表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

イスビア

 日本支部イスビアの基地の中にあるブリッジでミチルがニーズ・ヘッグを討伐する様子をモニタリングしていた。これを見ていたクルーたちは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を出す。


「これが…ルシファーの力…。それを操る少年……」

「支部長……」

「うむ…。直ちに回収作業を!」

「「「はいっ!」」」


 ニーズ・ヘッグを討伐したミチルは、固有奥儀という大技を繰り出したことによって大きく呼吸が乱れている。


「はぁ…はぁ…はぁ…勝った…のか…。あの怪獣に……」

「よくやったぞ、お前!」

「そう…か……」


 力を使い果たしたのかミチルは気を失い、武装した剣や服が解除され落下する。


「お、おい!」

「うちに任しとき。はぁッ!」


 椿姫が長杖を振りかざす。杖のコアが光り、ミチルの下に小さな竜巻を起こす。

 その竜巻はミチルをしっかり受け止め、ゆっくりと降下する。その直後、救護班が駆けつける。ミチルを担架で救急車まで運ぶ。


『ほぅ…日本にルシファーの適合者がいたとはな……』


 ――ディランがモニターを付けて、イスビアに登録している国々の代表者と舘宮ミチルについての緊急会議をしていた。


「はい…さすがにこれは、私も予想外でした。データとプロファイルは既にそちらに転送済みです」


 1人の代表者がモニター付近に付いているボタンを押し、ミチルのプロフィールを見る。


『ふむ。この少年にどうやって適合したのかね?』

「それは不明です。有力な仮説によれば、【傲慢】の反対を意味する【謙虚】が彼に反応したのだと思います」

『確かに。あの天戎器は、七つの大罪の原点と言われている【堕天七天器】の1つで未だに解明していない。だが、適合条件はこれで解明できたな』

『その舘宮ミチルを我々アメリカに譲ってほしい。もちろんそれ相応の金額を提供しよう』


 アメリカの代表者が舘宮ミチルの売り渡しを要求してきた。


『待てッ! 貴様の国は被害状況が少ないではないか! ルシファーの適合者は本部である我々イギリスに譲るべきだ!』

『よさぬか、お主たち』


 老人が使う言葉と口調でそれに似合わない幼女と思われる華奢な声を出した。彼らの前に、声に似つかわしい幼女がモニター現れる。


『こ、これは…! アイシャベル殿下!』

『話は聞かせてもらったぞ。お主たちからは、舘宮ミチルという名の武器をこちらに譲り受けよと聞こえるがの?』

『そ、それは…。 も、申し訳ありません。お見苦しいところを……』


 アメリカとイギリスの代表者は、アイシャベルと名乗る幼き皇女に深々と頭を下げた。


『さて、ディラン。ルシファーの適合者、舘宮ミチルは今何しておるかの?』

「はい。今は力を使い果たし、睡眠状態にあられます」

『そうか。ディラン、舘宮ミチルをそなたに任せよう』

『なっ…!』

「承知しました。殿下も近々お見えになるおつもりですか?」

『さすがはディラン。我を理解している者は、お主しかおらぬからな』

「では、いつでも歓迎できるよう手配しておきます」

『うむ』


 幼いミチルが、彼の母と思われる人と一緒に台所で食器洗いの手伝いをしていた。 


「あっ!」


 ミチルが金色のラインが入った、高価な皿を滑らして落としてしまう。案の定、皿はパリンとガラスのように割れた。

 これを見たミチルの母が激怒した。何度もミチルを平手打ちをし、最終的には物置部屋に閉じ込め、1日中ミチルに食料も飲み物を与えなかった。

 この出来事でミチルは中学生を卒業した同時に親元から離れ、男子しかいない学校へと転校した。これが、ミチルが女嫌いになった理由でもあり、トラウマでもあるのだ。

 

「う…うう……」


 目を瞑って暗闇を見続けていたのか眩しさとぼやで見えなかったが、目をこしらえて天井が目に映る。

 視点を変え、左側のカーテンとカーテンの隙間から目をこしらえて覗き見ると、外はいつの間にか夜になり、暗くなっていた。 

 窓の近くに木で作られたデスクが置かれ、その上に手で持てるほどの小さなデジタル時計が置いてあった。その時計には短い針が7と8の間に、長い針が4と5のちょうど間に指していた。


「うん?」


 ミチルが動いた瞬間、胸の中心辺りから何か金属が当たった感触がしたので手に取ってみた。

 それは、突然の目の前に現れ、光り出したペンダントだった。

 蛍光灯によるものか見る角度によって明るい色になったり、暗い色をなったりと見たことのない特殊な鋼板でできていた。


(やっぱり夢じゃなかったんだ……)


 今でも心臓の鼓動は大きく、落ち着くまで時間が必要だった。

 ミチルが深呼吸で落ち着かせている間、上半身を起こして周りを見渡す。見たところ病院にある個室のようだ。

 右側からふぅ…ふぅ…と呼吸の音がする。ミチルが振り向くと、レミが椅子に腰かけ、上半身をベッドにうつ伏せてぐっすりと寝ている。


(う……)


 苦手である女子を目の前で怖気づくミチル。起こすと面倒になると思ったので、両手でベッドの両サイドを押して股関節から上の上半身が浮き上がるようにして方向転換し、布団などの寝具に触れて起こさないように気を付けてそおっと脚を左側に動かす。

 動いた瞬間、重心の移動で寝具の摩擦音とそれを支えている鉄で作られた骨組みが金属同士が擦れた音を鳴らす。


「ん…。あ、起きてたんだ……」


 レミがその音に目が覚め、ぼやけながらもミチルを見て話した。


「ッ!!」


 ミチルは瞬間的に身震いをし、固定していた右手が滑ってバランスを崩してしまう。


「おわっ!!」

「キャッ!!」


 ミチルはレミの方に倒れ、諸共床に大きく音を立て倒れこむ。


「いててて…。ん? なんだ…この柔らかいものは?」

 

 ミチルは、右手の掌に何かしら暖かくて柔らかいものが感じ取れた。試しに揉んでみる。


「んん……」

「え……」


 レミから男性の下心をくすぐるような喘ぎ声がした。ミチルは、恐る恐る視線を右手に向ける。ミチルの右手にはレミの胸を鷲掴みしていた。


「なーーーーーーー!!!」

「おーい、レミ! 飯持ってきた……」


 最悪のタイミングでヒビキがドアを開け、入室する。ミチルはそのドアの開いた音に驚き、振り向いた。

 コンビニで買ってきたものなのか腕にビニール袋がかけている。


「「あっ……」」


 ミチルもヒビキも遠いところから互いに相手の目を見た。


「ど、どうも……」


 ミチルは笑ってごまかした。

 ヒビキははその後視線を下にずらした。明らかに事故で一緒に倒れてしまったレミの方を見ている。


「おおお、お前っ!! レミに何やってんだあぁぁぁーーー!!」


 頬を赤く染まり、動揺しながらもミチルに激怒するヒビキ。


(よりによって誰かに見られるとか、どこまで最悪なんだよー!!)

「一体どうしたんどすか…って、あらあら、大胆やなー」


 おまけに椿姫もドアから覗いてきた。あたふたしてるヒビキとは反対に冷静で、レミの胸を鷲掴みしているミチルを見ていた。


(こ、これは早く誤解を解かないと、殺される…!)

 ミチルはレミから離れ、誤解を抱きながら見ていたヒビキと椿姫に事故だと説得した。


「ち、違う! これは誤解だ! 動こうと思ったら、転倒しててこうなって……」

「あいてて…。あれ、」

「レミ、もう大丈夫だからな!! 覚悟しろ、変態野郎!!! 【召喚】!!」


 ヒビキが耳に取り付けられているピアスを触れると、ピアスが発光し、ヒビキの目の前に何もないところからニーズ・ヘッグとの戦いで使用していたハンマーが現われる。


(…あの女の子、なんか重そうなハンマー持ってるし、殺る気満々だし…。どんだけ単細胞なんだよ!)

「そこまでだ、ヒビキ」


 その声に一同がドアに向けて振り向く。そこに立ってたのは、ディランだ。ディランの声でヒビキは武器を下げる。


「ああッ!? なんでだよ!?」


 ヒビキが納得せずディランに説明を求めた。だが、ディランはヒビキを無視し、ミチルに状態を尋ねる。


「やあ、目が覚めたかね?」

「無視すんな!」

「悪い目覚めは悪い夢を見た後にしてほしかった…。マジで殺されるかと思ったよ……」


 皮肉にも聞こえる本音を言ったミチルの今の状態を聞いたディランは、滑稽と思ったのか高笑いする。


「はっはっは! それは元気そうで何よりだ。舘宮ミチル君」

「全く、いい迷惑です…って、どうして僕の名前を!?」

「まずは自己紹介させてもらうよ。私は、日本支部イスビアの支部長を務めているディラン・A・アスキルと言う者だ」


 ディランの後にレミと椿姫が簡単な自己紹介する。


「湊島レミと言います」

「うちは林道椿姫どす」

「……」


 だがヒビキは、ミチルを蛇のように威嚇しながら睨み付ける。レミが「ヒビキ」と自己紹介しなさいと母親のように注意する。


「…稲村ヒビキだ」

「……」


 ヒビキは、眉毛をひそめてミチルに眼を付けながら自己紹介した。ミチルは、この様子だと、先ほどの事故のことを許してはくれなさそうだと悟った。


「実は、君の指紋で日本国民全員のデータがすべて入っている、データベースにアクセスして調べてさせてもらったよ。それと君にやらないといけないことがある」

「えっ?」


 ディランは歩き出し、ミチルの目の前に立ち止まった。そして、ミチルの頭頂にげんこつを入れる。


「いてっ!」


 ミチルもたまらず頭を両手で覆い、崩れ落ちた。


「これはルールを守らなかった罰だ。反省は?」

「うう~…すみません……」


 ミチルは、二度としないと誓った。


「よろしい。では、座って話をしよう。立ったままだと疲れるからね」


 ミチルたちは椅子に座った。ディランが先ほどの戦闘でのことやディランたちのこと、ニーズ・ヘッグについてのことなど語り始める。


「さて、まずはどこを話そうか…。そうだ。神奈川に現れたあの赤い龍について話そう。あれは、我々の敵…ゲンマだ」

「ゲンマ…?」


 ミチルは聞いたことのない言葉に首をかしげる。


「そう。日本に攻めてきたゲンマは、ニーズ・ヘッグと言って最強クラスである龍族のゲンマでね。20年前にカナダにあるバンクーバーの大火災で多くの人々や街が燃やし続けられたのさ。それにニーズ・ヘッグは、火を食い、それを自分の力に変える能力を持っているんだ」

「つまり火とか炎の攻撃は効かないってことですか?」

「そういうことになるね。レミちゃんは炎属性を持つウリエルの【天戎器】を持ってるけど、相手がニーズ・ヘッグだから相性が悪かったんだ」


 理由を聞いたミチルは、納得して頭を小刻みに縦に振った。


「けど、舘宮君のおかげで撃退することができた。ありがとう」


 レミがミチルに頭を下げて感謝した。ミチルは苦手な人なのに関わらず未知の生物が人を殺めるところを指をくわえて見ることを我慢できなかっただけなのだが。


「あ、いえ…。でも、電撃と風を操れるなら2人だけでも良かったんじゃ……」

「…さきほども言ったようにニーズ・ヘッグのような龍族のゲンマは、最強クラスのゲンマだ。ヒビキや椿姫ちゃんだけでも到底敵わない。そこで君の首に掛けているペンダント…ルシファーの力が必要になった、というわけさ」

「ルシファー…。これは…一体何です?」


 ルシファー。ラテン語で【明けの明星】、【光をもたらす者】などを意味する天使の名前だ。ルシファーは「土から生まれたアダムとイヴに仕えよ」という神々からの命令に反発し、神々の元から離れ堕天したと伝えられている。

 ミチルがディランに自分の首にかけているペンダントについて説明を求め、ディランも答えることができる範囲で答えた。


「それは【天戎器】と言って、ゲンマと戦える力を持った特殊な武器さ。それぞれの武器には、それを使用する人との"適合"というものがあるんだ。もし"適合"に成功すれば、その人は人ではなく、【天使】になるんだ」


 まるで【天戎器】に意思や想いがあることのように聞こえる説明にミチルは正直驚いてはいたが、焦りは表に出さずに真剣に話を聞き続けた。だが、"適合"という言葉にミチルの頭がよぎり、レミがヒビキや椿姫よりも動きが悪かった原因がわかった。


「じゃあ、そのレミという女の子が変身はできても他の2人よりまともに戦えてなかったのは……」

「"適合"しなかった、ということなんだ。同じ【ヒエラルキー】なら、適合できる可能性があるのだが訓練して強制適合を使って使えるぐらいがやっとだったんだ。けど、舘宮ミチル君。君は、ルシファーを使いこなせる。ルシファーが君を選んだのだから」

「……」


 ディランはそう言うが、ミチルは納得しない顔をする。どうしてルシファーが自分を選んだのか理解できないからだ。自分よりも凄い人はたくさんいるのにどうして自分なのか。ミチルは、ルシファーの考えていることがわからなかった。


「…ところで、カズヒコは?」


 話を切り替え、ミチルの親友であるカズヒコの安否をディランに問う。


「君の友達かい? もちろん無事したよ。けど、記憶は消させてもらったよ」

「えっ!? き、記憶を消したって……」

「これは、国家機密なんだ。民間人がこれを知らせるわけにはいかないんだ。あー、でも、安心して。君たちがここに来た記憶だけを抜き取ったから」


 ディランは驚愕したミチルを安心させ、ミチルもふぅと息を吐き、一安心した。


「でも、どうやって?」

「そりゃ私も【天使】だからさ。私の【天戎器】は、ザカリエル。他人の記憶を消したり付け足したりして、思い通りに操作することができるんだよ」


 ディランは額の上においてあるサングラス型のアクセサリーになっている【天戎器】を見せる。


「そ、そうですか……」 

「それと、私たちと同じ【天使】となった今、君はイスビア日本支部に強制入隊されるんだ」

「え、ええっ!?」


 ミチルは本人の意思表示を出さないまま入隊させられることに驚愕した。何よりもレミたちと共に行動をすることに女嫌いであるミチルは、あまり快くないと思っている。


「ああ、大丈夫。君が通う場所は、イスビアが設立した養成学校だ。そこには、彼女たちの他にも仲間はたくさんいる。君なら友達をいっぱい作れるさ。君が行っている間、部屋を準備しておくから他の友達を仲良くしたまえ」

「は、はあ……」

「さて、私は退室させてもらうよ。あとの処理が山ほどあるのでね。君は一晩中ここでゆっくりするといい。ピカピカ制服と鞄は机の上に置いておくから。では」


 ディランはドアを開け、部屋を後にした。だが、何か伝え忘れたのかひょこっと顔を出した。


「あ、そうそう。迎えの車が来るからね」

「じゃあ、私たちはこれで」


 3人の少女はミチルから離れ、退室する。


「あ、港島さん。ちょっと待ってください」


 ミチルが最後尾にいたレミを呼び止める。


「ん?」

「ではお先に」

「わかった」


 ヒビキと椿姫は退室し、この部屋でミチルとレミの2人っきりになる。ここでミチルがレミに言いたかった本題を言う。


「湊島さん。その…、あの時はわざとじゃないけど本当にごめんなさい」


 ミチルは頭を下げて不意の事故のことを謝った。


「別に謝らなくても良かったのに。実は、私もあなたに聞きたいことがあって」

「何ですか?」

「どうして私を助けたの? 民間人でありながら助けるなんて尋常な判断じゃない」

「…僕はただ、人を見殺しできないだけなんだ」

「主人公気取りのつもり?」

「そういうわけじゃ…いや、そうかもしれない。客観的に見れば、そう見えるかもしれない。けど、今朝モノレールで会った時、言ってたよね。その天戎器が無いと何も守れないって。あの時は酷いことを言ってしまったけど……」

「……」

「けど、君がやろうとしていることを僕にも手伝わせてよ。天使になった僕は、君の力になれるはずだから」


 ミチルの一言に、レミの心が少しだけときめいた様子になった。それを聞いて安心したのか少々微笑んでいる。


「…そう。でも、助けてくれたことは本当に感謝している。明日、私が案内するわ。それじゃあ」

「ああ。また明日」

 

 レミは退室し、ミチルはベッドの上で熟睡した。




 翌朝、左側にある太陽の眩しい光でミチルが目を覚ます。周りを見渡すと、ディランが言った通りに制服が置いてあった。 

 ミチルは全身を映す鏡でその黄緑色を強調した白い制服に身を包み、ボタンを閉める。


「こんなもんか?」


 ミチルは鞄を持ち出し、外に出る。玄関の前に誰かの乗用車があるのを気付く。


「やあ、君が舘宮ミチル君ね。初めまして、支部長の補佐をしています苅部ナナで~す!」


 アイドルのように可愛らしく振る舞ったナナを見たミチルは沈黙を貫いた。


「あー! さっき変なのが来たって思ったでしょ!」


 ナナはミチルに最接近し、激怒する。ミチルは重心を後ろに下げ、真っ先に否定する。


「い、いえ…! そ、それよりも早く行きましょう」

「そうね。あまり時間も無いしね。さあ、乗った乗った」

 

 ミチルは車の後部座席に乗った後、ナナは運転席車に乗り、エンジンをかける。


「よし! さあ、行くわよ!」

「おわっ!」


 どのようにして免許を取得したのかナナの粗い運転技術で車は急発進し、目的の場所である養成学校に向かう。

 十数分後、アーチ形の門を通り、養成学校に着いた。玄関の前には、湊島レミが立っていた。


(うっ…。吐き気がする……)


 ナナの運転で気分を悪くしてしまったミチルは、手で口を押えながら二度とナナが運転する車に乗りたくないと悟った。


「おはよ! レミちゃん」

「おはようございます。苅部さん、舘宮君」

「お、おはよう……」


 昨日会ったばかりとはいえ、さすがに1日で苦手を克服することは難しい。

 

「連れてきたよ。じゃあ、後は任せたね」

「はい」


 ナナは車に乗って、どこか去っていった。レミはミチルに支度に不備が無いか尋ねる。


「準備の方は?」

「あ、ああ。大丈夫だよ。まずどこに向かうんだ?」

「移動しながら話しましょ」


 ミチルはレミの後を追いながら、話を進めた。


「まずは教官室ね。そこで君の入る【第43期セフィロト試験隊】の担当教官に会いに行くの」

「教員じゃなく教官なのか…。自衛隊かどこかに属しているのか?」


 ミチルの質問にレミは否定した。


「いいえ。イスビアは、世界の国々にいる首領の意思で結成された組織。3大自衛隊とは違うの」

「へぇ~」

「さ、着いたわ」

「あ、もうですか」


 話に夢中になっていたミチルは、いつの間にか教官室に着いたことを少し驚く。


「ちょっと待ってね」

「は、はい……」


 レミは移動して教官室に立ち、ドアをノックする。


「湊島です。失礼します」

「どうぞ」


 ミチルを担当する先生と思しき人物に許可を得た後ドアを開け、教官室に入る。しばらくしてレミがミチルに声をかける。


「舘宮君、入っていいわ」

「あ、はい。失礼します……」


 レミの後を追って教官室に入る。どのような場所だと思ったミチルは慎重に入ったが、周りを見渡せば何人もの教官が椅子に座って、机とにらめっこ状態。どの学校にもある教員室とほとんど変わらない。


「舘宮君、こっちよ」


 レミが声をかけ、ミチルが後を追う。


「君が舘宮ミチル君ね。話は支部長から聞いてるわ」


 ミチルの担当教官は、髪の色が赤いショートカットの若い女性だった。服装は勲章のバッチがあり、女性軍人が着る服であるのだが、白が主だ。ミチルにとっては苦手である女性なのだが、教師という立場にあるので、そこまで嫌いにはなれなかった。


「この人は、鳳凰寺カミラ教官。あなたの教官よ」

「よ、よろしくお願いします」


 ミチルは深々と頭を下げた。


「じゃあ、クラスに案内するわね。湊島さん、もういいわよ」

「はい、失礼しました。舘宮君も頑張ってね」


 レミがミチルたちと離れ、教官室を後にし、自分のクラスへ帰っていった。


「さて、私たちも行きましょうか。もうすぐ朝礼が始まるわ」

「は、はい」


 ミチルたちも教官室を退室し、自分のクラスへ向かった。


「舘宮君は、ここは初めてでしょ? 慣れないと思うけど、みんないい子たちだから、きっと仲良くなれるわ」

(ま、クラスメイトがいるということなら大丈夫か…。なるべく女子生徒とは、あまり関わりたくはないな……)


 ミチルは、女子との接触を避ける対策を何よりも考えていたのだが。


「ここよ。さあ、入って」


 教官が立ち止まったのは、階段の近くにある教室だ。一部になっている小さな電光掲示板に【第43期エンジェル隊】と書かれていた。


「失礼しまぁ…ッ!?」


 ドアを開け、ミチルが教室の中に入ると、自分自身の目を疑った。このクラスには、女子しかいなかったからだ。

 ミチルの視線の先には、椅子に座っている40人は超えているであろう女子たちがミチルを迎えるように一斉に視線を合わせる。

 これによりミチルの策は、実行されることなく失敗に終わった。


「な、なんで女子がこんなに…!?」

「あら、支部長から聞かなかった?」

(聞いてない!! ディラン支部長め…、はめやがったな~!!)


 これに腑に落ちなかったミチルは、ディランに対しての憎しみと怒りで溢れ出ていた。

 

「えー、今日からこのクラスの仲間になります舘宮ミチル君です。みんな、唯一の男の子を独りぼっちにしないようにね」

「う…!」


 屈辱的な皮肉を言われたミチルは、頬を赤くする。

 返事をする者の中に、教官の言ったことにくすくすと微かに笑っている女の子が何人もいた。


「ほら、返事は?」

「「「はーい」」」

「君の席はーっと…。あ、あの1番後ろの席ね」


 教官が指で指したのは、横に5列ある机の内、ミチルから見て奥の右側の机の1番後ろの机だ。

 ミチルは真っ先にそこへ向かう。ミチルが通るたびに、すれ違う女子がミチルを見つめてくる。ミチルは女子を見ないで颯爽と立ち去り、席に座る。

 その後、朝礼が再開され、チャイムと同時に終了した。


「起立! 礼!」

「「「ありがとうございました!」」」

「じゃあ、みんな頑張ってね」


 朝礼が終わり、カミラ教官は生徒たちにエールを贈り、教室を退室した。そのタイミングを計らったかのようにこのクラスの女子たちが、楽し気に興味本位で一斉にミチルのところへ足を運ぶ。


「えっ…えっ!?」


 女子たちがミチルを逃がさないように席ごと囲う。唐突の行動にミチルは首を横に振り、何事かとあたふたした。


「舘宮君、だっけ? ちょっと聞いていいかな?」

「あっ、ずるい! 私が聞こうと思ったのに!」

「待って! 最初にお話したいのは、私よ!」


 女子たちが唯一の男子であるミチルの話し相手の奪い合いで激しく口論し始めた。


「ッ!! ち、ちょっとトイレ!」


 ミチルは女子たちの怒りの表情がトラウマとして脳内に駆け巡り、我慢できず、走ってその場から去った。さすがに女嫌いを持つ彼が一気にこのクラスだけでのハーレム状態に慣れないのも仕方ない。


「はぁ…はぁ…。あぁ、びっくりした…。この学校に着いて行けるか心配になってきた……」


 走り回って疲れ始めたミチルは、今の時点で人があまり通らない中庭にいた。


「おい、舘宮!」

 

 突如ミチルを呼ぶ声が廊下から鳴り響いた。これに驚いたミチルは、反射で少し跳んだ。

 ミチルの前に姿を現した声の主は、レミ、椿姫と一緒に行動したヒビキだった。いまだ怒った顔つきでミチルを睨みつく。


「…僕に何の用だ?」

「アタシはあんたを認めたわけじゃねぇからな」

「あのニーズ・ヘッグというゲンマと戦っていた時は、助言とかしてくれたのに?」

「そんときは倒すことを優先していたからな。とにかく、4時間目に天戎器を使った実習訓練がある。アタシと一騎打ちでどうだ? どちらかが勝ったら、相手の言うことを何でも聞いてくれるっていう条件で」


 いわゆる宣戦布告だ。ミチルは、この決闘に勝てば、ヒビキの誤解を解いてくれるかも知れない、他に誤解が解ける手段がない以上、これに賭けるしか他に道が無いと誤解を解くことを優先的に考えたのだろう。


「…わかった。もし僕が勝ったら、僕の言うことを聞いてくれるんだな」

「ああ、そうだ。逃げるんじゃねぇぞー」


 と言い、ヒビキは立ち去った。ミチルはこの試合に勝たなければならない、負けられないとペンダントを強く握った。

 陰で様子を見聞きしていた椿姫はその場から立ち去り、このことをレミに伝達した。


「舘宮君とヒビキが?」

「そうどす。ヒビキは、舘宮君がレミはんに不埒な行動をしでかどした事が許されへんかったのやろう」

「…私は行くわ。私を守ろうとしたヒビキは感謝しているけど、戦闘に不慣れな舘宮君に何かがあったら申し分が無いわ」

「ふふ…、そうどすか……」

「話は聞かせてもらったよ。2人とも」


 2人の前にディランが現れた。ディランも椿姫と同じ盗み聞きをしていたらしい。


「支部長…?」

「やれやれ…ヒビキちゃんもなかなか頑固なところがあるよね。これに関しては私も同席させてもらうよ」

「支部長もですか?」

「うん。でも、本当にヒビキちゃんはレミちゃんにエッチなことをしたミチル君を許せないのかな~」

「…?」

 

 レミと椿姫は疑問を抱いた。2人はヒビキが他に気にしていることをあるのだろうかと心当たりが無かった。


「どういうことですか?」

「それは私にもわからない。直接本人に聞けばいいと思うよ」

 


 チャイムが鳴り、3時間目が終わった。その後、女子たちは教室から離れていく。そこに4人の女子たちがふらっとミチルの前に現れた。


「舘宮君。私たちが案内するね」

「あ、ああ…。えーっと……」

「私は桐村ヒナ。七宮チカと佐田ホノミ、鹿島エミ」

「「「よろしく(ッス)~」」」


 ミチルと同じクラスの女子たちは廊下を歩きながら、実習訓練についての会話をした。


「その実習訓練は、天戎器を使ってどんなことをするの?」

「今は浮遊の練習や一対一を想定した模擬戦が主かな~。上に上がれば、チーム戦になるんだよ」

「今のボクたちはまだ技術的に乏しくて、慣れるまでまだ時間がかかりそうなんッスよ~」

「ふぅーん……」


 校舎から離れ、校舎と校舎を繋ぐ渡り通路を歩いた。しばらく歩くと、目の前に巨大な建造物がミチルたちの視界に入る。


「で、でかッ!!」

「あれだよ。スタジアムと言って、実習訓練はいつもそこでやってるんだ」


 大雑把に計算してグラウンドの面積を持っている巨大な施設の中に入る。

 ミチルは女子たちと全く違う更衣室で動きやすいスパッツのようなスーツに着替える。


「結構ピチピチだな……」


 ミチルがドアを開け更衣室を出ると、仲良しこよしのヒナたちがミチルを迎える。


「こっちだよー」


 ミチルはヒナたちに連れられて向かっていく。そこに外と繋がっているのか日の光が差し込んでいるのが見えた。向かうとその場所は、床がタイルで敷いていて、また天井が空いていることで開放的になっている。2階には全方位に観客用のスタンドがあり、競技場のようになっていた。

 これを見たミチルは、開いた口が塞がらなかった。


「す、すごいなぁ……」


 また女子の数も相当だった。集合をかけたのは、ミチルのクラスだけでも40人はいたのだが、その2、3倍に増えていたのだ。


「うげッ!!」


 他のクラスの女子たちが一斉にミチルを見て、ひそひそ話をしている。

 そこにミチルの担任教官のカミラ教官を含め複数の教官が姿を現し、チャイムと同時に委員長が号令をかける。


「今日は、天戎器を使って浮遊の練習と空中による模擬戦闘をします。これは基本的な動作なのでしっかり身に着けてください」


 代表の教官が説明をした後、ヒビキが手を挙げる。


「せんせー、他のみんなのお手本になるように模擬戦をしたいんですけどー」

「えっ? それは構わないけど、相手は……」

「ぼ、僕がやります!」


 ミチルはすかさず手を挙げた。彼自身、キャリアが上であるヒビキに勝てるかどうか不安を抱いていた。それを見ていた女子たちが騒然とする。


「えっ? 舘宮君が稲村さんの相手になるの!?」

「嘘! ホントに!?」

「でも、舘宮君ってまだ経験浅いよね?」

「静かに! わかったわ。他のみんなは邪魔にならないようにスタンドに上がって」


 ミチルとヒビキが一騎打ちをすることでヒビキ以外の女子たちは、教官たちの指示で上にあるスタンドで2人を見守っていた。


「よー、よく逃げなかったな」

「逃げたら男じゃないんでね…!」


 ミチルは自分より技術も戦闘経験もある相手でも負けないと男としての意地を見せ、ヒビキはミチルの奮起を称賛した。


「ふん、上等じゃんか。なぁ、ここで【原初オリジナル】で勝負しようぜ!」

「オリジナル…?」

「つまり、アタシの持つラミエルが強いか、あんたの持つルシファーが強いかの勝負ということだ」

「えっ、舘宮君は【原初オリジナル】を持ってるの!?」

「しかも、ルシファーって、あの【熾天使セラフィム級】のルシファー!?」


 スタンドにいた女子たちが再び騒ぎ始める。ミチルの持っている天戎器がルシファーだということが波乱を呼んだのだろう。


「こんなこと言ってどういうつもりなんだ?」

「別にどうもこうもない。事実を言っただけだ」


 ヒビキは軽く準備運動をして、ピアスに手を触れる。


「さてと、んじゃ、行くかッ! 天装ッ!!」


 叫んだ瞬間、ヒビキの服装が変わり、武器である巨大なハンマーを地面に付ける。


「さぁ、お前も天装しな!」

(こうなってしまった以上、もう後戻りはできない…!)

「天装ッ!!」


 ミチルも叫び、天装した。ヒビキはハンマーのポール部分をその小さな体に秘められている腕力で持ち、ミチルは両刃剣のグリップを両手で持ち換え、刃先をヒビキに向けて構えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ