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100円のコーラを1000円にする方法

作者: 大鳥居

 大久保秀一(おおくぼしゅういち)、大学四年生。

 私は面接会場にいた。

 本命の企業で、ここに採用されることが現時点での目標だ。


 面接会場に通された私たち。

 机を挟んだ目の前には三人。一人はいかにもな眼鏡を掛けた四十代の男性。もう一人は若い男性で、私たちとそんなに年は離れていないように見える。残りの一人は女性で、油断すると目を奪われて面接どころじゃなくなりそうなナイスバディだった。


 そして、横にはもう一人の就活生、中野さん。

 面接待ちをしていたときに話をしたが、彼女もここが本命らしく、私に「負けませんよ」と宣戦布告するくらい気合いが入っていた。


 私たちは椅子に腰掛ける。


 「それにしても、今日は暑いですねぇ。ここまで来るのも大変だったでしょ?」

 眼鏡の男性が、私たちの緊張を解こうとするかのように軽い話を切り出してから面接は始まった。


 「志望動機は?」

 女性の面接官が定番の質問から入る。

 私も中野さんも、この程度の質問で詰まるわけにはいかない。淀みなく答え、面接は粛々と進んでいく。


 「では、最後の質問です。高円寺さん、お願いします」

 そう言って女性の面接官は、隣に座る若い男性に質問することを促す。


 「そ、それでは、し、し、質問です」

 高円寺さんはこういった場所は不慣れと見えて、声が上ずっていた。

 私が思ったことだが、中野さんも「面接官でも緊張するんだ」と思ったに違いない。

 少しだけ、場の緊張が緩んだ気がした。


 「ここに100円のコーラがあります。これを1000円にする方法をご提示ください」

 高円寺さんの質問は、良くあるネタだった。


 ――これならいける!

 私は採用を勝ち取れると自信を持って返事をする。


 「はい!」

 「はい」

 二人の返事はほぼ同時だった。


 「では、中野さん。お答えください」

 面接官に指名され、中野さんは私に勝ち誇ったような一瞥をくれ、そして、答えた。


 「それだけの価値がある環境をつくって、そこで販売します。たとえば、高級ホテルのラウンジで最高級の体験と感じられるだけのサービスを付加して1000円の値付けをすれば良いです」

 中野さんは自信満々に答える。


 女性の面接官は、中野さんの回答を聞くと、にこやかな笑顔を浮かべて言う。

 「わかりました。では、これをお渡ししますので、実践してきてください。本日中にお戻りください。出口はあちらです」

 

 「え? え!? な、なんで!!?」

 中野さんは訳がわからないという表情で、コーラを手に退場していった。


 ――え?

 私は面接中でなければ彼女と同じように大声で「何で?」と叫んでいただろう。


 ライバルが消えたと言っても良いだろう。だが、これは喜んで良い状況なのか。

 私自身の回答次第では、彼女と同じ運命を辿るに違いない。


 「大久保さん、回答をお願いします」

 女性の面接官が私に回答を促す。


 しかし、私は先ほど起こった出来事を飲み込むほどには落ち着いていなかった。

 頭の中で思考が上滑りしているのがはっきりとわかる。


 「大久保さん。これは会社において、あと1000円のノルマを達成するためにはどんな方法が取れるか、ということを暗に問うて――」

 

 「高円寺さん。それは誘導になりますよ」

 女性の面接官が高円寺さんを(たしな)める。


 「すみません」

 

 ――ん? 1000円にする? つまり、コーラが1000円になっていさえすれば良いということなのか?

 私は何かが見えた気がした。


 「はい。では、そのコーラを1000円にしてきます」

 私はコーラを受け取り、一旦、退出した。




 私は面接会場を出ると、おもむろに缶を開け、コーラを飲み干した。

 そして、すぐさま面接会場へと戻る。


 私は自信満々に答える。

 「この1000円をお渡しします。あのコーラは1000円になりました!」


 「なるほど……」

 眼鏡の男性が頷く。


 「確かにあのコーラが1000円になったようですね。わかりました、採用です」

 と、女性面接官。


 ――やった!

 私はホッと胸をなで下ろした。


 「やった!」

 私の喜びと変わらぬタイミングで、高円寺さんも歓喜の声を上げる。



 そして、私の手を握って言った。

 「ありがとうございます。あなたなら、私のコーラを1000円にしてくれると思ってました」


 そう、高円寺さんも就活生だったのだ。

良くある話(短編的に)

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