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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
After story1. 奥さまは女子大生
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プロローグ

 健やかなる時も

 病める時も

 喜びの時も

 悲しみの時も

 富める時も

 貧しい時も

 これを愛し、敬い、慰め、助け

 その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?


「ーー誓います」


 高校を卒業した、次の日。

 そう誓った。

 誰よりも愛おしい、彼の隣で。



 大学の講義を終えて、遥がテキストを片付けていると、同じゼミの女学生が遠慮がちに近寄ってきた。


「冴木さん」


 けれど遥は一瞬キョトンとしーー、


「あの、冴木さん?」

「あ、はい!」


 再度の呼びかけに、ハッとしたように返事をする。無視したわけではなく、本気で呆けていた様子に、相手は怪訝な顔をした。


「ああ、そっか。ーーもう“冴木”なんだっけ……」


 遥が小さく呟いた言葉は、相手には聞こえなかったようだ。


「明日あたし達合コンなんだけど、冴木さんも行かない?他の学部の男共が冴木さんと呑みたがっててさ。冴木さん目当ての奴ばっかなんだ」


 誘いながら、女子学生は目の前の彼女をマジマジと見つめる。

 背中に降りる真っ直ぐで艶々の長い髪。ぱっちりと開いた瞳を縁取る長い睫毛、赤い唇。白く透き通るように滑らかな肌。華奢な手足に、形良く膨らんだ胸。

 ーー冴木遥(さえきはるか)は、大学の中でも際立って美人だ。

 入学して二ヶ月で、告白されること十数回、他学部にまでファンクラブまであるという。


(こんな綺麗な子誘ったら、あたし達霞んじゃいそうなんだけど!)


 遥を誘った女子ーー田辺みちるは密かに危機感を覚える、が。


(でも冴木さんが来れば、男子の参加率が跳ね上がるのよねー。チャンスも増えるってもんじゃない)


 現実的なメリットが彼女の天秤を傾けたのだ。画策しているみちるをよそに、遥は申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめんなさい、私そういうのはちょっと」


 その左手に銀色に光るリングを見つけて、みちるは「あ」と声を上げた。


「彼氏持ち?だよねー、冴木さんみたいに可愛い子がフリーなわけないよね」


 皆がっかりだろうな、ざまーみろ。

 周りで聞き耳を立てている男共に気づいて内心ほくそ笑むみちるの前で、遥は小首を傾げて曖昧に笑う。


「彼氏、って言うのとはちょっと違うんだけど……」

「えっ、冴木さん彼氏居ないの!?よーし、じゃあ俺が立候補を……!」


 聞きつけて勢い込んで近づいてきた男子学生、橋本が遥に迫る。こいつはお調子者でこういうチャンスに目を光らせている。どうせ彼女達の会話に参加するチャンスを狙っていたに違いない。

 みちるがよくやるよ、と呆れ顔で口を開くが、


「ありがとう、でも間に合ってます」


 彼女は柔らかな笑みで、けれどはっきりと断った。それが意外で、みちるは冴木遥に興味を惹かれる。


(なんていうか、もっと性格悪いか、でなきゃ断れなさそうに見えたのに)


 美人過ぎて近寄り難く、遥は騒がしいタイプではないから、あまり良く知らなかったけれど。遥は付属高校からこの大学に上がったし(付属といっても受験はあるのだが)、みちるは外部から入った学生だ。今まで遥とは接点も無かった。

 けれど男に媚びること無く、鼻にかけることもなく、ただ当たり前のようにさらりと躱す彼女に好感を持った。んー。いいかも?


「馬鹿。あんたみたいな軽い奴はお呼びじゃないのー」


 みちるは橋本の頭をノートで叩いて、遥に懇願するような視線を向けた。


「どうしてもダメ?冴木さん不参加だと、男子が半分以上減っちゃうの。合コンていうか、親睦会だからなるべく人数集めたいんだ。幹事のあたしを助けると思って!」


 思いっきり困った顔をしてみせれば、遥は少し迷うように考え込んだ。


「……ん、じゃあ家族に聞いてみる。許可が出たら行くわ。約束は出来ないけど、それでいいかな?」


 ふわりと笑う遥に見惚れながら、みちるは大きく首を縦に振った。


「やったー!なら俺も参加するから、宜しくみちるちゃーん」

「……橋本テメェ、男子側幹事だろ」


**


「ふーん、合コン」


 帰宅した彼を迎えつつ、遥は遠慮がちに許可を求めた。


「と、いうより学部同士の親睦会って言われたの。困ってたからなんだか断り切れなくて」


 両手を伸ばして荷物を受け取れば、相手はネクタイを緩めて遥を流し目で見た。その妖艶さに、遥はどきりとする。


「こんなに独占欲の強い旦那様が居るのに、他の男と飲み会?」


 シャツのボタンを外しながら近づく遥の夫ーー冴木玲一(さえきれいいち)は、妻の腰を引き寄せてその胸に華奢な身体を抱き締めた。


「それって、お仕置きして欲しいってこと?」


 とんでもない!

 遥は否定を込めて押し返そうとするが、夫の力には抗えない。耳元に囁かれた言葉に頬を染めて、首を横に振った。


「それにね、ユミや芽衣も来るの。同じ大学なのに学部が違うとなかなか会えないから、いい機会かなって」


 高校からの友人の名前を出して慌てて補足する。それを聞いて、玲一はやっと遥を放してくれた。


「ああ、あいつらね。そういえば結婚式ぶりだな」


 ーー遥の旦那様、冴木玲一は私立高校の養護教諭、いわゆる“保健室の先生”だった。けれど教え子の遥と恋に落ち、特別に学校公認の仲になった上、卒業と同時に結婚。玲一は学校を辞めて元々の職であった医師に戻り、遥は養護教諭を目指して大学の看護学部に進学。

 二人は春休みに結婚式を挙げたばかりだった。


「ね、だから大丈夫よ。プチ同窓会みたいなものだもの」


 遥の通う大学は高校の附属校で、同じ高校出身の学生は多い。確かに、同窓会になりそうだ。玲一は遥のこめかみにキスを落として呟く。


「……そういうことなら。でも変な虫に気をつけろよ、遥」

「もう、心配性なんだから」


(お前が無防備過ぎるんだよ)


 苦笑する妻の可憐な姿に、玲一はこっそり溜息をついた。


「で、お仕置きは何が良い?」


 たっぷりと色気をこめて見つめられて、その睫毛が伏せられるのを見て。遥は真っ赤な顔で降参する羽目になった。

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