冒険者シオン①
主人公シオンの祝福なんですが【偽造】→【偽造者】に変更しました。それによってタイトルも変わりましたのでよろしくお願いします。
シオンが家を出て早一年が経っていた。現在シオンは生まれの国である“フィグム王国”を出て、隣国である“ドルゴーク帝国”の帝都である“ハウンゼルト”にいた。
シオンが隣国であるドルゴークを選んだのはドルゴーク帝国が近隣諸国でもっとも栄えている国であり、能力のあるものであれば他国人であっても積極的に登用する国だからだ。
シオンは別に帝国で栄達を求めているのではなく、他国人を積極的に登用するのなら差別も少ないだろうという考えが根幹にあったのだ。
そしてもう一つはシオンの祝福である【偽造者】が関係しているのだ。
シオンの現在の職業は“冒険者”、冒険者とは文字通り冒険を生業にする者達である。言葉としてはロマンを感じるものであるが、その実態は“モンスター相手の傭兵”という位置づけであった。
この世界で人間というのは決して強者の位置づけではない。むしろ、身体能力、魔力という観点で言えば弱者の部類に入るだろう。その人間が絶滅していないのは、やはり知力が亜種族に比べて平均的に高いというのがその理由であろう。
もちろん、この世には神族、魔族、竜族などのように人間以上の知力を持った種族は存在するがそれらの種族は絶対数が少ないために人間を滅ぼすよりも支配する事を選ぶ事が多かった。
そのために神族、竜族、魔族が支配者として君臨する国家が存在するのだ。
そのような世界で人間達は生息地域を着実に広げていったのだが、生息地域が広がると言う事は他種族との軋轢も生むのはある意味当然であった。
本来であれば自国民の保護は軍隊が行うべきなのだが、軍はモンスターだけを相手にするのではなく、人間も相手にするためにモンスターの被害全てに対応するのは不可能であった。
そこで国が出資者を募り、冒険者ギルドが設立されたのである。この冒険者ギルドには商取引で各地域を移動する商人達も出資しており、それにより道中の安全を確保しようとしたのである。
世界初の冒険者ギルドがドルゴークで結成され、すでに百年が経ちその有用性が知れ渡ると諸国も冒険者ギルドの制度を設立し、大陸中に冒険者ギルドが広まることになった。
そんな冒険者ギルドに所属する冒険者の一人にシオンはなっているのである。
* * *
「さて、今日の仕事は……」
シオンは冒険者ギルドに訪れるといつものように掲示板に張り出されている依頼を見ている。
シオンの冒険者ランクは現在シルバークラスである。冒険者ギルドは、下から『スチール』『ブロンズ』『シルバー』『ゴールド』『ミスリル』『オリハルコン』『ガヴォルム』である。
『ミスリル』以上の冒険者ともなれば、その影響力は貴族であっても無視する事は出来ない。しかし、そのようなランクに至ることの出来る者は二~三百人に一人出るか出ないかという割合である。
シオンの『シルバー』クラスというのは、一角の冒険者という位置づけであり、それなりの実力者であると見なされる。シオンが冒険者ギルドに所属して一年あまりで『シルバー』ランクに昇格するのはかなり早い。そのため、シオンは冒険者ギルド内で一目置かれつつある。
「よぉ、シオン」
シオンに二十代後半の男性が声をかけてきた。堂々たる体躯の偉丈夫であるが妙に人懐っこい表情を浮かべている。
ゴールドクラスの冒険者であるエスメックである。シオンと交流のある数少ない冒険者である。
「エスメックさんは何か良いものがあったの?」
「ああ、商隊の護衛任務があった。二週間ほど拘束があるが実入りは悪くない」
エスメックはそう言ってガハハと笑った。豪快な笑いでありシオンもつられて笑顔になる。
「へぇ~良い仕事があったんだね。無事帰ってきたらメシでも奢って下さいよ」
「任せろ!! うちのメンバーもお前なら歓迎するしな」
シオンの言葉にエスメックは親指を立てて言う。何度か一緒に仕事をこなしたことでエスメックのチームとは顔馴染みなのだ。
「期待して待ってますよ」
「おう。それじゃあな」
エスメックはそう言うとギルドを出て行く。それを見送ってからシオンは掲示板へと視線を戻した。
「これにするか……」
シオンはそう呟くと掲示板に張り出されていた依頼書をとると受付のところに向かった。
依頼書には「ゴブリンの集落の殲滅」、シルバーランク必須であり、報酬は金貨三枚で人数で公平に分配とあった。
帝国の通貨制度は、銅貨十枚で銀貨一枚の価値、銀貨十枚で金貨一枚、金貨十枚でミスリル貨一枚となっている。
帝都の物価において銅貨五枚もあればそれなりの食事を摂ることができ、銀貨一枚で平均的な宿屋で一泊できるぐらいである。金貨五枚あれば慎ましく暮らせば四人家族が暮らせるぐらいである。
「グレイスさん、この依頼を受けたいのですが」
シオンが声をかけたのは二十代半ばの茶色の髪をした女性で名をグレイスという。冒険者と結婚して子どもが二人いる妙齢の女性であるが子どもが二人いるとは思えないほどその容貌は若々しい。
「はいはい、え~と……ゴブリンの集落の殲滅ですね。予算は金貨三枚になります。成功報酬となっていますがよろしいですか?」
グレイスはシオンに当たり前の様に尋ねる。シオンは複数の冒険者で受ける依頼を一人で何度もこなしているため、グレイスも慣れたものなのだ。
「はい。それで結構です。場所はギルケ山地中腹という事で大丈夫ですね」
「そうですね。集落のゴブリン達の総数は三十程とのことです。子どもも何人か確認されているそうです」
「すでに繁殖が始まっているというわけですね。このままだとギルケ山地はゴブリンの巣となってしまうわけか……責任重大ですね」
「はい、ですが命を大事にして下さいね。命あっての冒険者ですよ」
「分かってますってまずいと思ったらすぐに逃げますよ」
シオンはグレイスの注意にそう返答する。シオンが冒険者になってから何度も何度もくり返してきたやり取りであるがシオンは決してそれを煩わしいと思う事はない。むしろ心配してくれている人の存在を有り難く思っているのだ。
【偽造者】の祝福が発現してからというもの両親はシオンへの心配を止めてしまった。両親が心配しているのは自分達に火の粉が飛ぶことであり、【勇者】として歩み始めた兄アルムの名声に傷がつくことであった。
その経験からシオンにとってグレイスのように自分の身を心配してくれる人の存在は有り難かったのだ。たとえそれがギルドの従業員からくるものであってもだ。
「それじゃあ、準備が整い次第出発します。大体、一週間ほどで戻ります」
「わかりました。気を付けて下さいね」
「ありがとうございます」
シオンはグレイスに頭を下げるとギルドを後にする。
シオンがギルドを後にしてしばらくするとグレイスに声をかける同僚がいた。
「しかし、いつも思うんだけどシオン君ってどうやってギルケ山地まで一週間で行っているのかしら?」
グレイスに声をかけてきた同僚の言葉にグレイスも首を傾げていた。
「そうなのよね。片道一週間はかかる道のりのはずだけどね」
「よっぽど移動に適したスキルを持っているんでしょうね」
「ええ、その辺の事は絶対に教えてくれないのよね」
「まぁ、スキルの詮索はやるのはマナー違反だからね」
グレイスと同僚はそう言うとお互いに頷き合う。冒険者のスキルを尋ねるのは重大なマナー違反であるのは間違いない。能力を隠すのは冒険者にとって当たり前の事である以上、それを聞き出そうとするのは信頼関係を損なう行為なのだ。
もちろん、自分から話すのは構わないが聞き出すのは歓迎されないのである。
(シオン君の祝福は【剣士】だったから、それ関連のスキルよね……でもなんか引っかかるのよね)
グレイスは何かしら引っかかるものを感じながら次の冒険者の応対をするのであった。