宿舎にて②
自分達の部屋を出たシオンとルフィーナは従業員にナルク達の滞在している部屋を確認するとその部屋へと向かう。ナルク達の部屋は二階の一番奥の部屋であった。
コンコン……
シオンは躊躇いもなく部屋の扉をノックした。すると即座に「は~い」とした間延びした返事が発せられ扉が開いた。
出てきたのは茶色の髪を後ろでまとめた美しい女性であった。女性は卵形の輪郭にすっと通った鼻、愛くるしい唇、そしてもっとも魅力的な大きな黒い瞳である。それらがバランス良く配置され絶妙な美しさを演出している。
「うわぁ……綺麗な人」
ルフィーナの口から分かりやすい賛辞が発せられ美女の耳に入る。褒められて悪い気はしないのだろう。美女はにっこりと微笑み、シオンに視線を移すと少しばかり驚いた表情を浮かべた。
「あら、シオン久しぶりね。ここに来たと言う事はあんたもズヴィルグ山の遺跡調査を受けたの?」
美女がシオンに親しげに話しかける。どことなく弟に対する姉のような印象をルフィーナは感じた。
「こんにちはクシャーラさん。俺達も遺跡調査を受けたので挨拶に来たんですよ。ナルクさんとエミュリスさんはいますか?」
「うん。入って入って。ところで……そっちのカワイイ娘さんはシオンのこれ?」
クシャーラはルフィーナを見て小指を上げニンマリと微笑みながら言う。
「はい。俺の恋人のルフィーナです」
シオンはあっさりと答える。事実ではあるし、テレを見せればそこを酒の肴にされることをシオンは経験からわかっているからこそ、あっさりと答えたのだ。
「へぇ~シオンがこんな可愛い子を捕まえるなんてね。私はシオンの冒険者仲間のクシャーラよ♪ よろしくねルフィーナちゃん♪」
「は、はい!! よろしくお願いします!!」
クシャーラの挨拶にルフィーナはやや緊張して返答する。
「やだ、この子可愛すぎるじゃない。緊張しちゃって可愛いわ♪」
「ふぇ!!」
クシャーラはルフィーナに抱きつくとルフィーナの頭にまで腕を回した。クシャーラのスタイルは非常に悩ましいものであり、出るとこ出て、引っ込むべきとこは引っ込むという女性の憧れのようなスタイルである。
ルフィーナもその点で劣るものではないのだが、クシャーラという絶大な比較対象が隣にいると少々見劣りするのだ。まぁクシャーラの年齢的に漂う大人の色気に、ルフィーナの瑞々しい美しさが押されていると言った所である。
「クシャーラさん。ルフィーナをからかわないでくださいよ」
「あらあら、シオンったら妬いてるの? 大丈夫よ私の心も体もエミュリスのものだしね」
「そんな事を心配してませんよ」
クシャーラの言葉にシオンはため息交じりに答える。
「ま、いいわ。入って入って」
クシャーラはニコニコと笑って部屋に二人を招き、二人が部屋に入ると扉を閉める。部屋にはベッドが二つあり、窓際にソファが対面上に置かれている。そのソファに二人の男性が座っていた。
半白の髪をオールバックにした初老の男性とそのままその男性を若くしたような容姿の二十代半ばの男性である。
(あれがナルクさん、そして若い方がエミュリスさんってわけね)
ルフィーナが二人を見て即座に判断を下した。ナルクとエミュリスの容姿は似ているために血のつながりを感じさせるには十分すぎる程であった。エミュリスの方がやや柔らかい印象を受けるのは目が少々垂れ目気味故と言えるだろう。
「おお、坊主久しぶりじゃな」
「ナルクさんお久しぶりです」
「シオン君、久しぶりだな。ここにいると言う事は遺跡調査に参加するわけだ。頼もしいよ」
「エミュリスさんもお久しぶりです。頼もしいというのはこちらのセリフですよ」
挨拶の様子からシオンとナルク達の関係性は決して悪くないものである事をルフィーナは察した。
挨拶を終えたナルク達の視線がルフィーナに集まるとそれを察したルフィーナが慌てて頭を下げてあいさつを行う。
「初めましてシオンとコンビを組んでいるルフィーナと言います」
ルフィーナの挨拶にナルクとエミュリスはニッコリと笑う。
「よろしくの嬢ちゃん。儂はナルクじゃ」
「俺はエミュリス、よろしくねルフィーナちゃん」
ナルクとエミュリスがにこやかに挨拶を返すと今度はシオンに意味ありげな視線を移した。シオンが答える前にクシャーラが口を開く。
「あ、そうそう。シオンとルフィーナちゃんは恋人同士よ!! ああなんて甘美な響きなのかしらあなたもそう思わない?」
クシャーラの機嫌の良い言葉にエミュリスは苦笑を浮かべた。
「全く……クシャーラよ。坊主の口から答えさせるのが楽しみじゃったのにお前が答えてはつまらんじゃろ」
「えへへ、つい答えちゃいましたよ」
「まったく……我が息子の嫁ながら困ったやつだ」
ナルクはため息交じりにクシャーラに苦言を言うが、雰囲気が全く悪くなっていない事からこれがこの三人の通常の関係性なのだろう。
「ところで坊主がここに来たのは気にかかる事があるからじゃろう?」
ナルクは急に真面目な表情と声でシオンに問いかける。エミュリスもクシャーラも同様でルフィーナはこの切り替えの速さに内心驚いたがシオンはまったく驚いていないところを見るとこの切り替えの速さを知っているのだろう。
「はい。今回の遺跡調査について怪しさが多々ありますのでね」
「ふむ、差し当たっては何故儂が依頼を受けたかかな?」
「いや、シオン君はそんな個人的な事じゃなくて俺達の立ち位置を探りに来たんじゃないかな?」
「何言ってるのよ。シオンたちが結んだ契約と私達の結んだ契約内容が一緒かどうかを確かめに来に決まってるじゃない」
シオンの言葉を受けて三人が即座に答えた。三人の意見を聞いてルフィーナはゴクリと喉をならした。この三人はシオンがただ単に挨拶に来たわけではない事を即座に察していたのだ。
(抜け目が全くない人達ね)
ルフィーナはこの朗らかな三人が決して甘い相手ではない事を思い知らされた気分である。
「大体あたりですね。ただクシャーラさんの意見だけは正直思いつきませんでしたけどね」
シオンの返答を受けてクシャーラは“あちゃ~”という表情を浮かべた。
「それじゃあナルクさんはどうしてこの依頼を受けたんですか? ここ数年依頼を受けるような事はしなかったでしょう?」
クシャーラが墓穴を掘った事をシオンは華麗に流すとナルクに問いかける。
「簡単じゃディスウォルに頼まれたんじゃよ」
「え? それだけ?」
「ああ、儂とディスウォルは幼馴染みでな。互いに持ちつ持たれつなんじゃよ」
ナルクは何でもないように言った。




