魔を継ぐ者⑤
「面白い……な」
豪奢な椅子……いや玉座に腰掛けた男がそう呟く。その男の前には顔面を貫かれ、心臓を斬り裂かれて絶命した見るも無惨なジェルクの死体があった。
そして玉座に座る男の顔はシオンが斬ったジェルクの顔そのものであった。
「いくらジェルク様が操作していなかったとは言え人間が……」
戸惑いを隠せない声でジェルクの顔を持つ男を見ながら黒髪をオールバックにした褐色の肌を持つ男が言う。
「ふふふ、シオンとルフィーナ……楽しませてもらえそうだな」
ジェルクは悦に入った声で言う。
「しかしジェルク様、あの人間は分身体とは言えジェルク様を斃したのですぞ」
「わかっている。分身体とはいえ『オリハルコン』クラスをたやすく葬った自律型の分身体を斃すほどの者達だ。油断はせぬ」
玉座に座るジェルクは楽しそうに嗤いながらも黒髪の男に返答する。
シオンの斃したのはジェルクの分身体であったのだ。ジェルクの術に神の使徒という自分の分身を生み出すものがある。生み出した分身は本体に比べて能力がかなり落ちる。
また、本体が直接操作するタイプと自律型という自分で考えて行動するタイプの二類がある。直接操作するタイプの方が本体との戦い方に近く、自律型はそれぞれの個性が出るのだ。
「ルベル、どうやらあの二人の有する「スキル」はなかなか面白そうだな」
ルベルと呼ばれたオールバックの男は静かに頷いた。
「はっ、しかし私はジェルク様のように楽しむ心境にはございません。あの二人は放っておけばやっかいな存在になるやもしれないという予感がするのです」
ルベルの言葉にジェルクはニヤリと嗤う。
「かもしれぬな。【勇者】と【聖女】の祝福を持つ者が現れたというのも周知の通りであるしな」
ジェルクの言葉にルベルは厳しい表情を浮かべジェルクに言う。
「そこでございます。何故、【勇者】と【聖女】の抹殺を行わないのでございますか?」
ルベルのこの言葉にジェルクは両手を組むと口を隠しながら言う。ルベルの位置からは見えないがルベルにはジェルクが嗤っている事は十分に察していた。
「そいつらには役目があろう?」
「その役目とは……陛下を?」
「そういう事だ。私がやっても良いが……そこをツァーベに衝かれれば流石に厄介だ」
「ツァーベ……あの男が“魔王”になるというのは私としては勘弁願いたいですね」
ルベルの発した忌々しげな声にジェルクは含み笑いを漏らした。
「あの男には【魔王】の祝福が発現したのは事実だぞ?」
ジェルクの意見にルベルはさらに忌々しげな表情を浮かべた。
「でも……それだけでございます。ジェルク様の祝福の前には【魔王】の祝福など物の数にございません」
「まぁな。今は、お前だけが俺の祝福の真の能力を知っている」
「ええ、【魔王】の祝福を持つ者がこの国の後継者となる。この慣わしがありますからジェルク様は逆に自由に動けるのですけどね」
「祝福の奴隷になるなど愚か者のすることだ」
ジェルクは心の底から蔑んだ表情を浮かべる。【魔王】という祝福を持つものしかこの国の統治者になれない。しかし、それは逆に言えば【魔王】の祝福を持つ者は魔王にならなければならないのだ。
“【魔王】は祝福の奴隷”これがジェルクの認識であり、そんなものを有り難がる精神構造を有する者をジェルクは心の底から軽蔑していた。それは現魔王である父と次代の魔王である兄ツァーベもその対象であった。
「魔族の統治者は真に実力のある者が就くべきだ。【魔王】の称号など飾りに過ぎん」
「ですが必要とあらば……ですね?」
ルベルの言葉にジェルクはニヤリと嗤った。完全に我が意を得たと言わんばかりの言葉にジェルクは満足したのである。
「そういうことだ。今回の『オリハルコン』の冒険者から手に入れたのは【剣皇】、【剛王】、【賢者】であったのは正直期待外れであったな。だが代わりに面白そうな奴等を見つけたから良しとしようか」
「御意」
ジェルクの言葉にルベルは恭しく返答する。遜るのでも阿るのでもない極自然な敬意がその返答には含まれていた。
(【強奪者】の祝福……俺が上り詰めるためにも利用させてもらうぞ)
ジェルクは心の中でそう呟くと不敵に嗤った。
よろしければブクマ、評価をお願いします!!




