兄との再会⑧
翌朝、シオン、ルフィーナ、エルリアの三人は朝食を摂った後に屯所へと向かう。目的は勿論昨夜の騒動の事情を説明するためだ。
屯所は三階建ての煉瓦造りの中々趣のある建物となっている。三人は屯所の中に入っていくと目の前に受付がありその奥で職員達が何やら書類作業をしているのが見えた。
「あのすみません」
シオンが置くにいる職員に声をかけると一番近くの席で書類作業をしていた職員が顔をあげた。
「はい、どうされましたか?」
若い職員の左胸の辺りに名札には“マクカイツ”と書かれている。
「はい、昨夜こちらのエルリアさんが誘拐されそうになったのを助けて犯人を引き渡したのですが、その時の衛兵さんが今日屯所に来て事情を説明にくるようにと」
シオンの説明にマクカイツは納得の表情を浮かべた。どうやら話は通っているのだろう。
「そうですか。それでは担当者を呼んできますのでしばらくお待ちください」
マクカイツはそう言うと書類作業をしている同僚になにやら声をかけるとそのまま出て行った。声をかけられた同僚はちらりと三人に視線を移すと再び書類作業に戻った。どうやら、席を離れるための理由を確認したらしい。
五分ほど経ってからマクカイツは一人の衛兵を連れて戻ってきた。シオンたちはその衛兵に見覚えがある。昨夜シオン達に対応した髭を生やした三十代後半の衛兵であったのだ。
「やぁ、よく来たね」
「昨夜はどうもありがとうございました」
シオンが衛兵に挨拶し一礼するとルフィーナ、エルリアも頭を下げた。
「そういえば名乗ってなかったな。私は“ハルギル=ハーテンビス”だ。第六番隊の隊長だよ」
「第六番隊の隊長なんですか!!」
シオンが驚きの声を上げる。王都の直轄領に置かれた治安部隊は第一から第八までの実働部隊がある。それに所属するためには相当な腕前でなければ入隊できない。その精鋭達の中でもそれぞれの隊長ともなれば、冒険者ランクで言えば少なく見積もっても“ミスリル”クラスの実力を有していると言って良いだろう。
「ははは、そう驚かないでくれ。私なんか足元にも及ばないような強者が治安部隊にはいるからね」
「それでもハーテンビスさんが凄いのは変わらないですよ」
シオンの言葉は本心から来るものである。ハーテンビスの丁寧さは卑屈から来るものでは無く自分の力量に自信があることから来るものであるとシオンは感じていたのだ。自分の力量に自信があるからこそ他者に対して丁寧な対応をとる事が出来るというものだ。反対に尊大な態度をとるものは自分の力量に自信が無いため常にビクビクしていることから攻撃的になることが多いのだ。
「ははは、ありがとう。素直に褒め言葉は受け取る主義なんだよ」
ハーテンビスはニコニコとしながらシオンの賛辞を受け止める。
「さて、あんまり時間を取らせても悪いから早速事情を聞かせてもらうよ。こっちに来てもらえるかな?」
ハーテンビスはそう言うとシオンたちが頷いたのを見てからクルリと身を翻して歩き出し、シオンたちはそれに付いていく。
通された部屋は小さな一室であり、部屋の真ん中に大きな机が置かれており椅子が六つあった。
「さ、かけてくれ」
ハーテンビスが着席を促すとシオン達は素直に従った。シオン達が座ったとほぼ同時に二十代半ばの男が入ってきた。
「遅れて済みません」
「カジク、何をしていた?」
ハーテンビスの呆れた様な声にカジクと呼ばれた青年はバツが悪そうに頭をかきながら答える。
「インクがなかったもので取りに行っていました」
「ちゃんと用意しておくようにと言っているだろう。まったく」
「すみません隊長」
カジクは巨漢と称するに相応しい体格を有しているのだが、体を縮こまらせてハーテンビスに謝る姿のアンバランスさは滑稽さが現れておりシオンたちは顔が綻ばせた。
「まったく、すまないね。こいつはカジクといううちの隊員でね。現場では頼りになるのだが色々な所で抜けてるんだ」
「いえ、お気になさらないでください」
ルフィーナは苦笑未満の表情を浮かべつつ返答するとカジクはほっとした表情を浮かべた。
カジクが席に着き、手にしていた書類などを机において記録の準備が整ってから、ハーテンビスがシオンたちに質問を行う。
シオン達は知る限りのことを正直に話すと、カジクはそれを丁寧に書き記していく。
シオン達が正直に話したことで約三十分ほどで聴取は終わり、シオンたちは屯所の方を後にしたのである。
ハーテンビスとカジクが三人を見送り、姿が見えなくなった所でハーテンビスはカジクに問いかけた。
「どうだった?」
「確実にシロですな」
「そうか。昨夜のあいつらとの話との整合性も十分にとれてるな」
「はい。彼らの話と奴等の話に矛盾点はありませんが……」
そこでカジクは言葉を切る。カジクが言葉を切った理由をハーテンビスは察しており口を開く。
「なぜ、ああもあっさりと奴等が口を割ったか不思議というわけだな」
ハーテンビスの言葉にカジクは静かに頷く。
「確かに不思議だがシオン君達が奴等を陥れようという事はないのだろう?」
「はい、それは間違いありません。奴等は間違いなくエルリアさんを誘拐しようとしています」
「ならば問題はないだろう。どのような背景があろうとあの者達が女性を誘拐しようとしてつかまったというだけだ」
「はい」
カジクは頷く。ハーテンビスの言う通り捕まった四人がエルリアを誘拐しようとしたのは事実であり犯罪者であることは間違いない。
「お前の『顔相術』で見抜けないという事は考えづらいしな」
ハーテンビスの言う『顔相術』はいわゆる嘘発見器のようなものであり、表情、視線、雰囲気などから相手のウソを見抜くというものである。カジクはそのスキルを有しているために取り調べに対しては必ず参加する男なのだ。
また、取り調べの最初の段階で小さくなっていたのは相手を油断させるためのものであり、記録係にすることで対象者から意識を外させる事も出来るのだ。
「過信は禁物ですよ隊長」
「わかってるさ」
「それでどうします?」
カジクの言葉にハーテンビスはすこし考え込む。
「【大賢者】の祝福を発動したヴィアス殿の母君か……普通に考えれば保護した方が良いのだろうが、シオン君達が護衛に付いているのならいらぬだろうな」
「そこがわかりません。どうして隊長はそこまであの護衛の二人を信頼しているのですか?」
カジクが首を傾げながら言うカジクの知るハーテンビスならば保護するか隠れて護衛するはずである。放置というのはあり得ないのだ。
「彼らの力量が並外れている事だな。あの四人をあっさりと無力化するという戦闘力、それからすぐに周囲の人達に知らせることで目撃者を増やし、そして我々治安部隊をも巻き込み自身の安全を高めた」
ハーテンビスの言葉にカジクは頷かざるを得ない。確かにあそこまで目撃者が増えることで秘匿はもはや不可能となった。
目撃者全員の口を封じるのは不可能であるし、治安部隊は王家に仕えているのだから何も動かないというのであれば、結果的に王族への信頼を損なう事になるために黒幕のオインツ伯爵家が只で済むことはない。
「そこまで機転の利く彼らだ。むざむざヴィアス殿の母君を奪われるような事はないだろう」
「確かに……」
「それにシオン君達はなにかしらのスキルを隠しているのは間違いない。そしてそれは外部の者に知られては都合の悪いものなのだろう」
「どうしてそう思うのですか?」
「我々に協力を求めなかったからな。単純に自分達の力量に自信を持っていても闇ギルドに狙われるという事に対して不安に思わないはずはない」
ハーテンビスの言葉にカジクは静かに頷く。
「彼ら冒険者の中には自分の「スキル」を大っぴらに知らせるような事をしない者がいるのはお前も知っているだろう?」
「はい」
「無理矢理我々が護衛をするとなったら彼らからの印象が悪くなるかもしれん」
ハーテンビスの言葉にカジクはゴクリと喉をならした。ハーテンビスの言葉はシオンたちを敵に回したくないという心情の現れであるように思われたのだ。
「わかりました。隊長の判断に我々は従います」
「とりあえず……素直な彼らの尋問を再開しようじゃないか」
ハーテンビスはニヤリと嗤うと『悪食』の四人の尋問のために屯所の建物に戻っていくのであった。
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