宿舎にて③
「幼馴染み?」
シオンの呆けた言葉にナルクはニンマリと笑う。そのまましてやったりという表情のまま言葉を続けた。
「そうじゃよ。ディスウォルを疑っておったのじゃろう?」
(全てお見通しというわけか)
シオンはナルクの言葉に誤魔化すのは無駄と判断すると静かに頷く。
「まぁ坊主ならそう判断するじゃろうて、何しろ相当なくせ者じゃものな」
「このクソジジイ……」
「若い者の障害となるのは年長者の義務というやつじゃよ」
シオンの悪態をナルクは何処吹く風とばかりにシオンに返す。ナルクはその反応を見て話を続ける。
「さて、あいつのためにも疑いをはらしておこうかの」
「「?」」
シオンとルフィーナはナルクの言葉に視線を交わした。
「ディスウォルに怪しい体を装ってもらったのは儂の要望じゃ」
「は?」
「今回の遺跡調査は何が起こるかわからん。そんな依頼に必要なのは優秀な能力を持っている者の確保じゃ」
「なら俺達は合格と言う事ですか?」
シオンの返答にナルクは笑いながら頷く。
「そうじゃな。坊主達はディスウォルとの会話の中で違和感を感じ、そのために行動した。十分に合格点に達しておる」
「そりゃ良かった。それじゃあ本当の依頼内容を教えてもらえませんかね? 遺跡には何があるんです?」
シオンの言葉にルフィーナが目を丸くしている。話の展開について行けていないのだが、それを表に出すことはしない。これは単なる情報交換の場ではなく情報戦の場である事を察したからだ。
「遺跡調査には国から依頼を受けた者達がおってな。十人ほどのチームが入っていったが全員帰ってきてない」
「誰もですか?」
「それに遺跡と呼んではいるが、あの城は現役じゃ」
「現役……ということは遺跡には誰かが住んでいるという事ですね?」
「そう。確かに調査チームが何かしら居住者に無礼を働いた結果かもしれんが放置は出来まい?」
ナルクの言葉にシオンとルフィーナは頷く。確かに突然国内に不可解な城が見つかれば国として放置することは出来ない。
(参ったな……ナルクさん達と会長の関係性を知らなかったから兄さん達をおびき寄せるためによからぬ事を企んでると勘違いしてたな)
シオンの今までの推理は会長の説明が怪しすぎた事から始まっている。しかし、ナルクの説明を聞いてそれが試験の一環であった事を知ってしまえばそれは正確ではなかった事がわかる。
「遺跡にいる者が一体何なのか調査するのが今回の目的なんじゃよ」
「なるほど、それでは一つ聞きますが冒険者ギルドだけでなく、闇ギルドにも声をかけているのはなぜですか?」
「闇ギルドを参加させる理由は闇ギルドの伝手から人材を得ることだ」
「どういうことです?」
ナルクの返答の意図を図りかねたシオンは首を傾げながら尋ねる。
「別に闇ギルドの連中の能力なんぞまったく期待しておらん。あいつらはまともな手段で生きることの出来ない半端者じゃからな。だがそんな半端者の中にも本物が混ざっておる事もあるんじゃ」
「その本物を探すための依頼ですか……その本物は誰なんです?」
「四聖天じゃよ」
「四聖天?」
初めて聞く名にシオンはつい鸚鵡返ししてしまう。
「ああ、凄まじい腕を持つ暗殺者集団じゃよ」
「暗殺者ですか」
シオンは本心から暗殺者に対して嫌悪感を持っているわけではないのだが、それでも声に緊張が含まれてしまうのは仕方ないだろう。
「気持ちはわからんではないが、そう嫌悪感を露わにするな。暗殺者という稼業をしているが別に人格に何かあるわけではないぞ」
ナルクはシオンの反応を見てすかさずフォローを入れる。
「まぁその辺は良いですよ。ところでその四聖天は来たんですか?」
「ああ、昨日な。ようやくこれで遺跡調査に乗り出すという段階で坊主達が来たと言うわけじゃ」
「危ないところでしたね」
シオンの言葉にナルクはニヤリと笑って頷いた。
「坊主、念入りに準備はしておくんじゃぞ。何があるかわからん場所じゃ。幸いに準備のお金は湯水のように使って良い事になっておる」
「はい」
「そっちの嬢ちゃんもじゃ。坊主と嬢ちゃんの個人レベルからチーム共用のものもこのさい整えるんじゃな」
「は、はい」
シオンとルフィーナは素直にナルクの言葉に頷いた。二人の意識の中で共用のもののイメージであったのだがナルクの言葉により遠慮することは自分の首を絞めることであるという認識に変わったのだ。
「俺とルフィーナ、ナルクさん達三人、その四聖天の四人で遺跡調査に乗り出すんですか?」
シオンが尋ねるとナルクは首を横に振る。そしてエミュリスが変わって口を開いた。
「今シオン君が上げた九人に加えて、傭兵ギルドから八人、魔術師ギルドから三人、闇ギルドは十五人程だ」
「闇ギルドだけ正確じゃありませんね?」
「ああ、紅い風という闇ギルドが参戦することになっているんだが、人選を行うとだけ言ってきているんだ。一応連絡員がこの宿舎にいるが出発当日にここに姿を見せるという通知だけが来ている」
エミュリスはため息交じりにシオンに説明する。エミュリスの反応からエミュリスがメンバーの管理を行う立場なのかも知れない。
「なるほど、それでフィグム王国との調査隊とはどうやって合流するんです?」
シオンの言葉にエミュリスは失念していたとばかりに再び話し出した。
「ズヴィルグ山の入る前にあるエルクイッドという都市で合流する事になってるんだ」
「わかりました」
エミュリスの返答にシオンは簡潔に返答する。シオンはルフィーナに視線を移すと声をかける。
「それじゃあ、聞きたい事は聞けたからそろそろ部屋に戻るとしよう」
「うん」
「みなさん、これで失礼しますね」
シオンがそう言って立ち上がるとルフィーナもそれに続いて立ち上がった。
「うむ。坊主、嬢ちゃん頼りにしとるぞ」
「二人とも頑張ろうね」
「二人ともいつでも頼ってくれて良いからね♪」
ナルク達の言葉にシオンとルフィーナはニッコリと笑って頷くと部屋を後にする。
バタン……
扉が閉じられたところで三人は互いに頷き合う。
「それにしても坊主が参加とは助かるな」
「ああ、シオン君が参加してくれるというのは、運が向いている証拠だよな」
「そうね。シオンが参加してくれるのは正直有り難いわ。それにルフィーナちゃんもシオンとコンビを組むのだから何かしら光るモノを持っている可能性は高いわ」
三人は互いに視線を躱すと誰ともなく頷いた。それからエミュリスが口を開く。
「フィグム王国は噂の“勇者”達を送り出すかな」
「多分私達が失敗したら送り出すかもね」
「俺達はどっちにしても今回は勇者を見る事は出来ないと言うことだな」
「そうね。まだ十七~八って話よ。それでアーヴィング=マッシャー団長よりも強いというんだから末恐ろしい話よね」
クシャーラがそういうとナルクがすかさず窘める。
「そんな天上人の事を気にしても仕方あるまいよ。我々はまず生き残る事を考えないとな」
ナルクの言葉にエミュリスとクシャーラは頷いた。
(坊主、お前の力……当てにさせてもらうぞ)
ナルクは心の中で呟いた。




