お仕置き
「では~エントリーナンバー10番!」
マイクを通して高らかに呼ばれる番号。体育館に作られたステージに、居並ぶ男女。皆仮装したり着飾っていて、共通なのは男女のペアということだけだ。
「ベストカップルコンテスト?」
拓海は舞台に下げられた看板を読み上げる。
「高嶋さんがこれに強制参加なの?」
「正しくは、冴木先生と、高嶋さんがね」
健吾がデジカメを構えた。その隣にユミと芽依が座る。
「どう?」
「任せて!遥をバッチリ可愛くしてきたから」
健吾に聞かれて、ユミが親指を立てて答えた。彼女は見るからにうきうきとしている。日頃遥の控えめさにヤキモキしているユミだ。美人の友人を自慢する機会が巡ってきて浮かれているに違いない。
「冴木先生ってば実行委員に出演交渉されて、散々断ってたのに、なんでいきなり出ることにしたの?」
芽依の質問に、健吾が面白そうに笑う。
「なんでも、お仕置きらしいよ?高嶋さんへの」
あ~あ、気の毒に。
健吾以外の全員が、同じことを思ってため息をついた。
そして舞台袖では。
「絶対無理!無理~!!」
珍しい遥の絶叫と。
「似合うじゃないか」
腕組みして遥を上から下まで眺める玲一。それから赤くなったり青くなったりして二人を遠巻きに見ている実行委員が居た。
「絶対嫌よ!い~や~!!」
「じゃなきゃお仕置きじゃないでしょ?」
「玲一の馬鹿っ!変態!」
「今頃気付いたの?」
涙目の遥を引きずって、玲一はスポットライトの下へと進み出た――。
ステージ間近の特等席を陣取った遥の友人たちだったが、健吾が二席余分に確保しているのを見て、芽衣とユミは首を傾げた。そこにやってきたのは。
「遥は?」
「あ、水樹先生」
現れた青年に健吾が親しげに声を掛ける。芽依が不思議そうに友人達に聞いた。
「悠先生呼んだの?」
「面白くなりそうだから」
頷いたのは健吾で、無邪気な笑顔ととんでもない発言に、実は彼が一番くせ者かも、と芽依は思う。面白そうって、“誰が”だろう。
悠が彼らの後ろに座り、その隣にもう一人、続けて青年が腰を下ろす。
「なんか楽しいことしてるんだって?冴木の親友たる俺が見届けなくちゃね~」
水瀬医師だ。
こちらも“冴木をいじるネタならなんでもウェルカム”な笑顔を見せる。
波乱のありそうなメンバーに、芽依が頭を押さえ、ユミがワクワクと手を握り締めたところで、司会が高らかに名前を読み上げた。
「エントリーナンバー15番、養護教諭の冴木先生と3年A組高嶋遥さん!」
そして。ステージに現れた白衣の玲一に、拓海は拍子抜けする。
「なんだ、いつも通りじゃ……」
ーー次の瞬間、拓海も悠も絶句した。玲一に引きずられて現れた遥が。
「な、な、ナース?」
ピンクの看護師服。頭に載せたキャップも可愛い。ただし、結構なミニスカートのナース姿。すらりと伸びた足はガーターストッキングとピンクのナースサンダルに包まれていて、そのラインの綺麗さが際立っている。
「白衣の先生に並ぶならこれでしょ」
ユミが自信満々に言った。芽衣は苦笑しつつも、こればかりはユミに賛成だ。
「あははは!!!エロ可愛い~!よくも冴木が許したもんだ!」
水瀬は大爆笑で。健吾はうんうん、と頷いてカメラマンと化す。
ステージ上では玲一が見せ付けるように遥を抱き寄せて、観客席を見渡した。拓海達を見付けてニヤリと笑う。その片手は遥をしっかり抱いていて、指先が衣服越しに彼女の腰骨を掴んでいて。
「あの、エロ保健医……!!」
悠がギリギリと歯を食いしばった。拓海はもはや口をぱくぱくとさせて言葉が出ない。今や会場中が異様な歓声と熱気に溢れかえっていた。
もう一人の当事者、遥は真っ赤な顔をして、思いっきり涙目で玲一を引き離そうとしているが、まったくもって抵抗できていない。それがまた男性陣には(少なからず女性陣にも)あらぬ妄想をかきたてるのに充分で。
結論を言えば――拓海と悠は鼻血を出して気絶した。ついでに、水瀬の大爆笑が更にエスカレートしたことも付け加えておく。
そしてその日、保健室の利用者数は記録的な数値になったーー。
*
「なんで自分の恋人のコスプレ姿にイッちゃった男共の介抱をしなきゃいけないわけ?」
保健室にて、椅子をくるりと回しながら玲一が不機嫌に呟く。水瀬が笑いを堪えきれずにその肩を叩いた。
「だってお前のせいじゃん、自業自得。手伝ってやってるだろ。あはは、まだ笑える」
保健室の扉がまた開かれた。ひょこりと顔を出した生徒は困ったように彼を呼ぶ。
「先生~また鼻血吹いた奴出たー」
「鼻に綿詰めて廊下に転がしとけ!!」
教師らしからぬ調子で言い放って。ふん、と玲一が顎を上げた。
「あれぇ、ご機嫌斜めなのは何で?」
水瀬がわかっていながら白々しく聞いてくる。玲一が腕組みをして答えた。
「遥に逃げられた」
あの後、見事というか、当然というか。
玲一と遥はグランプリに輝き、ステージから降りた遥はボロボロと泣きながら逃げて行った。
『玲一の馬鹿ッ!!キライっ』
と見事な捨て台詞まで付けて。
しかしあまりにも可愛すぎる彼女のそれは、恋人である玲一にはまったくダメージを与えるものではなく、むしろ更にイロイロと煽った結果になったのだが。
「可愛かったのに」
水瀬の言葉に玲一は頷いて――
「だろ?なんでアイドルは良くてナースはダメなわけ?」
納得いかない、と言う。その端正な顔がつまらなそうに溜息をつくのを見て、水瀬はクスクスと漏れる笑いを止めるのに苦労する。
「多分、コスプレが嫌だった訳じゃないと思うよ。……冴木はホント~にドSだよね~」
問題なのは遥の羞恥心を煽りまくった、玲一の極端なやり口だろう。彼は反論しかけて、しかし苦笑する。
「やりすぎたかな?」
「まあ、頑張ってお姫様を宥めるんだね。じゃあね~」
未だに肩を震わせながら水瀬は出て行った。
玲一は静かになった保健室で、一人思う。
こんな馬鹿騒ぎに自分が参加するなんて、思いもよらなかった。あまつさえガキに嫉妬したり、変装してまで虫退治をしたり。遥に対する恋情と、執着で、自分のコントロールすらままならない。
そんな自分が情けなくて、しょうもなくて……でも誇らしい。
そこまで想いを向けられる相手がいることを、幸せに思う。
……だから絶対に、手放さない。
「さて。お姫様のご機嫌を直すにはどうしたらいいかな」
困った口調とは裏腹に。ひどく愉しそうに、呟いた。




