勇者との演習⑫
「でやぁぁぁぁぁぁ!!」
シオンは叫びながらアルムに斬りかかる。だが先程のアルムの蹴りのダメージから回復しきっていないためにシオンの動きは明らかに鈍ってる。
そしてそれがシオンの行動が破れかぶれのものであるという印象をアルムに与えた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
シオンが改めて咆哮した瞬間にシオンの剣から発せられる炎が一気に増した。
(シオン……悪いがここまでだ)
アルムはシオンを覆う炎に惑わされることなくシオンの持つ剣に意識を集中する。
アルムはシオンの剣を躱すと同時にシオンに剣の腹で首筋を打ち勝負を決するつもりであった。
キィィィィン!!
アルムはシオンの剣を弾き飛ばし返す刀でシオンの首筋を打ち据える。アルムの剣がシオンの首筋に決まりシオンが倒れ込む姿を誰もが予想した。
「な……違う!?」
だが勝負を決したと思った時アルムの口から予想だにしない声が発せられた。アルムの手にある感触には人間の体を打った感触とは違う感触があったのだ。まるで空気の塊を叩いたかのような頼りない感触であった。
シオンの纏った炎が火の粉となって舞い散った後ろにシオンがいた。
(炎を纏ったのは自分の姿を隠すため……そして炎の人形を俺に攻撃させるためか!!)
アルムはシオンの作戦をそう察した。そう、シオンは炎を纏い、咆哮してアルムに斬りかかったのは本命の攻撃ではなかったのだ。あくまで炎を纏ったのはシオンの姿を模った人形を作成するためであったのだ。あとは斬りかかり自分は急停止し、炎の人形をアルムに攻撃させたのだ。
(そういう事だ。兄さん!!)
シオンは拳に魔力を注入し強化するとアルムに向かって突きを放った。何の変哲も無い基本通りの突きでありそこに特別なものは感じられない。
(やるなシオン!! だがそこまでだ!!)
アルムはシオンの作戦を評価しつつも次の一撃で倒すつもりであった。シオンの動きはダメージが未だ回復しきっていないために速度がいつもよりも劣っているのだ。アルムほどの実力者の前にその速力の低下は命取り以外の何者でもない。
「シオン!!」
そこにルフィーナが術式を展開し、ルフィーナの両手の前に魔法陣が描き出された。
(あの術式は……聖なる癒し!! シオンを治癒するつもりか!!)
アルムはルフィーナの描き出した魔法陣をほぼ一瞬で見抜くとルフィーナの意図を察した。
しかし、アルムは慌てることなく殴りかかるシオンへの対処を行う事にする。シオンのダメージが癒されようとも身体能力がダメージを負う前よりも上がるわけではない。確かに速力は現時点よりも上がる事だろうがそれは自分を上回るものではない事は明らかである。
そして自分が対処できないわけではない事をアルムは冷静に分析していたのだ。
だが……ここでルフィーナはアルムの察した意図とは異なる行動に出た。確かにルフィーナの描き出された魔法陣からは聖なる癒しが発動した。聖なる癒しは魔法陣から癒すための対象者へ光の手が伸び、対象者を優しく包む込むことで傷を癒すのである。
魔法陣から放たれた光の手が向かったのはシオンではなかった。なんとアルムに向かって放たれたのである。
「なんだと!?」
アルムの口から驚きの声があがった。この思いがけない出来事にアルムであっても動揺するのは当然であろう。誰が敵に治癒魔術を施すというか!? このあり得ない出来事にアルムの注意がルフィーナに向かった。
(笑い……? これは誤りでは無く狙った行動)
バギィィィィ!!
アルムがルフィーナの行動をそう断じた瞬間にシオンの右拳がアルムの左頬に直撃する。
「ぐ……」
シオンは“身体能力倍増”、“瞬神”による身体能力強化に加えて、魔力で拳を強化しそれを叩きつける一撃であった。しかもアルムはルフィーナに注意を向けていたためにまともにその一撃を食らってしまったのだ。
「「「アルム!!」」」
「すごい……」
アルムの仲間達、そして騎士達から驚きの声が上がった。アルムはシオンの一撃によりたたらを踏んだのだ。それは最近のアルムからはもはや全く見られない行動であった。いや、アルムであるからこそ先程のシオンの一撃を食らって意識を失わなかったと言えるだろう。
(よし!!)
シオンはアルムに一撃を加えると追撃を行う事をせずに即座にアルムから距離をとった。距離をとったシオンの横にルフィーナもまた移動すると聖なる癒しをシオンに施した。
「上手くいったわね♪」
「ああ、さすがに試合相手に治癒魔術を狙って施すなんて想像外の事だ。兄さんであっても混乱しておかしくないさ」
「最初は何考えてるのと思ったけど、シオンの狙い通りよね」
「そうとばかりは言えないな」
「どうして?」
「武器を失うのは想定外だった」
「……確かにそうね」
シオンの言葉にルフィーナは緊張の度合いを高める。シオンは今の一撃を加えるために武器を失ってしまったのだ。しかも今の手は一回こっきりの作戦であり二度目はないのだ。
「だが……俺達の勝ちはこれで確定だ」
シオンの自信たっぷりの言葉にルフィーナも頷く。ルフィーナもまた自分達の勝利を明らかに確信したような頷きであった。
(俺は何かされたのか? 確かに今のシオンの一撃は効いた……だが、戦闘不能というわけでは無い。それはシオンが一番分かっているはずだ。にも拘わらず勝利宣言、しかもルフィーナさんも同様の態度……迂闊に動けんな)
シオンとルフィーナの行動からアルムは自分の身に何かされたのではないかと訝しみ動く事は出来ない。いや正確に言えば動けないというよりも自分に何か仕組まれているかを確認するのが先と判断したのだ。
(シオンの祝福は偽造者……炎の魔剣は偽造した物? 魔剣を偽造したとすればシオンは何かしらの能力を付与した魔導具を偽造できるとしたら?)
アルムはシオンとの攻防でシオンは知力で戦うタイプであると判断したことが逆に慎重にさせていたのだ。
「兄さん、答え合わせといきたいのだけど……どうかな?」
そこにシオンがアルムに問いかけた。
「答え合わせ?」
シオンの問いにアルムは鸚鵡返しで応じた。アルムにしてみればシオンの能力を把握していない以上会話をする事で情報を集めるのは当然の事であった。
「ああ、俺とルフィーナが圧倒的な強者であるはずの兄さんに勝てるという答え合わせだよ」
「俺に何かしたのか?」
アルムの言葉にシオンはニヤリと笑った。




