生い立ち
その者、左右異なる瞳を持つ者にあり。暗い過去の闇に明るく輝く未来を併せ持つ、その両眼の先に映るものとは。果たして希望か絶望か…もしくは—。
この物語の主人公が、伝説のごとくそう語り継がれるようになるのは、この物語から遥か遠い遠い先の話…。
「お前のお父さんとお母さんはお前の瞳の中にちゃんといるよ。」
昔、私の祖母がよく言っていた言葉。意味は未だにわからない。森の奥の山小屋で物心ついた時から祖母と二人で暮らしていた私は、まず父と母という存在すらよくわかっていなかった。私にとって昔から家族と呼べる存在は祖母だけだった。どんな人なのか見たい気がないといえば嘘になるが、会いたいという衝動は不思議なほどわかなかった。
何故なら、私は今の生活に満足していたから。自然豊かな森の奥で祖母以外の誰とも話さず無駄なエネルギーを使わず自然に癒してもらってばかりの毎日。森の動物達と遊び、山菜などの食糧を調達してくれば祖母が美味しいご飯をつくってくれた。
この生活を変えたり捨てたりしてまで実の両親に会いたいという気持ちは全くわかなかった。
しかしそんな幸せな毎日は、私が生まれて10年目の夏の終わり、突然に壊された。
…らしい。
正直に言って、私にはその時とその前後の記憶がない。もっと詳しく言うと、途切れ途切れにしか存在しない。断片的な記憶はピースが足りなすぎて繋ぎ合わせても話として成立しない。
思い出そうとすると頭痛や嘔吐、時には失神など激しい拒否反応が体に起きるため、主治医にはあまり無理に思い出さないようにと言われている。
そんな私は今、町のハズレの丘に建つ一軒家に叔父の黒滝恭一と生活をしている。10歳の時に起きたあの事件で亡くなった祖母にかわり、私を養育してくれている立場の叔父は、無口だが悪い人ではない。家事の一切は私がやっているがお金は充分にいれてくれるし、イベント事がある日には頼んでもないのに必ず仕事を早く切り上げ、あくまで素知らぬ顔で何かしらお土産を買って帰ってくる。
家で会話を交わすことは少ないが、私は叔父をもう一人の家族として受け入れつつあった。
そんなある日のことだった。叔父が突然「学校に行かないか?」と言い始めたのは。
「お前は頭がいい…というより、物を覚えるたり習得するのが人より早い。今から勉強をすれば来年の春には同じ年の子と一緒に学べる。婆さんや俺とばかり一緒にいたんじゃお前、友達のひとりもできないだろ。」
「友達…?」
「あぁ、お前が今後生きていく上で必要なもんだ。」
締め付けられるような痛さが身体中を走った。友達…。ともだち…。トモ、ダ、チ…。
「とにかく家のことは空いた時間でいいから、明日から学校にいくための勉強をしろ。必要なものは揃えてあるから。」
私は早く頭痛から逃げ出したくて早く話を終わらせたくて早く部屋で横になりたくて、とにかく素直に「はい」とだけ答えて頷いた。
次の日から膨大な量のテキストやドリル、参考書などが、ノートやペンなどの文房具と一緒に届いた。叔父は私に少し気遣ったのか、文房具はみな可愛らしい絵柄の、同じキャラクターが描かれたもので統一されていた。初めて見る絵本以外の「絵」に私は新鮮な気持ちを抱いた。
「やれるとこまでやってみろ。帰ったら見てやる。」
そういって回答解説の紙を持つと叔父はいつも通りの時間に家を出て、仕事へと向かった。
私は叔父が家を出ると叔父と一緒に食べた朝ごはんの片付けをして、勉強とやらを始めた。ちゃんと段階別になっていてその順番通りにやれば特別難しいことは無かった。
「ぐ〜。」
そうお腹がなって気づくと、いつの間にか夕方になっていた。ここまで夢中で何かをしたのは森で動物達と遊んでた時以来だった。叔父が帰ってくるまでに夕飯をつくらなくては…と、私は急いで勉強道具を片付け始めた。