シーファーの過去
「俺の両親はある国付きの精霊術士だった」
PTのメンバー達に見守られながら、シーファーはゆっくりと話し出した。
「だが、国付きの仕事はその国のために技術を提供するということ。当然、自由に研究などさせてもらえない。だから俺の両親は、国を出た」
「それって、、」
「当然、その国にとってまずい情報を色々持っている精霊術士を自由にするほど国も馬鹿じゃない。追っ手がかかる。そんな中で俺は生まれた」
シーファーが生まれたのはとある寒村での小さな家。事情を隠した両親が、何とか住むことを許された場所だった。
子供を連れたまま逃げ続ける事は難しい。シーファーが物心つくまでは、、と両親は村のために獣や夜盗を追い払ったりしながら生計をたてていた。
そんな暮らしの中でも、両親は国を出るきっかけになったという研究を、離れの小屋で熱心にしていた。
幼いシーファーには最初は何か分からなかったそうだが、小動物や弱い魔物が離れに連れて来られて出て来なくなることに疑問は抱いていた。
しかし、シーファーは決して離れの小屋に入るな、と言い聞かされていたので幼いシーファーにとって真実を知ることはできなかった。
両親はまた、シーファーの精霊術士としての優れた資質を見抜き、熱心に魔術を教え込んだ。
それは、もし何かあった時に一人で生き抜いていけるように、という思いもあったのだろうと、今のシーファーは分かるが、当時はただただ両親に認めてもらえるのが嬉しくて、無邪気に術を学んでいた。
寒村での暮らしにも慣れ、シーファーも物心ついたある日の事。
眠りについていたシーファーは、ただならぬ気配で飛び起きた。
母屋を飛び出し、気配の元になっている離れの小屋の前に立ったその時、離れの小屋の天井を突き破って何か黒い影が雪のちらつく空に飛び去って行くのが見えた。
「父さん、母さんっ」
それでも扉を開ける事を一瞬ためらったシーファーの目前で、扉が開いて父親が出てきた。
「父さん、何が、、、」
「俺の、俺の研究は無駄じゃなかった、、、」
父はシーファーの方を見ているようで、実は全く目に入っていないのだった。
そんな父の背後に開け放たれた小屋の扉の中には、複雑な計器やガラスの円筒形が無残にも砕かれているのが見えたが、母の姿はどこにもなかった。
「母さんはどこにいったの?」
「母さんか、母さんは、くくくく」
嬉しそうに父が笑っていた。
「母さんは人を超えたんだ。素晴らしい、素晴らしい、、、」
後の言葉はつぶやきになって聞き取ることはできなかった。
結局、何回父を問いただしてもどうして母がいなくなったのか、あの黒い影は何なのかは分からず、それから父は取りつかれたようにいっそう研究に没頭するようになった。
「でも俺は信じていたんだ。母さんはいつか戻ってきてくれる。父もそうすれば元に戻るって」
シーファーはそこで言葉を切って沈痛な眼差しになった。
「でも、もう親父は手遅れだったんだ、、、」
母が居なくなって数年後、シーファーたちが住まう寒村を通過して国軍が大規模な魔物狩りに来るという知らせが入った。
国付きで精霊術士としてそれなりの地位を得ていた父を、国軍の者であれば知っている。もちろん、未だに探されていることも。
シーファーは逃げようと言った。が、父親は
「もうすぐ、、研究が佳境に入るのだ、、これが終わらないうちにはどこにもいかん、、、」
そうして、離れから全く出なくなってしまった。
心配したシーファーが食事を作っても食べない。それどころか寝る事すらもしていないようで、ずっと離れからは明かりが漏れていた。
逃げることもできず、気づけば国軍が寒村まであと1日ほどと伝え聞いた夜、シーファーの姿はあの離れの中にあった。
父親に呼ばれたのだ。
「そこに座れ」
父親に示されたのはたくさんの管が繋がった椅子。シーファーがためらっていると、父親の手で手荒く座らされ、逃れられないように椅子に縛り付けられた。
「やめてよ、父さん、どうしちゃったんだよ」
そんなシーファーの声を無視して
「お前なら、、うまくいくはずだ」
「な、なにを」
「私はな、ずっと感じていた。精霊術の限界を」
父親は手元の装置をいじりながらつぶやくように語りだした。
「精霊術は***のためのもの、しょせん人の身では極めることなどできない。だから」
がくん、とシーファーの座った椅子が一段下がった。シーファーはただ父親のつぶやきを聞くしかできない。
「母さんはうまくいったんだ。だけど、それから何度やろうとも同じようにいかない。私は考えた、、、。
精霊術士同士で生まれたお前、生まれた時から素質に恵まれたお前ならきっと」
父親は部屋の中央に書かれた魔法陣の中に入った。
「何を、、する気なんだよ、父さん。やめてよ、これほどいてよ」
シーファーは必死で椅子から自由になろうともがいたが、椅子が少し揺れただけだった。
父親が低い声で何かの呪文を唱え始めた。シーファーも全く聞いたことのない呪文だった。
すると、黒いローブをまとった父親の姿が、すこしずつ揺らぎ始めた。まるでろうそくの炎のように。
「私は、人間を超えるのだ。あはははははははは」
父の狂ったような笑い声。そのうち、ぐにゃりと、父の姿がゆがんだ。
何度か父の乗っている魔法陣がまたたくと、父は黒い粒子に変じていた。そして、粒子は管に吸い込まれて終点・椅子に座ったシーファーのもとに殺到する。
ああ、、とシーファーにも分かった。父やこの魔物たちと自分は一体となるのだと。それは絶望と恐怖しか生まなかった。
そして、離れは爆発した。
ただらならぬ爆発に国軍が予定を早め、寒村のはずれにある家の場所についたとき、そこには粉々に砕け散った家の残骸と、その中央部に倒れる全裸の子供しかいなかった。
それだけの爆発にも関わらず、子供はなぜか怪我1つ負っていなかった。
「、、、それから暫く記憶が混濁しててな、何があったのか国軍の奴らも根掘り葉掘り聞き出そうとしたが、俺が覚えていない事を知ると、今度は首都に連れて行こうと何人かの兵をつけて送り出した。が、子供と思って油断してたそいつらから逃げ出してそれからまぁ、いろいろだ」
そうしてシーファーは元の名を捨て、母の生まれた地方の古い言葉で”名無し”という意味のシーファーになった。
実力に反してメダルを所持していないのも、国付きに対して辛辣な訳が分かった一行だった。
「俺は、、母を探したい。だから、いろいろな街を行き来する楽団は都合が良かった。だから、、」
一旦シーファーは下を向く。ぐっと唇を噛みしめた。次に言う言葉は決まっているのに出て来ない、そういう感じだった。暫しの沈黙。
「シーファーの理由はよく分かったわ」
最初に声をあげたのは、一行のリーダーらしくリーナ。
「でもシーファーいないとリアンに負担がかかるし、キョウキョウの槍あったほうがシーファーも探しやすいんじゃない?」
「だけど、俺は、、、」
「私は今まで通りで、まぁ今まで通りとは厳密には言わないけど、いいと思う」
「もともとこのPT行き当たりばったりみたいなPTだし」
ソフィアの言葉にリアンも静かに、
「そうね、私みたいに回復できない聖術士もいるしね」
「召喚微妙な召喚士とかね」
「お前のそれはただの実力不足だろ」
思わず突っ込んだシーファーに、えーひどい、とキョウキョウがふくれるが、その顔は半分笑っていた。
「あんたはそういうのがらしいよ。しおらしいシーファーなんか似合わなさすぎ」
「じゃあ、そういうことでいいよね?」
リーナがシーファー以外の意思を最終確認し、皆うなずく。
「呪歌もっと練習しなきゃ」
「まぁ、ああいうきつい相手に会わない事が一番だけどね」
「それもそうね」
それだけで、何も無かったかのようにわいわいと話し始める一行に、どれだけシーファーの心が救われたか。
「お前ら、、ありがとう」
ぽつりと呟いたその声は本当に小さく、果たして何人に聞こえたかは謎だ。
こうして、また一行の旅は続いていくのであった。