決意
家を出ると、目の前に速井サクラがいた。
当然、幼稚園からずっと一緒だったのだから、速井サクラとはご近所さんなわけだが、前回の人生でも、登校時間に速井サクラと出会うことはほぼなかった。
いつも朝練していた速井サクラと、遅刻ギリギリの自分とでは時間が被るはずがないのだから。
「おはよ。朝練は?」
当然の疑問を口にしたのだが、何故かそれに驚いた顔を見せた。
「あ、朝練? 今日はね、始業式の準備で朝練禁止なの。だからこの時間」
「そうなんだ。俺が言うのもなんだけど、遅刻ギリギリの時間だけど、大丈夫?」
学校まではそれほど遠くなく、自転車で20分ほどの距離だが、速井サクラはこれも練習だと言って、いつも徒歩で登校しているというのは、クラスメイトには有名な話だ。
今から自転車で向かえば、全く問題ないが、歩いていくとなると、いくらトップアスリートでも間に合わないだろう。
「え? そうなの!? いつも朝練してて普通の登校時間がわかんなかったんだけど……」
「なら途中まで後ろ乗ってく? 俺、自転車だし」
自転車を玄関先から引っ張りだしながらそう聞くと、速井サクラは綻んだ。
「ありがと! お言葉に甘えるね!」
「「……………」」
後ろに乗せたはいいが、かなり気まずい。
おそらく、中年男子のセクハラのような、かる弾みから出た提案だったが、異性の――それも後ろめたさを感じている相手を背にして、軽やかな気持ちにはなれなかった。
そんな空気を打破してくれたのは速井サクラからだった。
「……珍しいね」
「ん?」
「カガリから話しかけてくれるのも、こうやって優しくしてくれるのも」
「そうだっけ?」
「そうだよ。中学くらいから、あんまり話しかけてくれないようになったよ? わたしから話しかけてもテキトーな返事ばっかだったし」
――ちょっと寂しかったんだよ
僕に聞かせるつもりはなかったのだろう。背後で小さく呟かれた声は、僕の耳をくすぐったく撫でた。何だかそれがとても照れくさかった。
「ああ、確かに」
自分の心情を気付かれないように、わざと戯けた感じで応える。
「中学くらいの時に、速井と仲良くしてたら、付き合ってるの? ってからかわれたことがあって、それから何か距離開けちゃってたな……」
「……ふぅん」
ほんの少し黙り込んだ後、速井サクラが発したのはたったのそれだけだった。
それに対して僕は本心を見透かされた気になってしまう。
――本当は、アスリートとして結果を残していく速井に、何だか置いてかれたような気分になって拗ねてただけだけど
そんなかっこ悪い自分は、絶対にバレたくなかった。
結局それから暫くまた無言の時間が続いた。
「……ここでおろしてもらって大丈夫だよ。もうだいぶ学校近いし。流石に校門まで二人乗りで行ったら怒られちゃうだろうし」
自転車はまだ止まっていないのに、速井サクラはぴょいっと飛び降りた。
「おんなじクラスになれるといいね!」
振り返ると、少し後方で速井サクラが手を降ってるのが見える。
「なるよ! 同じクラスに!」
ぼくも手を振りかえす。
少し不思議そうな速井サクラの顔がおかしくて、少し笑ってしまう。
一度目の人生ではなかった、小さな幸せ。
「――大丈夫」
その小さなつぶやきは風に流されて宙を舞う。
――確実に過去は変わってる
――絶対に救えるはずだ
そう確信して、もう一度、振り返る。




