魔を継ぐ者①
キィィッィィン!!
激しい剣戟の音が鳴り響いていた。その剣戟を行っているのは二人の男だ。一人は黒い全身鎧に身を包み、刀身が血のように赤い長剣を持った男、もう一人は革鎧を金属で補強した鎧に身を包み、銀色に光る長剣を振るう男だ。
二人の間に無数の火花と金属を打ち合わせる音が絶え間なく発せられている。相対者の命を奪うための技術が惜しみなく発揮されており、命を奪うという本来では忌避すべき技術を互いに芸術に高めているようにも見える。
「ほう……中々に強いな」
全身鎧に身を包んだ男が嗤ったのを革鎧の男が察した。
(く……こいつは本気を出していないという事か)
革鎧の男がチラリと仲間を見るとすでに事切れている戦士と魔術師の二人に必死に治癒魔術を施している治癒術士の女性の姿が目に入った。
「シャーリィ!! 逃げろ!!」
革鎧の男が治癒術士の女性に声をかける。この言葉は革鎧の男が全身鎧の男に勝てない事を如実に知らしめていた。
それを察したシャーリィは絶望の表情を浮かべるが静かに首を横に振った。それは死を選択した事を意味する。
「冗談言わないで!! 私はダルドを置いて逃げるなんて絶対嫌よ!!」
シャーリィの心の奥底からの絶叫にダルドと呼ばれた革鎧の男は顔を歪める。シャーリィの気持ちがどうあれ、ダルドはシャーリィだけを死なせたくないのだ。
「お前だけの体じゃないんだぞ!!」
「う……」
ダルドの言葉にシャーリィは言葉を詰まらせた。
「お前のお腹には俺の子がいるんだ!! お願いだ!!」
「……でも」
「頼む!! ぐ……」
「ダルド!!」
全身鎧の男の剣がダルドの肩を斬り裂いた。ダルドの革鎧には魔術による防御付与のために単なる革鎧ではない。並の金属鎧よりも遥かに防御力に優れ、なおかつ軽いという一品である。
「そっちの女、貴様を殺すつもりはないから安心しろ」
「え?」
「お前には役目があるからな。殺しはしない」
全身鎧の男の言葉にダルド、シャーリィの二人は困惑する。
「この男達を殺したものは誰かという事を貴様らのギルドに伝えてもらわねばならんんのだよ」
「どういうこと?」
「貴様はただ言われた通り、見たままを話せばそれで良い」
全身鎧の男は剣を振るいダルドを追い詰めながら余裕の声でシャーリィに話しかけた。
「なかなか強かったな。だが、そこまでだ。【剣皇】の祝福を持つ者の力は堪能させてもらったよ」
「な……」
全身鎧の上段斬りをダルドは辛うじて受け止めるとそこから鍔迫り合いに入る。
ダルドは全身全霊を込めて全身鎧の剣を押し返そうとするが僅かも動く事はない。
(押しても引いてもビクともしない)
ダルドは全身鎧の男の力量に敬意と絶望を感じた。全身鎧の男の剣がついにダルドの剣を断ち斬った。
キン……
妙に澄んだ音が周囲に響くと全身鎧の剣はそのままダルドの胸に吸い込まれるとそのままダルドの心臓を斬り裂いた。
「が……」
ダルドの口と傷口から血が溢れ出すとダルドは力尽きそのまま倒れ込んだ。
「いやぁぁぁぁぁ!!」
地面に倒れ込むダルドを見たシャーリィが絶望の声を発した。ダルドに向かってシャーリィは走り出すと手遅れだと思いつつ、ダルドへ治癒魔術を展開する。
「止まれ!! 止まれ!!」
シャーリィはダルドの傷口に手をあてて治癒魔術を施すが溢れ出す血は止まることなくどんどん流れている。
「止まってよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
シャーリィは泣きながら必死に治癒魔術を行うが事態は一行に好転しない。ダルドは小さく口を動かすと静かに目を閉じた。
「いやぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁ!!」
愛しい男の命が失われたことを察したシャーリィが狂ったような絶望の声を上げた。
「『オリハルコン』のダルド……か。感謝するぞ。これで俺はさらなる高みへと登ることが出来る」
全身鎧の男の言葉にシャーリィは光を失った瞳でジロリと男を見つめた。
「よくも……よくも……ダルドを!!」
殺意のこもった目で全身鎧の男を睨みつけると手にしていた杖を握りしめた。
「ふ、お前には役目を与えておいたろう。見たままを報告するというな」
「うるさい!!」
全身鎧の男の言葉にシャーリィは拒絶の言葉を発した。
「役に立つつもりは無いという事か……なら」
全身鎧の男の言葉とともに凄まじいばかりの殺意がシャーリィに叩きつけられ、それだけでシャーリィの敵愾心は一気に砕け散ってしまった。全身鎧の男がいかに恐ろしい存在かを思い知らされたのだ。
「あ……あ……」
シャーリィはヘナヘナとその場に座り込んでしまう。今まで仲間達と共に修羅場をくぐり抜けてきたが、彼女が経験した修羅場など眼前の危機に比べればお遊びでしかなかった事を彼女は察したのだ。
「まぁ『オリハルコン』クラスの冒険者チームが全滅すればそれだけでも意味を持たせることは出来るな」
全身鎧の男の言葉にシャーリィは何も言えずにそのまま座り込んでいる。
「じゃあ、仲間の所に送ってやろう。あ、そうそうお前の腹の中にはそこの男の子がいるのだったな。あの世で親子共々一緒に暮らせ」
全身鎧の男はそう言うと紅い刀身の剣を振り上げた。
(ごめん……ダルド)
シャーリィは目をつむり自分の身に生じる苦痛をじっと待つ。
キィィィィン!!
そこに金属をたたき合わせる音が響いた。シャーリィは目を開けると全身鎧の男と鍔迫り合いを行っている一人の少年が姿が目に入った。




