波乱の幕開け?
「頼む!冴木!一生のお願い!!ーー遥ちゃん、俺にちょうだい!」
それは冴木玲一の親友、水瀬陸の一言から始まった。
「断る。馬鹿。死ね」
ーー秒殺。
天才美形外科医であり(やっかいな事に、自他共に認めている)、玲一の高校時代からの親友で、今は同僚である彼。
認めたくはないが、ある意味では玲一の一番の理解者であり、恩もあれば、情もある。けれど最愛の妻を譲るつもりなど毛頭無い。
「……そこはせめて事情を聞こうよ、冴木」
「断る。馬鹿。死ね。地獄に落ちろ」
「……悪い方向にグレードアップした……」
ガックリと肩を落とした親友に、玲一は冷たい視線を送る。
「話したいなら話せ。俺が聞くかどうかわからないが、寝言をほざくよりマシだろうしな。ああ、この後オペあるから三分以内で」
「ホントに遥ちゃん以外には態度豹変だよね、君……」
***
「見合い?」
さすがに三分は無理と、休憩時間を待って水瀬は屋上に玲一を連れ出した。そこで彼が口にした言葉に、玲一は冷静に返す。
「ふーん、すれば?」
「嫌だよ!俺は皆のアイドル水瀬先生なの!誰か一人のものにはなりませーん!」
激しく否定する水瀬に、玲一は冷たい。
「ってもお前ももう29だろ。いい加減イイ歳だし」
水瀬は親友の言葉に煙草を出す。火を着けようとするがうまくいかない。彼の営業スマイル中にはありえない、荒んだ口調でブツブツと文句を言い出した。
「クソ、あのオッサンめ。俺に面倒を持ち込みやがって。こんなことなら、ここで武者修行なんかしないで、さっさとうちの病院継いでおけば良かった!」
「ーー念の為聞くが、オッサンて病院長のことだよな」
雇用主をオッサン呼ばわりする同僚に玲一は溜息をつくが、教師時代に自分も同じようなことを言っていたことを思い出す。
「で、なんで『遥を貸せ』なわけ?」
溜息混じりに問えば、水瀬は顔を上げる。
「見合いを断るために、遥ちゃんに俺の彼女のフリをしてもらいたいなーって」
上目遣いで言われても玲一はとりあわない。
「そんなの頼む相手ならいくらでもいるだろ、お前」
「……後々面倒なのはちょっと」
「お前まだそんな付き合い方してるわけ?」
学生時代、彼女はとっかえひっかえ、順番待ちまでさせていた水瀬の女たらしっぷりは健在らしい。
玲一は手すりに頬杖をついて、たっぷり、10秒。
「……断る」
「さーえーきぃ!」
情けない顔で拝んでくる親友に、呆れ顔のまま返す。
「遥じゃバレるだろ。病院長、俺の結婚式に出たんだぞ」
「見合い相手だけ誤魔化せれば良いんだよ。この見合い、相手のお嬢さんから是非にって持ち込まれたんだって。俺にその気はないって病院長にはちゃんと言ってある。なのにあのハゲ、恩師の娘だから自分では断れないとか言うんだもんー!」
最早半泣きになっている水瀬に、玲一はこめかみを押さえた。
「……遥次第。いいな?」
「……っ!うん!サンキュー、さすが親友!!」
「いい加減やめたくなってきたけどね」
玲一は白衣の胸ポケットに引っ掛けていた眼鏡を取り出した。仕事モードの合図。
「さて、行きますか」




