赤と少女と歴史の秘密
ある晴れた日、キョウキョウは片手にハヴェールド名物のクッキーを持って食べながら露店を冷やかしていた。
水鳥の形を模したそれは、美味しくかつ安価ということもあって、多くの人が買い求め、そのまま食べたり、持ち帰ったりしている。
……あ、あの鞄かわいいなー、でも物増えたら移動に邪魔かな
先日の、街道を封鎖していた魔物討伐のクエストで入手した現金がキョウキョウの懐を潤していたので、こうしてショッピングするのも楽しい。
「前から来る男、スリだから気をつけてね」
浮かれ気味のキョウキョウに気を引き締める一言を放ったのは、PTのお母さん役ソフィア。今日は薬種店へ薬草を補充しにいくということで、キョウキョウと一緒に宿を出たのだ。
「う、、ソフィアそういうのよく分かるね」
「今の奴なんか目つきと歩き方があからさまでしょ。それくらい自分でも見分けられるようになって」
「は、はい」
背中に一丁前に槍を背負ってはいるが、槍の腕は一人前とは言い難く、かといって召喚獣でそれらを挽回できるような器用さは持ち合わせていないキョウキョウは、しょんぼりと下を向く。
そんなキョウキョウに構わず、
「お店ここだから」
ソフィアが石造りの店の扉を開けるのを見て、慌ててキョウキョウもそれに続く。
薄暗い店内は様々な薬の材料で埋め尽くされ、奥からはつんとくるような匂いが漂ってきている。
物珍しくてきょろきょろするキョウキョウをよそ目に、ソフィアは慣れた様子で奥に声をかける。すると、ごそごそと人が動く音がして、店主と思しき中年の女が出てきた。
ソフィアと店主が話し込み始めたので、キョウキョウはどう見ても魔物から取ったらしき牙や爪、何の動物かすら分からない瓶詰めの何かを好奇心のままに見ていた。
こういった薬種店は大きめの街には必ず存在し、薬効がある、あるいは毒のある魔物の身体の一部を取引する場所となっている。
なお、魔物の牙や爪は鍛冶屋で武器防具の材料として取引されることもある。
魔物がいてこそ成り立つ経済活動である。
「行きましょ」
ソフィアの用事が終わったらしく、扉を開けて雑踏に出て行くソフィアの背を、キョウキョウは慌てて追いかけた。
宿に帰ると、怪我が完治していないシーファーはまだ寝ているらしく部屋は静まりかえっていて、リアンとリーナはいなかった。
ソフィアは買ってきた薬草などを使って薬の調合を始めたので、邪魔にならないようキョウキョウは宿の二階からぼんやりと街を眺めていた。
食事の時間には全員揃って食事をとることができたが、その席でリアンが、
「仕事の斡旋所に行ってきたんだけど、気になる仕事があった」
と発言したので、他のメンバーはじっとリアンの言葉の続きに耳を傾けた。
「ここから街道を3日ほど西に行ったところに大草原という村があるのだけど、そこの村長が娘を助けて欲しいってクエスト出してた」
「娘さん、どうしたの?」
「それが、空を飛ぶ男に誘拐されたと」
え、と全員の声が漏れる。
「何かに乗って?」
キョウキョウの疑問にリアンは首を振る。
「召喚士とかそういうのとは違うみたい」
「精霊術士でも風を極めたら飛べると聞いたことはある。が、そんな奴を見たことはないな」
シーファーの言葉に、一同考え込む。
「もしかしたらあれかもね」
ハヴェールドから続く街道の1つを封鎖していた、空を飛ぶ人とは思えない者たちを倒したのは、つい最近のことだ。
「詳しい話を聞きにいってみない?」
「このままここに居ても仕方ないし、そうしましょ」
リーナの言葉に一同頷いたのだった。
ハヴェールドを東に3日進んだところに大草原の村がある。
その名の通り、周りは大草原で見晴らしは最高。近くに村が無いこともあって、プラデラは交易や輸送の中継点として機能している。
村を束ねるのが村長ディーゲル。どっしりとした体格に厳つい顔つきの壮年だが、その反動か妙齢の娘には甘いというのは村の誰しもが知っていること。
その娘がさらわれたのだから村長の怒りと嘆きは甚だしく、3日もかかるハヴェールドに娘を取り戻すクエストを出しに来るのも納得だった。
村にはリーナたち一行以外にも、依頼を見た冒険者たちが続々と集ってきていた。
女ばかりの一行(シーファーとキョウキョウは男と思われている可能性はあるが)はどこへ行っても好奇の目で見られるが、キョウキョウ以外の面々は平然としている。
……やだなぁ、ああいうの。うっとうしい
里で自分が受けてきた扱いを思い出して、キョウキョウは胸が悪くなった。
そんなキョウキョウを慰めるかのようにソフィアが、
「私たちしかできないことをするのみよ。例えば、娘さんのお母さんに詳しい話を聞くとかね」
確かに村長の発言だけでは一方向からの見方しかできないし、村長の妻も女同士であるPTには気を許してくれる可能性はあった。
早速村長の家を訪ねるとその妻が奥から出てきたが、痛々しいほどにやつれた様子で、たった1人の娘をいかほど大事に思っているかが知れた。
「月のない夜だったわ。ミアセラは二階で眠っていて私たちは一階で寝ているの。そこに、あの男が二階の窓の外からやってきた」
悲しみを全身で表した村長夫人は、PTからの問いかけに堰を切ったように話しだした。
この様子を見るに、村長夫人のところに話を聞きにきたPTはいなかったらしい。
「ミアセラは悪い魔術士にさらわれたの。お願い、あの娘を見つけて」
「そいつはどちらの方向に行ったか分かりますか?」
リーナが同情を示しながら尋ねる。
村長夫人はある方向を指し示したが、悲しみがこみ上げてきたらしく、
「ミアセラ、、どこにいるの、、」
悲痛な声を出した後、涙をこぼし始めた。
PTは静かにお辞儀をして村の広場まで戻った。
村の人に聞き込みをした結果、村長夫人が指し示した方向には古い遺跡があるらしい。
巨大な石がいたる所に転がっている、いつの時代のものかも分からぬ遺跡とのこと。すぐにでも向かいたかったがもう日は傾いていた。
とりあえず今日はここまでで村の宿に戻り、今後の計画を立てることになった。
中継点となっている村だけあって宿の数は村にしては多く、無事に部屋で休めるのは良かったのだが、他の冒険者も泊まっている宿なので一階の酒場で酒を飲んで騒いでいる声が聞こえてくる。
部屋に食事は運んでもらったのだが、リアンが酒場まで飲み物を取りに行った時に事件は起こった。
酒に酔った冒険者の1人がリアンに向かって
「よお、姉ちゃん。こっちで一緒に呑もうぜ」
となれなれしく声をかけてきたのだ。
当然リアンは黙殺。そうすると男は
「なんだぁ?女の分際でいい気になりやがって」
怒りだしてリアンに掴みかかろうとした。
リアンが体術で一蹴する前に、
「止めとけ、女に絡むんじゃない」
酒場の一角から思いがけぬ声。
「ああん?なんだおまえ、なんか文句あるのか?」
声を張り上げて酔っ払いが向かったのは、一見黒に見える群青の髪に薄い水色の目をした若い魔道士風の若い男。酔っ払いは前衛らしくそれなりに鍛えられた体だが、男は痩せて引き締まった体つき。体格差で男が不利と思われた。
が、決着は一瞬だった。若い男が片手を振り上げただけで、酔っ払いの服がきれいに両断されたのだ。
「うぉ、何だこれ」
酔っ払いは慌てふためき、仲間らしき男たちに連れられて部屋に戻っていった。
若い男は何も無かったかのような顔で既に着席し、酒をゆっくりと味わっている。
「ありがとう、というべきなのかしら?」
「別にいらん。あいつが五月蠅かったから排除しただけだ」
「そ」
リアンはそのまま飲み物を受け取って部屋に戻っていった。
翌朝、遺跡に向けて出発準備をするPT。他の冒険者たちも遺跡に目的地を定めたのか、ぞろぞろと出発していた。
遺跡は村から1日弱歩いた場所にあるという。
広い平原、どこが道かもよく分からないが、特に歩くのに困難はない。
ただし、道がないということは街道魔道士たちの結界もないということなので、気をつけるべきは魔物だった。
シーファーが
「俺はまだ万全じゃないからおまえらに任せた」
と言って馬車の中から動こうとしなかったので、仕方なく魔物が出るたびにシーファー以外で撃退することとなった。
とはいえ、先行の他PTがうまくおとりになったおかげで、小物しか出なかったのは幸いだったが。
そんなこんなで、ようやく石でできた舞台のような遺跡が見えてきたのは、空が夕焼けに染まろうとしている時だった。
「今日はここでキャンプだな」
「そうね」
PTが馬車を止め荷物を下ろしたりしていると、何やら遺跡の中心部と思われる辺りが騒がしい。
「ちょっと見てくる」
キョウキョウがそちらに駆け出す。
「あ」
キョウキョウを見送ったソフィアが声をあげる。
「どしたの?」
「いま、槍、光ってなかった?」
皆がキョウキョウの方を見たが、既にキョウキョウは集まっている他のPTに紛れて見えなくなっていた。
「行こう!」
リーナが言うと同時に、皆走り出した。
遺跡の中心部と思われる場所は、巨石が組み合わさって巨大なテーブルのようになっている。
その上に、人影があった。
夕焼けに真っ赤に照らし出されたのは、まだ十代と思しき少女と、三十代くらいのコートを着た白髪の男。
かなりの高さのテーブル部に立ち、騒ぎ立てる地上の人々を見下ろしている。
「降りてこい」
「その娘を放せ」
他の冒険者たちが怒鳴るも、男と少女はどこか浮世離れした雰囲気で静かにたたずんでいる。
そのうちに、リーナたちがキョウキョウと合流する。
「やっぱり、槍、光ってる」
ソフィアの指摘に、慌てて背の槍を下ろしてそこについた宝石を見るキョウキョウ。
普段は青いその石は、今は赤く忙しなく明滅していた。
「じゃ、あの男、、、」
「そのようね」
人ではないことがほぼ確定した男をじっと見上げる一行。確かに、男は人間にしては異様に整った顔立ちをしている。
「さて、どうするか」
シーファーがつぶやく。
攻撃魔法は届くだろうが、娘を巻き込むとやっかいだ。何せ、シーファーの魔法は雷や炎という周りに被害を与えるタイプのものばかりだ。
と、背後からとん、と地を軽く蹴る音が。
振り返ったリアンは、昨日のあの若い魔道士が飛び上がったのを見た。
魔道士はそのまま空中を駆け上がり、石テーブルの上にひらりと降りた。
…… 風?
若い魔道士の後を駆け抜ける風に髪を乱されながら、リアンは魔道士を見つめる。
「面白い、人でも空を飛ぶのか」
男の驚きが混じった声がはっきりと下の者たちに届く。
「まるで自分は人間じゃないような口ぶりだな」
若い魔道士は臆した様子もなく、男とその隣の少女に対峙する。
「その娘を置いてどこへでもいけ」
「それは無理というものだよ青年」
「では力ずくといくか」
無造作に片手を振り上げる若い魔道士。と、男の白い前髪が切り飛ばされて風にはらりと散った。
「ふむ」
男はどこか楽しそうに立ちつくしたままだ。
「今度は髪だけでは済まない」
若い魔道士が複雑な印を素早く結び、聞き取れないほどの早口で呪文を詠唱しているのが見えた。
男は顔から笑みを消すと、少女を背に庇った。薄い琥珀色をしていたその目が、じわじわと濃い血のような赤に変わっていく。
先に仕掛けたのは若い魔道士の方。右手をまっすぐに伸ばすと、風が男の方に殺到した。男は両手を組み合わせてそれを迎え撃つ。
「な、、、」
魔道士が必殺の力を込めた風が、男の前で四散した。
「そんなものか?」
「まだまだ」
若い魔道士は風を使って再び空へ舞い上がる。
……弾かれるなら弾けないくらいに細く多方向から
魔道士は風を細く幾筋もの流れに変え、男の体に殺到させる。
だが、男の対応は想像を絶していた。男は風の1つ1つをまるで見えるかのように素手で弾き、全ての軌道を変えたのだ。
さすがにこれには魔道士も絶句した。
その隙を逃さず、男は一瞬で魔道士との間合いを詰めると、蹴りを放った。
若い魔道士はその勢いのまま地上に激突する、、ところだったがすんでのところで風を使って勢いを殺して落下した。
追撃を試みる男だったが、
「もういいでしょう。これ以上はやめて!」
思いもよらず少女が男を止めた。
少女に男は何事かをつぶやき、その体を抱くと飛び上がった。そして、そのまま忽然と消えてしまったのだ。
「ちぃ、逃がしたか」
シーファーが舌打ちをする横で、リアンは若い魔道士が立ち上がるのに手を貸している。
見えるより彼のダメージは軽かったようで、難なく立ち上がった。
「格好悪いところを見せてしまったな」
魔道士は苦笑しつつマントの土埃を払った。
「あんた風魔道士か」
「そういうあんたも同業者か」
シーファーの問いに、魔道士はPTの方に向き直る。
「俺はセイム・ファンザ。見ての通り風の精霊術士だ」
片手を上げて額につけた精霊術士認定メダルを軽く弾く。
「シーファー」
珍しくシーファーが初対面の相手に名乗っている。それだけ実力を認めたということだ。
「石、弱いけど微かに光ってる。たぶん、それほど遠くに行ってない」
キョウキョウが宝石がついた槍の柄を皆に見えるように差し出した。
「こいつの反応を探ればあいつら見つけられるかも」
「おおっと、そういう話はこっそりした方がいいぜ。他の奴らに聞かれたりしたら奴ら群がってくるぞ」
セイムがキョウキョウに注意したので、キョウキョウはむむ、と黙った。
幸いPTの方に注意を払っている冒険者はいなかったようで、ほっと胸をなで下ろす。
「面白いもん持ってるな」
セイムは無遠慮に石を覗き込んでから、
「あんたらについて行ったらあいつにリベンジできそうだな」
と言ってにやりと笑った。
「ちょっと勝手に決めないで」
リーナがセイムの方を睨む。
「そんなに怖い顔をするなよ。べっぴんさんが台無しだぜ?」
「べ、べっぴんて」
リーナがまんざらでもない声を出す。そういえばこの歌姫は、ステージ上で客の賞賛を浴びるのが生きている証なので、褒め言葉にはめっぽう弱いのだ。
「あなたと一緒に行って何かこっちにメリットがあるの?」
リアンが硬質の声で問う。
「んー、、そうだな、俺の華麗なる美技が間近で拝めるとか?」
「はぁ?」
「ま、それは冗談としてまたあいつが飛んだらそれを追えるのは俺だけだ」
「……確かに」
「まぁ賞金はそっちが2、俺が1でいいぜ?」
成功報酬の分配の話までするとは、自信があるのか、ちゃっかりしているのか。
「じゃ、そういうことでよろしくな」
気づけば辺りは日が沈み、互いの顔すらはっきり見えない。
探索はまた明日にしてとりあえず野営をすべく、PTは手慣れた様子で用意を開始した。
どうやらソロらしいセイムもPTの近くで陣取った。
夜が明けて、キョウキョウはPTの先頭に立って槍を手に持ちちらちらと石の反応を見ながら遺跡の中を進んだり戻ったりしていた。
ふいに、石と石の間、石畳が敷かれているところでキョウキョウは立ち止まった。
「ここから反応が強い感じ」
宝玉は先ほどよりはっきりと明滅を繰り返している。
「ここら辺?」
リーナが石畳をコツコツと叩き音を確かめる。どうやら下に空洞があるようだ。
「どうやったら開くんだろう」
「この辺りに仕掛けがあるんじゃない?」
リアンが石畳を隅から隅まで調べていく。
「ここ」
そうして指し示したのは、小さな石の突起だった。
「押すぞ」
シーファーが周りの返事を待たず、ぐいと突起を奥に押し込んだ。
と、ゆっくりと石畳が動き、地下に降りる石の階段が現れた。
中は薄暗い。一瞬躊躇したPTの後方から、
「おー、おまえらご苦労だったな」
突然野太い声と共に、PTを押しのける他の冒険者たち。
「昨日からおまえらに目をつけていて良かったぜ。じゃあな、お嬢ちゃんたち」
がははは、と遠慮無い笑い声と共に他の冒険者たちが次々と地下への階段を降りていく。
「なんなんだ、あいつら。後ろから魔法ぶっぱなしてやろうか」
シーファーが怒りに満ちた声で言ったが、PTの他のメンバーも同じ気持ちだった。
「まぁあんたらが甘かったってことだな」
セイムが肩をすくめる。
「出遅れたことは痛いけど、私たちも行きましょう」
リーナが言って真っ先に階段に足を下ろした。
地下は薄暗いが、人工的な通路が先へ伸びている様子だった。
先発の冒険者たちは手に手に松明などの明かりを持って進んでいるらしく、奥の方に光が見えた。PTも用意していた松明を手に先に進んでいく。
石で作られた通路は、少しひやりとしている。
途中に罠も仕掛けられていた形跡があったが、先発する冒険者たちが外していったらしく、盗賊系の技能が無いPTでも問題なく進むことができた。
通路は最初はまっすぐだったが、途中から右へ左へと曲がりくねり始め、やがて分かれ道になった。
PTの頼りはキョウキョウの槍の石の反応。光の反応が強い方へと足を向ける。
「ここ、かなり古いみたいだけれど、何の空間なんだろね」
槍を見つめて歩きながらキョウキョウが疑問を口に出す。
「さぁ、、遺跡の地下がこんなになっているなんて、村でもそんな話はなかったのに」
「迷宮 なのかしら」
ふとリアンがつぶやいた言葉に、皆ぴくりと反応した。
そういえばもう随分歩いている。先行していた冒険者たちの光はとうになく、まるでPTだけしかいないように、地下は静まりかえっている。
「そういえば来た方向ってどっち?誰か印つけてる?」
リーナの問いに
「私が」
と手を上げるソフィア。
「これでね」
手に示したのは蛍光苔の塊。暗い場所で光る性質のある苔を目印にするのは、割と一般的に行われている。
一行がほっとしたところで、PTの後方を歩いていたセイムが足を止めた。
「何か聞こえないか?」
え、、と皆、足を止めて耳をすます。と、遠くから何か低い地響きのようなものが聞こえてきた。
「み、水だ!」
先頭を歩いていたキョウキョウが叫びに近い声を上げる。
突如、PTの行く手から水が、激しい流れとなって向かってくる。
ドドドドドドドドドド
「うわあぁぁぁぁ」
セイム以外はなすすべ無く流れに飲み込まれた。皆、必死で水面に顔を出すも、流れが強く、どんどん押し流されていく。
松明は消え、暗く冷たい水の中。体力は削られ、悪い事に水は行き止まりの壁に向かっていた。
そのまま流されて壁に激突すれば、不幸な結果になること間違いなし。がPTが幸運だったのは、セイムという流れに巻き込まれない存在がいたことだった。
セイムは流れの上を飛んでPTの流れる先へ先回りし、風を流れにぶち当てた。
幸い、水はそこが終着点だったらしく、風に当たって左右に分かれると、どこかへ流れ去っていった。
風がクッションとなって壁にぶち当たらずに済んだ一行は、げほげほと水を吐き出しながら息を整える。
「ありがとう、セイムさん」
キョウキョウがセイムに礼を言っている横で、ソフィアが
「これで入り口がどこか完全に見失ったわね」
冷静に事実を述べるので、一同黙り込んだ。
「とにかく進んで、、、って行き止まりなのね」
「いや、水が流れていったからこの先に空間があるみたいだ」
セイムが行き止まりの壁をコツコツと叩きながら言う。
周りを見回すと、薄暗いためすぐには気づかなかったが、壁の天井近くに少し隙間がある。
「でもあんな高くにある隙間じゃどうしようも、、」
「隙間が小さすぎて俺では通れそうにないな」
セイムの言葉に、リアンはあることに気がつき、じっとキョウキョウを見た。
「ああ、、なるほど」
キョウキョウとセイム以外のメンバーもじっとキョウキョウを見つめる。
「うえ、な、なに?」
「へぼ召喚士、出番だぞ」
シーファーに言われてようやく気づいたキョウキョウが、自分の影を見る。
頼みの綱のノークトの気配を探る。
……出てきてよ、相棒
「我が魂の求めし獣よ、我が声を聞きたまえ。現出せよ、現出せよっ! ノークト!」
キョウキョウの腕にブレスレット状にしていた魔石が砕け、その影が突如揺らぎ、ノークトがゆっくりと現れる。
「ノークト、ちょっと向こう側を偵察してきて」
隙間を指し示すとノークトは返事をするかのように羽をはばたかせ、浮き上がって隙間から向こうの空間に消えていった。
しばらくの後、壁の向こうで何かの音がした。
すると、ゆっくりと行き止まりの壁が床に沈みだした。壁がなくなった先にはなお暗い通路と、そこに浮かんでいるノークトの姿があった。
「ノークトさすが!」
キョウキョウがすかさずノークトを褒めるが、シーファーは鼻で笑って先に立って歩きだした。
槍の光を見るとどうやらこっちが当たりのようで、反応は強くなっている。
通路をしばらく歩くと、右手に扉があった。
「罠がありそうな気もするが」
セイムが言うも、盗賊系がいないPTにはどうすることもできない。
「そのトカゲ突っ込ませたらどうだ。被害は最小限に済むぞ」
シーファーが言ってノークトを見るが、なんてこと言うんだ!とキョウキョウの怒りに触れてふん、とそっぽを向く。
召喚獣はそもそも異界に住まう者たちの魂を、召喚士の魔力を糧として一時的に借り出す契約を結ぶ術。召喚獣は召喚士と対等かそれ以上の存在であって、決して安易に扱ってはいけないというのが、召喚の里で嫌というほど教えられた掟なのだ。
とはいえ扉の前で相談していてもらちがあかない。やれやれとシーファーが片手に魔力を集めようとした時、扉の内側から
「誰、、誰なの?」
不安げな声が聞こえたのだった。
「あなた、ミアセラ?私たちはあなたを助けに来たの。扉を開けて」
リーナが村長の娘の名前を出して応えると、
「私、助けて欲しいなんて言ってない。あの人と一緒にいたいの。帰って」
まだ言葉には不安の影があるが、それよりしっかりとした様子で意思を示すミアセラらしき声。
PTは互いに目配せする。
「ああ言っているが思考が操られているのか?」
「分からない。どちらにしても今の私たちにそれを解く術がないわ」
娘に聞こえないように、扉から離れたところでぼそぼそと話し合うPT。
「結局、男を倒して目を覚まさせるしかないのね。何だか人間同士の諍いと同じね」
「、、、全くだ」
「ミアセラ、あなたのお父さんもお母さんもあなたを心配してる。一緒に帰りましょう?」
リーナはまだ説得を続けていたが、
「嫌よ、、そう言って私とあの人を引き離すのね。絶対、帰らないから」
きっぱりとした拒絶にあって肩をすくめた。
「ここは後回しにしてあの男を捜そうぜ」
シーファーの意見に反対する者もなく、PTは扉を離れて先に進む事にした。
「しかし他のPTと会わないわね。随分先を越されているはずなのに」
「そうだね、何か変だ」
より慎重に通路を進む。
ふと、セイムが立ち止まった。
「この先にかなり広い空間があるな」
風の流れで察知したらしい。
「、、、血の匂いがする」
「まさか」
PTは思わず走り出していた。
ほどなく、大きな空洞にたどり着いた。
中央に石で円陣が組まれており、石に松明がかけられていたので、空洞の全容を見る事ができた。
円陣は複雑な形に石が置かれており、その周囲に倒れた人間たち。
先行したPTたちだということはすぐに分かった。
探していた男は円陣の中央に立っていた。キョウキョウの槍が何度も赤く明滅する。槍が示すまでもなく、立っているだけの男にPTは何か底知れぬ力を感じた。
「派手にやったもんだな」
シーファーは男が発する圧に負けないように、一歩前に出る。
「やれやれ、まだ残っていたのか。ようやく静かになったところだというのに」
こちらを見る男の目はまだ琥珀色だ。
「君たちも静かになってもらおうか」
「見るなっ!」
セイムの叫びが聞こえて、皆とっさに男から目を離す。視界の端で男の目が赤く怪しく輝くのが見えた。
……精神操作系か、それともバッドステータス付与系か、、どっちにしろやっかいね
リアンは頭の中で対策を探しながら結界の呪を唱えて発動させる。
「光のヴェール(ヴァーロデルーモ)」
柔らかい光がPTとセイムを包み、すぐに消えた。状態異常に対する耐性を上げる魔法だが、どの程度あの男の攻撃に役立つかは謎だ。
できる限り男の目を見ないように、PTは散会して男への攻撃を開始する。
ソフィアは男に小袋を投げつけ、男がそれを払いのけたとたんに、袋からは煙が上がり、視界を遮る。ソフィアお手製の煙幕だ。
煙の中から音も無く男に殺到するリーナのチャクラム。かわすために男が移動した先にはシーファーの雷球が待ち構えていた。
バチバチバチッ
男の体が雷に打たれ、男は数歩下がった。しかし、踏み込んだ先はリアンの魔法陣。
「光魔法陣」
リアンの声を合図に光が陣からまきおこり、男の体を聖なる光で焼く。
「ぐっ」
たまらずに苦痛の声を漏らす男。
息をつかさぬ連続攻撃が、いろいろな職業のいるPTの必勝パターン。パターンに加わるには早いキョウキョウは、ノークトを喚びだして男の包囲の一端を担っている。
止め!とばかりにセイムが風の刃を放つ。魔法陣に囚われている男の上半身が裂けて鮮やかな青い血がぽたぽた、と滴った。
……あの血の色、やはり私の探すあれと同じ、、?
リアンは考えながらも魔法陣を維持する印を止めない。あれだけのダメージを与えているのに、男は立ったままだ。
「浅いな」
男はゆらりと上半身を起こすと、どん、と強く魔法陣を踏みつけた。とたんに、魔法陣はかき消えた。そのまま男は床を再度蹴る。
狙いは一直線にリアン。リアンは迎え撃つ構え。
拳がリアンに迫り、リアンは防御。が、男の一撃は予想より強く防御のまま後ろに弾かれる。
間髪入れずに男の蹴りがリアンを襲う。リアンはかわして足払い。しかし、男はふわりと空に浮いて回避。
その後ろからやはり飛び上がったセイムが男に向けて風の魔法を放つ。
が、男はさらに高く飛び、風をまるで見えるかのように避けた。
「天より至れ雷!」
シーファーが間髪入れず呪文を唱え、男の頭上から雷が降り注ぐ。
すんでの所で回避して雷をかわした男が地面を蹴ったかと思うと、シーファーの目の前に。
シーファーが後ろに避ける前に、至近距離で男はその目を光らせ、彼女を”視た”。
「あ、、ぁ、、」
目を閉じる事も叶わず、がくりとシーファーが膝をつく。
「シーファー!」
リーナが叫ぶも男がいるため近寄れない。離れた場所からチャクラムを放つも、男にあっさりと回避された。
男は続けてリアンの方へ。
……目を近くで見るのはまずい
「ノークト!」
キョウキョウが叫んで男とリアンの前にノークトが立ち塞がる。
ノークトが噛みつこうとしたが、男は下がってそれを避けた。
その間にソフィアがシーファーの元に駆け寄ったが、シーファーは目を見開いてはいるがこちらのことは全く視界に入っていない様子。
気休めに香草のオイルをシーファーの周りに振りまく。リラックス効果があるが、シーファーの様子は変わらない。
……外見的には変化がないところを見ると精神攻撃系の可能性は高そうね
治療の方針は決まった。
「ごめんなさいね」
先に謝ってからソフィアはシーファーの首筋を強く打った。シーファーは意識を失って倒れ込む。
アタッカーを一時的に失うのは痛いが、あのまま放置していればシーファーの精神が保たない。保たないだけならいいが、最悪の場合、変身するというリスクがある。
戦況を見極めようとソフィアが立ち上がったとき、やはり男の目の魔力で昏倒するキョウキョウの姿があった。
「もう、手がかかる」
ソフィアはキョウキョウの元へ走り寄った。
倒れ込んだキョウキョウの前には、次から次へともう二度と見たくない光景ばかりが次々と現れていた。
「縁なしのキョウキョウ」
「家の恥さらし」
忘れようとしてもできない、村の人たちの嘲り。両親の失望。
「も、もう召喚できるもん」
必死に目の前の光景に反論するキョウキョウ。
「あんな醜いトカゲ、恥ずかしい」
「リウの召喚獣はあんなにも綺麗なのに」
目の前の光景はキョウキョウに反応するかのように、言って欲しくない言葉を繰り返す。
「第一、PTでも役にたってないじゃない」
「そんなんじゃいつかお払い箱だよ」
「そんな、ことは、、」
否定できない。ぶわり、と目に涙が湧き上がってくる。
「おまえなんか生きている価値ないよ」
「家にはリウがいるし、あなたはいらないわね」
家族の顔で残酷な言葉を吐き続ける幻影。キョウキョウは反論の言葉も失い、ただ、ぽたぽたと涙だけが床に落ちていった。
キョウキョウから指示が消えたので、ノークトは心配するかのようにキョウキョウの傍らにいるが、それすら気づいていないだろう。
キョウキョウの元に駆け寄ったソフィアは、気休めでもとまたオイルを撒く。
2名が使い物にならないので、男との戦いはかなり苦しくなっていた。
その目を見る訳にはいかないので接近戦を避けたいのだが、逆に男は接近戦にもちこむべく距離を詰めてくる。
被害が何とか2名で収まっているのは、リアンが光の盾と魔法陣を使いながら奮闘しているというのが大きかった。
「螺旋南風」
セイムが上空にいる男に向かって熱風の小竜巻を放った。それにかぶせるように、リアンが呪を解き放つ。
「光あれ!」
リアンの手元から幾つもの光の筋が上空に向かう。
男はかわす事ができず、腕を交差して防御姿勢をとった。
熱風と闇を退ける光魔法の2つがまともにぶち当たる。
「やったか?」
「いえ」
男の貴族的なコートは攻撃で傷んでおり、白い髪も乱れてはいたがまだ致命傷にはほど遠い様子。
「コートが台無しだな」
その割にはどこか楽しそうな男は、空中で音も無く回転し、天井を蹴ってセイムに襲いかかる。
「切り裂け風よ!」
セイムの攻撃魔法。だが、男はそのまま突っ込んでくる。
セイムは回避しようとしたが、男の体当たりに吹っ飛ばされて壁際まで転がる。
「あっちは後だ。まずはおまえ」
着地した男が魔法を唱えかけていたリアンを裏拳で襲う。リアンは魔法を止めてとっさに防御。
「しまっ」
それこそが男の狙い。至近距離でリアンの目を赤い目で見つめる。
声も無くリアンが膝から崩れ落ちた。
「さて」
男はつぶやくと、ようやく立ち上がったセイムの元へ行こうとして、こちらをきっ、と睨みつけるリーナにようやく気づいた風で立ち止まる。
「お嬢さん、おとなしくしていればすぐに楽にしてあげよう」
返事の代わりにリーナはすう、と息を吸い込んだ。
「ラーーーーーーー」
広い空間がびりびりと震えるような歌声。リーナのチャクラム以外のもう1つの武器・呪歌だ。
「!これは、、」
前回の戦いで、この人間には似ているが人間ではない者たちに呪歌が効果的なのは分かっている。男は苦痛に顔をゆがめる。
リーナは懸命に歌い続ける。ただ歌の力を信じて。
「こざかしい、真似を」
男はそれでも前進する。
……ここまで、なの?
弱気になりそうなリーナの横にいつの間にかソフィアがいて、静かに薬草切りを構えている。
男はふらつきながらも歌の中を進んでくる。リーナは喉が張り裂けそうなくらいに呪歌を高らかに歌い続ける。
そんな中、
「光の、葬列」
確かな意思を感じさせる声が魔法を唱え終わり、十字架の形をした光たちが男に殺到してダメージを与えつつその身を床に縫い止める。
「な」
男の背後には立ち上がったリアン。
「何故、動ける」
「この程度の悪夢、私にはぬるすぎる」
リアンが淡々と告げる。その氷青の目はまるでガラス玉のように感情のさざめきを消している。
「こっちも忘れるな。天雷撃!」
動けない男の頭上から雷が一筋奔り、その身を貫いた。
「ぐぁぁぁぁ」
叫んでいる男を油断なく見つめながら、シーファーはリーナの前に立つ。
「何だか知らないが体のあちこちが痛いぜ」
その痛みは半分は自分が殴ったせいだというのは、黙っておくソフィアである。
「そのお嬢ちゃんの歌はなんなんだ?」
セイムもようやく合流する。男がダメージを受けたからか、歌の副次的な効果か、キョウキョウもふらつきながら身を起こしたのが見えた。ただし、その顔は真っ青だ。
雷と光の十字架が消えたとき、男は膝をついていた。目も琥珀色に戻っている。
「止めだ!」
シーファーが印を結び呪文を詠唱し始めたとき、
「止めてっ!」
男の前に立ち塞がったのは、さらわれてきたミアセラと思しき少女。
「ミアセラ、危ない、下がって、いろ」
かなりのダメージを受けたらしき男が切れ切れに言うも、ミアセラはぶんぶんと頭を振った。
「この人を殺すなら私も死ぬからっ!」
真剣な少女の様子に、
「まさか精神操作されてるの?」
「違う」
はっきりと否定したのは男。
「操作して愛されても何の意味もない」
「愛ぃぃ?」
歌を止めたリーナがすごい声を出す。
「え、そういう関係、、?」
ミアセラが素直に頷くのを見て、全員がよろめく。
「で、でもあれだけの人を殺した貴方を放っておく訳には」
「殺していない。悪夢を与えて生命力をいただいただけだ」
男の発言に、ソフィアが倒れた先行PTの元へ。よく見るとかすかに胸が上下しているのを確認できた。
「、、、本当だ、生きてるわ」
「この遺跡はある目的のために作られたものでな」
ミアセラの肩を借りて男はゆっくり立ち上がった。
「だが、私の力ではここは使えぬようだ」
「目的って?」
皆を代表してソフィアが問いかけた。
「人間を、我々と同じ者に”生まれ変わらせる”施設だ」
「え、、、」
「お前たちは我らの事をどれくらい知っている?」
唐突な男からの問いかけに、
「えっと、血が青くて、空が飛べて魔力が人間より高い、、くらいかしら」
ソフィアが思いつくままに答えると男はゆっくりと首を振り、
「それは当たっているが本質ではないな。我々”混沌を招く者”(ハオサ)は、人間と違う進化をたどった種族なのだよ」
男は遠くを見るように目を細める。
「古くは竜がいた時代に、我らの始祖は生まれた。人よりずっと前の事だ。
やがて人が現れたが、我々の敵ではなかった。だが、人よりずっと長く生きる代わりに増える力が乏しい我々は、人の勢いに押され始めた。
そんな中、ある者は人の居ない場所を求めて旅立ち、ある者は人と交わって血を残し、ある者は魔物を率いて人間を滅ぼさんと戦った」
「そんな話聞いたことないけれど」
リアンの疑問に、
「そうだろうな、もう人の世では遙か昔の話だ。そして我々は人の手で封印された」
男は痛みをこらえるように目を伏せた。
「人の支配者たちはその事実すら塗りつぶして今の世界を作り上げた。だから、我らの事を知っている者は殆どいない」
「何で、、」
「私たちに罪悪感を感じて、というのではないことは確かだな。人間の考えることは分からん。だが、隠しておけるのも今のうちだ」
「どういうこと?」
「月日の経ち過ぎた封印は効力を弱め始めた。今はまだ魔力がそう高くない私のような”人間に近い”者たちが目覚めている程度だが、いずれ力あるハオサが目覚める。その時に隠しきれるはずもない」
皆、いきなり聞かされた人の知られざる歴史に呆然としている。
PTの様子を見た男はふ、と息を吐くと
「自分たちが世界を治めるために他の種族を滅ぼしても構わない、それは本当に正しい事なのかよく考えることだ」
その言葉は各人の胸にずしりとのしかかった。
遺跡の外に出ると辺りはもう夕闇に包まれていた。
「では私たちは行く。またいつか会うこともあるかもしれないが、戦うのは遠慮しておく」
男はコートの中にミアセラを大事そうに包み込み、トンと地を蹴ってあっという間に闇に紛れていった。
「いいのか?お嬢ちゃん連れて行かれたら依頼失敗になるんだぞ?」
セイムの問いかけに、
「、、人の恋路を邪魔する奴はスライムに溶かされろ、っていうじゃない」
リーナが茶目っ気たっぷりに返す。
「そ、そうだけどさ」
困惑した声を上げたのはキョウキョウ。
ふいに真面目な顔になったリーナは、
「正直、よく分からなくなったのよね。私たちがやってることが正しいのか」
「、、、」
一行はしばし黙り込む。
「ミアセラがこのままどこかの遺跡であの男と同じ者、ハオサだっけ?に生まれ変わってずっと2人で生きていければそれはそれで幸せかもしれないかなって」
リーナの言葉に、
「まぁ、何が幸せかなんて他人には分からないものよね」
ソフィアが自分に言い聞かせるように言う。
「人の身で人で無い者を愛することは悲劇にしかならないかもしれないけれど」
リアンがぽつりとつぶやくその言葉に、リアンらしくない感情の揺らぎがあることを誰も気づかなかった。
「あー、恋愛したい!」
「結局それなのかよ」
シーファーが笑いながらリーナの頭を小突いた。
「俺が相手に立候補しようか?」
セイムの言葉に、
「タイプじゃないから遠慮しておきます」
にっこりと笑顔で返すリーナにひでえ、とか言いながら付いてきていたセイムだったが、ふいに真面目な顔に戻って、
「おまえらはどうするんだよ、これから?」
「村に行って依頼失敗のご報告をして、それから後のことは考えます」
「そか、じゃあ俺はこの辺りで。またな」
ひら、と片手を振って風がなびいたかと思ったら、セイムの姿は消えていた。
「何かあっさりした奴だったな」
シーファーが呟く。
「まぁ縁があればまた会うこともあるでしょ」
リーナの言葉に、皆セイムの消えた辺りを静かに眺めていた。