その聖術士、訳ありにつき
「何考えてるのよ、あの馬鹿姉」
リウ=ディヌルヴは怒っていた。
それもそのはず、姉にわざわざ試験の斡旋をしたのに姉・キョウキョウは魔力不足という結果に終わったらしく、知られたくもない身内の恥を晒してしまった。しかも、その後久々に実家に戻ってみれば、姉はそのまま戻っていないという。
「まったく、どこ行ったんだか」
召喚の里とはいえ田舎のネブルーボにほぼ篭っていたキョウキョウと違い、リウは国付き召喚士見習いとしていろいろなものを見、世界の事を知っている。
能力のない者がおいそれと旅ができるような時代では無いということも。
「、、、どっかでのたれ死んでなきゃいいけれど」
不出来な姉とはいえ、一応自分の身内だ。呆れと怒りと少しの心配が混じった声は誰にも聞かれる事なく、空虚に消えていった。
カモメの鳴き声に空を振り仰ぐと、そこには吸い込まれそうな青が、その下の海と切れ間なく繋がっていた。
「釣れたぁ!」
妹リウの気持ちなど知らず、甲板で釣りを楽しむキョウキョウ。つい最近に召喚を成功させたばかりの駆け出し召喚士。
釣れた魚を手早く処理しているのは、料理人であり、薬師でもあるソフィア。
甲板の後ろでは歌手のリーナが発声練習中。
どこでも黒ずくめを貫く精霊術士・シーファーは暑さを嫌って船室に引っ込んでおり、まるで対比のように白ずくめの聖術士・リアンは舳先の方で海をじっと眺めていた。
いまのところ、平和に航海は進んでいる。
「竜の右大陸まであとどれくらいだろ?」
「順調に行って三日か四日か」
「ふぅん」
ソフィアは処理した魚を調理すべく、船室の方へ戻っていった。
一人になったキョウキョウは何となく自分の影に目をやる。
そこには先日ようやっと喚んだキョウキョウの召喚獣-黒いトカゲにコウモリの羽が生えたような生き物-が潜んでいるはずだった。
どうやら表に出していない間はキョウキョウの魔力や体力の消耗は最小限に抑えられるらしく、今のところ普通に生活する分には困らない。
が、ずっとこのままというわけにもいかないので、早急に返界を成功させる必要があった。
しかし、キョウキョウには返界させたらもう一度喚べるのかという不安もある。召喚できた時に魔石は砕け散ってしまったし、インアーボで慌てて買った新しい魔石を着けてはいるものの、それで自分の魔力がどの程度増えるのかは全く実感として分からない。
・・・私って本当に才能無いなあ、、、
凹みそうになって、慌てて他の事を考える。
何とか一行に仲間にしてもらって成り行きで海に出たが、これから先どうするのかはキョウキョウだけ決まっていない。皆の目的も、聞く機会がなくてそのままだ。
・・・事情があるなら聞かない方がいいのかな、、
変に皆を怒らせて一行に置き去りにされたら、生きていけない。
たった一人で知らない場所で生き抜いていけるほど、自分が世慣れていないのは分かっている。
・・・それでも、気になるっ!
勢い良く仕掛けを海に投げ込んで、キョウキョウは暫し釣りに意識を集中させた。
昼を過ぎ午後の日差しが相変わらず船の上を照らしていた頃。
ドウゥン
急に船が大きく揺れた。
「ん、クジラにでも当たったか?」
「船長!あれを!」
海上を、水でできた馬が疾走っていた。
「ケルピーか。おい、船室行ってあいつらを呼んでこい!」
「がってん」
程なくして楽団の一行が操舵室に顔を出す。
「呼びました?」
ひょこっと操舵室の扉から顔を出すリーナ。
「おう、来たか。今この船にケルピーが攻撃してきてるからちゃちゃっと片付けてくれ」
アルゴルは簡単だろう?と言わんばかりだ。
「ケルピーって水魔の?」
今度はキョウキョウ。
「お前、田舎者のくせに何でそんなに魔物に詳しいんだよ」
シーファーはいつも通りの毒舌。
「田舎だから本読むくらいしか娯楽が無かったの!」
水魔ケルピー。馬の形をした海の魔物であり、水上を走り、背に乗ったものを連れ去るという。
甲板に出てみると、ケルピーは体当りして船を追い越した後、くるりと方向を変え再び船に攻撃を加えようと走って来ている。
その姿は”水でできた大きな馬”。たてがみは風に吹かれ飛沫となってキラキラと輝いている。
ケルピーが音もなく海面を走っているのは、幻想的ですらあった。
「見とれてないで働けよ、このヘボ召喚士」
「う、うるさいなあ。やればいいんでしょ」
キョウキョウはシーファーの言葉を振り払うように、力ある言葉を出来る限りの早さで詠唱する。
「我が魂の求めし獣よ、我が声を聞き給え。現出せよ、現出せよ、現出せよ、現出せよ」
どんどん近づくケルピー。しかし、足下の影は何の変化もない。
「あれ、、なんで??もう一度っ。我が魂の求めし獣よ、我が声を聞き給え。現出せよ、現出せよ、現出せよ、現出せよっ!!」
力ある言葉はあの時と同じ。しかし、影は何の反応も見せなかった。まるで、何もそこには居ない、という風に。装備した魔石も砕けない。
「邪魔だ、どけ」
シーファーが呆然とするキョウキョウを押しのけて前に出る。
「基本的に俺は雷属性の精霊術が得意だから、水の相手とは相性がいいのさ」
そんな台詞の後には、素早く呪文を詠唱し、こちらに向かって走ってくるケルピーを待ち構えるシーファー。
「弾けろ」
手のひらに創りだした雷球を、走り来るケルピーに向かって力いっぱい押し出す。
バチバチバチッ
激しい音がして、雷球がケルピーの体に飲み込まれていく。
すぐその後、ビシャビシャ、、とケルピーの姿は崩れてただの水に変じ海に還っていった。
「残念、、水でできてるなら食べられないわねえ」
おっとりとしたソフィアの声に苦笑いを浮かべる面々の後ろで、キョウキョウは茫然自失していた。
「おいおい、召喚獣が喚べない召喚士なんて聞いたことないぞ。とっとと荷物をまとめておくんだな」
シーファーの声が追い打ちをかける。
リーナの気遣わしげな目を背中に感じながら、キョウキョウはよろよろと船室に入っていった。
船室のできるだけ隅っこで、キョウキョウはへたりこむ。
何故に喚べないのか、全く分からない。
初めて召喚を成功させた日はとにかく必死で、何をどうしたのかいまひとつ記憶に無い。
でも、確かに召喚できた。それだけは真実だ。
・・・何がいけない、何が足りない
そんな言葉だけがぐるぐると頭をめぐる。
だから船室に静かにリアンが入ってきた事にすら気づいていなかった。
「ねえ」
リアンが目の前にしゃがみこんでキョウキョウの顔を覗きこんできたので、キョウキョウは驚いて固まった。
「魔力が巡る回路はできていると思う。後は魔力の流し方」
「魔力の流し方、、?」
「そう、水が流れるみたいに。何度も何度もイメージするの」
リアンはそれだけ言うと、来た時と同じように音もなく船室を出て行った。
・・・教えてくれたんだ、、
リアンは無口で、一行の中でも人に構うイメージではなかったので、キョウキョウは意外さを感じていた。
・・・実はいい人なのかも
キョウキョウは自分の頬をパシパシと叩いて気合を入れ直す。やらなければ。
教えて貰った言葉を元に、キョウキョウは目を閉じてイメージトレーニングを始めるのだった。
シーファーはぶらぶらと甲板を歩いていた。
・・・少し言い過ぎたか?
だが謝らない。この世界で力が無いということは死ぬということと等しい。
少なくとも、シーファーが生きてきた世界ではそうだった。
キョウキョウの目の中に時折浮かぶ甘えの光が、嫌いだ。
だから余計に彼女には辛く当たってしまう。
・・・まあ力も目的もない奴が一緒に行くのはどだい無理ということだな
キョウキョウが入っていったのとは別の船室に、シーファーも戻っていった。
その夜半。
船は七色の霧に包まれた。
「何なの、これ?」
視界の効かない中、食事も摂らないで船室に篭っているキョウキョウを除くメンバーで操舵室に押しかける。
「陸のやつは知らないか。シンだよ」
事も無げにアルゴルは言う。
「何だよ、それ」
「あー、つまりだ。海の中にでかい貝がいてそいつが気を吐く。と、こうなる」
「倒せばいいのか?」
「何でも力任せはいけねえな。ほっとけば時間で晴れる。それまで船が何かにぶつからないように操舵するのが、俺らの仕事よ」
「じゃあ頑張って下さい」
一行はぞろぞろと操舵室を後にした。
そのまま甲板から、七色に輝く霧を眺める。
「不思議な光景よね」
ソフィアが手を伸ばして霧に触れる。色はともかく成分は普通の霧と何も変わることがないようで、ソフィアの手が少し湿っただけだった。
「キョウキョウさん大丈夫なのかな?」
リーナが船室の方を気にすると、
「一人で考える時間も大切」
リアンが答える。
「シーファーはキョウキョウさんに厳しすぎ。皆仲良くしようよ」
リーナの言葉をふん、と鼻で笑うシーファー。
「あんな役立たずかばってどうすんだ」
「でも、一回できたんだからできる可能性はあるでしょ。フリーの召喚士なんて貴重なんだし、それに」
一旦言葉を切ったリーナは、意地悪そうに笑う。
「あのトカゲいたらこの先楽になる場面、ありそうじゃない?」
「相変わらずの現実主義で安心した」
シーファーもにやりと底意地の悪い笑みを返す。
PTを組むということは、同情や優しさだけではやってはいけないのだ。
そうして、夜は過ぎていった。
ハアッハアッハアッ
息が苦しい。
瓦礫の中に、リアンはただ一人で座り込んでいる。
何かが燃えるパチパチという音と、崩れる瓦礫の音。それ以外には何も聞こえない。
凄まじい罪悪感が押し寄せてくる。
これを招いたのは自分だと。
しかし、それを責めてくれる人は誰も居ないのだ。
ハアッハアッハアッ
吸い込んでも吸い込んでも、体が空気を受け付けていないようで、息が楽にならない。
苦しい、苦しい
そうして意識が朦朧と、、、
「っ、、、」
リアンは覚醒した。その額には冷や汗がびっしりと浮いている。
「大丈夫?ハーブティー淹れるね」
横で眠っていたはずのソフィアが、リアンを見ながら身を起こしたところだった。
「ごめん」
小さく言うと、いいのよ、というように小さく頷いてくれた。
リアンがうなされるのは何も今始まったことではない。
うなされて目覚めるたびに、この薬師は何も聞かず特製のハーブティーを淹れてくれた。
「もうすぐ夜明けのはずなんだけど、まだ暗いということは霧晴れてないのかしらね」
そう言いながらソフィアが蜂蜜入りの温かいハーブティーを渡してくれた。
こく、と少し飲み込むとやさしい甘みと香りが体を包み込んでくれる。
「ありがとう」
「いえいえ」
ソフィアは船室の窓を開けた。そこには寝る前に見た七色の霧が相変わらず立ち込めていた。
「うーん?」
ソフィアが胸のポケットから懐中時計を取り出して時間を確認し、首をひねる。
「シンってこんなに長いのかしら」
「わからない」
いつもの落ち着きを取り戻したリアンも窓に近寄る。
と、ぞくり、と背中に冷たいものが流れた。
「何か、来る」
聖術士としてのリアンの感覚が、邪悪な存在を感知していた。
ソフィアが同じ船室で思い思いに眠っていた他のメンバーを起こす。
「ついてないな。あれは、やばい」
操舵室に駆け込むと、船員たちは浮足立ち、アルゴルは渋い顔をして唸っていた。
操舵室の前方に見えるのは、ぼろぼろの帆をかけた一隻の船。霧をかき分けこちらに近づいてくる。
「幽霊船だ」
よく見ると、人魂のような光がちらちらと幽霊船の周りを囲み、その甲板に、骨でできた船員のなれの果てたちが手に手に古ぼけた、しかし人を殺傷するには十分な武器を持って集っているのが見えた。
「さすがにあれ全部は引き受けるのは無理です。船員さん達にも戦って貰わないと」
リーナが言うと、アルゴルは頷き、
「野郎ども、戦闘準備開始!」
号令をかけた。おお、と答えた船員たちは手に手に獲物を用意している。アルゴルも大ぶりのサーベルを腰から引き抜いた。
楽団一行は、甲板に出た。
「お前は船室に残ってろ!」
強い調子でシーファーがキョウキョウに言う。
「で、でも」
「足手まといなんだよ!」
ぐ、、とキョウキョウは黙り、船室に戻っていった。
「さあて、久々に暴れるとするか」
「いつも暴れてるのにねえ」
シーファーの言葉にソフィアがおっとりと返し、殺気立った場の雰囲気が中和されかけたが、先方はそんな空気を読んでくれるわけもなかった。
「ぶつかる!」
リーナが叫んでマストにしがみついた。
ズズ、、、ン
幽霊船はその先端をこちらの船の先端にぶつけ、そこから骨の船員たちを送り込んできた。
あっという間に、甲板は戦場と化した。
窓からその様子を眺めるしかないキョウキョウは、必死に何かできる事を考えるも、武器一つ持っていない自分に何ができるはずもなく。
・・・召喚、、召喚できれば
気持ちが焦る。
「我が魂の求めし獣よ、我が声を聞き給え。現出せよ、現出せよ、現出せよ!」
必死に唱えるも、影はうんともすんともいわない。
「なんで、なんでなのよう。こんな時に何もできなくて何のためにここまできたのよ」
あまりの自分の不甲斐なさに涙が滲む。
外はいっそう騒がしくなり、怒号や武器の触れ合う音、呪文らしき爆発音が聞こえてくる。
気になってまた窓に近寄ると、どん、と窓下の壁に衝撃が。窓から覗くと、上着を血で染めた船員が、ずるずると壁に身を任せているところだった。
「だっ、大丈夫ですか」
船員は答えず、浅く短い息を吐いている。
「そ、そうだ、リアンさんに回復してもらえば、、」
キョウキョウは船室を飛び出すと、怪我を負った船員に肩を貸してリアンがいるであろう方向に向かった。
程なく、混戦から少し離れた所に立っているリアンを発見した。
「リアンさん、早く回復を」
聖術士は光の攻撃魔法も使えるが、本来”癒しの御手”とも呼ばれる回復の専門家。怪我を治す事などお手のもののはずだ。
ところがリアンは立ち尽くしたまま。いつも感情を押し隠した氷青の目の中に、珍しく動揺のさざ波がある。
「私、、は」
リアンの様子は明らかにおかしかった。怪我人から距離をとるように、後ずさりをし始めた。
「私がやるわ」
二人に気づいて混戦を抜けてきたソフィアが、代わりに怪我人の様子を診る。いつものことのように、自然に。
ソフィアは手早く怪我人を止血すると、小さな丸い粒を怪我人に飲ませ、
「これで大丈夫。船室の方に連れていってあげて」
キョウキョウに再び怪我人を委ねた。
リアンは離れて立ち尽くしている。その背後に剣を持った骸骨が忍び寄り、リアンの背中に切りつけようとした。
「リアンさん、危ないっ!!」
キョウキョウが届くはずのない手を伸ばした。
その時、腕にはめた魔石のブレスレットがはじけ飛んだ。
げあああああああぁぁ
大きく鳴きながらキョウキョウの影から出現した黒いトカゲは、見た目に反して凄いスピードで空を掻くと、リアンに斬りかかった骸骨の頭上から襲いかかった。骸骨はバランスを崩して倒れ、リアンははっと気づいたように骸骨から距離をとった。
「骸骨たちを倒してっ!」
トカゲに命じると、トカゲは空を飛んで混戦の中に突っ込むと、骸骨たちを手当たり次第尻尾で跳ね飛ばした。
バランスを崩して甲板に叩きつけられた骸骨たちは、シーファーの魔法、リーナのチャクラム、ソフィアの薬草切り、船員たちの武器で次々と砕かれ動かなくなっていく。
リアンもさっきの動揺が嘘のように、骸骨に向かって複雑な印を組む。一瞬後に、骸骨の真下に光の魔法陣が敷かれ、上にいた骸骨たちを跡形なく消し去っていった。
甲板に白い骨が散らばり、だいたいの骸骨は片付いたように見えた頃、散らばった骨たちに変化が現れた。
カタカタと振動しながら一箇所にまとまりだしたのだ。
砕かれた骨たちはあっという間に甲板の真ん中で不気味なオブジェと化したかと思うと、固まって一つの大きな上半身だけの骸骨に変化した。
「まーた面倒くさそうなのに、、」
シーファーのぼやきに、
「でも、倒す」
リアンが静かな闘志をもって応える。
「大きめの魔法行くから、少し時間を稼いで欲しい」
「了解!」
リアンを除く四人が元気よく声をあげる。
大骸骨の巨大な腕がこちらに向く。
大きいだけあって動きは鈍いらしく、戦いに慣れていないキョウキョウも無事に避けることができた。
「あいつの注意を引きつけて!」
キョウキョウの声に、トカゲはばさばさと飛翔して大骸骨の頭上に至り、そこから急降下して体当たりをした。
勢いをつけたその攻撃に、大骸骨の骨のいくつかが砕けて落ちてくる。
トカゲをつかもうと大骸骨の両手が伸びる。トカゲは余裕で回避して、代わりに大骸骨の片腕に噛み付いた。
おおおおおおおおぉぉぉ
そのとたん、大骸骨が咆哮し、もう片方の腕でトカゲを払い落とす。
トカゲは甲板に叩きつけられる瞬間に方向転換し、大骸骨と距離をとって対峙した。
「溶けてる、、」
ソフィアが指摘したように、大骸骨のトカゲに噛み付かれた部分がどろどろと溶けて甲板に垂れていた。
「毒じゃないの、、?」
だがそれを確認する暇はなく、鈍いながら次々と繰り出される攻撃に、船員の何人かがふっとばされ、パーティの面々もリアンの方に来た攻撃を弾きながら動きまわるしかなかった。
「まだか、リアン!」
シーファーが雷の網で骸骨の攻撃を弾き返しながら叫んだ。
返事の代わりに、リアンは完成させた呪文を高らかに宣言した。
「大聖堂!」
大骸骨の下の甲板に美しい魔法陣が描かれ、そこから出た光がドームのように立ち上がり、大骸骨を包み込む。
音も無く、光に触れた大骸骨がだんだんと消滅していくのを、甲板にいた者たちが見つめていた。
光が消えると同時に大骸骨も跡形もなく消え去っていた。
リアンはそれを見届けるとがくり、と膝をついた。
「だ、大丈夫?」
キョウキョウの心配に、
「大丈夫、少し疲れただけ、、それよりあなたのトカゲはなに」
「え?」
黒トカゲはキョウキョウの影の上に戻って我関せず、という風だ。
「そうそう、私も疑問だったんだけど、闇属性で肉を持たない魔物なのに、何でそのトカゲの攻撃が効くの?もしかして、毒だと思ってたけど、違うの?」
ソフィアが問いかける。
「分からない、、」
召喚者の一番近くにいるはずの召喚獣が、何か得体の知れないモノに見えてしまい、キョウキョウは頭を振ってその感じを否定する。
・・・これが何だろうと、私はこれと共にいかなければならないんだ、、私の召喚獣はこれだから
そんな事を考えていると、じわじわと体に疲労がわきあがってくる。今回はかなりの時間喚び出していたから、疲労もその分重い。
「っはあ」
キョウキョウはよろ、、と船室の壁により掛かる。トカゲは真っ赤な目でそんなキョウキョウをじっと見ている。
「お前にも名前がいるね、、、」
だるい体を何とか支えつつ、トカゲに話しかける。
「真っ黒いから、夜は、どうだろ?」
ゲア、と赤い口の中を見せて返事をしたのを見ると気に入ったのだろう。
「ノークト、私の相棒。これからもよろしくね」
今度は返事が無かった。ノークトはにぃっと口をゆがませている。まるで、笑っているかのように。
やがて、フ、、とその姿はキョウキョウの影に消えた。
わずかに楽になったものの、重い体を背中だけで支えきれずずるずると甲板に座り込む。
いつの間にか霧が晴れて、地平線が見えていた。
キョウキョウはゆっくりと目を閉じた。
キョウキョウの目が覚めたのは夕方。
美しい夕焼けが海を照らしていた。
まだだらっとしていたくて、座り込んだままの姿勢で夕焼けを見ていた。
ふと気配を感じて顔を横に向けると、そこにはリアンが立っていた。
「助けてくれてありがと」
「いやいや、、そんな大層な事は、、、」
そのまま少し沈黙。
「私、訳があって回復魔法が使えないの」
いきなりの告白に、キョウキョウはまじまじとリアンの顔を見る。
その表情は何故か苦しそうに見えた。
「だから、聖術士なんてものじゃない、ただの祓師」
「でも、リアンさん、すごかったよ。あんな大きな骸骨消しちゃうし」
「あれくらいはできないとね」
リアンは小さく自嘲するような笑みを浮かべた。
その表情のわけが分からず、キョウキョウはリアンの言葉を待つが、リアンが説明してくれることは無かった。
ニ人はそのまま無言で沈んでいく夕日を眺め続けた。
それから三日の後、一行は竜の右大陸の港町・ハヴェールドへ到着した。
「また機会があれば乗ってくれ。あんたたちだったら大歓迎だ」
アルゴルは上機嫌で一行を見送ってくれた。
船を降りて港から街への入り口に向かう途中。
「キョウキョウ、おまえ」
シーファーが腕組みしながら言う。
「自分の身くらい自分で守れるようになれ。毎回あの物騒なトカゲ出されたんじゃたまらんからな」
傍らのリーナがうんうんとうなずく。
「とりあえず、武器買わなくちゃね。何かやれそうなのはある、、?」
うーん、、とうなったキョウキョウ。
「武器、、、くわとかそういうのは扱い慣れてるんだけどなぁ、、」
「さすがにくわが武器というのは無理があると思う、、。そうねえ、似てないけど、長ものという意味で槍なんかどう?」
「槍かぁ、、やってみる!」
「そうと決まったら買出し買出し!」
「わわ、引っ張らないでよリーナさん」
「リーナ、でいいよ、キョウキョウ」
「え、、それって」
リーナは振り返ってうなずく。シーファー以外のメンバーも、うなずきを返してくれた。
ただこれだけの事なのに、キョウキョウの胸はいっぱいになった。思わずうつむいて、嬉しいやら照れくさいやらで変な表情になった顔を隠すので精一杯だった。
「行こ!」
引っ張られるままに、キョウキョウは走りだす。仲間たちと一緒に。
そんなキョウキョウの足下には濃い影が連れ添っていた。