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古竜の大地と歌う旅人たち  作者: 白鴻露
3/9

紅い凶風

竜の右大陸の中でも有数の港町・ハヴェールド。

水鳥の港という意味のその町には、水鳥ばかりか道の横にはずらりと店が並び、露店も所狭しと出店している。

雑踏の中聞こえるのは、この世界の主要言語である大陸語以外も混じっていて、賑やかだ。

人も物も溢れるこの町を、キョロキョロしながら歩くキョウキョウ。

何せ田舎者のこの召喚士は、こんなに賑やかな場所に出てくることすら初めてなのだ。

余りにも周りを見すぎて肝心の前方が不注意になり、人にぶつかりそうになることも何回か。

「武器屋どこだろ」

とすいすいと人波を抜けながらリーナ。

「鍛冶屋さんにも行きたいな。薬草切りの刃がもうボロボロ」

こちらはソフィア。

「みんなもこの町初めてなの?」

「まあ、PT組んだのも竜の左大陸だったしね」

キョウキョウの問いにリーナが答える。

「そうなんだ」

キョウキョウがもっとPTの事を聞こうと口を開いた時、

「あ、あれ武器屋さんじゃない?」

ソフィアが指差す方向には、剣を描いた看板が下がっている。

「あ、あれっぽいね、行こう」

リーナは皆の返答を待たずそちらへ。他の面々もそれを追った。


木でできた厚い扉を開けると、ずらりと武器が並んでいた。品揃えは良さそうな店だ。

「らっしゃい」

低い声は店主。

「キョウキョウ、槍あるよ、槍」

「あ、本当だ」

思わず手を伸ばしたキョウキョウに、

「おい、あんた、勝手に品物に手を触れないでくれよ。素人が触ると危ない」

と店主の声が飛ぶ。

「す、すいません」

キョウキョウが恐縮する一方で、シーファーは我関せず、といった風に手近にあったダガーの鞘を抜いて刃を眺めている。

「おいおい、だから素人が、、」

と言いかけた店主に、

「素人じゃなきゃいいんだろ?」

シーファーはパシパシ、とダガーの持ち具合を確かめる。その動作を見て店主にもシーファーの技量が分かったらしく、黙った。

「この槍、ちょっと持ってみていいですか?」

リーナが笑顔で立てかけてある槍の一本を指さした。店主はしぶしぶといった風に頷く。

「キョウキョウ、持ってみて」

「あ、うん」

いいのかなあ、と思いながらおずおずと槍に手を伸ばすキョウキョウ。持った事のないその武器はずしりと重い。

「うーん、、ちょっと重いかなあ」

「じゃあこっちは?」

リーナがその横にあるもう少し細身の槍を指さした。その槍は鉄でできているらしく、実用一辺倒の飾り気のないものだった。キョウキョウがゆっくりと槍を握って重さを確かめる。

「あ、これいいかも」

故郷で畑仕事に使っていた鍬と大して変わらない重さに感じた。

「じゃ、それにしたら?」

「うん、これ下さい」

「一金貨」

ぶっきらぼうに店主が答える。

「「高っ!!」」

キョウキョウとソフィアの声がハモる。

「別に文句があるなら買わなくていい」

店主はどうやら一行を冷やかしか何かだと思っているようだった。無理もない。この世界では、キョウキョウやシーファーを差し引いても、年若い女ばかりの一行が、まともな集団だとは認識されにくいのだ。

「う、、どうしよう、、」

懐具合と相談しつつ悩むキョウキョウの目に、一画に適当に入れられた武器の固まりが見えた。

「あの、、ここにあるのは?」

「中古品だ」

・・・中古品なら少しは安いかな

リーナは既に店主の機嫌も構わず、その中古品をひっかきまわし始めた。

古びた長剣、何でも斬れそうな大剣、弓、、、その中に棒状の物が見えたのでリーナはそれを引っ張りだした。

「あう、、」

出したのは良かったが予想以上に重かったらしくふらつくリーナを、キョウキョウがさっと支える。

リーナからその棒状の武器を受け取ってみたところ、古い槍だと分かった。

かつては槍全体に細かい装飾が施されていたらしかったが、今やそれらは削れ、何が描かれていたかは分からない。ただ、刃と反対側の柄の先端に、丸く青い石がはめこまれており、薄暗い店内でもキラキラと輝いていた。

素材はよく分からないが、キョウキョウが手に持った感じは、初めて持つのにやたらしっくりと手に馴染む。

「それなら二十銀でいいぜ」

「え?」

想像以上に安い値を言われ、何か言いたそうなソフィアが声をかける前に、キョウキョウは

「買った!」

その槍を即決していた。

「へへ、、毎度あり」

先ほどとうって変わってやたら嬉しそうな店主の様子を、もう少し注意すべきだったのかもしれない。

だが肝心のキョウキョウは、初めて購入した自分の武器に頬ずりせんばかりに興奮しており、そんな事に気づく筈も無かった。

一行はついでに鍛冶屋の場所を聞くと店を出た。


鍛冶屋でリーナのチャクラム、ソフィアの薬草切りの研ぎを頼んだところ時間がかかるとの事だったので、一行は再び露店の並ぶ通りに戻ってきていた。

「とりあえず、宿探さなきゃね」

「食堂付きのがいいな。お腹空いた〜」

「私、肉が食べたい」

「ただでさえ無駄にでかいのにこれ以上でかくなるつもりか?」

「あんただってご飯の時はそこそこ食べるじゃないか」

「俺はその分働いてるからな」

険悪になりそうなシーファーとキョウキョウのやりとりを、リーナがまあまあと収めるのはいつもの光景になりつつある。

一行の最後尾を歩いていたリアンは、キョウキョウが背負った槍を注視して、少し首を傾げた。


宿屋が決まり、食事も終わった一行だったが、武器の出来上がり時間にはまだ早かった。

「私、もっかい露店ひやかしにいこうかなぁ」

キョウキョウが何気なく言うと

「スリにやられて泣くんじゃねえぞ」

「う、うるさいな。気をつけるから大丈夫だよ、、多分」

「ついていく」

思いがけずリアンがそう言い出したので、シーファーも意外そうな表情を見せて黙った。

二人は宿を出て、雑踏の中を露店がたくさん出ている区域に向けて歩き始めた。

「リアン、良かったの?何か用事とか?」

その問いには答えずリアンは前を向いたままで、

「その槍、気をつけたほうがいい」

「え、これ?」

先ほど購入したばかりの槍を背に背負ったままのキョウキョウが驚いて聞き返す。

「気をつけるって?」

「うまく表現できないけど、何か変な感じがする」

「え」

キョウキョウが返答に困って歩みが遅れた。

そこへ、どんっとキョウキョウにぶつかる中年の男。

「ごめんよっ」

声だけかけて素早くその場を走り去ろうとした男に、リアンの動きは早かった。

素早い動きで男の進行方向に移動すると、見事な足払いを決めた。

派手な音をたてて転んだ男の上から、無言でその顔を睨みつける。

その氷青の瞳はさえざえと光り、文句をいいかけた男がその勢いに負けて黙ってしまったほど。

「返しなさい」

リアンが片手を差し出すと、逃げ場がないと悟ったのか男は懐から何か取り出してリアンの方に放った。

それをリアンが受け止めている隙に、男は素早く立ち上がり、雑踏の中に走りこんで去ってしまった。

「はい」

リアンが男から受け取ったものをキョウキョウに渡す。

「あー、それ私の財布!あれスリだったんだ、、」

驚くのと、スリを見抜けなかった自分にがっくりくるキョウキョウ。

「ありがと、助かった」

今度はしっかりと財布を懐にしまい込む。

「で、、槍なんだけど、、返品した方がいい?気に入ったんだけどなぁ、、、」

「微妙ね。だいたい、あの店主がはっきりした理由もなく返品を受け付けてくれるとは思わないけど」

「そうだよねえ、、」

そんなことを話しながら二人は露店をめぐり、キョウキョウはリアンの目利きで魔石を幾つか購入。長旅に向いたしっかりしたブーツとマントも買い揃え、宿に戻ったのは夕方だった。


「みんな、明日からここの小広場で公演させてもらえる事になったから準備よろしくね」

夕食の席でリーナが言う。

・・・そっか、しばらく遠ざかってたけど、ここって旅楽団だもんね

「え、、と私は何をすれば」

「そか、キョウキョウはこれが初公演だもんね。じゃぁ公演の呼び込みをお願いしようかな」

「頑張る!」

そんなこんなで、竜の右大陸の一日目は静かに更けていくのであった。


翌日、夕方からの公演に備えて、小広場を下見する一行。

相変わらず、街に人々は多く、これは受ければかなりの収入が見込めそうでリーナも気合いが入っている。

「えと、、呼び込みって何をどう言えば」

余りの人の多さに少し怖じ気づいたのかキョウキョウが尋ねる。

「四の時から開始って事と、後は一座の紹介かな」

「なるほど、、」

考え込むキョウキョウをよそめに、リアンとシーファーは小広場の死角や、絡んできそうな人がいないか確認する。

「いまのところ大丈夫そうね」

「だな」

二人がうなずきあう後ろで、キョウキョウが声を張り上げた。

「本日四の時からこの広場で竜の左大陸から来た歌姫・リーナの公演があるよー!みんな来てね〜」

その大きな声は小広場どころか向こうの通りまで響く勢いで、リーナは呼び込み任せて良かったな、と自分の選択の確かさに笑みを浮かべた。

暫く他の者も加わって本日の公演を宣伝したところで、昼間での活動は終了。宿に引き返して昼食をとることに。

港町ゆえか肉も魚も野菜も豊富な昼食を食べ、元気いっぱいになった後、リーナとリュートを弾くソフィアが打ち合わせに入ったので残る三人は(というより主にキョウキョウの質問をリアンが答えるという形で)つれつれと話などしていた。

「公演してて困ったこととかある?」

「酔っぱらいが絡んでくるくらいならよく」

「まぁその時のために俺やリアンがいるんだからな。問題ない」

あえてキョウキョウを頭数に入れないのは、シーファーがキョウキョウを認めていないということをあからさまに示した形だが、キョウキョウは気がつかなかったらしい。

「へえー、じゃあ大丈夫だよね」

「何かあってもいきなり槍振り回さないでね、危ないから」

釘を刺されてう、と黙るキョウキョウ。振り回すつもりだったのか、とリアンは少々呆れ顔。

そうこうしているうちに三の時になったので、連れだって宿屋を出る。

小広場は宿から歩いてもすぐの場所。人混みをかきわけるようにして木箱を積み、即席の舞台をこしらえる。キョウキョウはその間、呼び込みの声を張り上げた。

リーナは公演の演目は街によって変えている。今回は定番の古竜を讃える歌でいくようだ。

古竜とは死してこの世界になったとされる巨大な竜で、大陸になったその胴体は2つに、他は頭、尾と合計4つに分かれたとされる。

ちなみに、全ての体が合わさるとき古竜は復活する、という言い伝えもあるが、熱心な古竜信奉者以外には信じられていない。

ソフィアのリュートがゆっくりと曲を奏で始め、リーナが歌い出した。

キョウキョウはリーナの歌声をまだ数回しか聞いていなかったが、とても気持ちが安らぐのを感じた。

もちろん初めて聞く人々もそんな人間が多かったらしく、賑やかだった広場が静まりかえり、リーナの歌声とソフィアのリュートだけが場を満たしていた。

と、シーファー、リアンの体に緊張がはしった。

見るからにガラの悪そうな三人組が広場の中をゆっくりと舞台の方に近づいてくる。

シーファーとリアンがいつでも戦える姿勢になったのを見てキョウキョウもようやく何事かと槍に手をかけたが、リアンの忠告を思い出してとりあえず様子を見守った。

歌は佳境に近づきつつあった。その舞台を、男達の一人が足で蹴りつけた。

「なんだぁこれは?うちのシマで勝手な事はしないでもらおうか」

男達が舞台に向かって凄む。

「**の若いのだ、、面倒なのに目をつけられたね」

こそこそと囁かれる聴衆の言葉によると、男達は街のやっかいもののようだった。

「おい、お前ら。今は公演中だ。静かにしてもらおうか」

シーファーが男達と舞台の間に立ちふさがった。

「なにが公演だぁ?ああ?俺たちはそんなこと聞いてんじゃねえんだよ」

がーんと、舞台を揺らす程再び蹴り。リーナとソフィアは一旦演奏を中断し、成り行きを見守っている。

と、シーファーは雷をまとわせた拳で舞台を蹴り上げた男の腹を殴りつけた。

男は声もなく悶絶する。

「ちぃ、用心棒は魔道士かよ」

男達は仲間を助け起こしてシーファーから離れ、抜刀した。

「抜いたという事は完全にやる気でいいんだな?死んでも後悔するんじゃねえぞ」

「抜かせ、こんな場所で魔法使ってみろ。他の奴も巻き添えだぜ。やってみろよ?」

男達がシーファーを挑発する。

先ほどの攻撃は不意うちだったから良かったもので、抜刀し注意を払っている相手には二度は使えない。

男達の言うとおり、魔法を撃てば観客(と野次馬)に当たる可能性もある。

・・・面倒だな

シーファーは腰に差したダガーをすらり、と抜いた。

背中側はリアンが隙無く構えている。

彼女が主に使うのは体術であるが、武器を持っている相手には杖を使う。

相手が二人、しかも一人はどうみても少女なのを見て男達は自分たちの優位を確信したらしい。剣を振りかぶって襲いかかってきた。

ギィン

ダガーと剣がぶつかり合い、高い音をたてる。

そのまま力任せに押し込んで来ようとする男の力を、シーファーは押しとどめている。

その隙にシーファーの後ろから襲いかかろうとする男に、リアンは対峙する。

鉄よりも堅いと言われている鉄山木の木で作られた杖は、男の刃を受け止め、その力を受け流す。

基本的に、リアンが使う聖魔術は人間を攻撃するようにはできていない。

こういう場面で頼れるのは魔法以外の戦闘技術だったが、リアンは男の予想より遙かにその経験を積んでいた。

杖で男の剣を払いあげると、そのまま男の顔を一撃。相手が女だと油断していた男は崩れ落ちた。

シーファーの方を見ると、シーファーはリアンの方が片づいた事を悟ってにやりと笑うと、なにやら詠唱を始めた。

「させるかっ!」

ダガーとの押し合いから一旦離れて体勢を整えた男が、詠唱を邪魔しようと剣を振り上げた。

再びダガーと剣の押し合いかと思われたが、シーファーの笑みが深くなった。

「何がおかしい?」

「てめえから寄ってきた間抜けに笑えるのさ」

シーファーの指先から雷の線が伸びてダガーを包み、ダガーと接していた剣に伸びて男の手に達した。

バチッ

その痛みに男が剣を取り落とすのと、シーファーの膝が男の腹にたたき込まれるのはほぼ同時だった。

どさ、と男は倒れ伏し悶絶している。

そこへようやく目覚めたらしい、最初に舞台を蹴った男が慌てて仲間二人を引きずるようにして、よたよたと小広場を出て行った。

「だ、大丈夫?」

槍を手に持ったままのキョウキョウがおずおずと尋ねてくる。槍を構えているということは、一応何かあったら戦うつもりはあったらしい。

「さぁ、みなさん。気を取り直して続きいきますよー」

リーナがパンパン、と手を叩きながら宣言し、公演はその後は問題なく終わったのだった。


「みなさんおつかれさまー」

リーナが杯を持ち上げ、他の者はそれに倣った。

公演の反省会と称して宿屋で夕食をとろうというところ。

「それにしてもびっくりしたねえ」

「まぁ、よくあることなんだけどね、、。街の顔役にも話は通してあるから無許可営業じゃないし」

「そうなんだ、、いろいろあるんだね」

キョウキョウがスープをすくいながらしみじみとつぶやいた。

「でもあいつら、仕返しに来るかも」

リアンがパンをちぎって口に運びながら、たいしたことではないように言う。

「その時はまた俺とリアンで片づける」

「い、いちおう私も協力するから」

「武器素人は黙ってろ」

「なにい?」

またキョウキョウとシーファーの間が険悪になりかけるも、皆もう毎度の事なので気にしない。

そんなこんなで二日目の夜は過ぎていった、、。


夜半、眠りこけていたキョウキョウはソフィアに揺さぶられて目を覚ました。

「起きて、何か様子が変なの」

「うぅん?」

まだ眠気を引きずったキョウキョウが曖昧に返事していると、別の部屋にいたシーファーとリーナも入って来た。

「昼間のあいつらの仲間ぽい。宿の人ともめてる」

そう聞くとようやくキョウキョウも目が覚め、部屋の隅に立てかけてあった槍を取った。

他のメンバーは既に戦闘態勢。宿の主人は泊まり客については教えられない、と頑張ってくれているようだ。

「ここに女どもが入っていくのを見た奴がいるんだよなぁ」

「とっとと出さないとこの宿ごとぶち壊すぞ」

宿の主人を押し退けたらしく、どたどたと荒々しい足音が部屋の前までやってきた。

ドカッ

部屋の扉が足で蹴破られる。それと同時になだれ込んでくる男たち。

待ち受けていたシーファーが印を結んで、目潰しに特化した雷を男たちに投げつけた。

一瞬、光で部屋が満たされ、あらかじめ目を閉じていたパーティの面々以外は何も見えなくなる。

その隙を逃さず、前の列の三人に次々と足払いを決めるリアンの早さ。

リーナの投げたチャクラムが、転倒した男たちを容赦なく切り裂く。

「もー面倒くさいな。か弱い女子に仕返しなんてみっともないですよ?」

リーナが戻ってきたチャクラムを指に絡ませながら言う。

「舐めるなぁ!!このガキがぁ!」

後ろの方にいてシーファーの光の洗礼を受けていない男たちが、怒号と共に倒れた男たちを乗り越えて部屋の中に入ってきた。

それに対応したのはソフィア。一つ手をぱんっとうつと、パーティの面々は口と鼻を押さえる。その次の瞬間、ソフィアの手元から何か粉状のものが男たちに投げつけられた。

「う、うごけねえ」

「なんだ、これ、、は」

特性のしびれ薬だと教える前に、粉を吸い込んだ男たちは次々と倒れていく。

襲撃してきた男たち全員の動きを封じたのを見てから、ソフィアは窓を開け放つ。残っていたしびれ粉が風で散ったのを確認してから、ソフィアが

「ふぅ」

と息を吐いたのを見て、他のメンバーもようやく息をつく。

「なんか、、威勢よく来た割にあっけなかったね、、」

キョウキョウが倒れた男たちを槍の柄でつつきながら言う。

「ちなみにその薬、三刻もあれば動けるようになるから安心なさい」

体中痺れて口もきけない男たちに向かってソフィアはそう告げた。

「うーん、でもこれは宿変えなきゃいけないわねえ」

「えー、ここ気に入ってたのに、、」

「まぁ仕方ないわ」

「また新手が来ると面倒だからな。お前はここで寝ててもいいぜ?」

「断る」

というわけで、夜半にも関わらず宿を出る事になってしまった。

宿には騒がせたお詫びとして、幾らかお金を余分に払うこととなった。

「せっかくの稼ぎがー!」

リーナはがっくりしている。

「うーん、また公演やったらあいつらに見つかるし、どうするの?」

ソフィアの問いに

「何か仕事やるしかないかも、、、」

テンション低くリーナが答える。

「お金入る仕事って何やるの?」

キョウキョウは興味津々。

「うーん、、その時々だけど魔物討伐とか山賊討伐とか」

「け、結構あらごとばっかなんだ、、」

「あ、でもたまにお金持ちの屋敷で貸し切り公演とかあったりして、それは稼ぎも良かったしいっぱい歌えて楽しかったなぁ」

リーナが遠い目をする。

「とりあえず、宿探して落ち着いたら依頼斡旋所にいってみようか」

「おー!」

そうして夜もとっぷりと更けたのち、最初の宿からかなり離れた区画に宿を見つけ、早々に眠りにつく一行だった。


翌朝、一行は町の門そばにある依頼斡旋所にやってきた。

ここは、傭兵や腕に自信がある者に仕事を斡旋する場所。歴戦の強者たち以外にも、かけだしの傭兵や町の力自慢程度の者でも仕事が探せるとあって、大きな町には1つはある場所だ。

そんな中に物怖じせずすいすいと入っていくリーナや他のメンバーを、集った男たちは指差したり、目を丸くしたりしている。

この世界では女で斡旋所に出入りする者は少数だし、その上リーナたちのように年若い者達はとてもめずらしい。(もちろん戦う事のできる女性はいるが、実力の高い者は国付きが殆どでこういう場所には出てこない)

斡旋窓口にまっすぐ向かうリーナ。その後ろから他のメンバーは覗きこむ形になった。

「えっと、、お金が入る仕事探してるんですけど今どんなのがありますか?」

「お待ちください」

窓口の係員は、手元の羊皮紙の束をめくりながら、

「みなさんの実力の程度にもよりますが、、」

「竜の左では割といろいろやってました。最近は、クラーケンとケルピー退治ですね」

「ほぅ、クラーケンとケルピーね」

係員は探るような目でリーナの後ろに立つ面々を見た。

「たまに自分の実力を過大評価されている方もいましてね。そういう方に力の身の丈に合わない依頼をすると、依頼失敗になってこっちも面倒なんですよ」

「私達はそういうんじゃ、、」

「あ、そうだ。シーファー。精霊術士のメダル見せたら?」

リーナを助けようとキョウキョウが口を挟む。

メダルとは、”公的に”認められた術士ということを表す証でもあり、種類によって強さを証明するという意味も兼ねていた。普通はこれを見せることで身の保証がされるのだが、、。

「持ってない」

「え」

驚いたキョウキョウが、思わずリアンの方を見るとリアンは黙って首を左右に振ったのでリアンも持ってないらしい。

もちろん、召喚に魔石を消費する上に、自在に召喚ができないため認定所に行っていないキョウキョウも、まだ持っていない。

「ど、どうするの」

「あ、そういえばこんなの貰ってた」

リーナがごそごそと荷物を漁り取り出した羊皮紙は、インアーボの町長の書き付けだった。

「ほう、拝見しましょう。ふむ、なるほど。あなたたちがクラーケンを倒したのはこれで証明されました。失礼をお許し下さい」

急に係員の腰が低くなった。

「それで、何か依頼はありますか?できたらお金が儲かりそうなので、、」

「それならこの町の依頼はどうですか?」

係員が示す羊皮紙には、ハヴェールドの町長を示すサインがされていた。

「依頼内容は、この町の北の街道の途中に、谷を向いて建つ廃城があります。そこに何やら強い魔物が住み着いたらしく、街道の結界を破ってたびたび被害がでているのです。討伐に向かった者たちも1人も戻っては来ないので、街道が使えなくなりまして、困っているのですよ」

「なるほど」

リーナはどうする?という顔で後ろのパーティメンバーを振り返った。

「ああ、ここにも書いてありますが、賞金は一人三百金貨出ますよ」

「いいんじゃねえか?それやれば当分金には困らなさそうだしよ」

シーファーの返事が軽いので、思わすキョウキョウは

「そんな軽く決めていいの?相手は正体の分からない魔物なんだよ?」

「じゃあお前だけ町で待ってろよ。こっちは無駄飯喰らいが減って願ったり叶ったりだ」

「なにをぉ?」

「ええと、それでどうされますか?」

困惑気味に係員の声が聞こえ、二人はふん、とそっぽを向く。

「やります。詳細を教えてもらえますか?」

リーナは係員に向き直ってそう言った。


その次の朝、パーティは旅立つ支度をして町の北門に集まっていた。

昨日の係員から得られた情報は、まず変化があったのは廃城に夜明かりが灯っていると、北街道を通った旅人から報告があったらしい。

そのうち斡旋所の方から調査に行かなければ、と思っていたところ、北街道を通って町に来るものがぱたりといなくなった。おかしいと思い、調査隊を何回か募って行かせたが、誰も帰って来なかったというあまり楽しくない内容だった。

そもそも、街道の結界が破られるという事自体、まれだ。

主な街道には結界魔道士たちによる結界が張られている訳だが、大きな街道ほどその結界は堅固である。

ハヴェールドクラスの町に続く街道ならかなり大きいはずだし、今までの敵とは違う気配が満々で、街道に向かう面々の顔は今までになく厳しかった。

キョウキョウは昨日何度も確認した肩掛けカバンを、再び確認するかのように上から何度か叩いた。

召喚に当分必要と思われる魔石も多めに買い、一セットは右手にブレスレットにして巻いてある。背中には結局返品に行けなかったあの槍と、足は買ったブーツに履き替え、背中にはこれまた買ったマント。

用意は万全のはずだが、何故か何度確認しても何かが足りない気がしてならなかった。

・・・危険そうな依頼だし緊張してるのかな、、皆の空気も重いし

「じゃ、行こうか」

馬車に乗って噂の廃城を目指す。

北街道は、誰も帰ってこないという噂が広まったのか、見事に人っ子一人いなかった。

「確かに結界が破れてるわ」

リアンが他の者には何も見えない空間を見回して言う。

結界魔道士の結界魔法はリアンの使う聖魔法と属性が同じなため、聖術士には結界の様子が見えるのだ。

・・・これは、酷い

リアンはあえて言わなかったが、結界の様子はまるで引き裂かれたかのようにボロボロになっていた。

・・・こんな結界の破り方をする奴なんて、、、もしかしたら”あいつ”?

リアンの氷青の目が、ある事を思い出して暗く沈んだ。

そんなリアンの様子を知ってか知らずか、ソフィアが

「はい、香茶」

他の面子には配り終わったらしい温かい飲み物を渡してきた。

「ありがとう」

「あまり堅くならないでね」

ソフィアのそんな気遣いが、パーティの面々の緊張を少しほぐしていく。

と、唐突にキョウキョウの槍にはめこまれた石が点滅を始めた。

青い石なのに、点滅する光の色は赤。その点滅はだんだんと間隔が短くなっていく。

「な、なんだ?」

馬車内の面々が慌てているのと同時に、御者台に座っていたリーナが叫び声をあげた。

「どうした?」

馬車内のメンバーは外に飛び出した。

馬車の前に立っていたのは、緋色の髪をした妖艶な美女。体にぴったりとした布をまきつけ、ところどころからまぶしいばかりの白い肌を白日に曝している。

切れ長な目も紅く、長く伸ばした爪も紅い。まるで炎がそこにあるかのように。

「あれを、、、」

リーナが指さす先、女の背後には、倒れ伏した人々と破壊された馬車の残骸らしきものが。

女は無言のまま、紅い唇をにい、とゆがめて笑っている。

馬車を降り、武器を構えるパーティを見ても動揺一つしない。

「お前があれをやったのか?」

どう見ても人間にしか見えない女に、シーファーが問いかける。

女は何事かを答えたが、その言葉は皆の知る大陸語ではない。いろいろな街を旅しているリーナにもその言語は理解できなかった。

そんな中、リアンは落胆している自分を感じていた。

・・・”あいつ”じゃなかった

しかし、その思いに浸っている場合ではない。

女はパーティを見つめている。その赤い目には楽しげな光が浮かんでいた。

「光魔法陣」

リアンは素早く印を組み、魔物を捕縛する結界呪文を唱えた。女の足下から光が魔法陣の形に吹き上がる。

女は興味深そうに自分の足元を見ただけ。

光は女を包み込むかのようにまとわりついて、魔物などの邪な存在ならばその動きを封じたはずだった。

「雷の矢!」

シーファーがこの隙にと呪文を完成させ、雷でできた矢を飛ばす。

「シーファー、あれあの人のせいかまだ分からないって」

リーナが焦って言うが、シーファーは涼しい顔で、

「威力は弱めてある。当たってもたいしたことねえ」

・・・ど、どどうしよう ノークト喚んだ方がいいのかな

悲しいことに他の面子に比べ戦闘経験が乏しいキョウキョウは、こういうときにどうすべきかが分からなかった。とりあえず槍を構えて成り行きを見守ることにした。

雷の矢は女の手前で何かに当たって消え、女はリアンの光魔法陣の中に変わらぬ様子で立っていた。

「ほう」

シーファーが驚きの声を上げる。

光の魔法陣の中で、女は紅く長い爪を何かを振り払うように動かした。

「ぐぅ」

衝撃波が発生し、とっさに顔をかばって出されたシーファーの腕を切り裂く。

「あなた、いったい何なの?」

リーナが問うが、女からの返事はない。

戦闘が、始まった。

腕の傷から血を流しながら、人一倍負けん気の強いシーファーが前に出る。

・・・これは、危ない、かも

いくら戦闘に疎くても、相手のとてつもない力だけはキョウキョウにも伝わってくる。やはりノークトを喚んでおこうと、槍を地に刺し、魔石を握りこみ、気づかれないように小声で召喚の呪文を唱え始める。

ちなみに前回、召喚が成功せず、その後のリアンの危機でノークトが出てきた事については、”召喚者=キョウキョウが必死にならないと召喚が成功しない”、"返界していないため召喚の呪文は必要でない”という推察がされていた。

が、やはり精神統一の意味も込めて召喚の呪文を唱える事にしているキョウキョウだった。

・・・今なら行けるはず

シーファーが女を牽制する中、召喚の呪文が完成する。

「現出せよ、ノークト!」

シュゥゥゥ

パキと魔石が割れる音と共に、キョウキョウの影から翼持つ黒とかげ・ノークトがゆっくりと出現する。

初めて、まともに召喚が成功したキョウキョウは、ほっと胸をなで下ろしたが、すぐに気を引き締めて女の出方をうかがった。

女はシーファーを警戒しつつ、どん、と足で光魔法陣を踏みしめると、光魔法陣は消え去った。

リアンは既に次の呪文に入っていたが、リアンの前に一瞬で移動した女が、リアンを殴り飛ばす。小柄なリアンは軽々と吹っ飛んで地面に叩きつけられた。

「リアン!」

リーナとソフィアが駆け寄る。

「へい、き、、」

リアンは血が出た唇を指で拭いながらふらりと立ち上がった。

「雷の矢!」

その隙に、シーファーが放った魔法の矢が先ほどの倍の本数で女に殺到する。もちろん、威力最大で。

しかし、女が無造作に腕を振ると、魔法の矢は何かに弾かれたように全て女の手前で落ちてしまった。

体勢を立て直したリアンがその隙に女の背後に素早く回り込み、女の背中めがけて聖魔力を込めた掌底を思い切り放った。

「ク、、、」

今まで余裕げだった女から苦痛の呻きが漏れる。

間髪入れず、リーナは追撃のチャクラムを投げ、リアンが離れたのを確認したソフィアも、何か小さな丸薬のような物を女に放ったかと思うと、女の体が一瞬で炎に包まれた。

「とっておきの火薬よ」

・・・うわ、みんな凄い

ノークトを仕掛けるタイミングを失い、立ち尽くしていたキョウキョウだったが、炎の中から一直線に何かが向かってきた、と感じた時には首に腕が巻き付いた後だった。

炎にやられてぼろぼろになった布をまとった女は、キョウキョウの喉を一気に締め上げる。

「キョウキョウっ!」

「ぐ、、ぐ、、」

首は折れそうなほど締められ、みしみしと嫌な音がしている。

窒息で死ぬか、首を折られて死ぬかの二択しかないかのように思われたこの場面で、ノークトが動いた。

ノークトはキョウキョウの首を絞めている女の腕に噛みついた。ノークトが持つ溶解の力で女の腕はどろり、と溶け、キョウキョウは解放されて地面に座り込み、激しくせき込んだ。

グルルルル

今まで聞いた事のない声で鳴きながら、ノークトはキョウキョウと女の間に立ちふさがった。

女は動揺を隠しきれず、溶け落ちかけた片腕をかばいながらノークトと対峙した。

「離れて」

後ろをノークトに任せ、その声の方向に必死で移動するキョウキョウ。

ソフィアが素早く何かの膏薬をキョウキョウの首に塗ってくれたことで、ようやく喉が潰れるような痛みから少し解放された。

「・・」

女は何事か告げると、とん、と地面を蹴った。そうして、空中に消えていった。

「はあぁぁぁぁ」

全員が思わずため息をついた。

「あんなのが相手なら三百でも足りないかも」

「し、死ぬかと思った」

「だよねえ、、というかあの人は何なの」

「魔物、、、とは違うみたいだけれど、リアンの聖魔法が効いてたから人間じゃないはずよね」

この世界の常識として、人型の魔物は獣人のような異形のもの以外存在していないはずだった。

「何て呼ぶのかは知らないけど、私はあれと同じようなのを知ってる」

リアンがぽつりと言うので、他の面々はリアンに注目したが、リアンはそれ以上は何も言わず、考え事をしているようだった。

シーファーも何か思うことがあったらしく、黙っている。

「とりあえず、傷の手当てをしたらここを離れましょう。またあいつが来るとも限らないし」

「そうだね」

シーファーとリアン、キョウキョウの傷は幸いそれほど深くなく、ソフィアがてきぱきと処置を済ませてくれた。

倒されていた馬車や死体を見分すると、どの死体も鋭い刃物で切り刻まれたようになっていたため、先ほどの女がやったことに間違いは無さそうだった。

彼らの冥福を祈る以外何もできず、また、まかり間違えば自分たちの運命もこうだったと、一行は立ち尽くす。

しばらくの沈黙の後、

「そういえば、あの人がやってくる前、キョウキョウの槍光ってたね。あれは何だったのかしら?」

ソフィアが疑問を口にするも、肝心のキョウキョウも、

「うーん、、何だろ」

と戸惑い気味。

「でも、それがあればとりあえずあいつが近い時は分かるぽいから便利かも?」

「うんー、でも本当に近くに来ないと分からないみたいだから、逃げる時には使えないけどね、、」

皆が再び黙り込む。

沈黙を破ったのはシーファー。

「そうだ、キョウキョウ、てめえ、戦いの最中にぼさっとするんじゃねえ。今度敵に捕まったら見捨てるからな」

「誰もあんたに助けてくれなんて言ってないし。第一、あれが逃げたのもノークトがいたからじゃないか」

「はいはい、そこまで」

リーナが仲裁に入って、再び一行は黙り込む。

「あの人、また会うことになる気がする」

今度沈黙を破ったのはソフィア。

「また来たら勝てる、、のかしら?」

「正直三百じゃきついから町に戻って依頼破棄する?」

リーナの言葉にうんうんとうなずいたのはソフィアとキョウキョウ。

「命あっての物種っていうしね、、」

「何事も無く戻れればいいけれど」

リアンの不安は、この後ほどなく現実としてPTにふりかかってきた。

町に向かって街道を戻り始めたところで、リアンが真っ先に”それ”に気づいた。

「何だか結界が変」

結界を見ることができない他のメンバーは、リアンに注目した。

「結界がねじれて出られなくなってる」

一見すると何もない空間。その向こうには何事も無かったかのような街道が続いているのに、一行が先に進もうとすると透明な膜のようなものに阻まれて進むことができない。

調べると、依頼の城の方角へ行く街道だけは閉ざされていないことが分かった。

「行くしかないって事ね、、」

リーナはため息をついたが、それは他のメンバーの気持ちも同じ。

「結界までいじるとかあいつ本当に何なんだ」

シーファーがイラついた声でつぶやくが、それに答える者はいなかった。

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