やっぱり……でも逃げるわけにはいかないわ」
「当然だ。ルフィーナはアルティナのため、俺は兄さんのためにな」
「うん」
ルフィーナの決意のこもった言葉にシオンもまた頷く。明かりのない状況のためにルフィーナにはシオンの姿は見えない。だがルフィーナはシオンが頷いた事は察していた。
「ねぇシオン」
「どうした?」
「フィグム王国のジュークという人……強いわよね」
「ああ、間違いなく強い」
「その人が敵に回ったら勝つ自信はある?」
ルフィーナの言葉にシオンは少し考え込む。
「……勝てないとは言えないさ」
シオンの返答にルフィーナは訝しがる。シオンがこのような言い方をするのは珍しいのだ。シオンにとって勝敗はそれほど重要な観点ではない。逆に言えば表面上の勝利に拘るわけではないのだ。
そんなシオンであるならばはっきりと言うはずである。
「シオンにしては随分を歯切れ悪いわね」
「まぁな。俺はもう一人じゃないからな。守るべき人が出来たから今までよりも強気になるときがあるさ」
「それって……誰の事?」
「おいおい、言わせるな」
シオンの声に明らかにテレが含まれる。自分から話をふったルフィーナも顔を赤くする。もし明かりがあれば二人とも顔を赤くしているのは間違いない。
「うん……シオン。手を握って良い?」
「ああ」
ルフィーナの頼みにシオンは快諾すると二人はそっと手を握りつつ眠りについた。
* * *
「……どうやら寝たようだ」
イーブスは小さく言う。
「良かった。気が気でなかったぜ」
イーブスの言葉に周囲の者達も安堵の息を漏らした。ちなみにイーブスは風魔術でシオン達の気配を察知しているのだがテントの中を探ってるわけではない。テントの周囲の空気の震動具合で寝たかどうかを判断したのである。
「なんで俺達がこんなことを……」
「おい。滅多な事を言うな」
「は、はい!!」
部下のぼやきにイーブスがすかさず制止する。不満を持っていることがどのような不利益を自分達に生じさせるか不安で仕方ないのだ。
シオンがかけた幻術はすでに解かれているのだが、新たな術を悪食達は仕込まれているのだ。
フィグム王国にとって悪食は、オインツ伯がヴィアスを意のままに操りアルム達に対する影響力を増すことで権力確保に優位に動こうとしていた生き証人である。
当然ながら釈放などあり得ない話であるが、フィグム王国は悪食を今回の遺跡調査に派遣することになったのはアルム達が働きかけたからである。
ほぼ同時にアルム達はオインツ伯関係者の保護を完全に放棄する旨を宣言しており、フィグム王国とすればアルム達の不信感を払拭するためにも、オインツ伯への処分をなあなあでおこなうわけにはいかないし、ある程度の配慮をする必要にせまられたのである。
その際にアルム達が出した配慮が、悪食を遺跡調査へと参加させることであった。もっと言えば悪食をシオンとルフィーナの配下にするためのものである。
悪食は取り調べを終え、釈放される際にアルム達の前に連れてこられた悪食の面々は恐怖の面持ちであった。その理由はヴィアスから放たれる凄まじい殺気に完全にやられていたのである。
自分の母親に危害を加えようとしていたものに対してヴィアスが配慮することなど何一つ無いので当然である。
ヴィアスは悪食に本当の呪いをかけた。シオンとルフィーナに敵対行動を行った場合には、仕込んだ化け者が体内から食い破ってくるというものである。しかもアルティナが簡単に解呪出来ない様に呪いをかけている。
「オインツ伯の依頼さえ受けなければ……こんな目には遭わなかったのにな」
ルジックのぼやきに全員が力なく頷く。自分達が強者であると思い込んで手を出してはいけない者の怒りを買う事になった自分達の愚かさがうらめしいというものである。
「とにかく……この依頼を完遂し、あの二人を無事に返す事で減刑を願おうじゃないか」
イーブスは力なく言う。その様子は以前の自信溢れる様子とは明らかに一線を画していた。そしてそれが自分達の立場を尤も的確に表現しているようで悪食達はさらに惨めな気分になるのであった。




