ルフィーナ⑧
ゴブリン五体を斬り伏せた二人はゴブリンの左耳を切り取る。ギルドへの討伐の証拠として体の一部を切り取るのだ。前回のシオンのゴブリンの集落では集落の殲滅が目的でありゴブリンの体の一部を切り取らなくても良かったのだ。
「う~なんか嫌だわ」
ルフィーナがゴブリンの耳を切り取りながらぼやく。
「そういうな。これも大事なお仕事なんだからな」
「わかってるけどね」
シオンが窘めるとルフィーナは嫌そうな表情を保ったまま返答する。本気での忌避感ではなく、例えて言うならば“トイレ掃除”を行っている心境なのかも知れない。
「しかし、ルフィーナすごいな」
「え?」
「ルフィーナの奇襲はまったく音がしない。最初のゴブリンは自分が殺されたことにも気づいてなかったんじゃないか?」
シオンの言葉にルフィーナは照れたような表情を浮かべた。
「うん、気殺はただやり過ごすためのものじゃなくてああいう風に奇襲にも使えるスキルなのよ」
「ああ、確かに敵に気づかれないと言う事は使い方次第で攻撃にも使えるよな」
「そういうこと♪」
ルフィーナは嬉しそうに言うとシオンも釣られて顔を綻ばせる。
「これでゴブリンの依頼は達成だけど、灰猟犬の討伐はやっかいそうね。すぐ見つかるかしら……」
「まぁ時間はかかるかもしれんけどゴブリンの死体のおかげで時間短縮できるかもな」
「え?」
「こいつらを撒き餌に使う」
シオンはそう言うとゴブリンの死体を一列に並べて寝かせておく。
「なるほどね。それじゃあ何処で待つつもり?」
ルフィーナはシオンに尋ねるとシオンは黙って木の上を指差した。それを見てルフィーナは頷く。
キョロキョロと木を見てルフィーナは一つの木に登り始めた。するすると淀みなく昇っていくルフィーナは木に登っていった。ルフィーナが登っていった木にシオンも登り始める。
二人がその木を選んだのはゴブリンの死体を灰猟犬がゴブリンをむさぼり食っている時に奇襲しやすい位置に枝があるというのがその理由だ。
「さ、しばらくここで待たないといけないのね」
「ああ、そんなに時間はかからないだろ。ゴブリンの死体の臭いをたぐってくるだろ」
シオンの言葉にルフィーナはゆっくりと目を閉じる。気配を察知しようとしているのだろう。それを見てシオンは懐の「魔獣寄せ」のスキルの木札を折り発動させる。その際に「剣技向上」のスキルを解除する。
解除する必要はないと思いはあるのだが、シオンにとって一種の験担ぎである以上、余程の緊急事態でない限りこれを止めるつもりはなかった。
(今……シオンは何かをしたわね)
ルフィーナはシオンが懐の中でボキリと木札を折った事を察知した。しかし、それを表面上に出すような事はしない。シオンから自分への敵意というものは一切感じられないために言わなかったのだ。
(気づいたか? 今確かに一瞬だがルフィーナは緊張した)
一方でシオンはルフィーナが自分が木札を折った事を察知したのではという可能性に思い至った。ルフィーナの一瞬の緊張を察したのだ。一瞬その事を告げようかと考えたがルフィーナが言ってこない限りこちらから言えばやぶ蛇になってしまうため言い出すことが出来ない。
シオンが迷っているところにこちらの方に向かってくる気配を察知した。移動速度から四足歩行である事が窺えた。
「ルフィーナ、来たみたいだ」
シオンはルフィーナに言うとルフィーナは驚いたような表情を浮かべた。流石に撒き餌を撒いたとは言え早すぎるという意識であったのだ。
これはリブト大森林地帯に入ってからも「魔獣寄せ」のスキルを使用していてある程度魔獣が近くにいたことと、再びスキルを使用した事で呼び寄せられた事がその理由である。
(「魔獣寄せ」は解除しておくか)
シオンはすでに魔獣達に捕捉された以上、スキルの使用をする事にさほど意味があるとは思えないからだ。
「早すぎるわね」
「ゴブリンは真っ直ぐにこっちに来ていたのは灰猟犬を狩るためであったと考えるとそれほど不思議な事じゃないさ」
「どういうこと?」
「奴等の装備は明らかに狩りを想定している。ここはゴブリン達の狩り場なんだろう。そして奴等はこっちに向かってきていたと言う事はこの周辺には灰猟犬が元々うろついていたんだろうな」
「なるほどね」
シオンの言葉にルフィーナは一応の納得はした様である。
ルフィーナは双剣を抜き放つと灰猟犬が現れるのを待つことにする。こちらに向かってくる気配の数は二十ほどだ。距離が一五〇メートルを切ったところでルフィーナも気配を察知したのだろう。緊張の度合いを高めていく。
『グルゥゥゥ』
そして現れた灰猟犬はそのまま我先にゴブリン達の死体に噛みついた。すでにゴブリン達が絶命しているためにまったく警戒などせずに噛みついたのだ。
冒険者がゴブリンなどを討伐し死体をそのまま放置するというのはそう珍しい事ではない。その死体を魔獣達は食糧として糧にするわけである。
人によっては冒険者に死体を放置しないでほしいと訴えるのだが、死体の処理を行えばものすごい手間となるために冒険者ギルドとしてはそれは徹底していない。また本当に処理をしたかどうかを毎回確認する事になるために現実的ではないのだ。
「よし……」
ルフィーナは小さく呟くと躊躇なく死体をむさぼり食う灰猟犬の元に飛び降りる。その三秒後にシオンも飛び降りた。シオンは飛び降りる最中に木札を割りスキルを発動させた。
シオンが今回発動させたのは「乱戦」であった。「剣技向上」で問題無かったのだろうが、シオンは魔獣の群れ相手ではこちらのスキルを使用している。こちらは複数の相手と戦うのを想定したスキルであり自分に向けられる殺意、敵意などを鋭敏に察する事ができ、それに相応しい行動を取ることが出来るのだ。
また「乱戦」が発動している間は斬り殺すというよりも戦闘力を奪うのが主目的となるために四肢の切断、武器を奪うなどの行動をとるのに最適な体の使い方を行うようになる。
一瞬先に飛び降りたルフィーナはそのまま双剣を振るい二頭の灰猟犬を斬り伏せた。
首を斬られた灰猟犬は血を撒き散らしながらその場に倒れ込んだ。ルフィーナはそのまま近くの灰猟犬の首に斬撃を放つと延髄を斬り裂き灰猟犬はそのまま崩れ落ちた。
シオンもそのまま戦闘に参加し剣を振るう。
『キャゥゥウン!!』
シオンの斬撃が灰猟犬の頭部にめり込み叫び声を上げた灰猟犬は倒れ込んだ。
奇襲に成功した二人はそれから三分ほどで灰猟犬を危なげなく斃したのである。
* * *
『ギャアアアアアアアア!!』
炎に包まれたゴブリンが断末魔の叫び声を上げていたが力尽きたようでそのまま動かなくなった。
「さて、新たな素材が出来上がったな」
黒いローブに身を包んだ男が楽しそうに言う。その顔は髑髏であり生者のものではない。
男は“リッチ”と呼ばれるアンデッドだ。魔術師などが命尽きてから永遠の生を求めて魔術を施して死後アンデッドとして復活したものである。
死後に“リッチ”となれる術式を組める魔術師は間違いなく一流の魔術師なのでその有する魔力も桁違いであり、リッチに出会った冒険者は間違いなく死を意識する。
それはミスリルクラスの冒険者であっても敗れる事はたびたびあるレベルである。
そのリッチがゴブリンの集落を襲っているのだ。ゴブリンの集落はシオンが前回滅ぼしたものよりも規模が二回りほど大きい。
だが、ゴブリン達はリッチに碌な抵抗も出来ずに次々と殺されていった。リッチの周辺にはスケルトン達が固めておりゴブリン達はリッチに近付く事すら出来なかったのだ。
ゴブリンは抵抗を無駄と悟ると次々と逃走に入る。勝てない相手から逃げるのは別に恥でも何でもなくむしろ当然の選択だ。だがその選択は正しく報われなかった。
『ギィ!!』
『セセムニウ!!』
ゴブリン達は見えない壁に阻まれ進む事が出来ない。ゴブリン達の顔に絶望の表情が浮かんだ。
『ギャアアアアアアアアアアア!!』
そこに火球が直撃したゴブリンが火だるまになり絶叫を放ちながら転げ回った。
「逃げ切れるとでも思っているのかね?」
リッチの嘲るような声にゴブリン達は恐怖の表情が浮かんだ。リッチの顔には薄皮もない骨だけの顔である。だがそれでもゴブリン達はリッチが自分達を嘲っている事を理解した。
「ははは、怖かろう。君達ではまったく対処できない死の支配者だ」
リッチは指先から魔力を矢にして放つ【魔矢】を十数本放つと逃げようとしたゴブリン達を貫いた。体に穿かれた穴から血を噴き出させながらゴブリン達は崩れ落ちる。
「光栄に思うが良い。お前達のような下等生物が偉大なるハルド様のために役立てるのだからな」
自らのことをハルドと名乗ったリッチは瘴気を集めると集落の上に球体にして浮かべるとゴブリンの死体に瘴気を降らせた。瘴気を受けたゴブリン達の死体はしばらくして動きだした。
「おや? 近くに人間がいるな。冒険者か……」
ハルドは遥か遠くにいる二つの気配を察知すると小さく嗤った。




