双子と依入
依入が三崎と職員室に戻ってきたところで、自分たちの方に手を振っている生徒を見つけた。メイだ。
「先生、待ってたんですよ。せっかくだから案内しようと思って」
「ほんとに?ありがとう」
依入はとてもうれしくなった。
「でも三崎先生に、案内して貰っちゃったんですね……?」
メイの後ろの方で、眉をハの字にしながらネイが喋る。
「えへ。とっちゃった。いいでしょ」
三崎はうれしそうにメイとネイに話す。
「ちぇ〜っ」
「藤木先生。喫茶店でも行っておしゃべりしてきなさいよ」
三崎が依入を促した。
「え?良いんですか?」
依入が三崎の顔を見て答えた。
「さぁ?うちの学校にダメっていう規則あったかしら?」
「三崎先生は一緒に行かないんですか?」
ネイが三崎に訪ねる。ネイは割と三崎に世話になることが多いのだ。
「私は遠慮しておくわ。まだ職員室で、やらないとならないことがあるから」
三崎は依入の耳元で、うれしそうに囁いた。
「いってらっしゃい。初日から生徒に誘って貰えるなんて、光栄じゃない」
依入は少し耳がくすぐったい感じがしながらか肩をすぼめる。
「じゃ、私たちがいつも行ってるところで良いよね?依入先生」
「ええ、もちろん」
メイとネイは依入を連れて、喫茶店に向かった。
駅から一番近くの喫茶店。北高からは自転車ですぐなので、生徒達がよく集まるところだ。そこは、依入が前に勤めていた喫茶店と違って、気取らず、すこし可愛らしい雰囲気がした。
北高に限らず付近の女子高生が多く、メニューの値段も安い。パフェが安い割にボリュームがあるのが、若い子達には特に魅力なのかもしれない。
依入はほんの少し自分が浮いてるかなとも感じた。高校生だった頃は、この手の店はあまりなかったし、第一、寄り道もほとんどしなかった。
八年。
大学があまりにあっという間に過ぎたので、依入は高校なんてつい最近だと思っていたが、やはり時は流れてるんだな。そんな感じがした。
「ひゃっ」
「わ、どうしたんですか?先生、いきなり」
ネイがびっくりして依入に尋ねた。
「あっごめん。ちょっとビクっとしたの。時々、こういうことがあるのよ」
「ビクっとしたって?」
と、メイが聞く。
「うん、私もよくわからないんだけどね。びっくりしたようなそんな感じ」
「なんか調子が良くない所があるんですか?」
ネイがちょっと心配そうな顔で尋ねたので、依入は慌てて否定した。
「うぅん。お医者さんに見せたときは普通だって言われたんだけど。中学に入るちょっと前ぐらいの時からかな。いつも不意打ちで来るから、どきっとするんだけどね。もう慣れちゃった」
「へぇ。それならアタシにもあるよ」
メイが小さく手を上げた。
「ほんとに?どんなとき?」
「なんか急にどきどきして落ち着かないなぁ〜て思うと、ネイが怒られてるの」
笑いながらいうメイ。
「あ〜それなら私もあるよぅ」
負けじと話すネイ。
「やっぱりメイちゃんが怒られてるときとか?」
「ううん。メイがかっこいい人を見つけたな〜とか。そんなの」
笑いながら言うネイ。
「うそぉ、マジで?」
「うん」
「良く聞くよね。双子ってやっぱりそういうのがあるのかなぁ」
稲委と生芽衣は二人とも同じような仕草で上の方を見ながら考えた。
「私たちは双子だから。一卵性の」
まずネイ。
「そういうのって普通のことだと思ってましたけど」
続けてメイ。
「案外、先生も双子だったりしてね。同じ年の姉妹がいるのって、楽しいんだよ!」
たしかに楽しそうだ。依入はメイとネイが仲が良いことが、とてもうらやましい気になってきた。
「あ、そういえば、私にも死産だった双子の弟がいるみたいなんだけどね〜」
「その辺でひょっこり生きてたりして」
ぱっと明るい顔をしながらメイ。
「まさかぁ。でも、男女だと二卵性だから、同学年の兄弟みたいなものだと思うけど。でも、姉弟がいたら楽しかったんだろうなぁって。思ったことは何度もあったよ」
「弟は生意気なだけで、何考えてるか、わかんないけどね。先生、一人っ子なの?」
メイが言う。
「うん。私のお父さん、私がお母さんのお腹の中にいる時に、事故で死んじゃったんだって。だから一人」
「ほんとに?ごめん。先生」
本当に申し訳ない顔をしてメイがいう。さっきの心配しながら話すネイと表情がそっくりだ。
「うぅん、気にしないで。私にとっては最初からいない人だから」
生徒とうまくコミュニケーションを取れるかどうか。じつは依入がもっとも緊張してたことだった。先生と生徒の関係といえども、結局は人間同士、そりが合わなければなかなかうまくいかないし、初日から角が立ってしまうと、これから不安になってしまう。
依入は言葉では説明できないが、良い関係を作ることが何をするにも一番効率が良いということを知っていた。メイのような生徒がいることで、とりあえずは生徒の輪の中に入れそうだ。
「あ、そういえば、なんで二階のこの席に座ったんだと思う?」
メイがなぜだか嬉しそうだ。
「私、なぜだか知ってるもん」
「ネイはいっちゃだめ!」
「えぇ。全然わかんないなぁ」
「この席、外の道がよく見えるでしょ。それがヒント……」
依入の顔を見て十分間を取ってから、生芽衣が再び口を開いた。
「わかんない?答えはね。快里を捕まえようとしてるの」
「あれ?携帯にかけてみるのは?持ってるんでしょ?」
「今日は、快里の病院の日なんだよ。そしてこの前の道は快里が病院帰りに絶対に通るところ。約束してない日はここで待ち伏せすることにしてるの。快里、律儀に病院内ではケータイの電源は切ってるから」
「あら?病院に行く日は午後のホームルームは休むんじゃないの?」
「普通はそうなんですけど……。今日は先生が来る日だったから何となくいたんだと思います。案外、好奇心強いんですよ。関心なさそうな顔して」
ネイが笑いながらいう。
「そうなんだよねぇ」
楽しそうにメイが相づちを打った。
「でも病院でわざわざ電源を切ってるなんて、良く覚えてるのね。切りたくない訳じゃないけど、私は結構忘れちゃうのよね。張り紙見て気がついてあわてて電源を落とすとか、いつもそうよ」
「快里くん、実は本間総合病院の院長の息子なんですよ。息子が悪い印象与えちゃしょうがないって、だからちゃんと意識して電源を落としてるって」
依入の言葉にネイが答えた。
「あ、じゃあおうち、お金持ちなんだ」
「でも、出てくるときには電源入れるのを絶対忘れてるから、メール入れても返事は返ってこないんです」
「あぁ、そうそう。快里にお金持ちなんだねって言っちゃいけないよ。お金持ちっていうとねぇ、『僕がお金持ちじゃないよ』って、不機嫌な顔するんだ。おもしろいから言ってみても良いけど。でもこの辺の人、みんな本間病院にお世話になってるもん。おうちも大きいし。絶対、お金持ちなんだけどね」
メイが楽しそうに言った。
「そうよね。私も何かあったら本間君にお願いしてみるね」
「冷たそうだけどね。案外、面倒見が良かったりするんだよ。子供の時からそうだったんだ」
メイは快里の話をするときは本当にうれしそうだ。
「子供の時から?」
「そうなの!」
自信満々の表情で言うメイ。
「先生、私たちと快里くんは幼なじみなんですよ」
「あ、そうなんだ。それで仲がいいのね」
「そう。でもほんとに仲が良いのかは、ちょっと謎だよね」
「謎なんだ」
依入はよくわからないけど、なんだか楽しかった。いいな。私も高校の時はこんなだっけ?
「ところで、水をさすようで悪いけど……。あなた達は勉強しなくていいの?期末試験でしょ?」
「あぁ。やっぱり先生だよぅ・・」
メイがしまったという顔をしながら頭を抱える。
「私は勉強しないとならないかなぁ。快里くんに後で聞いてみないと……」
それで本間君を待ってるのね。依入は話の流れがいきなり読めてきた。三崎先生が、本間君がすごく頭が良いと言ってたことを思い出す。
「ネイはいつも、快里に頼るのねぇ」
意地悪にメイが聞く。
「えー。いいじゃない、別に。幼なじみなんだから、頼っても」
困った顔をするネイ。
「良いと思うよぉ、別に。でも幼なじみだからって、そんなに頼ったりしないよねぇ。先生」
依入はいきなり話をふられて、ちょっと困ったような顔をしながら話す。
「まぁねぇ。幼なじみだからってそういう理由だけで、なんでも聞いたりはしないよね?」
「へん……かな?」
真っ赤な顔をしてネイが恥ずかしそうに下を向いた。
「あ!快里くんのこと、好きなんでしょ?」
顔に出るネイをみて、依入は冷やかすように言った。
「それ……」
急に不機嫌な顔をメイがする。
「禁句なんだよ」
「え?どうして?」
「内緒……」
メイは一瞬、悲しそうな顔をしたが、窓の外を見て何かを見つけたかと思うと笑顔に戻って、窓から乗り出した。
快里はバス降りると、いろいろなことを考えながら歩いていた。心臓が悪いと言っても、休んでばかりいたら運動不足になる。自分は普通の運動ができないから、体育の授業は休むしかないが、散歩ぐらいした方が良い。
「あ、快里だ、快里〜ここ、ここ。あがって来なよ」
メイは快里を見つけると、喫茶店の二階の席から身を乗り出して快里に声を掛けた。そしていつも通り、ヘッドフォンをつけて歩いてるわけでもないのに、全く聞こえていない快里。
快里は歩きながら藤木先生のことを考えていた。正直、初めて喫茶店で見たときから、何か変な感じがした。今までにない感じ。こう、胸が締め付けられるような。
波の無い水面に大きく波紋ができるような。そしてそれが大きな波になるような……。
掻き乱される感覚が想定外すぎて、迷惑な感じを受けていた。
「ちぇっ、いっつもそうなんだから!」
メイはそう言うと、急いで喫茶店の階段を降り、店の外に出た。周りをきょろきょろと見て、すぐに快里をみつけて走って追いつく。こういうとき、快里は、呼んでもどうせ聞こえてはいない。だから実力行使だ。
「快里!」
メイは、快里の左手に、両手でしがみつくように捕まえた。快里はそれに気がつくと、特に驚きもせず、淡々と答えた。
「メイ。ごめん、気になることがあってね、色々考えないとならない事があるんだよ」
快里はさっきまで考えていたしっくりこない謎の結論を出さないと気が落ちつかないのだ。
「依入先生が一緒にいるんだよ。おいでよ」
藤木先生が?何かを見つけ出す良い機会かもしれない。快里は無表情に思った。
「後で良いでしょ?急ぎ?」
メイが意地悪そうに笑いながら言う。
「いや、急ぎじゃない。わかったメイ、そっちに行くよ」
このまま何を言っていても、こういうときは結局、メイのペースにあわせるしかない。でも、丁度良い。何かが掴めるかも知れないし。快里そう思いながら、ドリンクバーでコーヒーをいれて二回に上がると、ネイと先生がいるのを確認した。
「ネイも先生も、結局メイにつきあわされたんだね」
「なによぉ、まるで悪いことしてるみたいなこと、言わないでよー」
不満げな顔で答える生芽衣。
「どっちでもいいけどね」
メイと笑いながら話す。いつも楽しそうだ。快里は友人から、表情が無いとよく言われる。だから、メイの表情は豊かでいつも羨ましく思う。
メイの陰に隠れてネイが何かを言いたそうにしているのを見つけた。
「ネイ、今回のテストの範囲でわかんないところ、ある?」
話題が自分にむけられて、どきっとした表情をしたあとネイが呟くように言った。
「……ある」
「なに?」
「わかんないとこ」
「どこ?」
「まだそれもわかんない。いいよ、わかんないとこがわかってから聞くもん」
なんとなく、よそよそしい。
「ネイ……、なんか隠してることあるんじゃないの?」
「べ、べ……別に大したこと無いの。ちょっと熱いだけ」
さっき依入に冷やかされたネイは顔がほてってしかたがないらしい。
「そう、じゃあなんかあったらいつでもどうぞ」
快里はネイの表情を見て、何となく言いたいことがわかった。
「あ……、今回もうちに来て勉強する?」
「行っていい……?」
いつもながらにいう快里に、ネイはいつものように答えた。上目遣いで快里を見る。冷やかされたことを突然思い出して意識をしてしまったようだ。
「良いよ。メイはテスト大丈夫?」
快里は特にいつもと変わらない様子で返事をすると、メイに尋ねた。
「絶望的。でも聞いてあげない!」
「……メイ、その感覚がよくわかんないんだけどさ。僕としては勉強を教えても教えなくても、うれしくはないんだけど」
「聞かれたら、嬉しいくせに」
「なんで?」
「さぁ?快里のことだからわかんないよ」
「最近、さっぱりわかんないよ。メイ」
「いいよ、わかんなくても」
なんとなくメイの表情が曇るが、快里は気に留めずに依入の方を向いた。
「ところで先生。駅前のコーヒースタンドにいたよね?」
「え?やっぱりわかる?わかんないように髪型変えてきたんだけどな」
やっぱり。快里はそう思いながら、良くわからない焦りを感じた。それがなんだかわからないから困るのだが。
「あれ?いたの?先生、え?喫茶店?」
「やっぱり、そうだったんだ。はじめてみたときから、そうじゃないかと思ってたんだ」
と、ネイ。
「教員免許とっても、なかなか先生にはなれないのよ。その繋ぎのバイトだったの」
「あー!笑顔の可愛い店員さん!」
メイが大きな声でいう。
「し!もう!」
依入は恥ずかしそうだ。快里はそう言う様子を落ち着かない感じでみた。
「このあたりだと、教員免許を取っても、お呼びがかからないとなかなか先生になれませんからね」
「快里君、よく知ってるわね。あ、ひょっとして先生を目指してたりするの?」
依入がちょっと考えたような顔をしたあと、笑顔で確信を持ったように話した。
「うん、なんか向いてそう」
快里は、あまりに依入が自信を持っていったので、なんとなくすまない気持ちに答えた。
「体力無くて途中で倒れそうですからね。あんまり向いてそうにないと思いますけど」
「先生のお仕事、大変そうだもんね。ちょっと、問題はあるかもしれないね」
苦笑しながらネイがいう。
依入はまたしてもやってしまったという顔をした。快里はそれに気がつくと、慌てて取り繕う。
「いや、良くはないですけど、悪くはなってないですから」
メイとネイは互いに顔を見合わせた。珍しい。いつも冷静な快里がこんなに慌てて取り繕うなんて。普通なら淡々と相手を伺うように答えて冷静に対処する。それがいつもの快里だから。
「ね、快里くん。今日、夕飯どうするの?」
ネイがまた、話題を変えようとした。ネイは僕の病気の話を聞きたがらないからな。快里はそう思って、話しの切り替えに乗り、答えた。
「自分で作るよ。一応兄貴は夕方には帰ってくるっていってたし」
「メイと一緒に何か作りに行こうか?適当なものでいい?」
「ほんとに?ありがとう。兄貴も喜ぶよ。男の飯はいまいちだなぁといつも言ってるし。文句言うなら、ほんと喰うなって感じだけど」
「その代わり、試験勉強の前に今日の数学の宿題教えて」
「じゃ。僕もそのときにやろう」
「あ、ネイ、終わったらアタシにも答え見せて」
「先生には内緒っていうことで?」
快里は、先生がいるところでよく言うなぁと思いながら、皮肉を込めて言ってみた。みんなが依入の様子をうかがう。
依入はなんとなく流して聞いていたが、少し遅れて自分の立場に気がついたようだ。なれない状態にちょっとだけ困った顔をしながら依入は話した。
「え、え? 何言ってるの、先生の前で」
「まぁ、見せるだけじゃなくてちゃんと教えますよ」
快里が楽しそうにフォローを入れる。また、顔を見合わせるネイとメイ。ずっと一緒だったのに、こう言う快里の表情を、ほとんど見たことが無い。
「えっ依入先生、お友達みたいな雰囲気だから!」
すこし言葉を強調しながら、取り繕うようにメイが言った。
「もう」
依入は困った顔をしたものの、内心ちょっとうれしかった。『先生』そんな実感がわいてきたからだ。
「じゃあ後でメイと行くね」
ネイがメイの話題を続けるように話した。
「あれ?ホントにアタシも行くの?」
「うん」
「えぇ、快里は細かく教えすぎるんだもん。やだよぉ」
メイが快里を横目でじっと伺う。
快里はもう少し依入のことが知りたかった。が、あとでネイとメイがくるのなら、少し準備が必要になる。
「そういう話じゃ、そろそろ帰ろうかな。家の中が兄貴の機械で結構、散らかってるからね。じゃあ、後でね」
そう言いながら、立ち上がった。
『じゃ、また後でね』
双子が同時に答える。
「先生も、雰囲気に飲まれないようにね。また明日」
「あ、さよなら」
快里は自分が飲んだ分よりも、多少、多かったが、千円札をテーブルに置くと、そそくさと帰路についた。
快里が帰っても、おしゃべりは続いていた。




