消えるもの、現れるもの
依入と教頭の谷口が二年八組のホームルームを終え、職員室の戻ったところで、職員会議は始まった。この時期、生徒は職員室や教員室には出入りができない。試験の問題などが机に置かれたりする可能性があるからだ。
「さて……始めましょう。まず、新任の藤木先生です」
谷口は、手始めに依入を紹介し、それぞれの先生を一言づつ紹介していく。ざっと二十人から三十人ぐらいか。市では大きな高校の方だが、進学校らしい雰囲気を持っていた。
依入は、自己紹介をしないとならなかったので、自分がどれだけ教師に憧れていたのか、そんなことを中心に自己紹介をした。いきなりだったので少々、言葉に詰まったが、先日、話したばかりの喫茶店の常連さんの言葉を受け売りすることで、熱っぽさを表せたようだった。
「がんばれよ」
坪井が声を掛ける。
「三崎先生、彼女の面倒を見てあげて下さい」
谷口は三崎に、世話役を頼んだ。
「わかりました。三崎です。よろしく」
「はじめまして……よろしくお願いします」
「そんなに堅くならなくても大丈夫よ。とって食べたりはしないから」
「あ、はい」
「何でも聞いてね」
三崎がうれしそうだ。
「先生方、特別なにかありますか?」
谷口が様子を見て、話を切り出した。その日の会議は主に試験に関する話と、今月末までのスケジュールに関する話が続いた。
「藤木さん、学校案内するわよ。行く?」
職員会議が終わって三崎が声をかけてきた。
「あ、行きます、行きます。ところで……私に見覚え……ないですか?」
「え??ほんとに?」
「えぇ。私、駅前のコーヒースタンドでバイトしてたんですよ。三崎先生、時々いらっしゃってましたよね?」
「あ!あぁ〜。髪を下ろしてるから分からなかったわ。じゃ、今あのコーヒースタンドに行っても気だての良い店員さんはいないのね」
階段を上り、廊下を歩きながら、三崎は続ける。
「でも意外だわ。あなたが教師免許を持ってたなんて」
「そうですか?私、ずっと教師になりたかったんです。免許は取ったんですが、採用通知が来なくって。大学卒業してまで母に世話になりつづける訳にもいかないから、とりあえず繋ぎでバイトしてたんですよ」
「へえ……」
三崎は相づちを打った後にふと気がついて言葉を続けた。
「でも突然やめるって言ったら、店長さん困らなかった?人気、結構あったでしょ、あなた」
「えぇ?そんなことないですよぉ。それに最初からマスターには言ってあったんです。採用通知が来たらすぐに教師になるつもりなので、それまでの繋ぎですって」
「なるほど。それじゃ店長さん、仕方がないわね。そういえば、勝田君が結構あなたのことが気になってたみたいよ。毎日行ってたでしょ。彼」
「勝田さん?あ。ひょっとして、良くいらっしゃった方かな?三崎先生と時々いらしてましたよね?」
「そうそう。彼。……でも、彼が病気で辞めたのよ」
「えぇ?そうなんですか?教師が生き甲斐のような先生に見えたんですけど」
「熱意が裏目に出たのよね。がんばりすぎ、そして自信過剰なとこがあったから。生徒から尊敬されなくなっちゃって、自信を無くしたんじゃないかしら」
「なんか先生って仕事は厳しいんですね……。そういえば、勝田先生は毎日日課のようにいらっしゃったのに、一週間ちょっと前からぱったり来なくなっちゃったんですよ。どうしたのかな?ってちょっと気にはなってたんです」
「何日?」
言い終わるやいなや、三崎は少し迫ったような表情で聞く。依入はちょっとだけ三崎の迫力にびっくりして、自信なさそうな表情で答えた。
「七日だったような気がしますけど」
三崎は落ち着いて思い出すように少し考えた後に話し始めた。
「七日?その日は緊急職員会議が朝からあった日だわ。勝田君が学校に来なくて。校長先生のところに辞職願のファックスが突然届いたらしいの。じゃあ。勝田先生は朝はお店によって、その後、失踪したのね」
「失踪?失踪したんですか?」
目を見開いて驚いたように依入が答える。
「いや、そういう訳じゃないのかもしれないけど、行方知れずなの。実家にも『旅に出るんだ』って言ったきり、理由も伝えて帰ってないみたいだし。勝田君、何か言ってなかった?」
「いぃえ。あ。でも、珍しくちょっとだけ会話しました。特別なことは話しませんでしたけど、そういえばひどく疲れていたような感じはしましたけど……。私が教師にあこがれてたから、学校のことを聞こうかと思ったんですけど、たしかにあんまり学校のことに触れたくなさそうな雰囲気でした」
「そっか。やっぱりそうなんだ」
「えぇと。前の先生が病気に……なったって聞いてたんですけど。違ったんですか?」
「あ、あぁ。病気といえば病気かな。でも心の。簡単に言うと結局は、自信なくしちゃったのよ」
「自信をなくした?」
「ほら、勝田君、自信家だって言ったでしょう?私も詳しいことを知らないけれど、たぶん快里君と、何か本気で議論しちゃったのね……」
「快里君って本間快里君……ですよね?」
「そう。快里君、とても頭の回転が速いのよ。おまけに博学だし。何でも知ってて、苦手なジャンルがないぐらいだから、もうどの先生も顔負けってぐらい。でも子供だからあんまり相手の立場とか考えないのね。特に先生の立場とか。同年代からは大人びてて、言葉の割に丁寧に面倒を見るから、生徒からは好かれてるけど、先生方はあまり快里君が好きじゃないのよ。好きじゃないというよりも正確に言えば苦手なの」
「え……じゃあ、快里君が勝田さんを?」
「ええ多分」
「快里君、そんな風にはみえなかったんだけどな」
「いいえ、快里君が悪い生徒ってわけじゃないのよ。いい生徒だと思うわ。残酷な言い方をすると、勝田君、快里君と何かを競って生徒に負けて、自分に失望しちゃったってとこかしら」
「はぁ……よくわかんないです」
本当によくわからなそうな依入の顔を見て、三崎は笑顔でこたえる。
「メンツよ。メ・ン・ツ。男の人ってね。そういうこと、スゴく大切にしているトコがあるから。でもね。快里君はすごく良い生徒よ。こんなこと初めて教師になったあなたに言って、申し訳ないけど。でも偏見を持たないであげてね」




