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夏が終わるから  作者: 中野あお
夏の始まる前
2/10

1-1

 教育費の話をしよう。

 幼稚園。3年間で公立なら約70万円、私立で約150万円。

 小学校。6年間で公立なら約180万円、私立で約900万円。

 中学校。3年間で公立なら約140万円、私立で約400万円。

 高校。3年間で公立なら約120万円、私立で約300万円。

 大学。4年間で国公立なら約450万円、私立文系で約700万円、理系で約800万円。

 学校によって差はあれど平均するとこんなところらしい。


 そして、親不孝なことに私は最もお金のかかるコースを歩んできた。

 最初の12年は私自身の意思というより親の希望によってそうなっているのだけれど、後の7年は私が選んだものだった。 さすがに親に悪いと思ってせめて大学くらいはお金を抑えようと思っていたのだが、実力が足りずこういう結果になってしまった。


 私を含めて兄弟3人を私立の中学・高校に行かせているくらいだから、家にお金がないわけではないらしいが、時々、親に対して申し訳ない気持ちになる。

 そう思うなら大学を出てそのまま働いてお金を返したらいいのだが、親の好意に甘えて大学院に進学する気でいる。所属する研究室の教授にもそのように伝えてしまっているので今更引き返せない。


 ある程度以上のレベルの大学に来ているなら、学部卒で出るよりも修士になってしまった方が就職に絶対有利であるので、長い目で見れば進学をしたほうが良い。親にもそう勧められた。

 確かにその通りかもしれないが、そのために約200万円がかかると考えると少しためらってしまう。


 大学院に進学すること自体への問題はない。幸いにも成績は良い。学部で2番目。このままこの大学の院に進学するといえば院試を免除してくれるらしい。だけど、それでは200万円かかる。


 かといって国公立大学の大学院に進学するというわけにもいかない。研究の引継ぎの都合もあるが、私の指導教員である富士川ふじかわ教授がこの学問においては革新的な存在であり名前も知られている教授だからである。せっかく大学院進学して研究をするというのに、この人の下を離れるというのは惜しい。


 そんなことをM2の末永まつなが先輩に相談したら、そんなのどうにでもなると言われ、今日改めて学校へと呼び出された。そうでもなければこんな暑い日に好んで学校に来るわけはない。


 6月はまだ夏ではない。それでも、終わりの方に差し掛かると梅雨も息を潜め暑さが目立ち始める。30℃を超えないまでも長袖を着ていることが辛くなるような時期だ。用もないのに学校に来る人は少なくなってきている。その上、テストも近づいてきていて各部活・サークルも休みに入ってきているので、土曜日の学校には人が少ない。


 土曜日も午前中は講義が行われているのだが、取りたがる人が少ないので工学部棟まで来ても人気ひとけがない。講義室のある1・2階を通り過ぎ、研究室のある3階までやってくると、まばらではあるが人がいるような音が聞こえ始める。

 3階の廊下を進み、校舎の両端にあるどちらの階段からも同じ距離にある富士川研究室の扉をノックする。どんな研究室でも必ずノックをすることになっている。


 返事はない。

 富士川教授はこの時間一般教養の講義を担当しているはずなのでいないだろうが、呼び出した当人までいないことはないだろう。イヤフォンをしているか、寝ているか、出ているか、何にせよ入ってしまおうと考えた。


「ごめん、ごめん。トイレに行ってたんだ。」


 扉の電子錠に暗証番号を入力してロックを解除しドアノブに手をかけたところで、癖のある甘い声が私に話しかけてきたので振り返る。

 細めの体、特に意味のない白衣、腰まである長い茶髪、私よりも10cmほど高い身長。末永薫まつながかおる先輩だ。


 途中だったドアノブを最後までひねり、引き、私から先に中に入る。返事のなかったとおり、室内には誰もいなかった。他の研究室に比べて綺麗に整理されているのはいつものことだが、いつもはあるはずの都市模型まで片づけられているのか置いていなかった。

 促されるままに先輩の隣の席から椅子借りて座る。


「土曜日に呼んじゃってごめん。私と先生が2人とも空いてる平日がしばらくないからそうなっちゃたんだけさ。りーちゃんがこの前言ってた院の学費のことだから少しでも早く伝えたくてさ。」


 話を始めながらも先輩はまだ座っておらず、後ろのコーヒーメーカーでコーヒーを注いでくれている。


「いえいえ、時間を取ってもらってありがたいですし、基本的に土曜日は暇ですから問題ないですよ。」


 コーヒーを2人分入れ終え、先輩がようやく着席する。


「先生に聞いたんだけど、りーちゃん成績いいらしいじゃん。だから、申請したら給付型の奨学金通るんじゃないかなって思ってさ。一応、研究室からの推薦がいるから先生に直接話してみてほしいんだけど。私からも話は通してるし先生はOKしてくれると思うよ。」

「奨学金ですか。それって家に余裕のないけど勉強したい人とかのための物ではないのですか。」

「それも別にあるけれど、大学独自の奴で優秀な人をできるだけうちに残しておくためのやつがあるのよ。そっちは収入の条件とかなくて、成績条件だけなの。私ももらってるんだけど、おかけで学費が国公立より安く済んでるんだよね。」

「そんなのあるんですね。学生課に行ったら書類もらえますかね。」

「書類ならもうここにあるよ。」


 先輩が机の上におかれていた書類を私に渡す。


「ありがとうございます。」

「というわけで、私からの話は以上。そろそろ授業終わるから先生も帰ってくると思うし、それまでに書けるとこだけ書いてしまったら。」


 そう言われて断るのも理由もなかったので、鞄の中からペンを取り出し、必要事項の記入を始めことにした。

 その間、先輩は私の方を見ながらコーヒーを飲んでいる様子だった。

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