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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
After story1. 奥さまは女子大生
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彼と彼女の関係

「遥!」


 次の日、授業の前にみちるは遥を呼び止めた。


「ああ、昨日はごめんね。騒がせたまま途中で帰っちゃって」


 謝る遥にぶんぶんと首を振って、みちるが近づく。確かにあの後みちるは友人達に知ってたのかと迫られ、男子学生達はなんだかお通夜のような様相でひたすら呑みまくっていた。ちょっとザマアミロとか思っちゃったけども。

 遥の傍まで来ても、なんとなく周りを気にして小声になってしまう。


「あの、遥!昨日の彼って、あの、ホントに?」


 彼女の言わんとすることを察して、遥は微かに頬を染める。彼女の問いに頷いた。


「うん。私の、旦那様なの」


 みちるは唖然とする。まだ18、19歳、高校を卒業したばかりなのに人妻!?こんなに美人で可愛くて、これからモテ放題遊びたい放題なのに!?

 けれど彼女の旦那様を思い出す。間違いなくみちるが今まで見てきた中でも最高にイイ男だった。遥にお似合いの。彼氏すらいないみちるには羨ましいくらい。


「格好良い旦那さんだよねー。他の女子なんて「キャー!!」って……え?」


 みちるの言葉にかぶせるように、黄色い悲鳴が上がった。


「な、なにごと?」


 二人がそちらへ目を向けると、ちょうど講義室に教授が入ってきたところだった。けれど皆が頬を染めて見ているのはそちらではない。その隣に立っているのは。


「玲一!?」


 まさしく話題に登っていた冴木玲一で。


「今日は特別講師を呼んでいる。大学病院の冴木医師だ」


 教授の言葉に周囲がざわめいた。


「嘘!カッコイイ!」

「キャー!イケメンで医者ってこと!?最高!」


 あからさまに目の色を変える女学生達。先程の悲鳴ほどではないが、内緒話とは言えないレベルの音量になってしまっているのは、それだけ興奮しているのか。男子学生達はあっけにとられている。ちょっと見惚れているような奴もいるのは考えたくない。みちるは遥に問う。


「遥!どーゆーこと?」

「……ど、どういうことかな」


 目を丸くする遥を見る限り、彼女は知らなかったようだ。

 壇上では玲一が完璧な立ち姿で微笑みを浮かべて挨拶したが、遥と目が合った瞬間だけはニヤリと笑った。

 やがて彼の講義が始まったが、簡潔で分かりやすく、けれど現場でしか分からない体験などを交えて語られる医療の現実。学生の興味を上手くそそる内容と、よく通る声と柔らかな口調に誰もが引き込まれ、終わる事にはすっかり男女共に満足げな顔をしていた。




「遥」


 講義後に玲一が遥の傍まで来て、みちるは隣でドキドキしながら二人を見守る。

 うわああー。やっぱり格好良いよ、この人。低く艶のある声も良い。んで、何て絵になる二人なの。

 彼に呼ばれて遥は少し困ったように小首を傾げる。


「んもう……っ。来るなら来るって言って」


 そう言って彼女が頬を膨らませるが、可愛らしいだけで迫力は無い。


「いや、本当は水瀬が来る予定だったんだけど、オペが入って急遽代役を引き受けたんだ」


 親友でもある同僚医師の名を挙げて説明する玲一に、遥はそうだったの?と首を傾げた。


「あまりにも堂々と落ち着いてるから、代役には見えなかったわ」


 それにはみちるも同感した。玲一の視線が、ふと遥の隣に立つみちるに向けられて。その視線にどきりとする。


「……お友達?昨日も居ましたよね」

「た、田辺みちるです!」


 慌てて頭を下げれば、彼はにこやかに返してくれた。


「遥をよろしくお願いします」


 お決まりの挨拶なのに、とても丁寧に言葉を発した彼が、遥を本当に大事にしているのが伝わって来て。

 イイなあ、なんて。羨んでしまったりして。


「ねぇ!」


 彼女達のやりとりを見ていた、事情を知らない周りの学生ーー主に女子学生が何人も、遠慮無く寄って来た。


「冴木先生って、冴木さんのお兄さん?」


 さすがに同級生が既婚者だとは思わないのか、同姓である彼を遥の兄妹だと思ったようだ。赤く染まる頬が、あからさまに『紹介して!』と言っているようで。みちるは遥を見た。彼女は曖昧に微笑む。


「彼は、私のーー家族」


ーーえ、旦那さんって言わないの?


 みちるの疑問に、遥は困ったように笑った。たちまち玲一を取り巻く女学生の壁ができて、二人は輪の外に押し出される。


「凄い人気だね、いいの?」


 夫婦だと言えば、彼に他の女の子が寄っていくのを防げると思うのに。あたしならこんな格好良い旦那さん、絶対自慢するのに。


「……あまり騒がれたくないの。大騒ぎになると、大学にも玲一の病院にも迷惑になるから」


 遥の言葉に、そんなものかな、とみちるは思う。


「でも、遥」

 淋しそうなのに。

 

 そう思ったみちるは口を開いた。

 けれどその前に、遥に向かって伸ばされた腕が、彼女の頭を抱え込むのを見る。 低い声が優しく遥の耳に響いた。


「もうそろそろやめて欲しいね。お前のその、物分り良すぎるとこ。ーー俺に同じ事をさせるつもり?」


 美しくて、けれど妖しい微笑みを浮かべて。彼女の夫は妻を引き寄せた。遥が驚いて玲一を降り仰ぐ。彼らの艶めいた雰囲気に気付いたのか、周りが言葉も失って硬直した。


「え……」


 玲一がそっと、遥の顎にその指をかけて。


「ねぇ、どうする?……遥」


『同じ事ーー』


 まだ二人の関係が知られる前、高校で同じように彼が他の女に迫られて。玲一の立場を思って黙っていようとした遥に、彼は公衆の面前でキスをして遥の不安を打ち消してくれた。結果、二人の関係は学校中に知れ渡ってしまったけれど。


「もうあの時とは違うだろ」


 教師と生徒ではなく。胸を張って、堂々と。


「ーーそうね」


 何を臆病になってたんだろう。今はーー皆の先生じゃない。


「私は、あなたのもの。あなたは私のもの。……よね?」


 玲一はイタズラっぽく口を開いた。


「本当は同じ事して、見せつけてやりたいんだけどね?そこらの男共に。ああ、それよりもっと濃厚なやつ、しとく?」

「し、しなくていいです!」

「遠慮しなくて良いのに。ちなみにどこまで想像してるの、遥ちゃん?」

「~~玲一っ!」


 玲一の軽口は、優しさだ。遥の気持ちを浮上させるため。

ーー過保護、なんだから。


 そして、遥はふわりと微笑んだ。


「ごめんね。誰にもあげられない。ーー私の大事な、旦那様だから」


 その後のことをみちるは忘れられない。

 遥の言葉を聞いて、男女共に悲鳴のような、歓声のような。とにかく物凄い騒ぎになったけれど。

 ただ二人は幸せそうに寄り添って。愛おしげに笑いあって。

 柄じゃ無いけど。

 素敵だなって、思ったんだーー。



***


ーーあれから、たまに冴木玲一が遥を迎えに大学の門前に現れるようになった。

 女子大生に囲まれてしまうことはあるけれど、二人の仲睦まじい姿を見て、大抵の女子は諦めるようだ。ーー男子学生も。

 今日も彼は仕事帰りに、遥とみちるに合流していた。遥の友人、拓海達も一緒だ。


「こんにちは、田辺さん」


 そしてみちるの目下の役目といえば。


「こんにちは、玲一さん。今日も遥に告白してきたオトコが居ましたよー。まあ、あたしがユミちゃん達とちゃーんとガードしましたけど!」

「いつもありがとう。頼りになる友達ばかりで良かったな、遥?」


 にーっこり、微笑みかける玲一に、にーんまり、笑い返すみちる。……遥は冷や汗。

 わざとらしい!紳士っぽく言ってるけど、悪魔の羽が見えるもの。


 その会話に拓海が割って入って抗議する。


「それを言うなら俺だって遥ちゃんを守りますけど!冴木先生が公式認定してくれたらね!」


 それを聞いた玲一がニコリとするが、目が笑ってない。


「ねぇ、松本?いつから遥を馴れ馴れしく呼んでるのかな?それこそ認定してないんだけど」

「だって遥ちゃんが良いってー!やっぱり俺はボコられコース!?」

「馬鹿だな、拓海」


 いつの間にかできあがり、着々と会員数を増やしていく『遥を守る会』に当の本人は顔を引きつらせていた……。



fin.

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