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夏が終わるから  作者: 中野あお
夏が始まる
8/10

2-3

 その週の金曜日、研究室の学部生が全員集まる日に教授が話していた建築学科の学生の紹介が行われた。

 本人は院試に合格してからでいいと主張したらしいが、教授の意向によりこの時期に紹介をすることにしたらしい。研究計画書や面接の内容を良くするための教授なりの配慮だろう。

 紹介されたのは教授の言う通り私の知らない子で、佐野由美佳さのゆみかと名乗った。

 見た目はパッとしているわけでもなく地味でもなく、普通。美人か可愛いかで言えば可愛い。極端に細くはなく、肉付きの悪くない身体(特に胸部)。どことなく男受けしそうな印象である。

 案の定、山岸などは「良い子が来た」とも言いたげな表情で彼女を見ているし、末永先輩はじっくりと観察するように目を少し細めて見ていた。

 私の知っている建築の女の子は見た目からして変わっている子ばかりだったので、このように(失礼だが)普通な子が来てくれたことは予想外だった。


「というわけで彼女が今後、研究室に出入りするようになるからサポートしてあげてほしい。佐野君もわからないことがあったらすぐに彼らに聞くと良い。きっと仲良くなれると私は感じているよ。」


 教授のそんな言葉で紹介の場が締めくくられる。

 その場にいた学部生、院生がその言葉に対して返事をする。それは体育の時間のような締まった返事ではなく、各々が口々にした返事。


「まあ、後は各々自由にしていいから。悪いんだけど私は委員会に行かないといけないので、末永君は佐野君に説明とか補足とかよろしく。」

「わかりました。」


 富士川教授はめんどくさそうな表情をしながら扉を開けて出ていく。大学の教授も今の時代、研究と授業だけしていればいいというわけではないらしい。たまに教授が愚痴をこぼしているのを聞く。

 残された面々はまず何から始めればいいかわからずに少し固まってしまう。基本的に自由な研究室ではあるのだが、それ故にこういう場合には誰かの行動を待ってしまう。


「そうだ。こっち側の紹介してないよね。」


 沈黙を破ってくれたのはやはり末永先輩だった。


「私はM2の末永。さっき、先生から説明を任されたように何かと押し付けられがちな立場してるからよろしく。由美佳ちゃんって呼んでもいいかな?」

「えっと、大丈夫ですよ。」

「なら、これからよろしくね。由美佳ちゃん。」


 先輩が手を差し出し、佐野ちゃんがそれに応じて握手をする。周りで皆が見ているからか照れたように控えめだ。


「癖は強いけど良い人ばかりだから安心してね。他のみんなは各自やることやっておいて。由美佳ちゃんに説明しながら1人1人紹介して行くから。」


 それは合図にして皆が各々散り始める。この時期はやっていることが各自違うので本当にバラバラに散ってしまう。

 教授がいないこともあり、院試を受ける4回生のほとんどは院試の勉強をするようだ。教授も今の時期はそちらが大切だとして許している 私はする勉強もないので院試を受けない組と卒研(といっても学科や専門の関係で研究らしくはない)に取り組むことにした。


「りーちゃんから紹介しても良いかな?」


 いつもいる席についてすぐに末永さんから声をかけられる。


「大丈夫ですよ。学部生の中では1番暇ですから。」

「というわけで」


 末永先輩が佐野ちゃんに目線を向ける。


「こちらが4回生のりーちゃんです。学科の中でもかなり良い成績残してるし、院にも進学するからよろしくしておいて損はないと思うよ。」


 紹介されたのでお辞儀をする私、それにお辞儀を返す佐野ちゃん。


「紹介してくださるならちゃんと本名で紹介してくださいよ。」

「りーちゃんって呼んだ方が親しみやすいじゃん。一緒にやっていくんだから、『篠田さん』なんて呼ばれたら堅苦しくて仕方ないかなって思ってさ。」

「だからって最初くらいは本名言わないと誰かわからなくなるじゃないですか。」

「いやいや、最初こそ肝心なんじゃないの。」


 先輩らしい強引な理論である。

 紹介された当人はその理屈に納得しているようなよくわかっていないような表情を見せながら、私と先輩を交互に見ている。


「ほら、私たちが2人で会話するから困っちゃってるじゃないですか。」

「いや、困ってるというか、仲が良いんだなって思って見ていただけなので。」


 急に話を振られて本当に困ったのか、おどおどとした声色だ。まだ緊張しているのかもしれないが口調もとても丁寧だ。


「仲良いかぁ。確かに、りーちゃんとは割とテーマや興味も近いし、立場も似ているから相談に乗ってたりもするから仲は良いよね。そうじゃなくてもこの研究室は割と和気あいあいとしていて、アットホームな雰囲気だよ。」


 居酒屋やパチンコのアルバイト募集のような不安しかない文言。それはそこしか推せるポイントがない時に使うものだ。


「それはお2人を見ていて感じます。」

「だから、彼女のことはりーちゃんって呼んであげて。」

「はい。りーちゃんも私のことも名前で呼んでください。」

「じゃあ、よろしくね。由美佳ちゃん。」


 握手こそしなかったもののお互いに見つめあって話をすることができたので、もう友達と呼んでも良いかもしれない。私の友達の基準は緩いのだ。

 先輩は横でにやにやしながらその様子を眺めている。この人は本当に世話を焼くのが好きなのだ。そして、それを眺めるのが好きなのだ。


「もっと自己紹介して行こうよ。由美佳ちゃんは何かサークルとか入ってるの?」

「落研に入ってます。」

「えっ、意外なところだしてきたね。」

「よく言われます。」

「じゃあ、由美佳ってサークルでは着物着てるの?」

「舞台に上がる時だけですよ。さすがに普段の活動では着ないよ。」

「さすがにそうだよね。」

「りーちゃんは何か入ってるの?」

「私は邦楽部だよ。」

「和楽器?じゃあ、りーちゃんも着物じゃん。お揃いだね。」


 とんとんと話は弾み、気づけば初対面のはずなのに話し込んでいた。

 その後もいろいろと作業している人に声をかけては由美佳ちゃんを紹介して行くという作業が繰り返された。

 先輩が1人1人話し過ぎるせいか、2時間後に帰ってきた時にまだ全員の紹介が終わったところで、室内の紹介が終わっていなかったため富士川教授が補足することになっていた。

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