兄との再会⑫
ルジックの怒りに満ちた声にシオンは心の中でほくそ笑んだ。こうも簡単に自分の掌の上で踊ってくれるルジックに対してシオンとすれば有り難い気持ちで一杯である。しかし、シオンはルジックに対して甘く見ているわけでは決して無い。この激高がルジックの演技である可能性も否定できないからだ。
シオンは負ければ死ぬという戦いにおいて油断こそもっとも忌避すべきである心である事を知っているのだ。冒険者となって実力が上のものが油断したことにより敗れるのを何度も見てきたからである。
負ければそれで全てが終わってしまう現場において油断などするなどシオンにしてみれば単なる暴挙であるのだ。
(さて、まずはこいつの心を折るか)
シオンは突っ込んでくるルジックの拳をすっと静かに突き出した拳で横に逸らすとそのまま膝を正面から蹴りつけた。
「つ……」
しかし、シオンの蹴りは魔力により強化されたルジックの肉体を傷付けるには至らない。逆に鉄柱を蹴りつけたかのような衝撃がシオンの足に響く。
「きかねぇよ!!」
ルジックはそう叫ぶとシオンにさらなる攻撃を繰り出してきた。右拳、左拳、右拳、左拳と次々と繰り出される攻撃であるがシオンは焦ることなくそれらを捌き続ける。その風切り音から凄まじい威力である事は十分すぎるほど分かっているがシオンに乱れは一切無い。
(なるほど……魔力で身体能力も強化してる訳か。心肺機能のほうも相当なタフネスぶりだな)
シオンは途切れること無く放たれる攻撃を捌きながらルジックの評価を固めていく。
(試してみるか)
シオンはそう心の中で決めると反撃に転じる。シオンが試してみようとしてるのは火炎魔術であった。
シオンはルジックの連撃を躱し続けながら隙を伺う。
(ここだ!!)
シオンはルジックの放たれた右拳をそっと逸らして体勢が崩れた所で裏拳をルジックの顔面に放つ。その裏拳をルジックは躱す事も無くまともに受ける。
(そうだよな。お前は躱そうともしないよな。何と言っても俺如きの攻撃は効かないと思ってるもんな)
シオンはルジックがシオンの攻撃を躱さないと思っていたのだ。シオンの斬撃すら受け付けない今のルジックならばシオンの裏拳を警戒などするわけがないと思っていたのだ。だがルジックはシオンの裏拳の目的を完全に見誤っていた。
シオンの裏拳はルジックにダメージを与えるためではなく視界を塞ぐことにあったのである。
シオンは裏拳でルジックの視界を塞ぎ炎をルジックの顔面に放ったのだ。
「うぉ!!」
ルジックの顔面に突如放たれた炎にルジックは驚いたのは仕方ないだろう。なぜならシオンは魔術を放つという気配を一切発していなかったのだ。
もちろんシオンが火炎魔術を使えることは知っているのだが、それでもまったく気配を発する事なく魔術を放てるというのは流石に予想外であったのだ。
「ぐが……」
そして次の瞬間にルジックの口から苦痛の声が発せられた。その理由はシオンの拳がルジックの腹部に深々と突き刺さっていたからである。
「もう一発!!」
シオンは今度は顔面に肘を叩き込むとルジックはたたらを踏んだ。シオンはここで追撃を緩めるような事はせずに内太股を蹴りつけた。
ルベックは膝への蹴りに体勢を崩した。苦痛に歪むルベックの表情が目に入ったがルジックの文様が再び光を放ったのをシオンは見た。
(ここまでかな……)
シオンはここで一旦間合いをとるために後ろに跳んだ。間合いがとられルジックはちっという舌打ちを行う。
「まぁ思った通りだな」
シオンはルベックに余裕のこもった声で言う。
「何だと?」
「いや、お前の弱点というか攻略は簡単だったなと思ってな」
「どういうことだ?」
「あれ? 俺が今お前にダメージを与えたと思っていたが気のせいか?」
「……」
「まぁ、いいや。どうでも良いことだよな」
シオンはそう言うと話をうち切り動く。シオンは一瞬でルジックの懐に飛び込むと左拳をルジックの顔面に叩き込む。それも一撃ではなく数十発を一気に叩き込む。「瞬神」のスキルを発動し驚異的な速度で放った連撃をルジックはほとんど躱す事なくまともに受ける。
「ふん」
しかしルジックはまったくダメージを受けていないようである。魔力により強化しているためにシオンの打撃では痛痒を感じていないのだ。しかし、シオンは構うことなくルジックの顔面を殴り続ける。
「きかねぇよ!!」
ルジックは右拳をシオンに放つがシオンはそれをそっと逸らすと再び連撃をルジックの顔面に放ち続ける。またも直撃するがルジックにダメージは通らない。
(本当に学習能力ないな……このアホ)
シオンは心の中でため息をつきながら連撃を放ち続ける。もちろんシオンが軽いジャブ的な突きをルジックの顔面に放っているのはダメージを与えるためではなく次の一手のための準備に過ぎない。
ところがルベックはシオンの攻撃が効かない事を確認すると防御をろくに取ることなく反撃を行う様になっている。先程シオンから炎を目の前に突如出された事による痛手を受けたことなど忘れたかのようである。
ルジックの攻撃はシオンにあたらないことに苛立ち始めたようで少しずつ大振りし始めた。
(今度は堪えられると思うなよ)
シオンはルジックが大振りした拳を躱すと同時に拳を突き出した。その拳がルジックの顔面に触れる寸前にシオンの指が伸びる。シオンの伸びた指の先にはルジックの右目があった。
ズゴォォォ!!
シオンの指がルジックの右目に刺し込まれる。そして次の瞬間にルジックの口から絶叫が放たれた。
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
それは先程までの余裕のあるものではなく最大限の苦痛を感じている事をしらしめるものである。
(やはりな……)
シオンは心の中でルジックが絶叫をあげた事に自分の考えが正しかった事を確信する。ルジックの身体強化はあくまでも自動的に発動するものでは無い事は文様が光った事により十分に察していた。
ルジックの身体強化はあくまでもルジックの意思に基づいて発動する類のものだ。ならばルジックは目を強化していない可能性があるとシオンはふんでいたのである。ルジックの魔力による身体能力強化は素晴らしいというべきものだ。だがいかなる達人であっても目を鍛えることは出来ないのだ。そのためにシオンはルジックの強化の対象外であると当たりを付けたのだ。
シオンは絶叫を放ったルジックに立て続けに再び連撃を放つ。先程までの速度重視の攻撃ではなく重さ重視の攻撃に切り替えた。
ドゴォ!! ゴゴォ!! バギィ!!
凄まじい打撃音が響き渡りルジックの口から血と歯が舞い散った。シオンは手を休めることなく腹部に拳を突き刺さると体がくの字に曲がる。くの字の曲がったルジックの頭部を掴むとそのまま膝蹴りを顔面に入れる。
ここでがくりとルジックは膝から崩れ落ちた。シオンはここで手を緩めることなく頭部を地面に押しつけてそのまま拳を連続で叩きつけた。
「ルフィーナ、あと二人いるから気を付けろよ」
ルベックを殴りつけながらシオンはルフィーナに声をかけるとルフィーナは承知とばかりに頷いた。
ここでシオンがルフィーナに注意を促したのはルジックの心を折るためである。ルジックにとってこの状況での望みは残った二人がルフィーナ達を人質にする事しか無いのだ。シオンの言葉はルジックにとって奇襲が成功しないことを知らせるものだけではなく、自分達の動きが筒抜けである事を思い知らせるものだったのだ。
ただルジックの現状は完全にそれどころではない。シオンのこの言葉を理解する状況ですらない。ただ抵抗の出来ない状況でひたすら痛めつけられるという状況でありすでにルジックの心は完全に折れていると言って良かった。
構わず殴りつけるシオンの攻撃に完全に心の折れたルジックから力が抜けたのをシオンは感じた。
「これぐらいで良いか」
シオンはここで攻撃を止めると動かなくなったルジックを見下ろした。




