古城での戦い
空は晴れているというのに、一行の足取りは重かった。
無理もない。これからどう考えても面倒が待ちかまえている場所”城”へ乗り込んで行かなくてはならないからだ。
リアンは他の者に告げなかったが、引き裂かれた結界が絡まり合ってPTから周囲を隔絶しており、さながら地獄への道をまっすぐに歩かされているようになっていた。
「キョウキョウ、次狙われそうな時はトカゲちゃん前に出して背後は壁のあるところで待機しててね」
リーナが戦闘初心者のキョウキョウに基本的な事を教え、キョウキョウはなるほど、とうなずいていた。
「あの女が出たら、腕やったのトカゲちゃんだし、絶対狙われると思うから、、、」
続くリーナの言葉に、うへえ、とかひええ、という反応しか返すことができないキョウキョウ。
・・・考えてみれば私が一番死ぬ確率高いのか、、
改めて考えるとどんどん怖くなっていきそうだったので、慌てて他の事を考えようとするが、何も浮かんで来ない。その上、女に締められてついた喉の傷がずきずきと痛んで、話す気にもならなかった。
ふと、御者台に二人並んで話し込んでいるリアンとシーファーの姿が目に入った。一行の実質的火力はあの二人だから、戦闘の連携の打ち合わせでもしているのだろう。
・・・あの中に入る日って来るのかなぁ、、
今のところ効かないものはないノークトの溶解の力だが、せっかくの戦力を上手く使いこなせているとは到底言えない状況に、キョウキョウはそっとため息をつく。
・・・私も、もっと、頑張らないとだ、、、死ななければ
抱え込んでいた槍の柄についた宝玉を見つめる。今のところ、宝石の色に変化はないようだった。
「大丈夫、落ち着いていきましょ」
ソフィアがキョウキョウの胸の内を読んだかのように声をかけてくれた。
キョウキョウはうなずいて、戦闘の用意を再確認し始めた。
・・・今できる精一杯の事をやるしかないよね
ノークトが自分の影の中でじっと息を潜めている気配を感じて、少しだけ安堵する。
・・・頼むよ相棒
そうしているうちに、城は姿を現した。
断崖の上に、かつては壮麗だったと思しき、ところどころ崩れている灰色の城がそびえ立っていた。
城に至るには巨大な跳ね橋を渡るしかなく、ご丁寧にも橋は下ろされてあった。
「歓迎しますってか」
ケッとシーファーが皮肉る。
馬車は何事もなく跳ね橋を通過し、大門をくぐり、荒れ果てた中庭に到達した。
「とりあえず、馬車はここまでかな」
リーナの言葉に、全員ぞろぞろと馬車を降り、馬を庭の端の木に繋いだ。
中庭には崩れかけた彫刻が、その先にある扉まで一定間隔で並んでいる。
何の気配もない、廃墟にしか思われない場所。だが、中には何があるか分からない。
「開けるぞ」
一行で一番背が高いキョウキョウのゆうに二倍の高さがある扉を、シーファーがゆっくりと押し開ける。
中はがらんとしたホールになっており、中央に大理石で造られた装飾の施された階段がある。
「上るしか、ないようね」
リアンが淡々と言い、リアンを先頭に、リーナ、ソフィア、キョウキョウ、シーファーの順に階段を上っていく。
キョウキョウは槍を片手に下げている。これは敵が現れた時にいち早く気づく事ができるように、という判断だった。
階段を上り、一つ目の踊り場に着く寸前、リアンが
「止まって、何かいる」
皆を合図して停止させた。
「槍、光ってない」
キョウキョウが槍にはめこまれた宝玉を何度も確認するが、石は青いまま沈黙している。
何故反応しないのか理由を考えるより早く、リアンが戦闘態勢に入ったので、後に続く者もそれにならった。
リアンがゆっくり段を上る。
踊り場にいたのは、ぐにゅぐにゅと形容しがたい動きをしている、まだら模様の軟体生物のような生き物だった。
その大きさは人一人くらい軽く飲み込んでしまえるほど。
「これってスライム?にしては大きいような、、」
歩く魔物図鑑と名付けられそうなキョウキョウが、一目見て相手を言い当てるも、書物では野ウサギを飲み込む程度の大きさとあったので戸惑っている。
スライムは、そんな感想を気にすることもなく、ぶにょぶにょとうごめいていたが、リアンが呪文を唱えだしたのに反応して、リアンを包み込むように起きあがった。
しかし、リアンの方が早い。
「光あれ!」
リアンが結んだ魔法印からほとばしるように光が溢れ、光に触れたスライムは、まるで熱いものに触れたかのように怯んで下がった。
「大きさはともかく、普通の魔物みたいね」
「ならとっとと片づけようぜ」
シーファーがぐっと拳を握ったかと思うと、開けた手の中に現れた雷の玉を無造作にスライムに放った。
バチバチバチッ
雷球は火花を散らしながら着弾し、スライムの体を焼く。
じゅうじゅう、と肉が焼けるような音と共にスライムは縮みだし、やがて最後の一片も雷球に焼き切られて無くなった。
・・・悔しいけど、2人とも相当やるよなぁ、、
一連の無駄の無い動きに、キョウキョウはこっそり感心する。
「行きましょう」
一行は再び上を目指して歩き出した。
皆の予感通り、踊り場ごとに魔物が配置されており、しかも階を上がるに
つれ強くなっていた。
「何か遊ばれてる気がするな」
先ほどから何回となく魔物を退けてきたシーファーが、うんざりといった声で言う。
「これは一番上に一番強いやつがいるという、よくあるあれかしら」
ソフィアが困ったわ、と、余り困ったようには聞こえないのんびりとした調子で続く。
「自分のところに来るには相応の力がないと、とか自意識過剰も甚だしいわね」
リーナは既に怒っている。
「この調子で行くと上に着く頃には疲れちゃうよ、、」
キョウキョウが情けない声をあげたので、一行は階段の途中で小休止することになった。
「その石、あの女みたいなのにしか反応しないのかもね」
先ほどから何回も魔物に出会っているが、槍は全く反応していなかった。
「それはそれで嫌だなぁ」
今後、あんなのに何回も会いたくはない。
「その槍が中古に流れてきた理由も案外そんなところかもね」
リーナの言葉に、違いない、と他のメンバーも頷き、キョウキョウはやっぱりこの槍、これが終わったら返品しようとこっそり決意するのだった。
やがて、短い休憩を終わり、さらに上の階に向けて歩き出す。
先頭を行くリアンが見上げると、最上階まで後少しのようだった。
そして再び現れる階段の踊り場。
そこにいたのは、緑色をした巨大な蛇だった。
胴回りは小柄なリアンを飲み込めるほど。鱗は金属質な光沢を放ち、黒い濡れたような目で下から上がってきたパーティを見下ろしている。
「蛇だと私の体術は役に立ちそうにないわね。シーファー、譲るわ」
リアンが素早く後退し、指名されたシーファーはうんざり、といった表情で後ろから前の方に移動した。
「リーナ、ソフィア、少し蛇の相手を頼む。一撃でしとめる」
「私、あんまり蛇は得意じゃないんだけれど」
ソフィアが抗議の声をあげるが、シーファーは構わず詠唱に入っている。
「もぅ~」
仕方なく薬草切りを抜くソフィア。横ではリーナがチャクラムを二つ放ったところだった。
キィン キィン
避けようともしない蛇の鱗にチャクラムはあっさりと阻まれ、高い音をたてて戻ってくる。
「見た目通り堅いってわけね、、」
「じゃあこれはどう?」
ソフィアが蛇の口めがけて小さな袋状のものを投げた。
蛇はわずかに動いてそれを回避。袋は地に落ちて黒っぽい粉をまき散らした。
その黒い粉を吸い込んだ蛇は、体をくねらせてのたうち始めた。
「蛇除けの黒毒草よ。人間には効かないけれど、蛇なら魔物でも効くわね」
その間にシーファーが術を完成させた。
「天雷撃!」
天井で阻まれて見えない空の彼方から、一条の雷を降らせて蛇を貫く。
蛇は雷に撃たれながらさらにのたうちまわり、尾はめちゃくちゃに当たるもの全てをはね飛ばしている。
素早く距離を取るパーティーだったが、キョウキョウが下がるのが遅れて石作りの床に叩きつけられた。
「ごふっ」
「キョウキョウっ!」
「下がるのが遅え」
リーナの声とシーファーの叱責が同時に聞こえたが、受け身を取るなどという基本的な戦闘技術すらないキョウキョウはもろにダメージを喰らった。
ソフィアとリアンが協力してキョウキョウの身体を蛇から離す。
「はい、ポーション飲んで」
素早くソフィアが苦しそうなキョウキョウに緑色の液体を飲ませる。
ソフィアお手製のポーションは速やかに効果を現し、キョウキョウのダメージを少し回復させた。
「っはぁ、ごめ、大丈夫、、、」
槍を支えにふらつく体を起こそうとするキョウキョウ。
「いいから寝てろ。終わりだっ!」
シーファーが幾つもの雷球を生み出し、衛星のように自らの周りを回らせたかと思うと、雷球は一斉に蛇に向かっていった。
バチバチバチバチッツ
蛇の頭が吹っ飛び、残された身体は力を失って勢いよく踊り場に倒れ込んだ。
ズズン、、
踊り場に積もった埃が舞い、やがて静かになった。
「お前ほんとになぁ」
シーファーが更に文句を言おうと振り返ったが、キョウキョウの沈痛な表情と、リアンの今は何も言わない方がいい、という目配せに黙り込んだ。
・・・情けない、、私今すごくお荷物だ
シーファーに言われずとも、キョウキョウは自分が足手まといになっているのは痛いほど感じていた。
そんなキョウキョウの思いをよそに、一行はついに階段の最上部までたどり着く。
と、
「槍、光ってる、、」
キョウキョウが手にした槍の宝玉が、青から赤に変じ、強い光を放っている。
「どうやらこの中のお出迎えは準備完了みたいだな」
最上階に一つだけある扉を、シーファーが指さす。
キョウキョウは急いでノークトを召喚する。ノークトはこの先に何かがある事に気づいたらしく、扉の前で鼻を鳴らしている。
「行こう」
鉄でできた大きな扉を、全員で押し開ける。
ギ、ギギギギ、、
重い扉が開いた先は広間のような大きな空間。
その部屋の中央に、一行を襲ってきたあの女が失った片腕をかばうように立ち、さらに奥は一段高くなっており、そこに誰かが座っているのが見て取れた。
ただ、広間はところどころが薄暗く、奥の人物がはっきり見えない。
PTは無言で女に対し戦闘態勢をとる。
キョウキョウは言われた通り、ノークトの後ろに立ち、壁側にじりじりと下がっていった。
ところが、女は軽く跳躍しただけで、かなり離れていたキョウキョウの目の前に降り立った。
「ひっ」
すくむキョウキョウに女の手が伸びるが、間一髪でノークトが尾ではじき返す。
ゲアアアアァァ
ノークトが威嚇の声をあげたので、女は直接手を下す事は諦め、少し下がった。
そこを狙ってシーファーとリアンの呪文が殺到する。
「雷球よ、行け!」
「光あれ!」
追撃でリーナのチャクラムと、ソフィアが火薬玉を投擲し、女の身体はあっという間に煙に包まれた。
が、次の瞬間。
一陣の風が吹き、煙は一瞬にして晴れ、後には何事も無かったかのように立つ女の姿。
女は続けて何語かも分からぬ言葉で呪文を紡ぐ。
「させるかっ」
シーファーが片手を振って一瞬で雷球を発生させ女に投げつけるも、雷球は女の手前で何かに弾かれて消え、女の呪文は完成した。
どこか優雅な響きの、おそらく呪文名を告げたとたんに、女の周囲から風がまき起こり、鋭く目に見えない刃となって一行に襲いかかった。
顔を腕でかばう一行だったが、その腕を風の刃は容赦なく切りつけてくる。
「ノークト、あの、女を、倒して!」
風の勢いで切れ切れになりながら、キョウキョウがノークトに命令を下す。
風はノークトのいる地上部分までは至らなかったらしく、ノークトは素早く走って呪文の詠唱を続けている女に襲いかかった。
「っ」
女は流石に危ないと思ったのか、ノークトの攻撃をかわす。同時に風の攻撃が止んだ。
ばさり、とノークトが背中の羽を動かし、今度は高いところから女を狙おうと女の周囲を飛び周り始めた。
女が残った手で手刀をノークトに向かって振り下ろすと、風が直線的な動きでノークトに向かう。
ノークトは風が見えているかのように動いてそれを回避。
「おっと、こっちを忘れてもらっちゃ困るぜ。天雷撃!」
シーファーの放った雷撃が女を直撃するかに見えたが、、、。
一瞬で女は風で結界を作り出し、雷撃は弾かれて消えていった。
が、
「ぐ、、」
苦しみの声を上げたのは女の方。
「背後がお留守よ」
リアンが聖属性の魔力を拳に込めて、女の背後から突きを入れたからだ。
女は振り返ってリアンに蹴りを放つが、リアンはすんでのところで射程外に離れていた。
「効かないと分かっている魔法を何度も無意味に撃つ訳ねーだろ。お前、俺たちを甘く見過ぎだぜ」
「~~~~!!」
シーファーの挑発にあっさりと乗って逆上した女は、何語か分からない言葉で怒りの声を上げると、一行に向かって無茶苦茶に風の刃を飛ばし始めた。
「光の盾」
リアンが一行を包むように聖魔力でできた盾を作りだした。
盾は風を遮り、一行を守る。
「~~~~」
突如、広間の奥、誰かが座っている辺りから声がした。
声の主は若い男のようだが、その姿は暗がりに消えて見えない。
どこか高圧的なその響きから察するに、男は女よりも立場が上らしい。
女は何事かを答え、冷静さを取り戻し、一行に向き直った。
上空のノークトへの注意も怠らない。
・・・チ、やりづらくなったな、、
シーファーとリアンは油断なく構えながら女と対峙する。
その少し背後にリーナとソフィア、さらに離れて壁際にキョウキョウ。
先に仕掛けたのはノークト。ばさり、と羽をふるわせると女の頭上から襲いかかった。
その首を狙った攻撃は、女に読まれていた。女は攻撃をかわすのと同時に身体をひねって蹴りを繰り出しノークトを壁に叩きつけた。
ギャフ
「ノークトっ!」
キョウキョウの叫びも空しく、ノークトは床に落ち、動きを止める。
その間、シーファーとリアンがただ見逃すはずもなく、女がノークトに攻撃している間に動作を完成させていた。
シーファーは女の前から、リアンは後ろから、自らの拳に魔法を乗せて挟みうちにする。
女はシーファーの攻撃は片腕で防いだが、片腕がないためリアンの攻撃は防ぐことが叶わず、もろに食らった。
「ぐっ、、」
紅く長い爪を振り上げてシーファーと距離を取るが、リアンの聖魔力はその身に着実にダメージを与えているようで、その表情は苦痛にゆがんでいる。
・・・行ける
リアンは確信し、シーファーに目配せする。
まだ奥にもう一人(人と数えていい存在かは微妙だが)いる以上、あまりこちらの手の内を晒さずに倒してしまいたい。
女が弱ったのを見て、リーナとソフィアも慎重に女との距離を詰める。
ノークトのダメージが深刻なものではない事を、召喚士としての感覚で感じ取ったキョウキョウも、槍を手に壁際をじりっと移動しつつ、女の包囲網に加わる。
「ああああああぁぁ!」
女が叫ぶと同時に、周囲から暴風がまきおこった。
広間の中で暴風は吹き荒れ、容易に一行の行動を阻止した。
だが、女の蓄積されたダメージは大きいようで、更なる攻撃を加えるには時間がかかりそうだ。キョウキョウは嵐の中心にいる女の元を目指す。
幸いなことに、キョウキョウは女にとって脅威ではないらしく、その注意は逸れていた。
風の中、槍を支えに女に近づいたキョウキョウは、当たれ!と念じながら無我夢中で槍を突き出した。
ドシュッ
重い手応えがあり、女の腹にキョウキョウの槍が突き刺さった。
全く戦力として眼中に無かったキョウキョウだからこそ、予想外の攻撃を加える事ができたのだった。
「ぎゃああぁあぁぁ」
断末魔の叫びを発して、女の姿が細かい黒の粒子状に変わり、やがて粒子は四方に散って消え、同時に部屋に吹き荒れていた風も止んだ。
・・・や、やった、、
しかし、喜ぶのはまだ早かった。
戦闘中は殆ど口を開かず観戦に徹していた若い声の主が、部屋の奥の暗がりで椅子からゆるりと立ち上がるのが見えた。