宿舎にて①
フィムドル商会と契約を交わした後、シオンとルフィーナはそのままフィムドル商会が用意した宿舎の方に案内された。
フィムドル商会の用意した宿舎は三階建てのちょっとした高級ホテルのような外観をしている。
中に入ると案内人が二人を部屋まで案内する二人の部屋は二階であった。
「こちらになります。お食事は部屋で取られる事も出来ますのでご遠慮なくお申し付け下さい」
「「ありがとうございます」」
二人は案内人に礼を言うと案内人は一礼して去って行った。無愛想というよりも滞在者に対して不必要な干渉はしない方針のようである。二人にとっても正直そちらの方がありがたいというものである。
ドアを閉めて、滞在する部屋を確認すると調度品はどれも一級品と称して良いレベルの品質である。部屋も清潔であり従業員の仕事の丁寧さが窺える。
「なかなかの部屋ね」
ルフィーナが満足したように言うとシオンも同意とばかりに頷いた。
「しかし、ルフィーナは本当にお嬢様だったんだな」
「どういうこと?」
シオンの問いかけにルフィーナは小さく首を傾げる。その仕草にシオンは苦笑を浮かべた。シオンが苦笑したことに対してルフィーナがやや不本意な表情を浮かべた。
「いやな。これほどの部屋に案内されてルフィーナは“なかなか”と言ったろ?」
「うん」
「俺はこんな凄い部屋に泊まったのは初めてだからさ。圧倒されちゃったけどルフィーナの反応は慣れているように感じたんだよ」
シオンの言葉にルフィーナは納得の表情を浮かべた。ルフィーナの実家は侯爵令嬢であったため、これほどの調度品に対しても慣れていたのだが、シオンは庶民であり実家も普通の一般家庭である。そのためこれほどの質の調度品に触れる機会がほとんどなかったのだ。
「ま、その辺りの事は後にするとして早速やっておくか」
「え?」
シオンはそう言うと懐から木札を取り出しボキリと折った。シオンは続けて魔法陣を展開する。
ものの数秒で魔法陣の光は収まり、魔法陣も消え失せる。何かしらの魔術をシオンが展開したのは明らかである。
「ねぇ、シオン一体何の術を?」
ルフィーナはシオンが何の術を使用したのかがわからないのだから、シオンに尋ねるのも当然というものだ。
「ああ、防音だよ。この部屋の会話は外にはまず聞こえないようにしたんだ」
「え……それって……」
シオンが術の説明をするとルフィーナは少しばかり呆けた表情を浮かべるとすぐに頬を赤くした。
「どうした?」
「そんな……今日ここで? そりゃ私だってシオンは好きだけどまだ心の準備が……」
「おい」
「やっぱり初めてって……痛いのかしら……でも」
「おいルフィーナ」
「私臭くないかな? やっぱりまずはお湯を」
「おい!!」
「シオンが一緒に入ろうって……いたっ!! 何すんのよ!!」
ルフィーナがあまりにも自分の世界に没頭したのでシオンがルフィーナの頭をチョップしたのだ。
「お前、さっきから何言ってるんだ? 話を聞けって」
「あ、うん。シオンは経験あるの? 私は好きな人と思ってたから経験は……」
「経験って何の経験だ?」
「え? それを女の子の口から言わせちゃう?」
ルフィーナが顔を真っ赤にしてから言う。ここでシオンはルフィーナがなにやら誤解していることに気づいた。
「何言ってるんだお前は。俺はただ単に情報の確認をしようとしているだけだ」
「へ?」
「防音をかけたのは誰が聞いてるかわからないから保険をかけたまでのことだ」
「え?」
シオンの言葉を受けてルフィーナは呆気にとられ、再び顔を赤くした。どうやら自分がとんでもない勘違いをしていた事に気づかされたのだ。それも相当恥ずかしい勘違いである。
「あのな。俺達は確かに恋人になったがそういう事はやはり段階を経て至るべきだと思うんだ」
「そ、そうよね!! さっきの会長との会話からシオンがその私を求めてくるものだと思ってたのよ。あははっははは」
ルフィーナの乾いた笑いが室内に響く。シオンとしても苦笑いしか浮かばなかった。
「た、確かに会長との会話の流れから一緒の部屋を求めたのはそういう事をするためと誤解されても仕方ないな」
「う、うん」
ルフィーナの同意の言葉にシオンは僅かながら恥じ入った。
(う~む、ルフィーナは結構ビクビクしてたんじゃないだろうな? 俺だってルフィーナとそのもっと……いかんいかん)
(うわぁ~恥ずかしい!! 私ったら完全に今日シオンと結ばれる思っちゃった。そうよねこの仕事にまずは集中すべきよね)
シオンとルフィーナは同時に首をブンブンと横に振った。二人はしばらく首を振っていたが落ち着いたのか仕切り直しとばかりに視線を交わらせると互いにうんと頷いた。
「すまんな。思いがけず動揺してた」
「私もよ」
そこで二人はどちらかともなく笑い会った。何とも言えない穏やかな空気が両者の間に流れた。
「それで、話し会う事って?」
「ああ、帝国がフィグム王国と共同調査を持ちかけた本当の目的だよ」
「本当の?」
「ああ、帝国はフィグム王国と組む必要があったんだよ」
シオンの言葉にルフィーナは少し考え込む。しばらくしてルフィーナは口を開く。
「もしかして、アルムさん?」
ルフィーナの返答にシオンは頷く。
「そしてアルティナ、イリーナさん、ヴィアスさんもだ」
シオンの上げた人物の中に入っていたアルティナという名前にルフィーナは目を細める。
「ひょっとして私達が失敗したら……」
「兄さん達が駆り出されるんだろうな。フィグム王国とすれば勇者チームの宣伝、ドルゴーク帝国とすれば勇者チームの実力の確認」
「何か気にくわないわね」
「ああ、俺達が失敗するのが前提のような感じだな」
「ひょっとしたらすでに失敗した経験があるんじゃない?」
「あり得るな。経年劣化防止の魔術の情報はすでに派遣した調査隊がもたらした情報の可能性が高いな」
「じゃあ、私達ってこのままこの調査が終わったら消されるの?」
ルフィーナが真剣な表情でシオンに尋ねた。ルフィーナの問いかけに対してシオンは静かに頷く。最悪のケースを想定しておくのはシオンにしてみれば当然の事であるのだ。
「もちろん最悪のケースはそれだ。考えすぎの可能性が非常に高いが闇ギルドを雇ったのがやはり気になってな」
「私達を殺す役目、もしくは罪を負ってもらう役目……」
「油断しない方がいいな」
「うん」
シオンとルフィーナは互いに頷く。不明瞭な事が多い以上、雇い主に疑いの目を向ける必要はあるのだ。もちろん、二人の考えは杞憂でありディスウォルの話した理由が正しい可能性も十分にあるのだ。
「確認しておきたいというのは以上だ。さて、それじゃあもう一つの方に行くとしよう」
「もう一つ?」
「ああ、ナルクさん達への挨拶だ」
シオンはそう言うと立ち上がった。




