晩餐①
「まったく、いくらなんでも長湯しすぎだろ」
シオンはすっかりのぼせたルフィーナとアルティナに呆れた様な口調で声をかけた。
「うう……ごめんなさい」
「ちょっとシオンさん、お姉様を責めないで下さい。男性と違って乙女には、髪の手入れ、肌の手入れと色々と湯浴みでやることがあるんです」
「そりゃそうかもしれないが、のぼせるのはやりすぎじゃ無いのか?」
「う……」
アルティナの反論はシオンの正論によりあっさりと論破されてしまった。確かに女性の入浴には色々な手入れがあるために男性よりも時間がかかりやすいのは事実だがそれでものぼせるほど時間をかけるのはやはり長すぎると言わざるを得ない。
「まぁ、ルフィーナも久々の風呂だったからな。仕方ないかも知れないけど気を付けろよ」
「はぁ~い……」
「う~~」
ルフィーナは素直にシオンの言葉に従うがアルティナは少々不満のようである。神の戒めが完全に消え去っていないアルティナにとってルフィーナが好意を寄せているシオンに対し嫌悪感が沸き上がるのはある種仕方のない事なのだ。
食ってかからないのは先程の入浴時におけるルフィーナとの会話の結果である。
「これ以上兄さん達を待たせるのも悪いし行こう」
「は~い」
「わかりました」
シオンがそう言うとルフィーナとアルティナは素直に従う。三人は連れだって食事室へと向かう。この屋敷は王族の所有する屋敷であり、食事用の部屋も『朝食』用、『昼食用』、『晩餐』用の三つもあるのだ。
アルム、ヴィアスは平民と言うこともあり三つも部屋を食事ごとに分ける意義を見いだせなかったために朝食用のものを使用している。
ちなみに料理は当番制であり、アルム、ヴィアス、イリーナ、アルティナが順番に食事を作る事になっていた。勇者や大賢者、聖女に家事をさせる事に対して国家としては難色をしめしたが、アルム達は
『使用人の方々が我々の旅についてきてくれるわけではありません。使用人の方々がいないと何も出来ないと言う事になれば最終的に困るのは我々ですので、これも訓練だと思っています』
という論法で使用人は必要最低限の事をしてもらうようにしていたのである。その使用人も庭の整備、洗濯などを頼むだけで、基本他の事は自分達でやっていたのである。
もちろんアルム達が使用人の世話を拒む理由は単に訓練だからと言う事では無い。使用人の中には当然ながら若い女性、しかも見目麗しい者が多く用意されていた事から、所謂ハニートラップを警戒したのである。
アルムとて健全な青少年である。何らかの間違いを犯した場合、それによりその女性を使って自分をフィグム王国に縛り付ける危険性を感じたのである。
この表現であればイリーナやアルティナ相手には間違いを起こさないのか?という事になるのだが、イリーナやアルティナの容姿は誰もが美少女であると認める容姿をしている。そのためにもちろん間違いを起こす可能性はゼロでは無い。
しかし対等な関係を築いている彼らにとってもし肉体関係を結んだとしてもそれは純粋な恋愛によるものであり、打算というものはそこに含まれてはいないのだ。少なくともアルム達四人にとってそれは共通した思いであるのだ。
「お、来たか。さ、座ってくれ」
アルムはシオン達を見るとすぐに着席を促した。テーブルの中央にはシチューで満たされた鍋、盛られたバゲット、大量に焼かれた肉があった。それぞれ魅惑の香りを放っており、シオンとルフィーナは視覚にも嗅覚にも幸せを感じていた。
「すごいな。兄さんが作ったの?」
シオンがアルムに言うと苦笑して首を横に振る。
「俺は肉を焼いただけだよ。このシチューはエルリアさんが作ってくれたんだ」
アルムの返答にエルリアはにっこりと微笑んだ。
「お世話になるのだからせめて料理ぐらいと思ったのよ」
「おいしそうです!!」
「本当!!」
シオンとルフィーナの反応にエルリアは満足そうに笑った。王都までの道のりでは見せる事の無かった心のそこからの笑顔である。王都に着くまで新たな刺客が襲ってこないとも限らないのでシオン達三人は常に周囲に警戒をしていたのである。
「とにかくみんな座って。早速食べましょう♪」
イリーナが着席を促すと全員が席に座った。するとヴィアスが器を手に取るとシチューを注ぎ順番に手渡していく。それを見てシオンとルフィーナが立ち上がりかけるがアルムが声をかける。
「気にしなくて良い。今日はヴィアスが配膳係なんだよ。それに三人は大事なお客様だ。お客様にさせるわけにはいかないよ」
「まぁエルリアさんに食事を手伝ってもらったから説得力無いわね」
イリーナのツッコミにアルムは何でもないように返答する。
「イリーナ君、君は俺の大雑把な料理とエルリアさんの魅惑の料理のどちらがすばらしいかいちいち説明せねばわかってもらえんのかね?」
「もちろん、エルリアさんの料理よ」
「ならば俺が手伝ってもらった事はみんなの利益に通じることなのだよ。俺はみんなの利益のために涙を呑んで節を曲げたのだ」
「はいはい……まぁ、私としてもエルリアさんの料理を食べれるのは嬉しいから良いとしましょう」
アルムとイリーナのやりとりに場は一気に笑いに包まれた。
「アルムさんってこういう人だったの?」
ルフィーナがシオンに囁くとシオンは頷く。
「ああ、兄さんは昔からこんな風な所があったよ」
シオンは苦笑しつつそう言うとルフィーナも苦笑を浮かべた。ただルフィーナの苦笑はシオンが苦笑をしているがそれがアルムに対する親愛故である事に気づいたからである。簡単に言えば“素直じゃないんだから”と言った所であろう。
「まぁとにかく食べましょう。こんなおいしそうな料理をお預けというのはつらいわ」
「だな」
イリーナの言葉にアルムは即座に返答し全員が頷いた。
「「「「「「「神よ……本日の糧を与えて下さったことに感謝いたします」」」」」」」
全員が声を揃えて食事前の感謝の祈りを捧げる。フィグム王国での当たり前の作法であった。
感謝の祈りを捧げて全員がスプーンを手に取り、シチューを口へと運ばれると全員の顔が幸せに満ちる。
「美味しい!!」
「美味い!!」
「こりゃ美味い!!」
全員がシチューに舌鼓を打ったことにエルリアは嬉しそうな表情を浮かべた。ヴィアスもどことなく嬉しそうな表情を浮かべている。
全員はそれから楽しく歓談しながら食事を楽しむ。美味い料理に気の良い人達との食事ほど楽しい食事というものはないだろう。
「そう言えば、何か良い仕事はあったのか?」
歓談の中でアルムがシオンに尋ねてきた。アルムの質問にシオンは頷く。
「うん。ズヴィルグ山で遺跡が見つかったらしくてその調査というのを受けるつもりなんだ」
「ほう、遺跡の調査か」
「うん。実入りも大きそうなんだ」
シオンは自然な口調で言う。この仕事を受ける背景にはアルムとアルティナの露払い的な目的があるのだが、それをアルム達に知らせるわけにはいかない。
アルム達は自分達のためにシオン達が危険を犯すのを好むことは決して無いのだ。それを分かっているからこそシオンはあくまで冒険者としての実入りの大きさをアピールしたのである。
「……なぁシオン」
「何?」
「その依頼に俺もついて行っちゃ駄目かな?」
「は?」
アルムの提案にシオンはつい呆けた返答をしてしまう。イリーナはアルムの提案に反対する素振りを見せない。どうやら成り行きを見守るつもりらしい。
アルティナも期待のこもった目でシオンを見ている。ルフィーナと一緒に居れる事に対して期待しているのだろう。
(兄さん達が一緒に来てくれればこの上なく心強いけど……それじゃあ意味ないんだよな)
シオンは心の中でそう結論づけると静かに首を横に振った。
「いや、実はその調査は王国と帝国での共同調査らしいんだ。俺とルフィーナの本拠地は帝都のハウンゼルトだから。やはり帝国側から参加するのが筋なんだ。兄さん達は現時点でフィグム王国に所属してるからそれは出来ないよ」
シオンの返答にアルムは残念そうな表情を浮かべる。シオンの言っていることは正論である。
もしアルム達がシオンに付いていって帝都から調査に参加してしまえば国際問題に発展する可能性が高い。アルム達の個人的感情を優先した結果、両国の関係が悪化すれば迷惑を被る人が一気に増えることになるのだ。
「そうか……シオンの言うとおりだな」
「でも困った事が出来たら兄さん達を頼らせてもらうよ」
「おう、任せろ」
シオンの言葉にアルムは嬉しそうに笑った。




