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夏が終わるから  作者: 中野あお
夏の始まる前
5/10

1-4

「そういえば、あの話知ってる?」


 向日葵の扉を再び開けたところで先輩はそう切り出した。


「どの話ですか?」

「富士川先生が来年から教授になるって話。」

「そうなんですか。知りませんでした。思ってたよりも早いですね。」


 私は富士川教授と呼んでいるが、現在はまだ准教授であるため正しくない。学生からして見ればその差はあまりないので区別せずに呼んでいただけだ。

 先輩があえて先生と呼んでいるのはそういう区別をしなくて済むからだろう。助手の方に対しても一貫して呼んでいるのは徹底している。


「最近は国公立でも私立でも実力ある人は40歳くらいで教授になれるらしいから、富士川先生なら妥当かなって思うけど。」


 富士川教授のはっきりとした年齢は思い出せないが、少なくとも40歳にはなっていないと思う。それで教授になられるというのはかなり早いように感じる。


「やっぱり教授になったら何か変わるんですか?」

「どうだろうね。ただの大学院生にはまだわからないことだね。私も同じこと富士川先生に聞いたけど、『給料に決まってる』とのことだったし。先生らしい回答だったからそれ以上聞かなかったけど。」

「なんか教授ってイメージと違って意外とお金にこだわりますよね。」


 基本的に優しい富士川教授だが、研究とお金に関しては結構厳しい。研究に厳しいのはそれが教授の仕事だから当たり前だが、お金への厳しさはよくわからない。いや、厳しいというのは少し語弊があるかもしれない。


「なんでなんだろうね。奢ってくれたり、研究室に自由に食べていいお菓子置いてくれたりするからケチとは言えないんだけど、なんかお金が絡むと少し人が変わるよね。りーちゃんの奨学金の話だって実は先生からの勧めでもあったしね。」

「そうですね。ケチではないんですよね。ただ、お金を大事にしているというか、倹約家というかそんな感じですよね。それを私たちにも大事にさせてるというか。」

「何か昔にあったのかなって思わされるよね。」


 一呼吸おいて、表情とトーンを真面目な方に切り替えて先輩は続ける。


「でもさ、こういう時にさ『賢い人の考えることはわからない』とか言わないのがりーちゃん良いところだよね。」

「えっ、はい。ありがとうございます。」


 話しているうちに工学部棟の前までやってきていた。


「うん。じゃあ、私は研究室に戻るからここで。またね。お疲れ様。」

「お疲れ様です。」


 先輩は意味もなく来ている白衣を風に揺らしながら男臭い工学部棟へと入っていく。白衣のボタンを止めないのはこだわりだそうだ。

 去って思う。相変わらず言動の読めない人だった。

 私は「賢い人だから考え方がわからない」というよくわからない因果関係を述べることはない。でも、「変人だから考え方がわからない」とは意外とよく言うんですよ。知ってましたか。


 先輩に向けて心の中でそう言った。妄想。

 そんなことは実際に言うはずがない。そんなことを言ったら笑われるだけだし、先輩は私が馬鹿であることに気づくだろう。変人の定義がないのにそんなことを言うのはおかしなことなのだ

 末永先輩も富士川教授も私も、誰も普通など知らないのだ。

 立ち止まったまま、そんなことを考える。特に何の意味もない。


 帰ろうという気が起きないだけだ。土曜日に片道50分かけて大学にきたのだし、2時間くらいの用事で終わるというのはもったいない気がしている。

 工学部棟の方に向いて体の向きを変え、歩き出したのは教養地区の方向。一般教養を行う建物や、1,2回生の使う基礎実験棟がある場所だ。教養地区といいながらも、その敷地の半分はサークルのボックスや防音設備のある練習室が占めている。所属するサークルのボックスを覗きに行こうと思ったのだ。

 いや、今日はまだ練習日だったかもしれない。役職を引退していて自由参加だからと確認すらしていなかった。まあ、それもボックスにいったらわかることだろう。

 そんなことを思いながら向かうと進学のことでいっぱいだった心が軽くなったような気がしてきた。現実逃避。

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