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勇者との演習⑥

「アルム殿、そちらの方々が君達の血縁者かね?」


 アーヴィングがアルムに問いかける。アーヴィングの声には威圧感など微塵も感じさせない穏やかな声であるが、それでも声には力強さがあり発する強者の雰囲気と相まって只者でない雰囲気を発していた。


「はい。こちらは私の弟のシオン、こっちはアルティナの姉であるルフィーナさん、ヴィアスの母上殿のエルリアさんです」


 アルムが手短に返答するとシオン達は揃ってアーヴィング達に一礼する。シオン達の一礼を受けてアーヴィングと部下の騎士達もまた一礼する。正式な騎士の一礼ではないがそれでもアーヴィングや騎士達からは失礼な印象は受けない。


「ほう……弟殿も中々の腕前のようだな。それにアルティナ様の姉君もな。ヴィアス殿の母上殿は戦闘はそれほど得意ではなさそうだが、それでも一角(ひとかど)の実力者のようだな」


 アーヴィングの言葉に背後の騎士達もまた静かに頷く。


「恐縮です」


 シオンはアーヴィングの言葉に恐縮したように返答する。シオンにしてみればアーヴィング程の強者に評価されるというのは恐縮するというものだ。


「それでは早速始めようか」

「はい」


 アーヴィングがそう言うとアルムは即座に答えた。その瞬間、アーヴィングの背後にいた騎士達がアルムに襲いかかった。


「な……もうかよ」


 シオンが驚きの声を上げると同時にルフィーナ、エルリアを連れてアルムと騎士達の間から離れる。

 シオンは当然知るべくもないのだが、常に実戦を想定している演習を行うアルム達にとって光輝(ヴィルテス)騎士団の騎士達の行動は卑怯という認識はなかった。正々堂々と戦い敗れた結果、無辜の民が害されることにでもなれば本末転倒というものだ。


(ほう……即座に動くか)


 アーヴィングはシオンが突如始まった演習に驚きつつも、自分だけでなく仲間を庇ったことに密かに驚く。


(これほどの対応力を見せると言うことはアルム殿の弟はなかなかの修羅場をくぐってるな)


 アーヴィングはそうシオンの評価を定めるとアルムと部下達の演習の方に目を向ける。アルムに襲いかかった騎士達五人はすでに四人が倒されていた。最後の一人もアルムの足への斬撃を躱され鳩尾に拳がめり込み意識を失った。


(もう三十秒持つ事も出来ないか……)


 アーヴィングはアルムの技量の高さに内心舌を巻きつつアルムに斬りかかった。アルムの間合いに飛び込むと横薙ぎの一閃を放ったのだ。


 常識を切り捨てるような速度で放たれたアーヴィングの剣閃をアルムは腰に差した剣を抜き放って受け止めた。


 キィィィィィィン!!


 両者の剣がぶつか澄んだ音が発せられ、次の瞬間に激しい剣戟が展開された。


 キィィィィ


 キィィン!!


 ギキィィィ!!


 所々に剣と剣がぶつかる音が発せられると同時に火花が散り周囲に音と光の饗宴が始まった。


「すごい……」

「ええ」


 ルフィーナとエルリアの口から両者の戦いの称賛の声が上がった。


(兄さんとアーヴィング団長の戦いは正直なところ超人同士の戦いだな……勇者……剣帝……一体どんなスキルなんだろうな)


 シオンも口にこそ出していないが二人の戦いに魅入っていた。ただ二人と違うのはシオンは二人の戦いを通じてスキルを偽造するつもりだったのだ。


 両者の戦いは激しさを増していったが、イリーナ達も騎士達も両者の戦いに割って入るような事はしない。


(互いに牽制しているな。だが、イリーナさん達の方が余裕があるな)


 シオンは両陣営が戦いに加わらないのは、両者が牽制をしているためである事を察した。だがその内情はやや異なるようにシオンには思われた。


 イリーナ達の牽制の内容は騎士達がアルムとアーヴィングとの戦いに参戦した瞬間に騎士達に襲いかかろうというものである。それに対して騎士達はアーヴィングの支援に入ろうとしてるのだ。

 これはイリーナ達はアルムが一対一で戦う限りアーヴィングに敗れることはないという考えであるのだ。つまりアルムの方がアーヴィングよりも強いと言うことなのだ。


(兄さんはこれだけの戦闘を展開しているのにまったく体勢が崩れていない……。アーヴィング団長はやや少しだが体勢が乱れ始めているな)


 シオンは少しずつだがアルムの方が押し始めており、あと数合でアルムに一気に形勢が傾くという見立てであった。


「く……」


 アーヴィングの口から苦戦を告げる言葉が発せられる。実際にアルムの剣が少しずつアーヴィングの体に触れ始めたのだ。


 アルムは続けて首筋と腹部に二連の突きを放つ。


「な……」


 アーヴィングの口から驚きの声が発せられた。アルムの突きは速度が桁違いであった事に加え、あまりにも速すぎたために同時にしか見えなかったのである。


 その突きをアーヴィングは体を横に逸らして躱すとそのまま反撃を行おうとするが、即座にそれを翻して後ろに跳んだ。アルムが突きを放ちそのまま横薙ぎの剣閃に変化させたのだ。

 その動きは限りなく流麗であり、一切の淀みはない。


(……決まりだ)


 シオンは両者の戦いの決着がついた事を察した。アーヴィングはアルムの横薙ぎの斬撃を躱したがその体勢は崩れている。もちろん、凡百の剣士が相手ならばアーヴィングは体勢が崩れた状況であっても余裕で対処する事だろう。

 だが、今戦っているのはアーヴィング以上の実力を持つアルムなのだ。そのアルム相手にこの隙は致命的だ。次の一撃を捌いたところで敗北を先延ばしにするだけであり、事実上詰みの状態なのだ。


「ここまでだ……参った」


 そしてアーヴィングは片手をあげて降参の意思をアルムに示した。するとアルムは後ろに跳びアーヴィングから距離をとると剣を下ろした。


(あそこがアーヴィング団長の間合いのギリギリの場所というわけか)


 シオンはアルムが距離をとったのは降参がウソである事の可能性を考慮したものである事を察した。


「ふ……もう私ではアルム殿の相手は難しくなったな」


 アーヴィングの口から嬉しさ半分、寂しさ半分の言葉が発せられた。弟子の成長を嬉しく思う反面、寂しさもあるのが指導者の気持ちというものなのだろう。


「いえ、まだまだです。これからもご指導をお願いします」


 アルムはさわやかに微笑むとそう告げる。その様子は皆が思い描く勇者と言うべきものであった。



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