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勇者との演習⑬

(良し!! 兄さんが食いついた)


 シオンはアルムの“俺に何かしたのか”という言葉に内心胸を躍らせていた。このとっかかりを上手く利用する事がシオンにとって勝利の最後の手段であったのだ。


(シオンの性格上、俺に毒を仕込んだというのはあり得ないな。これが本当の殺し会いであれば毒を使う事も想定すべきだが、これは試合である以上、それはない)


 アルムはシオンの態度に毒を仕込んだ事を考えたのだが、即座にその可能性を否定する。シオンは戦いに知力で挑むというのがアルムの見立てであるが、それゆえにこの試合で毒を使うような事はないと判断したのだ。

 毒を使ってまで勝利を収める必然性がシオンにはないという判断は誤りではない。シオンがこの戦いでアルムの足を引っ張ると判断されれば騎士団に保護の名目で監禁される可能性もあるのだが、今までの戦いの流れから足を引っ張るという可能性は確実に排除されるというものだ。


「兄さんはこの戦いの結果で俺がどうなるか察しているか?」


 シオンの言葉にアルムは訝しがる。


(試合の始まる前にシオンはアーヴィングさんに厳しい視線を向けていたな。何かしらの意図に気付いたと言うわけか)


 アルムはシオンの言葉に沈黙を守る。アルムが沈黙を守ったことでシオンはまたもニヤリと笑った。


「ヒントはエルリアさんだ」


 シオンの言葉にエルリアに視線が集まった。視線を受けたエルリアは首を傾げた。シオンの言葉の意図をいまいち図りかねたのだ。


「どういうことだ?」


 アルムの言葉にシオンは返答する。


「簡単な事だよ。エルリアさんは貴族に狙われている。エルリアさんを押さえれば大賢者の祝福(ギフト)を持つヴィアスさんを脅迫することができる。という事は俺を押さえれば兄さんを脅迫することが出来るという図式も成り立つ」


 シオンの言葉に全員が聞き入る。シオンの言葉は淡々としており、それが逆にシオンの言葉の信憑性を高めていたのだ。そのためにシオンの言葉はこの場で絶対的な真理のような力を持ち始めていたのだ。


「そんな兄さんの弱点となる可能性のある俺をマッシャー団長が放っておくとはならないよね?」

「確かにそうだな。だがシオンはやすやすと捕らえられるような実力じゃないだろ」


 アルムの返答にシオンは静かに頷くとさらに口を開いた。


「確かにそうさ。でも兄さんは認めてくれたようだけど他の人はそうじゃないさ」


 シオンはそう言うとアーヴィングを睨みつけた。シオンの行為に光輝(ヴィルテス)騎士団の騎士達はやや狼狽える。シオンが自分達に敵意を持っていると受け取ったからである。


「多分この後、俺は光輝(ヴィルテス)騎士団に保護という名目で監禁されるだろうな。当然ながら俺とすればそんな目に遭いたくはないから手段を選んでなんていられないんだ。兄さんには悪いけど最終手段を使わせてもらう」

「最終手段だと?」

「ああ、少々手荒いけど許してほしい」


 シオンの言葉にアルムは身構える。アルムが身構えた事で全員の緊張が嫌が応にも高まっていく。


「兄さん、身構えるのは無意味だよ。すでに兄さんは俺の術中だ」

「何?」

「兄さんはどうやら気づいてないようだけどすでに俺の術中に嵌まってるのさ」

「何をした?」

「ふふふ」


 シオンは不敵に笑う。アルムはそのシオンの余裕に動き出すことは出来なかった。


(一体……シオンは何を俺に仕掛けた?)


 アルムとすればシオンの余裕が気にかかって仕方がなかった。


(身構えるのは無意味と言ったな……シオンが俺に何か仕掛けたとすれば俺に一撃を入れた時か?)


 アルムは思考の袋小路に足を踏み入れていた。それはなかなか抜け出せないタイプのものであることをアルムは知らない。


(よし……兄さんはやはり頭が切れる。だからこそこれ(・・)にかかる)


 シオンはアルムを過小評価などしていない。むしろ最高レベルで評価していると言って良いだろう。それゆえに今のシオンが行っている最終手段にかかると思っているのだ。


「兄さん、不思議に思わないか。なぜ圧倒的に実力で上回る兄さん相手に俺はこれほど余裕を持っているのかってね」


 シオンは続けて言う。そしてアーヴィングに視線を向けると続けて言い放った。


「マッシャー団長、あなたは俺の最終手段が何か理解していますか?」


 シオンに突如声をかけられたアーヴィングは戸惑いの表情を浮かべた。その表情はアーヴィングもシオンの最終手段が何か分かっていない事の証拠であったのだ。


「安心しましたよ。どうやらこれで勝負は着きそうだ」


 シオンはそう言うと魔力を発し始める。それを感じ取ったのか全員がゴクリと喉をならした。


「兄さん、いくよ」


 シオンが静かに言った所でアルムもまた静かに頷いた。


(シオンの最終手段が何かはわからんが最後の攻防か何とか凌がないとな)


 アルムはそう決断するとアルムもまた構えをとる。シオンが自分に何を仕込んだのかは分からないが向かってくる以上構えをとるのは当然であった。


「さて……終わりだな」


 シオンはそう言うと構えを解き、発した魔力が散っていく。


「へ?」


 シオンが戦闘態勢を解いた事でこの場に流れる空気が一気に呆けたものへとなった。アルムもやや呆然としていたが、しばらくして思い至った様で納得の表情を浮かべると笑顔を浮かべた。


「なるほどそういう事か……」

「心臓がまだバクバクいってるよ」


 アルムの様子にシオンは堅い笑みを浮かべた。それからシオンの顔から汗が滝のように流れ出した。


「ふう……」


 シオンは安堵の息を一つ吐き出すとその場に座り込んだ。


「どういうこと?」


 イリーナが首を傾げながら言うとアルムがシオンに代わって答える。


「ああ、試合開始から五分経ったと言う事だ」

「あ……」

「つまりシオンの最終手段というのは“ハッタリ”だ」


 アルムの言葉に全員の間に呆れたかのような空気が流れる。しかしアルムは嬉しそうな表情を浮かべている。


「シオンの戦い方を見れば戦いは単純なパワー、スピード、テクニックだけでない事がわかるな。完敗だ」


 アルムの言葉にシオンは疲れ切った表情でアルムに返した。


「もうこの手を使うのはゴメンだね……精神的負担が大きすぎる」


 オチが弱いかなと思いましたがその辺はご容赦下さい。

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