兄との再会⑨
シオン達は屯所での事情説明を終えるとその足でボーグスを立つ事にした。もともと一泊だけの予定であったし、闇ギルドである『悪食』の存在が出発を後押ししたと言っても良いだろう。
シオンにしてみれば悪食の連中など恐れるつもりはないのだが何しろ闇ギルドである以上どのような手段で来るか分からない以上、常に気を張る必要がある。それはシオンにとっても精神力が削られる行為であるために少しでも危険の少ない郊外に出ようとしていたのである。
エルリアも冒険者である事から旅慣れているし、荷物の方も旅向きのものばかりだ。そのためにすぐに出発することが出来たのである。
エルリアは三十六歳で夫とはすでに死別しているという事だ。夫も冒険者であり、夫婦揃って「ゴールド」クラスの冒険者と言うことである。エルリアの祝福は【治癒術士】であり、冒険者チームに一人は必ず必要な人材と言えるだろう。
息子のヴィアスと別れたのは二年前で十四になってからとのことであった。【大賢者】の祝福を発現してからエルリアはヴィアスを鍛えつつ冒険者稼業を行っていたのだが、エルリアが治癒術士であったことからそちら方面には手解きが行えたのだが、それ以外の魔術についてはそうはいかなかったのだ。
このままでは息子の可能性を潰してしまうと考えたエルリアは王都に修行に行かせることにしたのだ。そこで【勇者】であるアルムと意気投合したという話であった。
「ねぇシオン」
「ん?」
「そろそろ良いんじゃない?」
「そうだな」
ボーグスを出て一時間ほど歩いた所でルフィーナがシオンに声をかけてきた。“そろそろ”とはシオンが何をしに王都に行くかと言うことである。
本来隠すような事ではないのだが街中で兄が勇者である事を話せばエルリアのように兄に近付くために狙われる可能性があったために周囲の者達には伝えていないのである。
「エルリアさん、お話があるのですが」
「どうしたの?」
シオンの言葉にエルリアは優しく返答する。
「実はエルリアさんの息子さんの友達であるアルムというのは俺の兄なんです」
「え?」
「俺の兄さんは勇者なんですよ」
「あらあら、こういう事ってあるのねぇ……」
エルリアはシオンの言葉に驚いた様な表情を浮かべた。“世間は狭い”という言葉の意味を噛みしめているようでもある。
「はい、だからビックリしたんですよ。誘拐されそうな人が兄さんの友人のお母さんだったんですからね」
「ふふふ、確かにね。すごい偶然ね」
三人は顔を綻ばせながら会話を交わしつつ進んでいく。シオンの言葉によりエルリアとの距離が近付いた感じがするのは決して間違いではないだろう。
「ええ、実はエルリアさんが兄さんの友達のお母さんなので一緒に王都に連れて行こうと思ったんですよ」
「なるほどね。すごく納得したわ」
「まぁいわゆるギブ アンド テイクというやつです。兄に会うときに門前払いをくらう可能性がありますからね。その時にエルリアさん経由で会えるかなと思ったわけです」
シオンの言葉にルフィーナが驚いて声をかける。
「ちょっと待って、お兄さんがシオンを門前払いなんてするの!?」
ルフィーナの言葉にシオンは自分の言葉が足りなかった事に気づいて頭をかく。
「すまんすまん、言葉が足りなかったな。兄さんが俺を門前払いする事なんかあり得ないが他の人はそうじゃないだろ」
「どういうこと?」
「つまりな、兄さんの所には兄さんを利用しようとする連中が何人も訪れていると思うんだ。そこに“弟が会いに来た”と伝えたからといって連絡の不備によって門前払いされる可能性もあるだろ」
「なるほどね……」
シオンの言葉にルフィーナも納得の表情を浮かべた。使者を派遣してまでシオンに会いたいという旨を伝えてきたアルムだが他の者はそうではない可能性もある。連絡の不備のために会えないという事になれば洒落にならないのだ。
可能性としては低いのだが、何事にも完璧というものはないために備えをしておくのは大切なのだ。
「ふふふ、そっちの方が私としても気が楽だわ。二人を一日銀貨五枚で雇う事にするわ」
するとエルリアが顔を綻ばせながら言う。エルリアの提示した報酬は冒険者を護衛に雇うには少しばかり安いと言える。
「それで良いです!!」
「大丈夫です!!」
しかし、二人はエルリアの提案を即座に受け入れた。もちろん二人は冒険者を護衛で雇うには相場より安いことは十分に理解してる。だが、それでも受けたのは、エルリアは相場の不足分は兄に会えない場合に尽力するという意思表示である事を察したのである。
「これで契約成立ね。これから王都まで四~五日程だけどよろしくね」
「「はい」」
三人は和やかな雰囲気で王都への道を歩いていく。
シオン達が契約を成立させて二時間ほど経った時にシオンが眉をひそめた。その雰囲気をルフィーナも察したのだろう。緊張の表情がその美麗な顔に浮かんだ。
「あ……そういう事」
ルフィーナもシオンの眉をひそめた理由を察したようある。
「ああ、誰かが俺達をつけてる」
「悪食かしら?」
「それか野盗かな? まぁフィグム王国のこの辺りは治安が良いはずだから悪食と見るのが普通だな」
シオンとルフィーナの会話にエルリアも顎に手を置いてなにやら思案しているようであった。
「二人ともここは戦うとしましょう」
エルリアの言葉にシオンとルフィーナは少し驚いた表情を浮かべた。エルリアの印象から戦いを忌避するタイプと思っていたのだ。
「ここで逃げるという選択もありますけど、いつまでも逃げ切れるわけではないですからね」
エルリアの言葉にシオンとルフィーナは頷く。エルリアの意見はまったく持って正論である。ここで逃げても相手は追ってくるだろうし、むしろ逃げた事で相手はかさにかかって攻めてくることだろう。そしてその際に周囲の人達を巻き込む可能性が高い。
もちろん、周囲の人達を巻き込むのは襲ってくる者達の責任であり被害者にまったく責任などはないのだが気分の悪さはどうしても払拭することは出来ないだろう。
「そうですね。どのみち追ってくるのは確実だからここで決着をつけるとしましょう」
シオンはそう言うとニヤリと嗤った。シオンは襲撃者をつかって悪食を壊滅させようと思っていたのだ。




