ルフィーナ⑩
シオン達の前に現れたリッチを見てルフィーナは緊張の表情を浮かべた。まさか先程の話に出てきたアンデッドのリッチがいきなり出てくるとは思っていなかったのだろう。
「ルフィーナ、心配する事はない。リッチ如きにやられるほど俺は弱くないからな」
シオンの言葉にリッチから放たれる気配が剣呑なものへと変化する。シオンの傲岸不遜が勘に障ったようであった。
「ほう、人間如きがこのハルドに勝てると本気で思っているのか?」
リッチが名乗った事に対してシオンは面白くなさそうな表情を浮かべつつ返答した。
「ふ~ん、お前はハルドというのか。別にお前の名前なんぞに何の価値も見いだせないがそっちが名乗ったからこっちも名乗ってやろう。俺の名はベンだ」
シオンはさらっと嘘の名前をハルドに伝えた。ルフィーナは内心驚いたが何かしらの理由があると重いそれを表面上に出すような事はしない。
「何を言ってる? お前の名はシオン、そっちの娘の名はルフィーナというのだろう。用心深い奴だ」
ハルドはシオンの嘘を即座に否定する。
(ここで知ってるぞアピールか。自尊心の高いタイプと考えて見て良いな)
シオンはハルドの返答からハルドが自尊心の高いタイプである事を察した。実の所、シオンはハルドが先程の二人の会話を聞いている事を当然ながら察していたのだ。そこで敢えて偽名を使いハルドの反応を見たのである。
ここでハルドは即座にシオンの嘘を見抜いた事を告げる事により心理的に優位に立とうという思考を持っている事を察したのだ。そして同時に“俺も凄いんだぞ”とアピールする狙いがあると言う事も同時に察したのだ。
「なぜ……それを」
シオンは笑い出しそうになる気持ちをぐっと堪えるとハルドの返答に驚いた様子を見せる。これでシオンを舐めてくれれば願ったり叶ったりというものだ。シオンに言わせれば殺し合いというのならいくら舐めてもらっても構わない。大事なのは最後の段階で勝者の座に座る事が出来れば良いのだ。
「ふ、答える理由はないな。お前はどうやら知力で戦うタイプらしいな。だが所詮は人間の浅知恵よ」
「なにぃ!!」
ハルドの挑発にシオンは激高する。シオンの激高は勿論わざとであった。ハルドにシオンの誤った情報を与えようとしているのだ。
「舐めるなよ。骨野郎が!!」
シオンが飛びかかろうとしたところにルフィーナが声をかけた。
「シオン、熱くなっちゃダメ!! 相手はリッチよ熱くなっちゃったらすぐに殺されちゃうわよ!!」
「ああ、わかった」
ルフィーナの言葉にシオンは冷静さを取り戻したような表情を浮かべつつハルドを睨みつける。もちろんシオンは冷静さを全く失ってはいない。演技することでハルドの意識をミスリードしようとしてたのである。
「知力で戦うと思ったが実の所……激情家か。やはり人間は感情に支配される愚かものというわけだな」
ハルドの嘲弄にシオンは沈黙で返した。
「そっちの娘は小僧を宥めるという役目か」
「え?」
ハルドはそこでルフィーナに言う。ハルドがルフィーナに声をかけると同時にシオンが動いた。
走り始めたシオンは懐の中で木札を割った。割った木札には『瞬神』という速力を爆発的に高めるスキルが偽造してあったのだ。
『瞬神』のスキルが発動しほぼ一瞬でハルドの間合いに入りこんだシオンは剣を抜き放ち斬撃を放った。
ギィィィィン!!
しかし、シオンの斬撃はハルドが展開していた防御陣に阻まれてしまった。
(ち……防御陣を展開していたか)
シオンの奇襲は失敗に終わったかに思われたがシオンは落胆することなく次の一手を打つ。新たな木札を割ると左拳を防御陣に叩きつけた。
ガシャァァァァァン!!
シオンの左拳がハルドの防御陣を突き破るとそのままハルドの胸ぐらを掴んだ。シオンが使ったスキルは『魔拳』というスキルだ。魔拳は単に魔力を込めた正拳突きに過ぎないのだがスキルによって込められた魔力の量、正拳突きの威力はスキルを使わない時の数倍の威力なのだ。
「バ、バカな!! こんな小僧が私の防御陣を突き破るだと!!」
ハルドの口から驚愕に満ちた声が発せられた。人間如きに防御陣を破られた事はハルドにとって衝撃であったのだ。ハルドの狼狽を見てシオンはニヤリと嗤うとそのままハルドの顔面に頭突きを行った。
「油断してんじゃねーよ。三下ぁぁぁ!!」
頭突きを食らったハルドは大きく仰け反ったところにシオンが前蹴りを放つ。まともにシオンの蹴りがハルドの胸に直撃するとハルドはそのまま二メートルほどの距離を飛び着地する。
(よし、とどめ!!)
シオンはこの機会を見す見す見逃す気はないためにそのまま間合いを詰めようとした時、ハルドの姿がふっと消えた。
「ルフィーナ、避けろ!!」
シオンは振り返りもせずそう叫ぶとルフィーナは考える前に横に跳んだ。転移魔術の使用があった際に背後に現れるというのはお約束だ。そのためにシオンは即座にルフィーナへと注意を促したのだ。
シオンの考えは杞憂ではなく一瞬前までルフィーナがいた場所に火球が着弾すると爆発を起こした。
「きゃあああ!!」
ルフィーナはなんとか直撃は避けたものの爆風に吹き飛ばされてしまった。ルフィーナは地面を転がりそのまま倒れる。
「ルフィーナ!!」
シオンがルフィーナの名を呼びつつ倒れ込んだルフィーナの元に駆け寄った。
「いてて……」
ルフィーナはすぐに立ち上がるとハルドに視線を移した。
「ル、ルフィーナ……?」
ルフィーナがすぐに立ち上がったためにケガはないと判断出来るのだが、シオンはルフィーナの姿を見て呆然とした口調でルフィーナの名を呼んだ。
「シオン、私は大丈夫よ」
「あ、……そうか?」
「当たり前よ。直撃は避けたから戦闘に支障は無いわよ!!」
「いや、それよりもな……」
「どうしたのよ?」
ここでルフィーナがシオンの様子がおかしいことに気づいた。
「いやな……お前、顔が……」
「顔?」
シオンの言葉にルフィーナは顔を触ると表情を強張らせた。ルフィーナの顔が破けて垂れ下がり、その下には昨晩の月明かりの中で見たルフィーナの美しい貌が覗いていたのだ。
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