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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
第一部 ep.1 桜の下で
7/75

“好き”

『もう少し、待ってろ』


 冴木の言葉に約束させられ、それから数日、遥は我慢し続けた。表面上は谷村とも麻里とも普通に接することを心掛けた。というより、接触を避けてやり過ごしていた。谷村もどこか遥の様子を窺っているように見える。

 化かし合い……もう、じれったいな。問い詰めて、責めたててやりたい。

 次第に剣呑になっていく自分の思考は、よく眠れないからなのか。


「遥、顔色悪いよ。保健室行く?」


 ユミの言葉に、頷きかけて。


「高嶋さん!具合が悪いなら俺が保健室まで送ろうか」

「なにするつもりだよ、てめ」

「はあ!?お前こそ何考えてんだよ」

「お前保健委員でも何でもないじゃねえか」


 だから、どうしてこうなる。

 頭痛がし始めた遥を庇うように、仲のいいユミと芽衣が男子の目から彼女を隠した。


「“うちの大事な保健委員にちょっかいかけたら、ありとあらゆる意味で二度と立てなくしてやる”って冴木先生に脅されてなかった?」

「え、“勃たなくしてやる”でしょ?」


 そうだっけ?と意味が分かっているのかいないのか、女子生徒はにっこり笑い、男子は笑い飛ばしもせずに真っ青な顔で一気に静まり返った。遥はそんなの初耳だ。

 ……冴木先生、何したの。知りたくないけど。



「……ひっでぇ顔ー……」


 保健室を訪れた遥に、冴木が言った。寝不足と、ストレスで彼女は見た目にもかなりボロボロだった。


「だって……先生、何を待つの」

「色々ね。大人の世界の事情もあるわけ」


 訳が分からない。彼は彼なりに何かを調べているらしいが。それにしても。


「何で、冴木先生がそこまでしてくれるの……」


 言いかけて、思い出す。いつかのクラスメイトの言葉。


『水樹先輩と、冴木先生がデキてるんじゃないかって』


 ギクリとした。

 まさか冴木先生は、桜ちゃんのことが好きだったり、したのかな。

 桜は美人だし、こんなに冴木が遥を助けてくれるのは、もしかしたら桜の妹だから、なのだろうか。

 そこで、遥は愕然とする。


「……ねぇ、先生は私が桜に似てるって言ったよね……」

「ん?ああ、言ったな。見た目はな」


 冴木は書類に目線を落としながら答える。その横顔を凝視した。


 私が桜に似ているから、好きになった?

 手に入らない桜の代わりに、せめて似ている遥をと。まさか、考えたくない。

 どんどん嫌な方向へ思考が沈んでゆく。息苦しい。

 もし、そうなら。


「何考えてる?」


 突然静かになった遥の様子に気付いて、冴木が問う。


「何も……」


 聞けない。もし聞いてそうだと言われたら、耐えられそうになかった。

 聞きたくない。いくら桜が大好きでも、そんなのは嫌だ。

 涙が浮かびそうになる瞳を、必死で抑えて。


「何隠してんの」


 冴木は書類をデスクへ置いた。遥を引き寄せ、膝の上に横抱きに乗せた。その頬にキスしながら聞く。


「こんなとこで、ダメだよセンセ。見られたら失職だよ」


 遥は小さく言う。もうその声は不安に満ちている。


「俺は別にいいよ……。言わないとココでヤるよ」


 ……目が、笑ってない。本気だ。遥のちっぽけなごまかしなど、効かなかった。

 仕方なく遥は問う。


「冴木先生は、桜ちゃんのことどう思ってた?」


 俯いた顔が、上げられずに。

 ……。

 ……。


「……?」


 返事はない。

 やっぱりそうなのかな。

 ぎゅう、と手を握りしめて、けれどいつまでもそうしているわけにもいかずに。恐る恐る見上げると、彼は呆れた顔で遥を見ていた。


「……お前は、ほんっっとーにバカ……なにそれわざと?俺を試してるの?」

「え、え、あの?」


 頭を抱える冴木に、遥はオロオロと視線を返す。


「あのなあ、お前に会うまで俺は、生徒が恋愛対象になるなんて、これっぽっちも考えてなかったんだぞ。でなくても10歳も年下に、まさか本気になるなんて……」


 溜め息混じりに語る。


「水樹のことも同様デス」


 それって。

 遥だけが特別だと。そう言う彼。

 冴木には遥の不安などすべて見抜かれていた。


「う、でも、あの」


まだ不安げな遥の様子に、冴木は彼女を引き寄せた。


「はん?こんだけ愛情注いでても、まーだわからないか」


 彼は遥の胸元へ手を伸ばし、制服のブラウスのボタンを外し始める。


「ちょ、ちょっと!センセ、何してんの?ちゃんと言ったのにっ」

「バカなこと考えたお仕置き。俺がどれだけお前のことしか見えてないか、頭と体に叩き込んでやる」

 

 ふふん、と笑う彼。

 愛情、とか。さらりと言われてしまい、遥は恥ずかしくて嬉しくて。ついつい抵抗していた手から、力が抜けてしまいそうになる。


「で、他にも俺に言ってないことがあるだろう」


 冴木は唇を重ねながら、遥の身体を自分の方へ向けて抱き直した。

 彼の手が彼女の背中へ回り、その指を緩く引いて、長い髪がさらさらと舞う。

 遥の白い喉元がさらされ、そこに冴木が口づけた。


「言ってない、こと?」


 未だに慣れないその手に頬を染めながら、遥が聞き返す。


「俺のことを好きだって」


 意地悪に微笑む冴木。


「言えよ、遥……」


 ……どうしよう。

 この人、どうしようもなく可愛い時がある。

 そして今は、目を逸らせないほど真っ直ぐに見つめられ。その妖艶な瞳に絡めとられた遥は逃げられないことを悟って。

 赤面しながら、与えられる熱に溺れながら、冴木に囁いた。


「好き……。冴木センセ、だいすき……」


「……知ってる、けどね」



 そのまましばらく息を乱されて。

 キスの合間を縫うように、額を寄せたまま遥が呟いた。


「……せんせ?お願いがあるの」

「今この状況で言うか。お前実は小悪魔だろ。タチ悪いな~」

「真面目に聞いてよ。……やっぱり、私自分の手で桜ちゃんの仇を取りたいよ……」


 冴木が手を止め、息を吐き出して遥の目を見た。遥は視線を逸らさない。


「……言うと思った」


 仕方ない、と苦笑する。

 放っておいたら、遥は暴走しかねない。大人しそうでいて、なかなか彼女は気が強いし、思わぬことをする。それなら目の届く場所にいて欲しい。それに、そろそろ頃合だしな。

 冴木はそんなことを思いながら、遥に向かって口を開いた。


「一つ、考えがある。強引だし、谷村がかかるか分からないけど……やってみる?」

「うん!」


 遥は力強く、頷いた。

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