勇者との演習⑦
「お疲れ様兄さん」
アルムとアーヴィングの演習が終わった所でシオンはアルムに声をかけた。シオンの声にアルムは顔を綻ばせながら言う。
「ああ、何とかお前に兄の威厳を示せることが出来てほっとしてるよ」
アルムの言葉は軽口に属するものであるがそれが本心から来るものである事をイリーナは察している。
(シオン君に良いところを見せたいというのは間違いなく本心よね。いつもより慎重に戦っていたしね)
イリーナは内心で苦笑しつつアルムにとってシオンがいかに大切な存在か再確認した。いつものアルムならもう少し荒削りな面が出てくるのだが、今日のアルムはむしろ安定した戦いを展開していたのだ。
「いや、あれは兄の威厳を示すなんてレベルじゃないよ。あの“剣帝”相手にあの戦いぶり本当に凄いよ!!」
シオンの言葉にアルムはさらに嬉しそうな表情を浮かべた。どうやら弟であるシオンに尊敬の眼差しを受けて嬉しさがこみ上げてくるという感じであった。
「しかし、あそこまでの身体能力は人間の限界を遥かに超えているように見えたよ」
シオンの言葉にアルムはニッコリしながら頷く。
「ああ、その通りだ。俺は鍛錬をしているうちに『超越者』というスキルを得たんだ」
「超越者?」
シオンの鸚鵡返しの返答にアルムの口は緩む。
「ああ、超越者は文字通り身体能力、魔力、感覚の全てが爆発的に向上する」
「と言う事は【戦神】の祝福の“身体能力倍増”のスキルの上位互換版と考えて良いの?」
シオンの問いかけにアルムは頷く。
「そう思ってもらっても構わない」
「なるほど……それによって超人と呼ぶに相応しい身体能力を発揮したというわけか。でも兄さんの口ぶりだと相当な鍛錬をしたんじゃないの?」
「ああ、俺がこの超越者のスキルに目覚めたのは一ヶ月前ほどだ」
「つまり、兄さんが鍛錬に励んだ結果得た能力というわけか」
シオンの言葉にはアルムに対して深い尊敬の念が含まれているのを周囲の者達は察した。事実シオンはアルムが超越者のスキルを取得したのは【勇者】の祝福を得た事による恩恵であるとは考えてはいない。シオンはアルムが勇者の祝福を得てからの努力を知っており、その結果であると思っていたのである。
「でもそうなればマッシャー団長はどうやって互角の戦いを演じることが出来たの?」
そこでシオンは首を傾げながらアルムに尋ねる。シオンとしてみれば超越者を身につけたアルムとあそこまで戦えるアーヴィングの方が気になったぐらいである。
シオンの問いかけにアルムはアーヴィングにチラリと視線を送る。視線を受けたアーヴィングは静かに頷き、それを見てアルムは口を開いた。
他者のスキルの事を了承無く話すというのはあまり喜ばれる好意ではないために、アルムはアイコンタクトであるが了承を得たのである。
「団長には“察気術”というスキルがあるんだよ」
「察気術?」
アルムの返答にシオンは首を傾げながら言う。シオンにとって初めて聞くスキルであり説明が必要であったのだ。
「察気術というのは、相手のほんのちょっとした仕草、筋肉の動きなどから相手の行動を読むというものだよ」
アルムの返答であるがシオンはそこで首を傾げる。アルムの言う事がわからなかったわけではない。むしろ逆でそれでどうやって超越者のスキルに対抗できるのかが分からなかったのだ。
アルムの説明でシオンが考えた察気術というのは言わば洞察力の強化版のような印象を受けたのだ。シオンも戦闘で相手の思考をある程度推測する。レベルを問わなければシオンでも可能なのだ。
「もちろんそれだけじゃないだろうけど俺が知ってるのはそこまでだな」
シオンの納得しきれない表情を見てアルムは苦笑を浮かべながら言う。するとアーヴィングが声をかけてきた。
「まぁ、すべて知られればアルム殿はそれに即座に対応してくるからな。もう少しはアルム殿の壁の役目をせねばならんのだよ」
アーヴィングはそう言うと豪快に笑う。
「まぁそういうわけだ。実際の所は他にどんなスキルがあるかわからないんだよ」
アルムはそう言うと肩をすくめながら言う。
「ところでシオン殿」
そこでアーヴィングがシオンに声をかける。
「は、はい。何でしょう」
「君の実力を見たいのだがうちの騎士団の者と立ち会ってはもらえないかな?」
「え?」
アーヴィングの申し出にシオンは呆けた返答を行ってしまう。別に立ち会うこと自体は構わないのだが、あまりにも突然の申し出にシオンとすれば戸惑うのは当然というものであった。
「それは構いませんがどういう流れでそうなるんです?」
シオンの返答にアーヴィングはニヤリと笑いつつ返答する。
「ああ、理由は二つだよ。ヴィアス殿の母上殿が狙われたと言う事は今後君達にも同様の事が起こる可能性が高い」
アーヴィングの言葉にシオンは頷かざるを得ない。エルリアに怒った事がシオン、ルフィーナに起きないと思うほどシオンは呑気でない。
「つまり俺達の実力がマッシャー団長の基準に満たなければ監禁されるというわけですか?」
シオンの言葉にアーヴィングは苦笑混じりに首を横に振る。
「いや監禁ではなく保護させてもらう」
「ものは言い様ですね」
「気に障ったかな?」
アーヴィングの言葉にシオンは静かに首を横に振る。アーヴィングの立場から考えればシオンが誘拐でもされアルムが脅迫される方がよほどまずいと言うところである。
「まぁマッシャー団長の立場から言えば当然の事でしょうね。それでもう一つの理由は何ですか?」
シオンの言葉にアーヴィングはまたもニヤリと笑う。
「単純に君に興味があるんだよ。悪食をたった三人で撃破する実力は並大抵の者では無いからね」
「悪食を倒したと言う事がマッシャー団長の興味を引いたというのならすでにある程度は私達の実力を認めてくれたと思って良いのではありませんか?」
「だから単純に君に興味があるんだよ。最もらしい理由を述べてみたが本心を言えばそちらというわけだ」
アーヴィングはそう言うとカラカラと笑った。
(この人……たらしだな)
シオンはアーヴィングとのやりとりを行ううちにアーヴィングという男が単に強いだけでなく人たらしであると断定した。ここまで言われればシオンとすればやりたくないとごねるのは憚れるというものである。
「わかりました。そういう事なら謹んで立ち会わせてもらいます」
シオンがそういった所で声をあげるものがいた。
「ちょっと待って下さい。シオンの相手は俺がやります!!」
声を上げた者は兄アルムであった。




