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混乱も仕方ないと思います

 銃声の余韻はまだ消えるには早く、今も石作りの壁を飛び回っていた。排莢口から蹴り出された空薬莢が3,4回床を跳ねてから、金属質の軽い音を立てて転がった。戦国時代の火縄銃は黒色火薬を使っていたため一発一発撃つたびに盛大な硝煙を吐して視界の確保に影響を及ぼしていたらしいが、無煙火薬を使う現代の銃はその硝煙の量はきわめてささやかで、目で見る限りではもうすでに分からなくなっていた。ただ、匂いは別で、花火の後の焦げた匂いの、エグみをやや増したような匂いが存在感を主張していた。

 銃口の先、10メートルほどのところに男がいた。薄茶色のローブをまとった男だ。地味な色合いのローブをまとっただけの姿だが、袖口や裾に金色の刺繍が施されているので貧相な感じは受けない。その人物は苦悶の表情をうかべて両手で腹を押さえており、そして両膝から崩れてそのまま前のめりに顔面から床に倒れ落ちた。湿ったような重い音がやけに大きく室内に響いた。苦しげに呻くか細い声があり、きわめてゆっくりと、緩慢に動いていることから命はあるようだが、もう敵対的な行動を取ることはできないだろう。

 訓練はウソをつかない、とか、血を出したくなければ汗を出せ、と言う言葉があるが、真実だと思う。また、「心手期せずして」という言葉もある。これは、元々は孫子の兵法に語られていた語句らしいが、訓練のマニュアルにも使われている言葉で、「 いかなる状況にあっても心手期せずして・・・」と、どんな精神状態に陥っていようとも半ば自動的に各種行動ができるまで訓練を積み重ねろ、という意味で使われていいる。そして、私の体も、積み重ねた訓練はウソをつかなかった。頭は混乱の極みにあり、現状はまるで理解できおらず、そもそも何をすべきなのかも分かっていなかったが、そんなアタマのことは放っておいて、カラダは勝手に、いつもの練習の通り動いていた。

 まず、目標の周囲の確認。銃は構えたままだ。崩れ落ちた男に変化はなく、起き上がるような気配はない。つまり、脅威ではない。目標沈黙ターゲットダウン

 次に大きく息を吐いて深呼吸。これは、精神的な視野の確保のため。そして、銃を少し下げて物理的な視界の確保。照準器越しだと、視野はきわめて狭い。

 最後に、周囲の確認。これは、大げさな位に首を大きく回すのがポイントだ。真後ろまで見るぐらいの勢いでちょうどいい。

 そしたら、右真横に「脅威」がいた。距離は5メートル、至近距離。金属鎧を着込み、面頬のついた兜を被っている。両手に槍を構えてこっちに突っ込んでくるのが大問題。面頬で表情は見えないが、雄たけびを上げている。腰だめに構えた槍の穂先が鋭そうに光る。視点が釘付けになりそうになる。

 ヤバい、このままでは串刺しにされる。

 慌てすぎて、私の脳味噌は何にも動いていない。頭の中身が無駄にぐるんぐるん回っているが、まったくもって、役に立っていない。しかしながら、そんな焦りに焦った自分を冷ややかに見つめる自分もいて、その冷ややかな自分がカラダを動かしていた。

 いつもの通りに方向変換して、いつもの通りに銃を構えていつもの通りに引き金を2回引いた。

 肩に2回、衝撃がきた。それでもやっぱり、頭は全然機能していない。膜が貼られたかのように薄ぼんやりとしているが、その膜の中で脳味噌が無駄に横回転している感じだ。なぜか、発砲した反動が肩にガツっガツっ、と2回伝わってから、今更のように耳に銃声が聞こえた。1発目の銃声はなぜだか聞こえなかった。

 ほとんど目の前に迫っていた金属鎧の胸の真ん中付近と喉もとのやや左よりの位置にそれぞれ小さな穴が開いたのがわかった。槍を持った鎧姿の人物は大きな石に思い切り蹴躓いたようにして大袈裟に倒れ、そして受身を取るなく、顔をかばうことも無く床にうつぶせになった。また、ついさっき聞いたような湿っていて重い音がした。この音にどこか聞き覚えがあると思ったが、3年前に目撃した事故~窓掃除をしていた後輩が2階から落ちた~に良く似ているような気がした。

 私の頭は未だに混乱のダンスをしつこく踊っていて、とてもではないが、平常の状態とは程遠かった。でも、「冷ややかな目で私を見つめる、もう一人の自分」は驚くほど淡々といつも通りの動作をカラダに命じ、目標とその周囲の確認、深呼吸、大袈裟なほどの首を回した周囲の確認を、あきれるほど無感情に実行させていた。

 私の目玉は、私の10メートルほど先の真後ろに人影があるのを捉えた。その人物は、先ほど槍を構えて突っ込んできた人物と同じような、面頬のついた鎧姿であったが、槍は持っておらず、そして慌てに慌てて混乱の極みにあるのか、腰の剣を引き抜こうとして引き抜けずにじたばたしていた。

 そのあんまりな、どちらかと言うとコミカルなその動作を見て、逆に私のアタマは冷静さを少し取り戻したのを感じた。

 人の振り見て我が振り直せ、五十歩百歩、ではないが、他人の無様な姿を眺めて同じように無様な自分を棚にあげてしまうことは、人間として良くある事だと信じたい。剣を振り回されても困るので、私は小銃をもう一度構えた、

 足は肩幅、やや前傾姿勢。左手で弾倉受けレシーバーの根元を保持し、右手は握把グリップを真っすぐ、肩がやや痛いぐらいに引き付ける。頬付けをして、右目で照準器補助具ダットサイトを覗く。左目は、閉じない。ただの動かない標的を目標にするなら左目を閉じて、右目の照準に全力を注いだ方がいいかもしれないが、戦場なら両目は開くべきだ。片目を閉じれば、視野は半分になる。視野が半分になれば、敵を見つける確率も半分になる。敵を見つける確立が半分になれば、こちらが撃たれる可能性が倍になる。

 小銃射撃の一連の動作は、とりあえずタマを出すだけなら何も考えずに引き金を引くだけでいいが、それを目標に命中させようとなるといくつものチェック事項を実行しなければならない。姿勢もそうだし、左手と右手で銃を肩に押し付ける力にバラつきや偏りがあってもいけないし、銃床ストックに頬付けする位置や強さにブレがあっても良くないし、照準器を覗く目付けの位置や角度がいつもと違ってもいけない。

 今の私の構えは、射撃場で点検射撃をするような理想的な射撃姿勢とは、紙でもベニヤ板でもない目標を初めて射撃するという若干の精神的動揺からくる多少の違いがあったが、たった10メートル先の人間の大きさの標的に銃弾を命中させるには十分なものであった。私の手の中にあるこの小銃は、基本射場でストレス無しに撃てるなら、基礎的な教育を終えただけの「ヒヨコ」でも300メートル先の人間の上半身に2発打てば1発は当たるだけの性能を持っているし、射撃検定准特級の私なら、5発中のうち3発から4発は命中する。つまり、10メートル先の人間なら、外す方が難しい。

 ダットサイトの、赤く光る輝点を胸の中央に据える。剣を抜くのに必死な人物は、ようやく剣を抜けたようだが、私が小銃を指向しているのに気づいて硬直した。

 ダブルタップ、という言葉がある。2回叩く、という意味だが、目標を確実に無力化させるために二発撃ち込むという意味で私たちは使っている。私は、紙の標的に撃ち込むぐらいの気軽さで引き金を2回引いた。肩に伝わる衝撃が2回、鼓膜に伝わる衝撃じみた銃声が2回して、照準器の中の人物の胸の左と右にに2個の小さな穴があいて、そして彼は糸の切れた人形のように静かになった。

 銃弾が人体に作る傷~これを銃創という~は、ほんの小さなタマがもたらすにしては思いのほか深刻なダメージを与える。訓練マニュアルには、こう記されている。

「命中した銃弾は貫通効果のほか、身体内の筋肉や骨などの作用を受けて複雑な運動を行い、人体組織を破壊する」

 もっとも、これだけではどのような作用を銃弾が人体に及ぼすのか説明し切れていない、だが話を進めるその前に、銃弾の構造について概略を理解する必要がある。

 銃弾は、大きく三つの構造からなっている。外側から、銃弾を包みこむ「弾殻」。その内側に銃弾の主体をなす「弾体」。さらに内側の中心部にある「弾芯」だ。キャップをつけた鉛筆を思い浮かべるとイメージがつきやすいかもしれない。キャップが弾殻、木の部分が弾体、鉛筆の芯が弾芯に相当する。

 弾殻は、薄い銅でできている。鶏卵の殻のように薄いが、「メッキ」とはいえないぐらいの厚さはある。役割は、銃弾そのものと、銃身の保護。「鉛玉」とも呼ばれるように、鉄砲の弾丸は鉛が主体であるが、昔の火縄銃のように鉛だけで銃弾を作ると柔らか過ぎて銃身内部で銃弾自体が削れてカスが銃身内部に付着したり、銃弾自体も変形したりしてしまう。これを防ぐために、鉄よりも柔らかく、鉛よりは硬い銅で弾丸を包み込んでいるのが、この部分である。

 弾体は、文字通り弾丸の主体部となる。ただ、昔の銃弾のように純粋な鉛で作ると柔らかすぎて変形しやすいので、現代の鉄砲、特に軍用小銃で使われる銃弾は硬銅、つまり、鉛とアンチモンの合金で出来ている。ちなみに、今も昔も銃弾に鉛が多く使われている理由は、鉛が重く、安価で、柔らかくて融点も低いので加工が極めて容易であることが理由である。

 弾芯は、大抵は鋼を主体としてクロームやニッケル、モリブデンなどを加えた極めて硬い合金でできている。銃弾は鉛が主体ではあるが、柔らかいので硬い目標にあたると砕けてしまって貫通しない。そこで、硬い芯を入れることによって貫通力を与えている。

 このようにして出来ている銃弾が人体に命中すると、硬度も密度もまるで違う構造でできているため、体内でやや不思議な挙動を起こす。

 人間の体は、骨を除けば基本的には柔らかいが、相当の高速で飛来する銃弾にとっては大分様相が変わってくる。ところで、あなたはプールに飛び込むとき、アタマから飛び込まず、水面に腹を叩かれるように横になって着水して思いのほか強い衝撃を受けたことはないだろうか? それと同じ原理で、しかも相当の高速で飛来する弾丸は、人間の肉のように柔らかい物体に命中したとしてもかなりの衝撃を受ける。一例を挙げると、アメリカ軍の採用するM16ライフルは、毎秒925メートル、マッハにすると2.7の速度で弾丸を撃ちだす。この弾丸は空気抵抗や重力の作用を受けて減速していくが、目標までの距離が250mぐらいだと毎秒700m、マッハ2.1ぐらいの速度で命中する。この速度は、弾丸が当たった衝撃で弾丸そのものを破壊するのに十分な威力で、つまりは人体の内部で弾丸は砕けてバラバラになる。特に、一番外側で弾丸を包む弾殻はまともに人体組織の抵抗を受けるので砕けちぎれて小さな破片となる。しかし、細かく砕かれた破片も、その一つ一つがマッハ2.1という音速の2倍以上の速度を保っているので、結果として破片となったその一つ一つが人体を切り裂きながらめり込んでいくことになる。弾体も人体内部で砕けるが、弾殻よりは柔軟なので細かく千切れることはなく、いくつかに分裂したり、人体内で大きく変形しながら体組織をえぐり取っていって、場合によっては体内に残留したり反対側に突き抜けてどこかに行ったりする。そして、硬い弾芯は砕けることなく、形状を保ったまま人体の内部を概ね真っすぐに貫いて、あっさりと飛び去っていく。

 撃たれた傷口を観察すると、弾の入り口は小さな穴が開いているだけだが、出口は相当ハデに、体内に爆薬でも仕込んだのではないか、というような惨状で大きな穴が開くことになる。

 なお、ロシア製の軍用小銃で使われている弾丸は、弾丸内部に意図的に空洞が設けられていて、人体組織の抵抗を効率よく受け止められるようになっているため、命中の衝撃による弾丸自体の破壊がおきやすくなっているとも言われている。もっとも、彼らは銃弾内の空洞は弾丸のバランスを調整するためのものであると主張しているらしい。

 ちなみに、このように人体の中で銃弾が破壊されるのは、ある一定以上のスピード以上でないと起こらないことがわかっている。アメリカ軍の軍用小銃の場合、このスピードは大体秒速700メートルぐらいで、これを目標までの距離に直すとおよそ250メートルになる。この距離を超えて、つまり、お互いの距離が300メートルぐらいあって弾丸の速度が毎秒700メートルを下回ったスピードで人体に命中した場合、弾丸はその形を崩すことなくあっさりと人体を貫くので、銃弾の出口と入口はきれいな小さな穴が開くだけとなる。

 まぁ、小銃を撃ち合う距離はほとんどの場合200メートル以下らしいので、あまり気休めにならないかもしれないが。

 そんな銃弾を2発受けた、槍を持った人物と、剣が抜けなかった人物は完全に無力化されていた。なお、ここで言う「無力化」とは目標が敵対行動することが出来ない状態、我に対して危害を及ぼすことが出来ない状態を指し、必ずしも目標の生命の喪失を示すものではない。現代軍隊の攻撃は目標の無力化を目的としていて、相手の死亡を必ずしも目的としていないが、しかしながら、死んだ人間は絶対に敵対的な行動を取らないので、結果の問題として、目標に死んでもらうことになることが相当に多い。

 そしてこの二人は、絶対的な意味で無力化されていた。槍をもっていた人物は、喉元と右胸に銃弾を受け、喉に命中した弾丸は気管を声帯ごと引きちぎって首を支える筋肉を半分吹き飛ばしていて、右胸の弾丸は肋骨を粉砕して右肺の上側3分の1を滅多切りにして、背中側の肋骨を2本引きちぎっていたし、剣がなかなか抜けなかった人物は両胸の肋骨を前と後ろで合計6本破壊され、両方の肺をそれぞれ半分失って、肺の中にあふれた自分の大量出血によって溺れ死んでいた。

 あとから冷静になって、私はなんてことをしてしまったのかと、悩んだ。悩んで、悩んで、泣きわめいて、暴れまわって、誰かのせいにしようとして、でも誰のせいにも出来なくて、叫んで、ゲロを吐いて、吐きまくって、胃袋の中身を空にしてもまだ吐き足りなくて血を吐いて、のた打ち回った。人の命を奪う重大さ、これを全く理解しないまま、まるで機能しない脳味噌を抱えたまま、ただ、いつもの訓練の通り、いつもの通りに引き金を引いただけだった。「人殺しの自分」を受け入れられるようになったのは大分先の話で、今日のこの瞬間が、誰かの死体で舗装した道を進むことになる、自分の運命の第一歩目だったことに気づかなかった。

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