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「嫌」な生徒

 北高の教師に、もっとも苦手とする生徒は誰かと(たず)ねたら、誰もが本間(ほんま)快里(かいり)と言いたくなるだろう。もちろん訪ねられても言うわけがないのだが。

 彼は地域で一番大きな病院「本間総合医院」の次男。よいところのお坊ちゃんだから先生が苦手としてるわけではない。なにが最大の原因かと言えば、とにかく彼の頭が非常に切れるから、それにつきる。

 高校生の頭の良さといえば、イコール勉強ができることを意味することが多いが、彼はそうではない。勉強()できると言った方が的を()るだろう。強いて弱点を言えば、生まれつき心臓が弱いために、運動が苦手なことぐらいだ。

 学校では生徒会長の相談役という、普通の高校には無い変わった役をやっている。他薦で生徒達から圧倒的支持で生徒会長にと選ばれたが、心臓が弱いために辞退をした。病院には定期的に通院しないとならないし、体力的にも業務をこなせないというのが理由で、次点の人に生徒会長を譲ることになったのだ。

 細身で背が高く、色白で女性のような顔つき。同性にも異性にも受けがよい物腰。美形というほどではないが、頭が良いので自分を最適な形でうまく演出でき、人を喜ばすこともうまい。相手の望む的確なツボを押さえることが得意で、一つ一つの発言がクールで落ち着いている。まるで微妙に年上のような発言をするので、いろんな生徒が快里に悩みを相談する。

 もちろんこれは良いことだ。悪いことではない。

 初めて彼のいるクラスで教鞭を奮うようになった教師は、最初は自分ペースで授業をはじめる。授業で彼の知識の量と頭の回転の速さを見ていくうちに、まずは優秀な生徒を受け持ったことに喜ぶことになる。そのうちに、自分よりも詳しいかもしれないという気がしてきて、生徒である快里が専門家のように感じてしまう。

 普通、その分野において自分よりも知識を持つ人がいる前で、物知り顔で話をすることはなかなかできない。内容が正しいことであったとしても、そこに専門の人がいるかいないかで言いやすいかどうかは異なってくるし、(しゃべ)るだけでも緊張してしまうだろう。

 優秀な生徒とはわかりつつも、ある時から少しずつ邪魔に感じ始め、知識と回転の速さを羨ましく思い始める。そして生徒を尊敬する自分に気がついていく。

 多くの教師にとって、生徒への尊敬は恐れの裏がえしにもなりえる。教える立場の者ながら自分の専門分野で生徒にかなわない。残されるのは人生経験の量だけ。それを生かせる教師ならまだしも、知識の量で人に教えてきた教師にとっては、劣等感を抱く原因になる。


 職員会議は、堂々巡りで停滞していた。体調不良でやめた勝田教諭の後、誰が二年八組を担当するのか。

 デジャヴではなくて、このネタの会議は半年近く前にもやった。その時には議論好きの若い教師、勝田幸広が名乗り出て、最初は自信ありげに本間快里の担任になった。が、1ヶ月もしないうちに自信喪失で(うつ)状態。キャリアの長い教諭でさえ尻込みするのだ。無理はない。

「やっぱり女性の先生が良いと思うんですよね。我々同性では扱いにくいんですわ。彼は」

 先に口を開いたのは体育の坪井だった。とにかく現在担任を持ってない先生は必死だ。体育は快里が唯一(ゆいいつ)参加できない授業なので、もっとも安泰(あんたい)な授業だが、担任ともなると話は別だ。

「私ですか?坪井先生ずるいですよ。先生の授業が一番、快里君がおとなしいんじゃないですか?」

 三崎(みさき)菜穂子(なほこ)は、驚いたように言った。坪井がなるべく自分の受け持ちにならないようにしているのが、透けて見えすぎるのが格好悪い。

 三崎の受け持ちは音楽だし、自分はすでに担任をもっている。たしかに快里君は私には優しいが、女性に優しいと言うよりも、快里君は偉そうに振る舞う教師が嫌いなだけな気がするのだが……。

「だけどねぇ、せめてもう少し子供っぽくて可愛げがあるところがあれば……楽なんだけど」

 教頭、谷口(たにぐち)が坪井の肩を持つ。本当は—男にも、楽だったのだけど—と言いたかったんだろう。

 谷口はたばこの煙を消して、十分な間をとり、何かを待っていた。しかし、他に話しだす先生方がいないので再び、沈黙を破った。

「ただ、頭の良いだけの生徒じゃないですからねぇ。いったいどこでいつ、あんな知識を身につけているのだか」

「あ〜。それは私も知りたいですよ。あそこまでとは言わないけれど、若いときにあれだけ吸収が早ければ、私も違ってたかなぁと思いますよ」

「しかし、本間君はどうして大人が嫌いなんですかね?」

 教師達が愚痴のような意見を言い合っていた。坪井はふと思いついたように話を始めた。

「大人が嫌いなんじゃなくて、偉そうに振る舞われるのが嫌なんじゃないですかね?本人、自分で頭がよいと思ってるだろうし、自分より頭が良くないやつが威張るのが……そんな感じで思ってるんじゃないかって感じる時がありますよ」

 快里君は大人が嫌いなわけじゃない。三崎は自分と似たようなことを坪井が感じていたことに、少しだけ感心し、相づちを打ちながら話した。

「私も、知識を得ようとする態度には甘い気がします。知識をひけらかされるのが嫌いなような気がするんです。以前私の授業で、お薬に関する話が出てきたんですけど、彼に聞いたらかなり丁寧に説明してくれましたよ」

「先生、薬って麻薬?やばいヤツですか?」

 生活指導を担当している坪井は、生徒から避けられている為に、どうしても生徒どうしの噂に(うと)い。(うと)まれる教師に好んで話しかける生徒はいない。おそらくその生徒を呼び出すつもりだろう。

「忘れちゃいました」

 もちろん本当は覚えているのだが。

「でも快里君、話し上手で、話が非常にわかりやすかったから、私も他の生徒も納得してましたよ」

「ほう。で、どんなふうに?」

 三崎は坪井からの逃げ口上で話した内容に、谷口がついてきてくれたようでほっとしていた。

「この薬は脳内に副作用を残すから取り返しがつかなくなるとか、とある別の薬では、服用しても大きな問題にはならないとか。合法化されている国もあるけど、脳が未発達なうちは良くないとか。シナプスの結合とかいろいろ話してましたけど、そっちの話は難しいから、私にはちょっと」

「先生、やっぱりあまり良くない薬の話なんですな」

「結局は快里くんが、問題点をうまく説明していましたけどね」

「う〜ん。いったい本間はどんな本を見て、そういうことを調べてるんだろう。まだ十七才だよなぁ。親が医者だからかなぁ」

「さぁ。よくわかりませんけど、快里君、先天的な心臓の異常で体が弱いじゃないですか。坪井先生の授業に出てませんよね?その分、他の子供達よりも、圧倒的にたくさんの本は読んでますよね」

「確かに体育の授業はほとんど見学をせずにどこかに行ってしまいますからなぁ。あるいは体育館には来るけれど本を読んでいるとか。確かに彼のような病気だと、体育にでるよりもその時間を別のことに使った方が有意義ではありますが……」

「先生になったらいいんじゃないかしら?快里君。そう思うときはありませんか?」

 三崎が坪井の話を(さえぎ)った。

「じゃあ、三崎先生、二組の担任から八組に移ります?」

 と、坪井。

「えー。わたしじゃ無理ですよ。本間君の苦手な教科の担当がやれば良いと思うんですけど」

 苦手な教科と言えば体育だけだ。

「いやいやいやいや、私は一応、一年二組の副担任ですから」

 坪井が慌てて逃げようとする。体を鍛える教師に、体を鍛えようとしたらどうなるかわからない生徒は確かに難しいだろう。

「他に苦手っぽい科目は無いんですかね?」

「本間君、体育以外オール5ですよ」

 と、学年主任。

「それぞれの専門分野で、下手をすると我々よりも知識ありますよ。きっちり考察もしてます」

 議論がすすまない空気。行き詰まった感がある沈黙。なんとなく、三崎が口を開いた。

「勝田先生は、結局、何をされて、辞めないとならない立場に追い込まれてしまったんでしょうね……」

 三崎と勝田は年代が近いので、しばしば話をしていた。三崎にとって本間快里は嫌いな生徒ではないし、むしろ良い子だと思っているが、勝田のことは余り人ごととは思えなかったのだ。

「三崎先生は聞いてないんですか?」

「えぇ、勝田先生。結構プライド高いとこ、ありますから。古風ですしね。女の私には言えないと考えていたのかもしれませんね。ただ……」

「ただ?」

「おそらく、ある一つの事件が起きたからって訳じゃ、無いと思うんです。勝田先生は毎週少しずつ(ふさ)ぎ込むことが多かったですし」

「毎日のことが積み重なってったってことでしょうか?」

「だと思います。本当のことは勝田先生しかわからないんでしょうけど……」

 三崎は少し考えたあと、思い出すように少し高い声で付け加えた。

「だけど、快里君は決して悪い子ではないと思います。ほんとに優秀な子ですし」

「えぇ、それはもちろん、わかりますよ」

 谷口はそう言った後に呟くように付け加えた。

「それはただ我々が彼の能力を受け止めるだけの器がないというか……。そう考えると空しくなってしまいますが」

「やっぱり、三崎先生の例から考えると、女性の方が扱いやすいのではないですかね?特に若い方の方が、いいと思うんですが」

 坪井が口を挟んだ。彼としては早くまとめて、安全なところに逃げ去りたいのだろう。

「若い女性って私しかいないじゃないですか、私は担任を持ってますよ」

「三崎先生は十分お若いですが……」

 考えながら教頭谷口が、心ここにあらずな雰囲気でクチを滑らす。

 十分お若いってどう言う意味よ。三崎はそう思ったが黙っていた。教頭はすでに考えていて、話を聞いてないことがわかったからだ。

 そして考えた末に谷口は口を開いた。

「じゃあ、新任教師を取りましょう。女性の。あまり張り合おうとしないタイプの人が良い」


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