最悪の気分での旅立ち
新しい話です。更新速度は不定期ですがよろしくお願いします。
祝福……
人間に与えられる神からの贈り物である。それは才能と言っても差し支え無いものかも知れない。
しかし、才能というのは実際にやってみないとわからないものであるが、スキルはある意味神によって与えられたものである以上その信頼度は他の追随を許さないものなのだ。
【勇者】、【聖女】、【魔導師】、【聖騎士】、【英雄】、【行政官】、【判事】、【商人】、【農夫】、【金属加工職人】、【服飾職人】などありとあらゆる祝福が存在する。
神から与えられている祝福は時代の移り変わりと共に変化し、社会の変化によりその数は次々と増えている。そのためにこの世にどのような祝福がある事を正確に把握しているものはいないというのが現状であった。
祝福が発動するのは大体十歳から十三歳ぐらいであり、祝福が発動し自分の適性を見極めてからそれぞれ生き方を決める者が大多数であった。
レアな祝福が発動した者はその時から勝ち組扱いになることも珍しくない。貧民街で最悪の生活をしている者が【聖騎士】の祝福を発動した場合に、騎士団が迎えに来て一気に道が開けるという事例は後を絶たないのだ。
親たちは自分の子ども達がレアな若しくは将来有望な祝福を授かっていることを切に願っているのはある意味仕方ないことだろう。
このような祝福が大きく人生に関わっている世界に一人の少年がいた。
名をシオン。容姿は黒髪、黒眼で眉目はそれなりに整っている十五歳の少年だ。十歳である祝福が発現し、それにより親に見捨てられた少年である。
シオンの人生は祝福の発動と共に大きく変わった。それが良い方ではなく悪い方にである。
シオンの発動した祝福は【偽造者】であった。発動したシオンの【偽造者】という祝福の響きからそれを好意的に捉える者などほとんどいなかった。それはシオンの両親であってもだった。
“こいつは将来犯罪者になる”という視線が両親からシオンに注がれるようになり、それからすぐに一つ上の兄アルムが【勇者】という祝福を発動してからは完全にシオンに注がれる視線の厳しさは増した。
【勇者】というスキルは、悪を倒す代名詞として尊敬を集める祝福であり、それが出ると言う事はすなわち近い将来に、“強大な悪”が現れる事を示している。
そのため、【勇者】の祝福を発動させたアルムは国の宝とされ、国を挙げてアルムに期待するようになっていったのである。
シオンの両親は国から補助という名の恩恵を受けるようになり、シオンへの風当たりがさらに激しくなっていった。
そして、シオンがアルムの足を引っ張ると思うようになっていくのは確定路線であったのかも知れない。
シオンへの両親からの虐待が始まった。言葉の暴力が実際の暴力へとなるのは時間がかからなかった。兄アルムはシオンを庇ったのだが、それが益々両親への虐待行為を加速する結果となったのである。
『アルムはお前と違って優しい』
『アルムはお前とは違う!!』
『アルムは』『アルムは』『アルムは』『アルムは』『アルムは』『アルムは』『アルムは』『アルムは』『アルムは』『アルムは』『アルムは』『アルムは』
両親から投げ掛けられる言葉はシオンの心を限りなく傷付けたと言って良いだろう。だが、この事はシオンの一家だけに留まらずに世界中の至る所で当たり前に行われている事であった。
祝福が人生を決める世界の弊害であるとも言えるだろう。
アルムが王都で高度な教育を受けるために実家を離れると両親の虐待はさらに酷くなった。
【偽造者】の祝福が発現してすでに四年、十四歳となっていたシオンはついに牙をむいたのだ。
それはいつものように父親がシオンへの暴力を行った事がきっかけであった。きっかけは些細な事であった。今回は“目つきが気に入らない”というものであった。父親の拳がシオンの頬に叩き込まれ、母親はそれをいつものように見ている。
いつもの光景であり特筆すべき事ではないのかもしれない。だが、シオンの反応がいつもと違ったのだ。
「お前達、いい加減にしろよ」
シオンは両親を父、母と呼ばずにお前達と呼んだことにシオンの両親は最初呆けた表情を浮かべたが何を言われたかを理解すると激高した。
「お前のようなクズが親に向かってその言葉遣いは何だ!!」
「アルムならそんな事を絶対に言わないわ!!」
両親の激高にシオンはぺっと唾を吐き出した。シオンの吐き出した唾には紅い物が混ざっている。
「兄さんは確かに立派だ。【勇者】という祝福を発動しても傲ることなく努力をして、俺のような人間にも優しい」
シオンの言葉に両親は蔑む視線を向ける。
「そうだ。お前のようなやつとアルムは違う」
「お前のような子はアルムの足を引っ張るだけよ!!」
両親の言葉にシオンはまったく傷付いた感じはしない。すでにシオンとすれば両親に対して情というモノを完全に切り離しているために完全に無価値となっていたのである。無価値のモノから蔑みの言葉を受けてもシオンとすればまったく気持ちが動かない。
「偉いのは兄さんであり、お前達じゃない。それにお前達はアホだから教えてやる。俺の祝福である【偽造者】は決して兄さんの【勇者】に劣るものじゃない」
シオンの言葉に両親は呆気にとられた表情を浮かべた。そして、先程同様に再び激高する。
「巫山戯るな!! お前のようなクズがアルムの【勇者】に負けないだと!?」
父親の言葉に今度はシオンが両親に嘲るような視線を向ける。
「だからお前らはアホだと言うんだよ。俺は【偽造者】の祝福が発動してから自分でどのように使うべきかずっと考えていた。そして……わかったんだよ。祝福というのは使い方次第だと言う事にな」
「な、何を言っている」
「お前らは結局のところ物事の表面上しか見ないからこういうことになる」
シオンはそう言うと父親の懐に飛び込むと拳を腹部に叩き込んだ。
「がはっ」
くの字に折れ曲がった父親の体にシオンはにっこりと笑って拳を顔面に叩き込んだ。一流の武術家そのものの洗練された攻撃に父親は歯と血を撒き散らしながら吹き飛ぶと壁に激突する。
父親はそのまま床に落ちると意識を失った。
「あ、あなた!!」
母親は殴り飛ばされた父親を見て驚きの声を上げるとシオンに恐怖の籠もった視線を向けた。
「シ、シオン……待って!!」
母親は両手を前に出しシオンを制止しようとする。
「ほう、俺の名を覚えていたのか? 意外だな」
シオンの口から皮肉気な声が発せられ母親の耳に入る。
「不思議だろう。どうしてクズの祝福しか持たない俺がそいつを殴り飛ばせたのか」
「どうして……」
「教えてやると思うか? 敵に種明かしするような事はしないさ」
シオンはそう言うと母親の胸ぐらを掴むと母親が恐怖の表情を浮かべると同時に拳を叩き込んだ。父親を殴り飛ばした時よりも十分に手加減をしたのだがあまり救われた気がしないのは間違いない。
「これで勘弁してやるよ」
シオンはそう言うと伸びている二人にもはや一瞥もくれることなく、自室に行くと用意していた荷物を手に取り、家を出て行った。
お気に召しましたらブクマ、評価をお願いします。