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笑顔の素敵な店員

「僕は、ちょっと用事があるから。商店街の方によっていくよ」

 信号で止まると、快里は双子に言った。メイとネイの家は、快里の家からは近くだ。だから学校へはいつも一緒に自転車で通っている。

「えー?どこにいくの?」

 メイが不満そうに答える。

「コーヒー豆を切らしてるんだよ。無いと兄貴が不機嫌になるしさ」

「あれ。でも、いつものコーヒー屋さん、おうちの近くだよ?」

 ネイが言う。

「あぁ。ちょっと前に、駅前にコーヒー屋さんができたよね。と言っても、半年ぐらい経っちゃったんだけど。前からずっと行こうと思ってたんだ」

 メイとネイは暫く顔を見合わせた後、同じタイミングで気がついたらしく、快里の方を同時に向いて、揃って言った。

『あ!あるある!』

「うん。できたよね」

 快里は少し笑みを浮かべながら答えた。最近は、大分少なくなったとはいえ、何気ないときに、この二人は揃っていう。快里はそれが少し面白かった。

「そう。喫茶店だけど、なにか面白いコーヒー豆も売ってないかなってね」

「じゃ、アタシも行く。ネイも行くよね!」

「え……あ。うん」

 行動的な生芽衣(いめい)に、おとなしい稲委(いねい)。この二人の行動はいつも、快里の好奇心を刺激する。メイとネイとは幼なじみだから、ずっと見ている。もう初めてあったときがいつなのか、どうだったのか、まったく覚えてないぐらい昔だ。快里の記憶力は特別に良い方だとしても。

 三人はお店の前に付くと、自転車のスタンドを卸した。

 メイとネイは、快里が荷物を自転車のかごから取り出すのを待ち、快里が一番に自動ドアから入るのに続いて入った。

 小綺麗なお店は、どことなくどこかのチェーン店を思わせるものがあったが、独立系の店であることをアピールするかのように、店の名が付いたメニューが貼ってあった。

 快里は、レジカウンターの前に並ぶと、コーヒー豆の入ったたくさん瓶を一つづつ見ていった。手書きのポップには、銘柄と、その説明と。それぞれが、几帳面に丁寧に書かれていた。

 快里がふと顔を上げたところで、女性の店員と目があった。彼女は、慣れた声で快里に声を掛けた。

「いらっしゃいま……」

 少なくても快里と目を合わすまでは。

「……せ」

 快里から目を動かせないようだ。消え入るように残りの声を発した。快里も同じように、囚われた。

「……」

 何か変な感覚だ。なんだろう?快里はそう考えながら、自然に手のひらを強く握っていた。珍しく手のひらが熱くなっていた。手が痺れるように震えた。それに気がつくと、自分の心臓の鼓動を確認するように、手のひらを胸の前に置いた。心臓はいつもと同じペースで鼓動を刻んでいた。

 少しの時間が過ぎた。

「あ!ご……ご注文は?」

 先に沈黙を破ったのは女性の店員だった。同時に快里は自分が息をしていなかったことに気がつくと、大きく息を吸い、そして深呼吸をする。

 快里の背中からメイが覗き込んだ。

「どうしたの?」

 生芽衣の声で、快里は急激に現実に戻されたような気がした。

「いや、えっと。コロンビアを400グラム。挽かなくていいです」

「あ、はい。ええと、そうですね。コロンビアを400グラム。お豆のままで。以上でよろしいですか?」

 いつも買う量……。落ち着いて言えば良いのに、二人ともすこしだけ上擦る声。

 女性店員はオーダーを受け取ると、すこしだけ自分を律するように、てきぱきと動き始めた。大きな袋から豆をとりだし、販売用の袋に測りながら入れる。

「ちょ……ちょっとだけ、オマケしておきますね」

 そう言いながら、こちらを見ずに計器の針をみながら、もう一カップだけ、コーヒー豆をいれて風を閉じた。快里は、その後ろ姿をじっと、食い入るように見つめていた。

「40グラムぐらいですけどね」

 とても。うれしそうな笑顔をしながら、振り向きつつ快里にそういった。

 本当に笑顔が素敵な人だな。快里は見とれながら少しだけ沈黙。気がついたようにお礼をいいつつコーヒー豆を受け取ると、レジが表示した分の料金を支払った。

 快里自身は、笑顔を作るのがあまり得意ではない。

 もっと笑顔ができれば、、色々なことがスムーズにいくと前から思っていた。この店員さんの笑い方のまねをすれば、もう少しうまく笑うことができるかもしれない。

「おねえさん、これってどう使うの?」

 メイがその女性店員さんに話しかけた。

 ネイとメイは、快里がコーヒーを頼んでいる間、コーヒーショップのグッズを色々見ている。この二人はコーヒーが好きなわけじゃないのだが、様々な種類のコーヒーグッズは飽きないらしい。

「あ、これはね……」

 興味本位だろうとわかっているお客にまで、素敵な笑顔で説明する。メイは「うんうん」とうなずきながら話を聞いていた。

「ネイ、メイ、帰るよ」

 このまま放っておくと、彼女の仕事の邪魔をしてしまう。快里はそう言うと、一人で自動ドアから出た。

「あー、まって。あっ、ま、またね、おねぇさん」

 ネイとメイが慌ただしく快里を追いかけながらお店を出た。

「あ……、ありがとうございました」

 店員は何か言いたそうな顔をしながら、快里の方をじっと見ながら言った。快里は視線を感じて立ち止まりそうになったが、振り返らずにそのまま、自転車に乗ってこぎ始めた。

「まってよ!快里、もう」

 快里に追いつくと、メイが話し始める。

「あのおねーさん、素敵だよねぇ」

 快里の顔色を確認するようにメイが話した。

「うんうん、かわいいよね。あのおねーさん」

 ネイはメイに同意しつつ、同じように快里の顔色をうかがう。

 かわいい……か。

 女の子は大人に対しても「かわいい」って使うんだな。

 快里はメイとネイの会話を流すように聞きながら、黙々と考えながら自転車を漕いでいた。

 かわいいというよりも、笑顔だよな。

 快里は笑顔が与える印象について考えようとしたが、今ひとつ考えがまとまらない。なんでだろう。考えがまとまらないことだけじゃない。なんであの人は僕の顔をじっと見たのだろう?

「こんな感じ?こんな感じ?」

 メイが店員さんの笑顔を真似て、ネイに見せる。

「メイ、全然違うよぅ。あのおねーさんもっとかわいいって」

 メイとネイの会話で珍しく快里は思考の渦から引き戻された。

 メイもネイも、充分、笑顔はかわいい方だと思うんだけどな。

 快里は、ちらりと横目で双子をみながら、自転車をゆっくりと漕いでいた。


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