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勇者との演習⑩

「お待たせしました」


 シオン達はアルム達の前に来ると礼儀正しく言う。


「いや、気にしなくて良いよ。いきなりのことだからな。作戦を立てる時間くらい幾らでも待つさ」


 アルムは特段気にした様子もなくシオンの言葉に返答する。


(油断してないな……格下の俺に対して油断しないなんて何考えてるんだよ。油断してくれればこれ以上ないぐらい助かるのにな)


 シオンはアルムが気負っている様子が全くない事と声の調子からシオンとルフィーナを見下しているわけではない事に頭を抱えたくなっていた。

 アルムほどの実力を持つのならばシオンとルフィーナの実力が自分に遠く及ばないのは理解しているはずなのに、シオンには一分の隙も見つけることは出来なかった。

 なお、アルムが油断しないのは、両親の姿を見て力に溺れることの恐ろしさを実感したからでありアルムは常に自分の力に呑まれないようにしているのだ。縁を既に切った両親であるが反面教師としてはこれ以上ない存在であったという事であろう。


「兄さん、始める前に確認しておきたいんだが」

「どうした?」

「兄さんはずっと俺の味方だよね?」


 シオンの言葉にアルムはやや虚をつかれたような表情を浮かべるがすぐににっこりと微笑んで頷くとはっきりと宣言した。


「もちろんだ。俺はずっとシオンの味方だよ」


 アルムの言葉にシオンは満足そうに頷くとアーヴィングに視線を移して言う。


「それではマッシャー団長……始めて下さい」

「わかった……。これよりアルム殿対シオン、ルフィーナ組の試合を行う。決着は試合開始より五分未満でシオン、ルフィーナの両名が戦闘不能になった場合、もしくは二人のうちどちらかでも戦闘不能にならない。双方異存は?」


 アーヴィングの出した条件に正直、シオンは不快感はある。だが、それをおくびにも出すことはない。

 シオンとアルムの実力の差を考えれば決して尊大な理由ではないのだ。


(俺が勝つとは微塵も思ってない。それは決して間違いじゃないが……正しいわけじゃない)


 シオンは心の中でそう思う。今回の試合の勝利条件はアルムを倒すことではなく五分間粘ることなのだ。

 そう何を持って勝利とするかという事で戦いというのは思った以上に戦い方は変わるものなのだ。


「始め!!」


 そこにアーヴィングが掲げた右手を一気に振り下ろした。


 アルムは剣を抜き放ち正眼に構える。シオンの出方を見るためなのだろう。シオンの一挙一動に注意を払っているのが十分にわかる。


(やはり隙は一切無いな……)


 シオンはアルムの構えを見て、いやみるまでもなく自分との実力との差を思い知らされる。だがシオンの心にあるのは絶望ではない。どのようにしてこの超越者から勝利をもぎ取るかという事だ。


「よし!!」


 シオンはそう言うと腰の剣を抜き放った。抜き放った剣から凄まじいと称するに足る炎が巻き起こった。


「な……」


 アルムの口から呆気にとられた声が発せられた。そして次の瞬間にアルムは防御陣を周囲の者達に施した。何もしなければその場にいる者が一瞬で灰になるかのような凄まじい熱である。

 アルムの防御陣のおかげであろう見学者達はシオンの剣から発した炎の影響から逃れることが出来た。


「お姉様!!」


 そこにアルティナが叫び声を上げる。アルムの防御陣は見学者達だけ(・・)を守っておりルフィーナはその対象から外れていたのだ。もちろんアルムとしてもルフィーナの事は気にかけていたのだが、対戦相手であるルフィーナを守るというのは筋が異なるという思いから保護の対象外としたのだ。

 尤もシオンがパートナーであるルフィーナを炎に巻き込んでしまうような事は無いというシオンへの一種の信頼があったのは否定できない。


「安心しろ、この炎の魔剣(イフリート)の発する炎は使い手の意図した者以外灼くことはない」


 シオンはアルティナに向けて言う。シオンの言葉を受けてルフィーナに全員の視線が集まるがルフィーナは涼しい顔をしている。


(ちょっとそういう事は先に行っておきなさいよ!! シオンのバカ!!)


 尤も表面上は涼しい顔をしていたのだが心の中では大いに焦っていたのである。それを表面に出さないのはルフィーナの努力の賜と言えるだろう。


(すまん……言うの忘れてた)


 シオンは心の中でルフィーナに謝るとアルムに向かって剣を一振りする。振られた剣から炎がアルムに向かって飛ぶ。

 アルムは慌てる事無くシオンの放った炎を左手で払った。すると放たれた大量の炎がまるで岩にぶつかった波のように破砕される。


(素手で……)


 シオンが驚きの声を胸中であげた所にアルムが動く。一瞬でシオンの懐に入るとそのまま手にした剣を横に払った。


 ギィィィン!!


 シオンはかろうじてアルムの剣閃を受け止める事に成功する。だがアルムの斬撃の重さは凄まじいものでシオンは堪えきることは出来ずに二メートルほど後ろに飛び着地する。


(重すぎる……)


 シオンの背に冷たい汗が発生するのとアルムが攻撃を開始するのはほぼ同時であった。


 アルムは上段から振り下ろした斬撃からそのまま突きに、そして横薙ぎの一閃、そして返す刀での逆袈裟斬りとほぼ一瞬で四つの斬撃を放ってきた。

 シオンはその四連斬を辛うじて捌ききった。シオンが“身体能力倍増”と“瞬神”のスキルを使用している事がアルムの連撃を捌くことが出来た理由である。


(く……下がっては一気に押し込まれる。ここは打って出るしかない!!)


 シオンはそう判断すると真っ向からアルムと斬り結ぶことを選択した。いや正確に言えばその選択しか存在しない。


「今のを躱すか!! 本当に強くなったな!!」


 アルムはシオンが自らの斬撃を捌ききったことで妙に嬉しそうな声を発した。先程の斬撃はたとえオリハルコンクラスの冒険者であっても捌くのは難しいものであったのだ。実際に先程の四連斬を躱した時に騎士達の中から感歎の声が上がったほどである。


(下がるのは駄目だ。一気に流れを持っていかれる。前に出るしかない!!)


 シオンはそう判断すると剣から放たれた炎をアルムに再び放つ。もちろんこれは炎による攻撃というよりもアルムの視界を塞ぐのが目的である。


 一瞬であるが炎がアルムの視界を塞ぎ、そこにシオンが斬り込んだ。アルムの懐に入り込んだシオンは頭部と腹部への二連の突きを放った。“身体能力倍増”と“瞬神”のスキルのコンボによりシオンの突きは人智を燃えたと称するに相応しいものであったがアルムはさっと後ろに跳んで間合いを取ることで躱した。


(おいおい……速すぎるだろ)


 シオンはアルムが自分の突きを躱した動きに戦慄せざるを得ない。炎により視界を封じてからの斬撃であり、アルムが回避行動をとったのはシオンの突きがアルムの体に触れる直前であったのだ。にもかかわらず回避が間に合ったというのはアルムの速力はシオンよりも数段上である証拠であったのだ。



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