兄との再会⑰
「さてイーブス。お前の持っている祝福とスキルを俺に話せ」
目が覚めたイーブスを待っていたのはシオンの尋問であった。いや、尋問と言うよりも単に確認である。
既に闇の傀儡によりイーブスはシオンの支配下にある以上当然の事であった。
「はい。私の祝福は『風使い』で持っているスキルは『風裂魔術』です」
イーブスはまったく淀みなく答える。
「『風使い』か……『風裂魔術』は風を操る魔術という認識でいいな?」
「は、はい」
「お前が人を細切れにした術は?」
「あれは私が編み出した『裂砕』といいます。風裂魔術で形成した風刃を圧縮し球体にして敵に放つのです」
「その珠にあたると圧縮された風刃が不規則に放たれるという訳か」
シオンの言葉にイーブスは静かに頷く。
(よし……スキルの一つは確認出来た)
「それじゃあ、俺達がお前の気配を察知出来なかったのも『風裂魔術』を使用したのか?」
シオンの次の質問にイーブスは静かに頷く。
「はい。俺と部下の体に風を纏わせる事により気配を寸断したのです」
「ほう……」
「空気を伝わる気配が遮断できるだけでかなり気配を察知しずらくなります」
イーブスの言葉にシオン達は納得の表情を浮かべて頷いた。実際にシオン達はイーブス達の気配に気づかなかったのだ。
「ちなみにそのスキルに名前はあるのか?」
「え?」
「風を使った気配を絶つ技術にだ」
「いえ……」
「そうか」
シオンは何事か考える。スキルの名が無い以上、それだけを抜き出してピンポイントで使用するという手段は出来ないのだ。
(まぁ気配を絶つのはルフィーナの『気殺』があれば何の問題もないな)
シオンはそう結論づける。ルフィーナの気殺は使用した場合には目の前に見えていても存在が朧気になるレベルだ。
「よし、お前への話は終わりだ。おい」
イーブスとの話をうち切りルベックにシオンは声をかけた。
「お前の身体強化のスキルの説明をしろ」
「は、はい。俺の身体強化のスキルは『鉄身』といいます。文字通り体を鉄のように硬くするものです」
「わかった」
(使い方次第で化ける能力だな。身体強化したまま殴りつければそれだけで大きな武器になる)
シオンはルベックの返答に頷くとルフィーナとエルリアに視線を移す。ルフィーナはシオンのこの行動について事情が分かっているため平然としているがエルリアの方は事情が分かっていないことから困惑した様子である。
「さてスキルの確認の方も終わったし、お前達をどうするかだ。後腐れ無いようにするためにはここで始末するのが一番良いよな」
シオンの言葉に悪食の面々の表情は凍り付いた。
「何を怖がってるんだ? 闇ギルドに入った以上、どんな扱いを受けても文句は言えないはずだろう?」
「まぁそうよね。どう考えても闇ギルドに入る方が悪いわよね。しかも私達を殺そうと下だけでなく私とエルリアさんを陵辱しようとしたんだから容赦する必要なんかどこにも存在しないわ」
シオンとルフィーナの会話に悪食の面々の顔色は悪くなる一方である。もともと心折れた所に二人のこの会話である。顔色が悪くならないわけはない。
「さて狙われたエルリアさんの意見もきかないとな。こいつらを信頼できますか?」
シオンの言葉にエルリアは静かに首を横に振る。エルリアにとって悪食に命を狙われたのに加えて、実際に誘拐されそうになったのだから信頼できる訳がないのだ。
またシオンはエルリアに“信頼できますか”と尋ねたのもそれに一役買っている。もしここで“こいつらを殺しますか”と言えばエルリアは難色を示しただろう。しかし、その質問をしなかったことである程度の流れは出来たわけである。
「うん、やはりそうだよな。無罪放免というわけにはいかない。となると雇い主のオインツ伯とやらに依頼の解除を求めに行ってもらう必要があるな」
シオンは事も無げにとんでもない爆弾を悪食に投げ込んできた。シオンの意見は事実上、オインツ伯への宣戦布告であるからだ。
「大丈夫だよ。お前らに依頼する程度の低脳なんだから。お前達なら見事に乗り切れるはずさ。それにお前達も分かっているだろうけど既にエルリアさんを誘拐しようとした連中が雇い主の事を暴露してくれているからな。すでに宣戦布告はしたようなものだ」
「……」
「まぁこっちは乗り切れなくても別に俺達に不利益があるわけじゃないから気楽なもんだ」
シオンの声は本心から来るものである事を悪食の面々は察した。
「覚悟を決めろ。お前達はもうオインツ伯との殺し合いをして生き残るしか道は無いんだよ。潰すか潰されるか二つに一つだ」
シオンがそう言った所でルフィーナが声をあげる。
「そうよね。部下にするといってもこいつらは信用ならないわ。いつ裏切るかわからないのだからここで依頼主と共に消えてもらうのがベストかもね」
ルフィーナの悪食に向ける視線の冷たさは氷点の遥か下を言っているのは確実である。
「我々はあなた様方に忠誠を誓います!! お願いします!!」
イーブスはまたも頭を地面にこすりつけ哀願を始めた。イーブスの行動を見てルベックや生き残りのメンバー達も同様に地面に頭をこすりつける。
「どうする?」
シオンはニヤリと笑みを浮かべて言う。その表情を見た時にエルリアは一連の流れがシオン達の掌の上である事を察した。
「そうね。今はこう言っているけど落ち着いたら私達を殺す方向に動くんじゃないかしら?」
「そうだな……それじゃあ。保険をかけておくとするか」
シオンはそう言うと密かに木札を割って「幻術」のスキルを発動させた。
「全員こっちを向け」
シオンの言葉に悪食の面々は恐る恐る頭をあげるとシオンを見る。シオンの手には魔法陣が浮かび、そこからムカデのような生き物が七匹うねうねと動きながら現れた。
「さてそのまま動くな」
シオンの言葉に悪食の面々は顔を凍らせた。何が行われようとしているのか察したのだ。
「ほい」
シオンが七匹のムカデもどきを地面に落とすとそのままムカデもどきは男達に向かって走り出すと腕を伝って男達の鼻の穴に入っていく。
「んんんんんんっ!!」
「ひぃぃぃ!!」
「うぅぇぇっぇ!!」
異物が鼻から入ってくる感覚に男達は目に涙を浮かべている。しかもその異物がグロテスクなものとなればその嫌悪感も凄まじいものだ。
しかも行動を制限されているためにまったく抵抗も出来ないのだ。闇の傀儡がかかっていない連中はその辺りを転がったが抵抗虚しくムカデもどきは男達の鼻から体内に侵入したのである。
自分の体の中でグロテスクなムカデもどきが動き回る感触に悪食の面々は気が狂いそうになる。だがそれからすぐにその不快な感触が消えた。それを見てシオンは口を開く。
「お前達の体の中に入ったムカデは『蟲裁き』というものだ」
「蟲裁き……?」
「ああ、そのムカデは俺の魔力を使って形成された呪いのようなものだ」
呪いという言葉にゴクリと悪食達は喉をならした。
「どうやら理解したようだな。お前達が俺達を裏切った瞬間にムカデが腹を食い破ってくるというものだ」
シオンの言葉はおぞましいと言うほかないものだ。裏切らないために呪いをかけるというのは想像を超えた手段だったのだ。
「お前達は今後俺達の奴隷だ。嫌なら背け、お前達の腹をムカデが食い破るからな」
シオンの言葉に悪食の面々はブンブンと首を横に振った。




