勇者との演習②
聞けばアルム達は元々、騎士団の演習場にいつもの修練に向かうという予定だったらしい。しかし、シオンが来るかも知れないというのでギリギリの時間まで門の所で待とうとしていたらしい。
それをイリーナが手を引いて連れて行こうとしていた所にアルティナが来て、あの騒ぎになったというわけであった。
ちなみにヴィアスもアルムと一緒に住んでいるのだが今日は騎士団の演習場に先に行く用事があるために先に出ていると言うことであった。
ここまで条件が揃えば全員で騎士団の演習場に行くことは当然の流れである。
話を聞いてルフィーナはさらに落ち込み、アルティナはそんなルフィーナを見てオロオロと慌てて自分も落ち込んでしまった。
シオンもアルムも既に許しているために気にしないで良いと言えるのだろうが、二人の心境とすればそう簡単にいかないという所だろう。
「いつまでもぐちぐちと悩まないの」
イリーナがルフィーナとアルティナにきっぱりと言い放った。両手を腰にやって二人に言い聞かせる姿は何となく“お母さん”を思わせるものだ。
「うん。イリーナの言う通りね。今後は気を付けましょう」
「うん……そうね。まさかこんな事になるとは思ってもみなかったわ」
「私もです。まさかここでお姉様と会うなんて思ってなかったから仕方ないです」
「……うん」
ルフィーナとアルティナは小さい声で何やら囁き会っている。その声は小さくシオン達にはほとんど聞き取れないレベルの会話であった。
「そう言えば、お姉様はどうして冒険者になったんですか? ひょっとしてあいつらが何かしたというわけですか?」
アルティナがルフィーナに尋ねる。アルティナの声には隠しきれない憎悪の感情が込められているのを全員が察した。悪食の面々はアルティナの声にビクリと身を震わせた程である。
アルティナの容姿はさすがにルフィーナの妹と言うこともあり、素晴らしい容姿の持ち主だ。この二人が並んでいれば血のつながりを感じずにはいられないだろう。アルティナの数年後の姿がルフィーナであると容易に想像できる。
「うん。アルティナが聖女としてエルメキルスの家を出たでしょう。その後に虐待が酷くなったのよ」
「……あのクズ共」
アルティナの聖女らしかなる発言に周囲の気温は一気に下がる。そしてアルティアの怒りの炎を察してアルムとイリーナの方でも怒りの炎が燃え上がったようであった。
(本当にルフィーナの境遇は俺と一緒だな)
シオンとすればルフィーナの経験した事はほとんど自分の経験と同じである。またルフィーナの発言を聞いてアルティナが憎悪の念を強めた事に対し、アルムがそれを窘めるような事をせずに同調したと言う事はアルムも同じ気持ちという事を示している。
「私がいなくなったら……お姉様の扱いをきちんとするように言っておいたのに……甘かったわね」
アルティナの目から光が消える。漂う気配の怪しさに今度は悪食だけでなく全員が身震いする。
アルティナの放つ気は通常の殺気とは違う底知れぬ闇を感じるのだ。
「気にしないでいいわよ。もう私はあの家とは関係ないし、家を出たおかげでアルティナとあいつ等の目を気にしないで会うことが出来るからね」
「お姉様♪」
ルフィーナにアルティナがひしと抱きつくとルフィーナがアルティナの頭をポンポンと優しく叩くとアルティナは嬉しそうな表情を浮かべた。
(う~ん……単に仲が良いという姉妹じゃないな。そう言えばアルティナがからんだルフィーナは何かおかしい)
シオンは口には出さないが先程のルフィーナの暴走について考えざるを得ない。もちろん単なる重度のシスコンであるという可能性も考えられるのだが、他の要因があるような気がしてならなかったのだ。
(その辺の事は今度聞いてみるか)
シオンはそう結論づけると兄の方に視線を移した。兄もシオンと同様の結論に達したのだろうさりげなくアルティナに視線を向けていたのだ。
「そこの建物が演習場だ」
アルムが指差した先の建物は三階建ての巨大な煉瓦造りの建物である。建物の上には三本の旗がはためいている。国旗、軍旗、そして騎士団の旗である。
「あの旗って……」
「ああここは“光輝騎士団”の総本部だ」
「と言う事は兄さん達はあの剣帝の指導を受けていると言う事なの?」
「その通りだ。 アーヴィング=マッシャー団長に鍛えてもらってる」
「ふぇ~」
シオンが驚きの声をあげる。アーヴィング=マッシャーは四十代後半であるが【剣帝】の祝福を持つ英雄である。フィグム王国の子ども達は彼の武勇談を聞きながら成長するというのがお約束になっているほどの人物である。それはシオンも例外ではない。
「シオンにも会わせてやるからな」
「ありがとう兄さん!!」
シオンの反応が良いのでアルムの機嫌も上がっていく。
「アルム様……こちらの方々は?」
門番をしていた騎士がアルムに尋ねる。アルムについてきた見慣れない者達に警戒を示すのは当然であった。
「あ、こっちは私の弟のシオン、あっちはアルティナの姉のルフィーナさん、そっちはヴィアスの母上様です。後学のために連れてきたのです。入場許可をもらいたいのですが」
「あ、はい。少々お待ちください」
アルムが頼むと騎士の一人が駆けだして建物の中に入っていく。アルムの要望を伝えに行ったのだろう。
「しかし、それにしてもご家族が揃って見えられるというのはすごい偶然ですね」
騎士がそう言うとアルムは人好きのする笑顔を浮かべるとにこやかに返答する。
「ええ、シオンが来るという話は聞いていたんですが、まさかアルティナとヴィアスの家族も一緒に来るとは思ってもみませんでしたよ。弟は冒険者活動をしていましてどうやらシオンとルフィーナさんはコンビを組んでいるらしいんですよ」
「ほぉ」
「そして、ヴィアスの母上様はシオンとルフィーナさんに王都までの護衛を頼んだという話です」
「すごい偶然ですね。勇者様と聖女様、大賢者様のつながりが護衛に雇うためのきっかけになったかも知れませんね」
「かもしれませんね。その辺りの事はどうなんだ?」
アルムがシオンに尋ねるとシオンは素直に返答する。
「あ、それはあるよ。エルリアさんも息子さんの友達の家族と言う事を知って安心してくれたというのはあるからね」
「はい。全く知らない人よりも息子の友達の弟と言う事になった方が安心出来ますからね」
エルリアもシオンの言葉に即座に答える。
「あ、そうそう。他の男達は闇ギルドの悪食のメンバーなんですよ」
「え?」
アルムの言葉に騎士は驚きの表情を浮かべる。そしてすぐに腰に差してあった剣に手を伸ばした。それを制止したのはアルムの言葉である。
「安心してください。どうやらこいつらは自首するつもりでシオン達についてきたという話です」
「自首ですと?」
「ええ、どうやらヴィアスを脅迫しようとオインツ伯がエルリアさんを誘拐しようとしてその実行犯が悪食との事です」
「オインツ伯が!?」
「そこをシオン達が蹴散らしたというわけです。それですっかりシオン達に忠誠を誓って今までの罪を償いたいとのことらしいです」
「なんと……弟君も英傑でらっしゃるようですな」
「ええ、私もここまでシオンが腕を上げているとは思ってもみませんでした」
アルムが嬉しそうに騎士に語るのをシオンはやや気恥ずかしそうに聞いていた。




