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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.6 未来への約束
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約束

 恥ずかしい、なんてとっくに超えて。

 埋め尽くされるように、奪われるように伸ばされた腕にしがみついた。

 悲鳴まじりに漏れた声はもう何度目かわからない。苦しいのと、嬉しいのと、快楽と、もうなにもかも混ざった感情は、自覚する間もないまま熱に溶けて。

 はあはあと、遥が苦しげに息を整えようとしても、その唇はまた玲一のキスで塞がれてしまう。反射的に涙が零れた。


 今まではどこか玲一に余裕があった。

 どんなに激しくても、どんな気持ちでいても、彼が自分を見失うことはなくて。

 でも、今は。


(まるで、溺れているみたい)


 それが自分に、なら。こんなに嬉しいことは無い。

 玲一の整った顔が、熱に浮かされて歪む。切なげに寄せられた眉。耳に届く乱れた息づかい。すべてが、こんなにも愛おしい。

 夢中で求め合って、やっと、対等になったようで。守られていたばかり、与えられるばかりの遥が、隣に立てた瞬間みたいで。


「は……る、か……っ」


 途切れ途切れに呼ばれた、その色っぽさにぞくぞくする。腕を伸ばして、彼を全身で抱きしめた。


「もっと……、俺を欲しがれよ、遥」


 そんなの。もうずっとずっと、あなただけ。


「愛してる……」



「ん……」


 目が覚めて。遥は自分が薄暗い部屋のベッドに寝ていることに気付く。ごくわずかなカーテンの隙間から強い光の筋が差し込んでいる。時計を見れば昼前。

 昨夜の最後のほうは、記憶が曖昧だ。確か、途中で玲一に抱き上げられて寝室に移動し、そのあとも行為は続いて……。結局気を失うように眠りに落ちた。思い出すと頬が熱くなる。

 隣を見れば玲一が遥の頭を腕にのせて、彼女の頭を抱きかかえるように眠っていた。


「玲一……」


 起こさないようにそっと身を捩ったとき、左手に違和感を感じた。


「?」


 玲一の背中に回していたそれを目の前に持ってくれば。


「……っ、これ……!」


 左手、薬指にはまった、繊細に輝く指輪。

 中央の丸いダイヤを挟むように両側にも小さなダイヤがついていて、細いプラチナの土台が、指に沿っている。 一目でただのファッションでつけるような、アクセサリーとは違うとわかる、“ジュエリー”だ。そしてこの場所につけるとなれば。


「……婚約指輪?」


 エンゲージリング。

 その単語を思い浮かべた瞬間に、胸がいっぱいになる。何かを思う前に涙が溢れた。


「玲一……!」


 玲一の身体に腕を回して抱き締めると、眠っていたはずの彼に抱き締め返された。


「言葉だけの予約じゃ、もう足りないから。これで俺に縛られてくれる?」


 キスと一緒に囁かれた言葉。

 ポロポロと嬉し涙をこぼしながら、遥が頷いた。


「最高の誕生日プレゼントよ。ありがとう、玲一」



 その日は1日ゆっくりと過ごすことにして。テラスでお茶を飲みながら、ただ寄り添ってお互いの話をする。子供の頃の話、友人の話、将来の話。


「遥は大学に進学希望?」


 ふと玲一に問われて、遥は口ごもる。


「あのね、実はなりたい職業があるの。去年からずっと考えてたんだけど」


 俯いた彼女を、玲一が覗き込む。


「何?」

「うん、あの……」


 赤くなる遥に、軽く目を見開く。


「……もしかして、養護教諭?」


 遥が小さく頷いた。


「影響は受けたけど、流されたとかじゃないのよ。玲一に出逢えて、凄く救われたから。私も――桜ちゃんも」


 桜のことを持ち出されて、不意打ちに玲一は黙ってしまった。


「最近ね、桜ちゃんのことを考えるの。前よりずっと冷静に、穏やかに。恋人としての玲一は私を救ってくれたけど、桜ちゃんを支えてくれたのは“冴木先生”だから」

「でも、水樹は」


 死んでしまったのに――

 否定しかけた彼に、遥が首を振る。


「桜は救われたのよ。私にはわかる。ありがとう、冴木先生」


 ふわりと柔らかく微笑む遥に、桜の面影が重なって。

 玲一の瞳から一筋、涙が零れ落ちた。


「ホントに、お前は……」


 言いかけて、言葉を途切れさせた。遥が唇を寄せて、彼の涙を拭ったから。


「ありがとう、遥」


 彼女を選んで良かった。彼女に愛されて良かったと、心の底から、思った。



「もう明日には帰るんだ……」


 夕食を終えて、遥は少し残念な気分になる。

 いつもよりずっと特別な連休。一生忘れない誕生日。

 でも明日には現実に戻る――と言っても、何かが消えるわけじゃない。

 玲一のくれた指輪も、彼の気持ちも、ちゃんと持って帰れるもの。


「帰りたくない?」


 隣で一緒に洗い物をしていた玲一が笑う。


「ちょっぴり、ね」


 見上げれば、彼は遥の頭にキスをする。


「俺も。帰したくないな」


 甘い台詞がくすぐったくて遥が笑えば、玲一は思いついたように言った。


「あ、もし本当に養護教諭になっても、赴任先は女子校限定な」

「……は?」


 嫌な予感に、遥は顔をひきつらせる。


「え~と、それはどういうこと……」

「だって盛りのついた男子高校生とかに襲われたらどうするわけ?保健室に超美人の先生なんてエロシチュ、見逃さないよな普通」


 普通じゃない!!断じてそんなの普通じゃない!しかも玲一に言われたくない!


「そんなこと言うの玲一だけよ、もう!」


 真っ赤になって顔を背ける遥に、半分冗談、半分本気で玲一は考える。

 ……どうしてこう、この可愛い恋人は、自分の魅力に鈍感なんだろう。


「うーん、護身術でも習わせるか……」

「あ、あのねぇ、まだなってもいないし、第一そんな心配は必要ない……」

「ふーん、じゃあ実践してみようか。たまにはそういうのも燃えるかもね」

「……っっっ!玲一の馬鹿――!」


 遥の叫び声は、楽しげな玲一の笑い声に重なって響き、結局はそのまま彼によってまたベッドへと連れ込まれることになった。

 

 ひとしきり熱のこもった時間を二人で過ごして、重くなった身体を起こせないまま遥はウトウトと上に視線を向ける。

 寝室の窓から丸い月が浮かんでいるのが見えた。妙に赤い月に、昨日は満月だったのかと思い出す。


「玲一のバカ」


 小さく呟けば、隣で彼女を抱きしめていた彼が心外そうに聞く。


「何が気に入らなかったの?手首縛って目隠し?上に乗らせたこと?気絶するまでヤリ倒したこと?それとも……」

「きゃあああ!!!もう止めてえぇ!!」


 王子様のような容姿で、品無く並べ立てる玲一に泣きたくなる。


「遥としたいことリストの、まだ四分の一くらいなんだけどな」

「玲一っ……!」


 どうも学校を離れると様子がオカシイ。単に面白がられてる気もするけど。


「どーしてそーゆーことを言うのっ」

「赤くなったり青くなったりするお前が可愛いからだよ、遥ちゃん」


 クスクスと笑う彼に、いつになったらオトナ的に軽く受け流せるんだろうと、ちょっぴりへこんだ。


「本当は、傍に居てくれるだけでいい」


 ポツリとこぼされた言葉に、遥は目を見開いた。

 薄暗い寝室に、玲一の静かな視線。


「……のに。どうも遥を見てると触れたくて仕方ないんだよな」


 苦笑する玲一に、遥は頷いた。


「それは、私も一緒」


 触れたくて。触れれば離れたくなくて。もっと深く溶けてしまいたくて。


「一緒、だよ」


 月明かりの下でキスをした。


 気がつけば。窓からの月は見えないくらい夜は更けて。

 玲一は遥を起こさないようにそっとベッドを抜け出した。テラスに出て、空を見上げる。

 都心では見られない量の星。眠る前に遥と一緒に見たときは、彼女が興奮して玲一の手をぎゅっと握っていたのが、無性に愛しかった。


「救われた……か」


 遥はきっと気付いてない。

 桜のことで、玲一が罪悪感とやり切れなさを抱えていたことを無意識に見抜いて。 玲一がずっと欲しかった言葉をくれた。


「救われたのは俺の方だな」


 水瀬や桜が言ったことが、今ならよくわかる。遥は玲一にとって特別な存在になると。


「どーすんだよ。……こんなにハマって」


 自分に苦笑する。けれど、年下の恋人に翻弄されるのも悪くない。

 愛してる、なんて遥に逢うまで口にしたことなんてなかった言葉。今は彼女の傍に居るだけで伝えたくなる。眠る遥の鼓動を確かめる癖も、最近はだいぶ減った。


「それだけ満たされてるってことかな」


 寝室に戻り、遥の左手を引き寄せて。指輪の上からキスを落とす。

 恋人をこんなふうに束縛したいと思うのも初めて。

 彼女の無防備な寝顔を眺めながら、愛おしげにそっと囁いた。


「どっちなんだろうな。俺はお前に捕まったのか、お前を捕まえたのか」


 ただひどく、暖かい気持ちでいっぱいだった――。

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