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雨の日の思い出と伝説のメガネ

作者: 雨霧颯太

 今、私は自分の部屋を掃除している。

 引っ越す訳でも、年の瀬の大掃除というわけでもない。ただ、整頓したかった。それだけの理由だった。


「あ痛っ! 何か落ちて来たわね」


 棚を掃除していたサチコが、なにやら落ちて来たものに当たったようだ。


「どうした?」


 私は心配になってサチコのところにやってくるとサチコは不思議そうにその落ちて来たものを眺めていた。サチコの手の中には小さな小箱があった。


「今落ちて来たのよ。何が入っているのかしら」


 サチコは小箱のふたをあけると、そこには壊れた古いメガネが入っていた。丸いフレームは曲がり、右のレンズは割れていた。

 私はそれを手に取った。小さな頃の無邪気な、そして苦い思い出が蘇ってくる。


「なつかしいな。これは伝説のメガネなんだ」


「伝説のメガネ?」


 サチコが聞き返すと同時に呼び鈴がなった。サチコが部屋を出て行く。

 ほどなくして、サチコが幼なじみの高田をつれてやって来た。


「高田さんが見えたわよ」


「久しぶりだな。一年ぶりじゃないか、家にくるの」


 私は高田に声をかけた。


「最近、忙しくてな。なかなか遊べないんだ。それよりおい、コレお前、あの時のメガネだろう」


 高田は私の手の中のものを認めると、すぐに問いただした。


「あぁ」


「何よ。二人ばっかり。もったい付けないで教えてよ」


 二人だけのやり取りがつづき、サチコがたまらずに割って入ってきた。


「このメガネはね…… 」


 私と高田はお互いの顔を合わせ、そしてサチコにことの顛末を語り始めた。

 私たちが小さい頃、近所に「先生」という人が住んでいた。どうして「先生」と呼ぶようになったのかは知らない。

 私と高田は学校が終わると先生の家によく遊びにいったものだった。歳は30代前半だったろうか。長身で痩せていて、いつも和服でいる人だった。そして、その年齢には不釣り合いな古いメガネをかけていた。

 先生は歴史に詳しく、昔の英雄たちの話をしてくれた。まるで見て来たかと思われる先生の話を私たちはいつも夢中で聞いたものだった。


※ ※ ※


「やぁ、いらっしゃい。お上がりなさい」


 私達が先生の家に遊びに行くと、先生はいつもやさしく、少し伸びた黒髪を邪魔そうにかきあげながら私を家に迎えたものだった。


「今日はどんな話を教えてくれるの?俺、この間教えてもらった話大好きなんだ! 」


 幼い頃の私は目を輝かせて言った。


「俺も、俺も」


 高田も声を弾ませてうなずいた。


「ははは、そうか、それじゃぁ、その続きを教えてあげよう」


 先生はそういって奥でたくさん話を教えてくれた。先生は話をするときいつもメガネをあげる癖があった。

 高田がいつか先生に聞いた事があった。


「先生、どうしていつもメガネを上げるの?付けづらいなら、新しいメガネを買えばいいのに」


「ははは、新しいメガネか……。 これはね、世界で一つしかない、伝説のメガネなんだ。これをかけているとね。いろんなものが見えてくるんだ」


「伝説のメガネ!? 見せてみせて!」


「今はだめだよ。けれど、大人になったらきっとわかるようになる。それまで、待っていなさい」


※ ※ ※


「面白い先生ね。その人。でも、たかがメガネでしょう?そんな力あるものかしら」


 私の話をおとなしく聞いていたサチコが身を乗り出して、メガネをまじまじと眺め始めた。


「まぁ、本題はここからなんだ。なぁ」


 高田が、話の続きを促した。


※ ※ ※


 ある雨の日、私と高田が先生の目を盗んでメガネを触った事があった。いつも通り奥の部屋に通された私達は先生の机の上にあのメガネがあるのを見つけた。

 ふと、私達の脳裏にある考えが浮かんだ。あの伝説のメガネをかけてみようと言うことになった。子どもだった私達はどちらが先にかけるかで喧嘩になってしまった。


「おい、俺にも見せろよ。高田」


「ちょっと待てよ。俺が先にかけるんだから」


「俺だってかけたいんだ! 貸せよ!」


「待てよ! あ」


 私たちが力を入れた瞬間、メガネは壊れてしまった。


「どうしよう」


「隠しちまおうぜ」


 そんなことしても無駄だった。先生がすでに私達の後ろに立っていたのだから。


「あ、あ…… 」


 高田も私も今にも泣きそうな顔をしていた。先生は怒りもせず、悲しい顔をして、しばらく黙っていた。そのとき、私達の時間は凍った。雨音がまるで先生の涙のように空しく響いているように感じた。

 先生が思いがけない一言を口にした。


「けがしなかったかい?」


 先生はしゃがむと、私の頭を優しく撫でてくれた。先生は私たちを責めもせず。心配してくれたのだ。


「先生、でも、メガネが。大切なメガネなんでしょう?」


 私は泣きながら先生に言った。


「いいんだ。私にはもう必要の無いものだから。君たちがけがをしなくてよかった。君たちにそのメガネをあげよう。もう壊れてしまったものだけれどね」


 先生は優しく、穏やかな笑顔で笑った。

 私と高田は泣いた。先生の優しさが嬉しくて、大変なことをしてしまったと自分たち自身の罪悪感で。雨音が少しだけ暖かく私達の心に響いていた。

 それから、数週間たって、先生は私たちの街から引っ越してしまい、結局あのことをうまく謝りきれないまま、二十年の月日が流れてしまった。


※ ※ ※


「ふうん。で、伝説のメガネの秘密がここにある訳ね。どれどれ」


 残った片方のレンズをサチコは覗いた。


「ん? 何よこれ、普通のメガネと同じじゃない。どこが伝説のメガネなのよ」


 サチコは残念そうに言った。


「俺たちも最初はそう思ったんだ。けどな」


「あぁ、多分、先生は、目に見えるものがすべてじゃないといいたかったんだと思う」


「メガネから見えるヴィジョンは決して一つじゃない。百人いれば百通りの見え方がある。そして、未来も世界もね」


 なるほどね。とサチコは笑った。

 先生は今頃どうしているだろうか。私たちのように、やさしさと暖かさで他の子供たちも包んでくれているのだろうか。

 私たちは清々しい春の青空に見上げ、先生の面影に思いを馳せた。



オリジナル短編の第一作です。


変なところもあるかもしれませんが、暖かい雰囲気を楽しんでもらえると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 先生の思い出が眼鏡に凝縮されていて、良かったです。 読後感も爽やかで、春の若草の香りがするような気がしました。 [気になる点] 少しだけ、日本語が違うかなと思いました。 「ある雨の日、私と…
[一言] 拝読いたしました。 ありますよね、子供心にやってしまったことを後悔するということ。私も思い当たる節があります。 そして、怒られる!と思っていたのに、逆にこちらが気遣われるという状況は、子供…
[一言] 先生の全てを包み込むような優しさと、子どもたちの純粋さに心が洗われました。 よい作品をありがとうございました。
2009/12/05 19:59 退会済み
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