閑話:勇者の怒り、憂鬱……そして希望
シオンのお兄さんである勇者アルムの話です。
【勇者】の祝福を発動したアルムは勇者としての修練のために王都で生活していた。アルムが家を離れるにあたって心配していたのは弟シオンの事である。
アルムはシオンが両親から虐待を受けている事を知っており、事あるごとに庇っていた。【勇者】の祝福を得たアルムは両親にとって自分達の生活を豊かにしてくれる存在であったのだ。言葉を選ばなければ“金づる”である。
アルムはそのような両親の事を嫌悪していた。元々、両親はこのような人間ではなかった。アルムもシオンも祝福を発動する前までは普通の善良な両親であり、厳しくも優しい愛情溢れる両親であったのだ。
ところがアルムが【勇者】、シオンが【偽造者】を発動した時からおかしくなり始めたのである。
アルムが【勇者】となったために国から多くの金銭的援助が行われるようになり、目に見えて両親は歪んでいった。突然大量の富がなだれ込んできた事に両親は変貌したのだ。
アルムは突然、富を手に入れた者がどう歪むかを見せつけられた事で力というものの恐ろしさを学んだ。
“力はそれを振るう者の器量が問われる”
これがアルムが学んだことである。それ故にアルムは強大な力を使いこなすために必死に修練を積んできたのだ。常に修練を欠かすことなく行い、自分に近付いてくる者に対して決して操られぬように細心の注意を払った。
それがいつの間にかアルムの勇者としての名声を高めることになったのは皮肉と言えるかも知れない。だが、アルムにとって力に溺れるというのはあの醜く歪んでしまった両親と同じになる事であると考えると努力を欠かすことはどうしても出来なかったのだ。
アルムがメキメキと実力をつけることでアルムの発言力も同時に増していき、シオンをあの家から呼び寄せるぐらいの我が儘が許される状況になったためにシオンを呼び寄せようと久々に実家に戻った。
ところがシオンは両親に暴力を働き、家を出て行ったという報告を受けてアルムは呆然とした。
(間に合わなかった……)
アルムの心に後悔の念が襲った。もう少し早く迎えに来ていればシオンを保護することが出来たと言うのにという後悔である。だがそれを両親はシオンが大切な両親に手を上げた事に対する怒りと捉えるとシオンを悪し様に罵り始めたのだ。
(……こいつらは何を言っている? お前達がシオンを虐待し続けたから怒りを爆発させたんだろうが)
シオンの事を悪し様に言い放つ両親の表情はこの上なく醜く、アルムから得体の知れない化け者にしか見えなかった。
「あのクズを叩きのめしてちょうだい!!」
「そうだ!! あのクズは育ててあげた恩も忘れて暴力を振るった!! お前ならあいつを叩きのめせるはずだ!!」
(こいつらは俺にシオンをぶちのめせというのか?)
「あのクズはお前のためにならん。いっその事殺してしまえ!!」
(殺せ? 俺にシオンを殺せと言うのか!!)
アルムの中でブツリと何かが切れる音がしたと思ったらアルムの口から怒りの声が発せられた。
「巫山戯るなぁぁぁぁぁっぁ!!」
アルムの激高に両親は身を震わせた。アルムの勇者としての修練はアルムの戦闘力を飛躍的に増大させており、もはや並の兵士では百人単位で蹴散らす事も可能である。
もはや人外に分類されるであろう戦闘力を持つアルムの怒りは両親のような戦闘とは無縁の生活をしていた者達では決して抗うことはできないであろう。
アルムの怒りを受けて両親の歯はガチガチと鳴り始めた。命の危険をこの段階でようやく感じたのだ。
「お前達は俺にシオンを、弟を殺せと言うのか!! それが親の言う言葉か!!」
「ひぃ!!」
「ひっ!!」
アルムの激高に両親は腰が抜けたようにヘナヘナと座り込んだ。
「シオンがどうして家を出たかお前達にはそれがわからないのか!! お前達はシオンを事あるごとに虐待してその報復を受けただけだ!! 言わば自業自得だ!!」
アルムの言葉を両親は黙って聞いている。何か言い返そうとしてもアルムの怒りの前に全て撥ね除けられる事は確実であった。
「ここまで腐っていたなんて思ってもみなかった。 俺はあんた達と縁を切る!!」
アルムの言葉に両親は顔を強張らせた。両親を無視してアルムはクルリと踵を返すとそのまま歩き出した。
「待って!!」
「アルム、待ってくれ!!」
両親の言葉を聞いてもアルムの心には一切響かなかった。振り返ることなく家を出て行く。
「どうなされたのですか?」
家から出てきたアルムに不安そうに声をかける者がいた。アルムの護衛として付いてきた騎士である。
「もうこの家に用はありません。すみませんがすぐに王都へ帰ります」
アルムの言葉に騎士はただ静かに頷くのみである。アルムから放たれる怒りの気配は尋常ではない。
「出発してください」
アルムは馬車にさっさと乗り込むと御者に出発するように促した。御者は素直に命令に従って馬車を走らせたところで両親が家の外に出てきた。
「待ってくれアルム!!」
「待って」
両親の懇願が行われたがアルムはまったく心は乱れることはなく馬車は走り出した。
「良いの?」
アルムに声をかけたのは金色の髪に碧い瞳の美しい女性である。彼女の尖った耳が人間ではなくエルフである事を物語っている。
「ああ、あいつらとは金輪際関係ない。ここにも二度と来る事はない」
アルムの言葉にエルフの少女は何も言うことはなかった。
(シオン……どこにいる? 無事でいてくれ……)
アルムは心の中でそう祈る。王都へ向かう馬車は重苦しい雰囲気が漂っていた。
* * *
「冒険者?」
アルムの声に隠しきれない安堵の感情が含まれていた。
「はい。弟のシオン様は現在ドルゴーク帝国の帝都ハウンゼルの冒険者ギルドに所属しているという話です」
「無事なのですね!?」
アルムは報告者の肩を掴むと妙に座った目で報告者に尋ねる。両親と縁を切ってから十ヶ月、アルムはシオンを探し続けていた。フィグム王国をそれこそ隅から隅まで探した結果、シオンが隣国であるドルゴーク帝国に渡った事は掴んだが、他国と言う事で中々行き先は掴めなかったがシオンを見つけたという報告が入ったのだ。
「良かった……生きていてくれたんだ」
アルムの言葉に周囲の者達もほっとした雰囲気を発した。
「よし!!」
アルムが剣をとって出て行こうとしたところにエルフの少女が襟首を掴んだ。
「何処行くつもり?」
「決まってるだろう。シオンに会いに行くんだよ」
「あんた、何言ってるのよ。明後日にエルメキルスから“聖女”様が来るから行かせるわけにはいかないわ」
「あ……」
エルフの少女に言われてアルムは思い出したように難しい顔を浮かべた。
「イリーナがいるから大丈夫だよ」
アルムの言葉にイリーナと呼ばれたエルフの少女はアルムの頭をポカリと叩いた。
「痛いだろ!!」
「もう一発いっとく?」
イリーナの仁王立ちにアルムはぐっと詰まる。理は向こうにある事を理解しているアルムとすれば大人しく引き下がらざるを得ない。
「あの……よろしければシオン様に伝言をお伝えいたしましょうか?」
報告者の男はおずおずとアルムに伝えるとアルムは少し目を閉じると静かに頷いた。
「よろしくお願いします。今の仕事が片付いたら会いに行くと伝えてください」
「承知しました」
報告者は苦笑を浮かべながらアルムとイリーナに一礼すると部屋を出て行く。
「良かったわね」
「ああ、一年もシオンは冒険者稼業を続けてこれたという訳か。良かった」
アルムの安堵の声にイリーナは顔を綻ばせた。アルムがこの十ヶ月、人を雇いシオンの捜索を行い、忙しい合間をぬって自らも捜索に出ていた苦労が良い形で実ったのは、付き合わされたメンバー達にとっても喜ばしい事であった。
「でも、聖女様が合流すればいよいよ旅立ちね」
「ああ、まずはドルゴークだな」
「あんた私情はさみすぎ……」
アルムの言葉にため息交じりにイリーナはツッコミを入れた。




