魔を継ぐ者④
「やったわね」
ルフィーナはシオンにニッコリと笑って言った。
「ああ、だがまだ油断するな」
シオンはそう言うと剣を逆手に持ち、ジェルクの剣を持つ手を踏みつけ反撃を封じると顔面へ容赦なく突き立てる。シオンの剣はジェルクの顔面を貫き、頭部を貫通するとそのまま地面に縫い付けた。
ピクリとも動かないジェルクの姿を見てシオンはようやく警戒を解き、顔面を貫いた剣を引き抜いた。
「どうやら死んだようだな」
「そうみたいね。でも警戒しすぎじゃないかしら?」
シオンの言葉にルフィーナは呆れた様に言う。
「いや、わからんぞ。こういう奴は意外としぶといからな。しかも、こいつは人間じゃない。魔族だ」
「うん。でも魔族でも流石に心臓を斬り裂かれれば死ぬんじゃない?」
「用心することに越した事はないさ」
シオンの言葉にルフィーナは「それもそうね」という表情を浮かべる。シオンの用心深さはやり過ぎという感想は確かにあるのだが、それでもシオンの用心に越した事は無いという言葉を否定する気はないのだ。
全覆兜が砕かれた事によりジェルクの素顔が晒されていた。銀色の髪に褐色の肌、側頭部の羊のような湾曲した角は魔族の特徴であったのだ。ジェルクの容姿は美しいと称するに相応しいものだったのだが、顔面の中央部を貫かれた事で穿かれた傷口がそれを台無しにしていた。
「でも、こいつよくもまぁ私の気配を察知出来なかったわね」
ルフィーナの言葉にシオンは静かに首を横に振る。
「いや、ルフィーナの気配を絶つ術は凄まじいものだ。平時であれば見抜くことも出来ただろうけど、俺との戦いで意識を俺に向けていたからな」
「その前の背後に視線を向けるというのもその一環という訳ね」
「ああ、一回目はかかり、二回目は見破った。さて三回目はどっちだ?と悩んでも仕方ないさ」
「ついでにいえばシオンの最後の技の構え……ね?」
ルフィーナの言葉にシオンは頷く。あの構えでは上段斬りしか放てないためによほど自信がなければとらないのだ。
シオンの最後にはなった『雷槌』という技はただの上段斬りではない。「身体能力倍増」により高められた驚異的な身体能力から繰り出される上段斬りに加え、右肘に添えた左手で右腕を押すことでさらに速度を上げていたのだ。
しかも、右腕を押した左手はそのまま対象者へ突き出されることでそのまま魔力の塊を放出し追撃を行うという二段構えの構えとなっているのだ。
ただの上段斬りと見せかけて実は次の一手も備えているという実はかなり隙の少ない技なのである。
「そういうことだ。それにルフィーナがこいつにケリを入れてくれたからな。確実に決まったよ」
「まぁあそこまでお膳立てされればね。それに応えるというのが良い女ってものよ」
「はいはい」
ルフィーナの言葉にシオンは苦笑を浮かべながら言う。
「むぅ、何か心がこもってないのよね」
「気のせいだろ」
「そうかしら? 何か引っかかるのよね」
「まぁ良いじゃないか。良い女というのはそんな小さな事には拘らないものさ」
シオンはルフィーナとの会話をやや強引にうち切るとシャーリィに視線を移した。シオンの視線に気づいたルフィーナも口を閉じる。
「ありがとうございました……おかげで助かりました」
シャーリィは立ち上がると二人に礼を言うと一礼する。
「いえ、その方々はあなたの……?」
シオンは言い辛そうにシャーリィに尋ねるとシャーリィは静かに頷いた。
「はい。私達の仲間でした。ダルド、アルミス、カーディ……みな素晴らしい仲間でした」
「ダルド? アルミス? ……ひょっとしてあなた達は『カブリスの剣?』なんですか?」
シオンの言葉にシャーリィはほろ苦く笑いながら頷いた。
「ねぇシオン、『カブリスの剣』って?」
ルフィーナの問いかけにシオンは即座に返答する。
「ああ、『カブリスの剣』というのは高名な冒険者チームだ。全員のランクは『オリハルコン』だ。剣皇ダルド、聖戦士アルミス、大魔道カーディ、銀の癒し手シャーリィの四人のチームだ」
「『オリハルコン』クラスの冒険者なの!! すごいじゃない!!」
「ああ、しかもただ強いだけじゃなく人格的にも優れた人達と聞いている」
「そうなのね。そんな高名な方々が……」
ルフィーナの声は小さくなっていく。
「ありがとう。みんなもあなた達のような人達に褒められれば喜ぶと思うわよ」
シャーリィの寂しげな声と表情に二人は反省した表情を浮かべた。シャーリィはたった今仲間三人を失ってしまったのだ。そのような状況でいかにも配慮に欠けた会話を展開したと思ったのだ。
「あなた達は強いわね。私の仲間達はその魔族に手も足も出なかったわ」
「『カブリスの剣』がですか? 確かにこいつは強かったけどあなた達が手も足も出なかったというのは信じられませんね」
「いえ、私達は油断などしていないし、こいつは真っ向勝負を挑んできたわ」
シャーリィの言葉にシオンは顔を強張らせる。確かにジェルクは強かったがそれでも噂に聞く「カブリスの剣」が手も足も出ないというのはおかしいと思ったのだ。
「どうやら貴方は私達よりも遥かに強いという訳ね」
シャーリィはそう微笑みながら言う。その微笑みは悲しくなるくらい脆さを感じさせるものであった。
「これから……どうされるのですか?」
「仲間を失った以上、これ以上は冒険者稼業を続ける事は出来ないわ」
「そうですか」
「ええ、それにアルミスとガーディの遺族にこの事を伝えないと……」
「家族がいるのですね」
シオンの声に少しだけ陰が含まれた。両親に虐待されるようになった事で家族に対して負の感情があるのだ。
「ええ、アルミスは息子、ガーディは孫娘が一人づついるの」
「じゃあ、その人達は……?」
「孤児になっちゃうから、私が引き取る事にするわ。それにダルドの子もいるからね。その子も育てないと」
シャーリィは自分の腹部を愛おしそうに撫でながら言う。その声と表情には先程の悲観的な空気はすでにない。
「ひょっとして貴方のお腹には?」
シオンの問いかけにシャーリィはニッコリと笑って頷いた。
「ええ、あの人との子がいるの。私は母親になるんだから悲しんでばかりはいられないわ」
(この人はもう前を向いて歩き出そうとしているのだな)
シオンはシャーリィの言葉に彼女の健やかな強さに感銘を受ける。恋人と仲間を一度に失い心乱されてないはずはないのにこの言葉を言えるのはやはり並大抵の心の強さでは出来ない事だ。
「そうですか。それではせめてこの方達を運びましょう」
「大丈夫よ。私は転移魔術が使えるから……私が運ぶわ」
「……そうですか」
シャーリィの言葉にシオンは承服しづらいという表情と声をあげる。シオンとしてもはいそうですかというのには抵抗があったのである。
「今回の件はギルドに報告しておくわね。あなた達のおかげで助かったって伝えとくわ」
シオンの心理的抵抗を感じ取ったシャーリィは努めて明るく言う。これ以上の情けは逆にシャーリィにとって心理的負担となる可能性を考えるとシオンとしても引き下がらざるを得ない。
「わかりました」
「そうそう。二人の名前を教えてくれるかしら? 名前も知らないままじゃギルドに報告も出来ないからね」
「俺はシオンです」
「私はルフィーナです」
二人の言葉を聞いてシャーリィはニッコリと微笑んだ。
「私はシャーリィよ。この恩はいずれ必ず返すわね」
シャーリィはそう言うと魔法陣を展開させる。転移魔術を展開したシャーリィは仲間達の亡骸と共にシオンたちの前から姿を消した。
「行っちゃったね」
「ああ」
シャーリィを見送った二人は言葉を交わす。互いに苦いものを心に宿らせていた。
(ルフィーナは守らないとな)
(シオンは守らないと)
二人は心の中で互いを守る決意を立てた。仲間を失う苦しみは重く、深いのはシャーリィの様子から明らかであった。
(俺は今よりも強くならなければな)
シオンはそう心に誓う。
「シオン、行こう」
「そうだな」
シオンとルフィーナは帝都への道を再び歩き出した。
シオンとルフィーナの姿が見えなくなりしばらくした時に、ジェルクの死体が煙の様に消えた事は誰も知ることがなかった。




