兄との再会⑦
「なんでしょう?」
エルリアの言葉にシオンは即座に返答する。実の所、エルリアが聞きたい事をシオンは予測しているためにまったく動じていなかったのだ。どのような事であっても予測の範囲内にある事は人間は動揺する事なく対処できるものなのである。
「あの男達はどうしてああも素直にベラベラと喋ったのです?」
エルリアの質問はシオンの予測通りのものであった。
「簡単な事です。実は俺には「魔眼」のスキルがあるんです。その魔眼のスキルによってあいつらに白状させたという訳なんです」
「魔眼……ですか?」
「はい。魔眼というのは簡単にいえば一種の催眠術のようなものと考えてください。といっても俺が罪悪感を感じないで済む相手、一定以下の実力しかない者にしかかかりません」
シオンの言葉にエルリアはゴクリと喉をならした。それは警戒と呼ぶべきものであったが自分を助けてくれたシオンが今更自分に害を与える事はないと思ったのだろう。すぐに警戒を解いた。
「まぁ罪悪感を感じないで済む相手という条件が中々厳しくてですね。ああいう輩でないと使えないんですよ」
シオンはそのままネタばらしをするが、シオンにとってこの魔眼というスキルはそれほど重要視するものでは無い。この魔眼と同じような効果を持つスキルはすでに偽造済みだったからだ。いや、むしろそちらのスキルの方がはるかに魔眼よりも強力なのだ。
今回、シオンがそのスキルではなく魔眼を使ったのは外部の者にそのスキルを見せる事を躊躇したためである。
「エルリアさん、安心してください。シオンがこの魔眼を悪用しようとしたら私が責任を持って阻止しますからね」
そこにルフィーナが苦笑を浮かべながらエルリアに言う。
「あのな、そんなことするわけないだろ。この魔眼のスキルは制限があるし、解こうと思えばそんなに難しいものじゃないことぐらい知ってるだろ?」
「まぁね。だからこそ私も安心してシオンと組んでいられるのよ」
ルフィーナは何でもないような口調で言っているが、実の所エルリアがシオンの魔眼のスキルを警戒するのは当然であり、それを払拭するために会話をしているのだ。ルフィーナは魔眼のスキルを偽造していることを今初めて知ったのだ。
シオンがどんなスキルを偽造しているのかルフィーナはすべて把握していない。別にシオンは秘密主義でも何でもなく単に偽造したスキルが多すぎてルフィーナに全て伝える時間が無かったのだ。
「はぁ……まぁいいよ。それでエルリアさんはこれからどうします? 安全を考えると俺達と一緒にいるべきだと思うんですが」
シオンはため息をつきつつエルリアに話を振った。話題を変えるという目的もあるのだが、そろそろ休みたいというところであったのだ。
「そうですね。もしお邪魔でなければ二人と同じ宿に泊まりたいですね」
エルリアはそう言うと二人の反応を見る。
「わかりました。俺とルフィーナの部屋にはエルリアさんとルフィーナが泊まってくれ。俺はもう一つ部屋をとることにする」
「わかったわ」
「エルリアさんそれでいいですか?」
「はい、ごめんなさいね。ルフィーナさんよろしくね。シオン君、これ」
エルリアはそう言うと懐から銀貨三枚を取り出してシオンに渡した。
「貴方の部屋代よ」
「エルリアさん、俺達の宿は一部屋銀貨二枚なんです。ですから二枚だけいただきますね」
「わかったわ。それじゃあ二枚ね」
「はい。確かに」
シオンはエルリアから二枚の銀貨を受け取る。人によっては黙って三枚受けとった方が良いと思うかもしれないがシオンは金に関してはキッチリしないと気持ちが悪いというタイプの人間なのだ。
金の管理が杜撰な奴をシオンは信頼しない。なぜなら金のような生きるために必要不可欠なものの管理が杜撰な奴は大抵他の事も杜撰なのだ。そのような者を信じるほどシオンは甘い冒険者生活を過ごしたわけではない。
エルリアもまた返された銀貨一枚を躊躇無く受け取った事は金の管理力が高い事を示しているようにシオンには思われたのである。
「それじゃあ、明日は屯所に行きますから休むとしましょう」
「うん♪」
「そうね」
シオンがそう言うと二人は簡潔に返答するとそのまま宿に入っていった。
* * *
「失敗だと?」
男の低い声にビクリと周囲の男達は身を震わせた。男の容貌は三十半ばといったところだろう。頭部はスキンヘッド、頭皮には何やら幾何学模様の入れ墨が彫られている。筋肉に覆われた体、腕には頭部に彫られた同系統の入れ墨が彫られており、それがシャツの間から見えている。
一目で凄まじい戦闘力を有しているのがわかる体格であった。
「は、はい。しかもルクト達は俺達の事も依頼人の事もガキ共に白状しました」
報告者の新たな報告にスキンヘッドの男から怒りの気配が発せられた。その気配を察した報告者はさらに身を縮こまらせた。
「てめぇ、それを黙って見てやがったのか!!」
「ひっ」
スキンヘッドの激高に報告者は身を震わせた。あの状況で捕まった四人を始末するなどはっきり言って不可能である。報告者はそう主張したかったのだがとても言い出せる雰囲気ではない。
「まぁ待て」
そこに柔らかな声が発せられる。声をかけた男は二十代後半といったところだろう。優男風の容貌に線の細い体格である。赤い髪を一纏めにして後ろに垂らしている。
「しかし、こいつはルクト達が俺達の事を漏らすのを黙って見ていたんだぞ!!」
スキンヘッドの男は怒りを込めた声で赤い髪の男に言う。赤い髪の男はスキンヘッドの怒りにも心を乱された様子は無い。
「ちゃんと報告を全て聞いてからだろ。ルジックお前が叫ぶからそいつが震えてるじゃないか」
「ち……」
赤い髪の男の言葉にルジックと呼ばれた男はふてぶてしく舌打ちするが声を上げるような事はしなかった。
「おい」
「は、はい」
「続きを話せ、ターゲットはどうした?」
赤い髪の男に促された報告者はビクビクしながら口を開いた。
「ターゲットはルクト達を伸したガキ共と一緒にいます。明日どうやら屯所に行って事情を話すという事です」
「そうか……」
「イーブス、時間はねえ。これ以上傷口を広げる前にルクト達を始末して目撃者を消すぞ」
ルジックの言葉にイーブスは赤い髪をかき分けると呆れた様な視線をルジックに向けると言う。
「ルジック、お前は目撃者が何人いてどこに住んでいるのか把握してるのか?」
「う……」
「俺達はすでに依頼を失敗した。そのガキ共がターゲットを密かに保護すればそのガキ共を始末すれば良かったが、そのガキはわざわざ目撃者を増やして、しかも官憲にそのまま突き出した。しかも俺達とオインツ伯の名前をその場で伝えるという徹底ぶりだ。衛兵達も俺達とオインツ伯の事を知った。すでにこの事を知っている者がどれだけいるかわからん」
「くそ!!」
イーブスの言葉にルジックは忌々しげな声を出した。
「見事な手腕だな……そのガキは」
イーブスの感心したような声にルジックはイライラしたように言う。
「おい、まさかそのガキ共をほっとくつもりか!? 舐められたままで終わるつもりかよ!!」
ルジックの言葉にイーブスは静かに首を横に振って返答する。
「冗談言うな……ここまで虚仮にされて引き下がれるわけないだろう。そのガキ共を殺すさ。ルジックそのガキ共はお前が殺せ。ああ、できるだけ惨たらしく殺せよ」
イーブスの言葉にルジックはニヤリと嗤った。




