依頼受任①
フィグム王国からドルゴーク帝国の帝都であるハウンゼルトにシオン達が戻ったのは一週間後であった。
行きよりも短い時間でハウンゼルトに戻ることが出来たのは、ドルゴーク帝国に入国してからすぐに、転移魔術を起動して予めシオンが定めていた帝都近くの拠点に転移したからである。
王都を出てすぐに転移を行わなかったのは転移魔術により国境を越えることは許されていないからである。そんなことお構いなしに転移魔術を行う者もいるのだが、国境には結界が張られ探知される事になっており、必ず追跡が行われ逮捕される事になるのだ。
国境を転移魔術で越えるのは物事を知らないアホウというのが一般的な評価になるのだ。
「久しぶりね」
「ああ」
シオンとルフィーナは帝都に戻ってきた喜びの声をあげる。
「さてと、それじゃあギルドへと行くとしようか」
「うん♪」
シオンがそう言うとルフィーナはニッコリと笑って答える。本当の恋人同士になってシオンとルフィーナの間に流れる空気は間違いなく甘さが含まれているようになった。しかし、旅の間にべたべたするような事はしない。シオンもルフィーナも任務中には冒険者としての意識を強く持っており、恋人と言うよりも相棒という面を強く押し出していたのだ。
しかし、安全な都市などでは恋人同士に相応しい態度をお互いにとっているのである。
ちなみに二人とも次の目標はキスなのだが、そこまでは二人はテレがあり未だに至っていないのである。
その辺は未熟な若い二人というものであった。
シオンとルフィーナは甘い空気を以前よりも醸し出しながらギルドへと向かうのであった。
ギイィ……
ギルドについた二人が扉を開けると懐かしい喧噪がそこにはあった。ほぼ一月ぶりのハウンゼルトのギルドである。
「よぉ、随分と久しぶりじゃないか」
「久しぶりだな。くたばったかと思ったぞ」
シオンの姿を見た冒険者達が声をかけてきた。
「ええ、フィグム王国の兄を訪ねてましてね。今帰ってきた所なんですよ」
シオンはにこやかに返答する。シオンは自分の能力については徹底的に秘密主義を貫いているがそれは冒険者達との関わりを拒絶する事を意味しない。いつ仕事で組む事になるかわからないのに、こちらから拒絶するのは愚かな事である。
「なるほどな。それにしても今日帰ってきたって言うのにもう仕事を探すのか?」
冒険者の一人が呆れたやつだと言わんばかりの表情を浮かべていう。
「ええ、実はフィグム王国で面白そうな依頼を見つけたんですよ」
「面白い依頼?」
シオンの“面白い依頼”という言葉に冒険者達の耳目が集まる。冒険者にとって情報というのは生命線である以上、情報の収集に熱心なのは当然である。
「はい。ズヴィルグ山に遺跡が見つかったらしくてその調査依頼が出ていたんです。しかもその依頼ってフィグム王国とドルゴーク帝国の国境沿いにあるとかで両国が共同出資して調査するらしいんですよ」
シオンの言葉に思い至った冒険者達は納得の表情を浮かべるが同時に難しい表情も浮かべている。
「どうしたんです?」
シオンが冒険者達に尋ねる。正直な話、冒険者達の顔が曇っている理由は推測がついているのだが、それを確かめるためにもシオンは冒険者達に尋ねたのだ。
「いやな、その依頼なんだが冒険者ギルドだけじゃなく、傭兵ギルド、魔術師ギルド、そして闇ギルドにまで依頼を出してるらしい」
「え?」
「ちと、きな臭いという事で俺達の間では慎重になっているんだ」
「う~む、闇ギルドか……」
「単なる遺跡調査で闇ギルドに声かけする理由がきな臭いだろ?」
「確かにそうですね。それじゃあ冒険者ギルドからは参加者はいないんですか?」
シオンの言葉に冒険者達は首を横に振る。
「ナルクの爺さんが参加するらしい」
「え!?」
冒険者の一人の言った言葉にシオンが驚きの声を発した。シオンの驚きの声を受けてルフィーナは首を傾げる。ルフィーナはハウンゼルトの冒険者ギルドに所属こそしているがほとんどギルドにいないのでほとんど知り合いがいないのだ。
「でもナルクさんはここ数年依頼を受けてなかったでしょう?」
「そうなんだ。不思議に思って尋ねたけど教えてくれない」
「エミュリスさんは?」
「エミュリスも参加するようだ」
「エミュリスさんが参加すると言う事は?」
「もちろんクシャーラもだ」
「そりゃ二の足を踏むのも分かりますね」
シオンはややため息交じりに言うと冒険者達も同意とばかりに頷いた。ルフィーナにはシオン達の反応の意味がわからないのだが口出す事を避けたようである。
「それでシオンは参加するのか?」
「はい。そのつもりです」
シオンの返答に冒険者達は呆れたような反応を示した。冒険者達にしてみればせっかくの忠告を無視したと思ったのだ。
「ナルクさん達が参加するのは予想外でしたけど、こっちはこっちで参加する意味があるんですよ」
「そうか、俺達の稼業は自分の意思で依頼を受ける。自分で決めた以上こちらからは何も言うつもりはないが、爺さん達に巻き込まれないようにしろよ」
「もちろんです」
シオンは力を込めて頷いた。その返答にルフィーナは流石に不安になってくる。ここまで恐れられるナルク達が気にかかるというものである。
「それじゃあ」
「おう」
シオンは冒険者達に挨拶をすると受付の方へ向かって歩き出す。シオンのすぐ後にルフィーナも続いた。
「ねぇそのナルクさん達ってどんな人達なの? すんごく嫌な人達とか?」
ルフィーナは心配そうにシオンに尋ねる。シオン達の反応はどう考えてもナルクという人物が一筋縄にいかない人物である事を物語っていたのだ。
「いや人格的にはすごく面白い人達だよ。ナルクさんも息子のエミュリスさんもその奥さんのクシャーラさんもな」
「ん? 人格的に問題無いのなら良いんじゃないの?」
ルフィーナは首を傾げながら言う。“面白い”という言葉を使うというのなら嫌な人達というわけではないはずだ。
「ああ、だがあの人達は……やり方が少々過激なんだよ」
「え?」
「例えるなら“火を消すために洪水を起こす”ような人達だ。しかも、実力的には超一流だから本人達はほとんど被害がないんだ……」
「それって……」
「ああ、周囲の者達がその被害を被ることになるのさ」
「ははは……」
シオンのため息交じりの言葉を聞き、ルフィーナの口から乾いた笑いが発せられた。




